水天神

 ◇


 地球 日本国 東京都某所 永森宅


 「真由ちゃん、新しい学校のほうは慣れたかしら?」

 「はい。色々ありがとうございました」

「そんな、真由ちゃんが元気でいてくれるのが、おばさん一番うれしいんだから」


 永森夫妻は、本当に優しい人たちだった。

 永森真司さんは、お兄ちゃんが転移者としてあっちの世界に行くことを秘密厳守として教えてくれた。

 奥さんの春香さんは長い事お子さんに恵まれなかったということで、真由を引き取ってくれた優しい人。


 なんでこんな優しい二人に子供が生まれてこないんだろう。


 だから私は、本来生まれてくる予定の子の席を奪ったのではないかって罪悪感で悩んでいたりしたの。


 春香さんの作ってくれる料理は、とってもおいしくて、ママの料理を思い出してつい泣いてしまったことがあった。

 その時は優しく抱きしめてくれて、一緒に寝てくれる。

 この人を悲しませたくない、心配かけたくない。


 この人の本当の子に申し訳ない、お母さん、もう一度会いたいよ、そんな気持ちがいっぱいになっちゃたりもした。


 でも、お兄ちゃんは、お兄ちゃんはもっともっと辛い日々を送っているんだって考えると、泣いてなんていられないもん。


 真司さんは、時間が空いた時に真由とお散歩をしてくれる。


 子供の扱いが得意でないのが分かるけど、真由は知ってる。

 したり顔で、得意げに子供好き、かわいい って言う人のほうが、子供のことを真剣に考えていないって。


 真司さんは、一生懸命どうすれば真由が喜ぶか、元気になれるかって考えてくれるから、真由は信頼してます。


 だからお願いしてみたの。

 「あの真司さん、近くに、その神社かお寺ありませんか?」


「神社? ああ、近くにあるよ。たしか、なんだっけな、水の神様だったような」


「じゃあ連れて行ってもらいたいんです! お兄ちゃんがあっちでがんばれるようにって、生き残れるようにって、神様にお願いして、真由一杯勉強がんばるから、お願いしますって」


 永森さんの家から歩いて10分ほどのところに、その神社はありました。

 水の神様を祀る神社のようで、真由はいっぱいお祈りしました。


 2人に心配かけないよう、一杯勉強します。お手伝いします、忘れ物しないようにします、食べ物好き嫌いしません。

 どうか神様。

 お兄ちゃんを助けてください。

 真由のために辛い思いばかりしてるお兄ちゃんを助けたいです、お願いします。

 

 大好きなお兄ちゃんを、どうか助けてください。


 

 真由が祈り終わると、真司さんは風邪気味のようで鼻をすすっていました。

 「おじさん、風邪?」

 「いや大丈夫、ってうわっ! にわか雨だよ!」


 突然降りだした雨に真由とおじさんは雨宿りしてから帰りました。

 おじさん、風邪が悪るくならないか心配です。春香さんには風邪気味かもって伝えておこうっと。




 揺らぐ意識の中で声が聞こえる。フィオが俺の体を必死に揺すって叫んでいた。

「レイジ! レイジ! しっかりして! このままじゃ焼け死んじゃうよ!」


 フィオは俺の体を抱きかかえ、必死に移動させてくれているようだ


 「ウォーターボール! ウォーターショット!」

 

 シルメリアの呪文を放つ声と、多くの人が逃げ惑う声、馬の嘶く声、それらがぼんやりと聴こえる。


 ぶるっと左腕が震える。そしてはっとなった。


 「フィオ、す、すまない」

 「レイジ気が付いたのね! でも大変よ! マンティスエッジの魔法使いたちがバカだから火の呪文を使いまくって当たりが火の海!」


 「うわっ」


 キャンプ地周辺の枯草や、森の一部が火に包まれており、逃げ場が断たれつつあった。


 周囲は炎が照らす紅蓮の明かりに包まれ、地獄絵図一歩手前という様相だ。


 「だめ! 私の水呪文じゃ焼け石に水よ!」

 俺たちの周りがかろうじて無事なのは、シルメリアが水呪文でなんとか延焼を防いでくれていたからだった。


 それでも火の勢いが強すぎて、攻撃呪文としての性能は高いものの消火に向かない水属性呪文では限界があるのか。

 水……水…… このままじゃ。


 【 唱えよ ヴァルナ


     ナウマク サンマンダ ボダナン


                バロダヤ ソワカ  】


 左手を通して脳に響き渡る 優しくも力強い声。


 俺は剣を手放し、痛む体で手を組み、気付くと己の指で知らない印を結んでいた。


 「 ナウマク サンマンダ ボダナン バロダヤ ソワカ 」


 「レイジ!?」


 押し寄せる火の勢いに、燃え始める馬車。泣きわめく商人たち。


 シルメリアが必死で唱えていた水呪文によって、延焼を免れていた周囲にまで火の手が迫ったその時であった。


 頬に冷たい何かが当たった。

 それは徐々に勢いを増し、周囲に雨を降らせていく。


 俺は印を結んだまま、真言を唱え続けていた。


 「雨だ、雨よ! 奇跡だわ!ってもしかしてレイジ!?」

「うそ、魔力も感じない、なぜレイジが!?」


 突如振り出した豪雨は、火の海を消し去り周囲を焦げ臭さの残る焼け野原へと姿を変えていく。


 「助かった! 助かったああああああああ!」

 歓声と喜びの叫びが湧き起こる中、それは静かに迫っていた。


 ズルズル……バシャン!


 『グモオオオオオオオオ キュガアアアアアア』


 半身が黒焦げになりつつも、いまだにその生命力は健在なサイクロプスが足を引きずりながら迫っている。


 降りしきる雨の中、奴を燃やしていた火まで消してしまった?


 いや、違う! 今なら、できる! 

 左手と、右目の文殊法眼が勝ち筋を確信させてくれていた。


 「ナウマクサンマンダ ボダナン バロダヤ ソワカ! 水天神 水流破!」


 激しくふっていた雨が止むと、中空で凝縮し収束する巨大な水の球が現れる。

 

 まるで雨を掻き集め、圧縮が限界に達したとき、その珠は超高圧の水流となってサイクロプスの頭へ直撃する。


 空へと消えていく水流の残滓が降り注ぐ中、サイクロプスは動きを止め、そしてゆっくりと倒れていく。


 あまりの威力によって頭部は完全に吹き飛び、首からは鮮血が吹き出している。


 「す、すごい!」

 「レイジさん、あなたはいったい何者なのですか」

 

 俺は思わずくらっと来てしまい、二人によりかかってしまう。

 そして、耐え切れぬ痛みと疲労のため再び意識を失った。


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