第三章 フォートボレア禍乱

フォートボレア


 俺が意識を取り戻したのは、揺れる馬車の上だった。

 いまだに体の節々は傷むが、幸いにも骨折はしていないとのこと。


 フィオがひんやりとするタオルを体中にあててケアしてくれていた。

 そのタオルをシルメリアが魔法で冷やし、それを互いに協力して俺を世話してくれていたらしい。


 「二人ともありがとう。迷惑ばかりかけてごめんな」

「何を言ってるんですか、レイジさんがいなければ全滅でしたよ全滅」

「そうだよ、えっとシルメリアさんの言う通りだよ」


 どことなくフィオのシルメリアに対する態度が固い。

 

 「大分楽になったと思う。バルノさんもすいません」

「いやいや! みんなレイジ君に感謝してたよ。サイクロプスだなんて、初めてみたからねえこりゃあ終わったと思ったよ」


「そうね、サイクロプスがあそこにいたというのも何か違和感を感じるわ。それにしてもあのクソ外道どもめ、思い出しても腸煮えくり返るわ、ボケカスどもめ、次会ったらまじでえんこ詰めてマレー湖に沈めたるわ死ね」


 え?


 しばし思考が停止した。隣のフィオの表情を見ると、ああなるほどと思った。

 シルメリアさん、普段は大人しくて透明感のある美少女だけど、怒ると反社ぽくなるのね。


 「えっとシルメリア、何があったの? そんなに怒って」

「レイジ君、この件は私からも冒険者ギルドに報告させてもらうから、あれはさすがにひどすぎる。同業者も皆本気で怒ってくれていたねぇ」


 話が見えない。


 状況を察したフィオが教えてくれた。

 「レイジが意識を失った後ね、犠牲者は出なかったんだけど、あのマンティスエッジがこうなったのは見張りのせいだとかケチをつけ始めて。それであいつらの中にプリーストがいたんだけど、レイジへの治癒魔法をしないって言い出したの」


 なるほどそれで二人がケアしてくれていたのか。


 「やってほしければ50万レーネを払えって」

「よしき~めた。今からあいつらの荷馬車爆破してくるね」


 「待ってシルメリア」

「なんで止めるのですか?」

「クズを相手にする必要はないどうせ理解できないんだから。同じ土俵に立つだけ君の志が穢れる」


 シルメリアはしばしぼーっとした後、フードをかぶって丸くなってしまった。


 「わ、わかったわ。その、ありがとう」


 意外にも納得してくれた。

  

 ◇

 フォートボレアは、いくつかの街道や河川が合流する軍事上の拠点として発展したという歴史がある。


 そのため、堅牢な城壁に囲まれた城塞都市としての一面も持ち合わせていた。


 以前は人間同士の戦争のために築かれた城壁ではあるが、近年では魔物の襲撃も増えてきており、安心して暮らすために多くの移民もやってきいた。

 所属国はリシュメア王国であり、北東の守りとして王国有数の都市でもある。


 近隣には狩場やダンジョンが点在し、多くの冒険者が夢とロマンと希望を求めやってくる。

 冒険者ギルドは賑わっており、そのため武具の工房や道具類を扱う職人や商人たちも多く暮らす地域拠点がこのフォートボレアという都市であった。

 人工は10万を超え、日々の生活のためだけでも多くの物資の流通が盛んだ。


 街の見物をする間もなく俺は冒険者ギルド併設の治療室に運ばれると、輪番していたプリーストの治癒魔法を受けることができた。


 痛みが消えていくというのはここまで心地よいことなのかと、感動さえ覚えてしまった。

 

 同行していたガドルさんたちがマンティスエッジたちの問題行動をギルドに報告してくれたことで、俺にも聞き取り調査がやってきた。

 

 事実のみを伝えていくと、ギルド職員はサイクロプス相手に立ち回ったことを驚き、さらに火災を鎮火させた下りには信じられないといった様子だった。


 今なら分かる。

 あれは阿修羅王の左腕を通して、新たに契約というか力を貸していただく神の意思を感じた。


 それが水天神。

 

 どうして助けてくれたのだろうか? 今はただ感謝するしかないが、フィオ、シルメリア、それに商人たちを助けられてよかった。


 今日はギルドが紹介してくれた宿に宿泊し、明日はバルノさんと共に例の鍛冶屋へ向かう予定。


 なんだかんだでシルメリアも同行するらしい。


 その夜、久しぶりに真由と遊ぶ夢を見た。

 昔住んでいた近所にあった神社の境内でかくれんぼをして遊んだ。


 真由は隠れるのがうまいので、しばらく見つけらずどうしたものかと考えこんでいると、どこからかしくしく泣く声が聞こえてきたのでようやく見つけると、隠れたけど一人で怖くなったという。


 どうしてか、必死に真由を宥めたことを昨日のことのように思い出す夢であった。


 翌日。


 「レイジ、体の具合はもう大丈夫?」

 フィオは元気そうに歩く俺を見て、確認のために声をかけてくれた。

 「問題ないよ、色々ありがとな」

「そりゃあもう、お礼はシルメリア先生に言っておいたほうがいいって、あの切れっぷりはすごかったぁ。うんうん、ありゃカタギの人間じゃあないね」


 「ちょっと人を暗黒街の人間みたいに言わないでくれるかしら?」


 「あははは! だってあの啖呵聞いたらねえ」


 「かっとなると、ああいう言葉が出ちゃうのよ」


 この一件でシルメリアと距離が近づいた俺たちは、バルノさんと待ち合せをし、鍛冶屋へと向かう。

 そこは商業エリア、工業エリア的な地区ではなく、住宅街の込み入った路地の奥にあった。


 スラムではないが、古びたレンガ造りの家が多い。


 どの家も煤けていたり、補修の跡が目立つ古いエリアなのだろう、苔むした塀の上で佇む野良猫が気だるそうにあくびをしている横を俺たちは通り過ぎていく。


 「おい、ダンセン、俺だぁ、客を連れてきてやったぞお」

 1分ほど待った頃、奥からがさごそと音が聴こえてくる。


 ガチャリとドアが開かれたが、その主はドワーフだった。

 薄汚れた帽子をかぶり、やる気のなさそうな目で俺たちを観察していたが、その視線が俺に向いたとき、パッと目に明かりが灯ったのを俺は見た。


 「お前、黒髪に、黒い瞳か!? ちょっと待っておれ、とりあえず店に入れ」


 「なんじゃ久しぶりに会ったというのに、あいかわらず不愛想だな」

 

 バルノさんのツッコみにも反応せず、ダンセンと呼ばれたドワーフは奥の倉庫を何やらあさっているようだ。


 店内は想像以上に片付いていた。


 埃は見られず、棚には剣が掛けられている。


 二尺越えの打刀と脇差、さらには槍の穂先のようなものまでが並べられていた。


 反りが浅いもの、大きな反りがあるもの、早く刀身を見たいという願望が溢れてくる。


 一振り、かかっていた刀を抜いてみると、刀というよりも、刀を模した両刃の曲刀という印象が強い。


 「刀ではないのか」

 「ほお、お前さんカタナを知ってるみたいな口ぶりだなぁ」

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