隊商護衛
「ねえシルちゃん、フォートボレアには何の用なの?」
「用というほどのものでもないです。私は強くならないといけないから」
「なるほどそういう感じね」
シルメリアはバルノさんと交渉したらしく、次の日からはこっちの馬車へと乗り込んできた。
「そっかシルちゃんは水魔法使えるから、必要な時に出すって契約なのね。だったら水樽余分に乗せる必要ないし、お馬さんも新鮮なお水飲めるもんね」
「旅の時はこうして水とかを交渉材料にすると便利なんです」
意外と旅慣れている印象だ。
旅自体は順調だった。魔物の気配は数度はあったが、こちらを見て引き返したり見ているだけで通り過ぎることができていた。
フォートボレアまで最後のキャンプ地。
この日はいつも以上にキャンプ地を利用している商人や隊商が多かった。
冒険者同士で打ち合わせというか情報交換をしている時、大手商会の隊商護衛をしているパーティーが現場を仕切り出していく。
「俺たちはCランクパーティーのマンティスエッジだ。人員配置や見張りについては、こっちで決めさせてもらうぞ」
はっきり言って、Cランクであれば隊商護衛をする冒険者の中では上位と言っていい。
それも大手であるジャノス商会の専属となれば,、中々の実力なのだろう。
だからそういった態度が鼻につく連中でもあった。新人やまだ経験の浅い冒険者たちは渋々従っている感じではある。
俺やフィオもそういう面倒は避けたいという考えは一致していた時、いきなり名指しをされたのだ。
「えっと、フィオとレイジ、あとシルメリアの3名は、夜通しの監視担当だ。いいな」
「夜通し?」
フィオが聞き返すのも当然と言える。
何時間かの交代任務がセオリーであり、一班に押し付けるというのはさすがに横暴である。
これには同席していた他の商人や冒険者たちからも異論が持ち上がった。
「さすがに負担が大きすぎる。いざというときに対応できないのでは意味がないではないか」
「弱小が意見すんな! 俺たちが仕切るって言ってんだろ! そこにはエルフと獣臭せえ獣人族がいるだろ。だから夜行性に任せたほうが効率的だってことだ。あと新人に早朝かませればいいだろ」
自分たちは夜はゆっくり休憩して明日に備えるのだという。
隊商の連中が何か言わないかと思ったが、どうやらこういう雰囲気のいけすかない威張り散らすことに価値観を持っている商会なのだという。
さすがに気の毒に思ったバルノさんが、数組の商人たちと話し合って途中休憩が挟めるように同時間帯に監視に入ってもらえるよう交渉してくれた。
多くの商人と冒険者たちがむしろそうさせてくれと提案してきたこともあり、夜のシフトは決まった。
「ごめんねレイジ、なんか巻き込んで」
「何言ってんだよ。フィオとシルメリアは絶対に悪くない。しかもあいつら、シルメリアを馬鹿にしやがったな」
「あれ? レイジさんは私のために怒ってくれるの?」
「当たり前だろ」
「そう、なんだ。うん……」
「どこにでもいるよね、威張り散らしていきってほんとむかつく」
「ああ、死ねばいいんだああいう奴等」
「同意するわ。でもね、今夜の夜番、私たちが担当でよかったかもしれないわ。魔力がざわついてる。よくなことが起こりそう」
「ちょっとシルちゃん怖いって」
キャンプ地は街道沿いにあるが、西側には森が広がり申し訳程度に魔物避けの像が置かれている。
立地としては森に近すぎるのだが、この先では岩をくり抜いた間道や、山道になるのでここが最後の平地でもあった。
シルメリアにそう言われてしまったから、監視もつい意識してしまう。
真夜中の0時頃だろうか。
交代で休憩時に入ってくれたベテランの夫婦冒険者が、暖かい飲み物を持って差し入れにきてくれた。
「ガドルさんに、ナザリアさん、ありがとうございます」
「いやいやいいんだ。君たちに負担をかけてしまってすまいないね」
「このスープ、あったかくておいしいです」
「体があったまる割には眠気が吹き飛ぶスープでね、夜番のときは二人で飲むことにしてるの」
ガドルさんが戦士、ナザリアさんは魔導師のようだ。
たき火の前で最近の冒険者で流行している依頼や、狩場、などの情報を話し合っている時、巡回に出ていたシルメリアが早足で戻ってきた。
「みんな、森がざわついてる。何かがこっちに近づいている音がする。足音は結構大きいみたい。警戒したほうがいいです」
フィオは素早く弓を掴むと、キャンプ地で一台だけ監視用の見張り台が付いている馬車へ飛び乗っていく。
俺とシルメリアは森側へ向かって監視につく。
何かあればガルドさんとナザリアさんが鐘を鳴らしてくれる手はずだ。
一気に緊張が高まっていく。
闇夜というのは日本においても怖いのに、この異世界の闇は深さが違う。
飲み込まれてしまいそうなほどに深く、そして漆黒だ。
今日は月の明かりが非常に弱いため、己の身の周りが深淵に包まれていくような錯覚さえ感じてしまう。
シルメリアの狐耳がピクっと反応する。
「来る」
バキバキ、木々がへし折れ倒れる音が俺の耳でも聞こえるレベルになってきた。
フィオはエルフなので、夜目が利く。こちらが合図するまでもなく、ガドルさんたちへ鐘を鳴らすように指示していた。
あちら側からはターゲットにされていることは明白だった。
大勢の人間の匂い、たき火の熱、馬たちもびくついて既に起き始めており、そういった音や臭いが、巨大な何かを引き付けてしまっていた。
鐘が鳴り響き、慌ただしく冒険者や商人たちが飛び起きてくる。
悲鳴や怒鳴り声、突然の出来事に混乱している者も多い。
バキバキッ! 近くの木々が倒れ、ぬっと姿を現した巨大な存在がいた。
一つ目の巨人、サイクロプス。
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