緊急依頼

 その日はギルドの酒場で軽く食事をすると、宿の部屋をフィオの隣にとってくれたのでそのまま倒れ込むように寝てしまった。


 転移と慣れない戦闘などで思った以上に疲労してしまったのだろうか。


 翌朝、フィオに起こされ朝食がてら冒険者ギルドに行くと、朝の依頼受注のため人だかりができている。


 なんかみんな生きるために必死で、逆にその力強さが心地よい。

 朝の通勤電車に押し込められているサラリーマンたちとは、目の輝きが違う気がする。


 「一通りギルド職員にも訊いてみたけど、やっぱり転移者の情報はさっぱりだったね」


 「フィオにも手伝ってもらって悪いね、宿代も必ず返すから」


 「そんなの気にしないでよ。レイジがいなかったら私は今頃腐ってぐちゃぐちゃか、よくて左腕スパーんだからね」


 そのジェスチャーが独特でフィオの能天気さというか、明るい性格が感じ取れて俺は少し胸が暖かくなった。


 「宿代出してくれたんだ、もうそんな恩に感じないでくれ」


 「でもさ、魔王の情報はちょっとだけ分かったね」

「どうやら中央大陸北部に魔王軍がいるらしい、でも人間側と戦ったりはしていないってどういうことなんだろう」


 フィオが掲示板を遠くから眺めているが、エルフなので視力が良いのだろう。その様子からあまり良い依頼がないようだ。


 「俺たちがいるネグランの町は、中央大陸の北東部先端付近とのこと。だったら俺が目指すべきは中央大陸の中央部にあるラナンディール王国になりそうだ」


 「レイジが別の世界から来たって話、あの不思議な力とかクラス判定が不明とかあるからボクは信じるよ」


 その後、フィオの馴染みの武器屋に足を運び遺跡から持ってきた剣に合う鞘を捨て値で譲ってもらう。

 抜き身で持ち歩くのはさすがに衛兵に捕まるので、こればかりは最優先事項だった。

 

 念のため剣を見てもらったが、魔力もなくただ普通の錆びかけた剣だという。


 一応、冒険者は今後も武器を買ってくれそうだという期待値があったのだろうか?

 鍛冶屋の親父は、おまけで武器を研磨用の魔法道具で磨き上げてくれた。


 「フィオに頼りっぱなしで非常に申し訳ない」


 「いいのよこれでもボクはそこそこ稼いでるからね、魔導弓士って結構レアなほうでさ魔力の続く範囲で魔法の矢を作れるから、非常にエコノミー」


「矢を使うこともあるの?」

「うん。威力的には矢に魔法を付与して放つほうが高いんだけど、ここら辺の魔物なら魔法矢だけで充分すぎるからね」


 「じゃあ手頃なFランクでも受けられそうな依頼をしてみようかな」

 「そだねじゃあ薬草採取とかなら教えてあげられるよ」


 「それはいい。地道な依頼をコツコツこなして旅費を稼ぐとするか」

「ねえ、やっぱりレイジはラナンディール王国を目指すの?」

「そのつもりだよ」

「そっか……」


 フィオは少しだけ俺を見つめると、急に視線を外した。


 時間も昼頃になりそうだし、そろそろ薬草採取の依頼を受けてこようと依頼表に手を伸ばしたその時だった。


 「誰かアアアアアア! 大変だあああああああああ!」


 ネグランの正門から男たちが数名中央通りを叫びながら走ってくる。


 お昼時の仕込みや準備をしていた屋台の店主たちの動きも慌ただしくなっていた。


 「邪妖種が出たあああああああああああ! 行商人が一人奴に喰われてる! 早く対処しないと大変だああああ!」


 その一報に対し、冒険者ギルドの対応は早かった。

 「緊急依頼! 緊急依頼!

 邪妖種討伐に報奨金を出します! ほとんどの冒険者は依頼で外に出ているので、動ける人たちは正門から迎撃に向かってください。ですが、近接戦闘はできるだけ避けて魔法や遠距離攻撃対応可能な人たちはお願いします!」


 ギルドも騒然となった。

 だが、現在居残っている冒険者たちも酒を飲みすぎてまともに動けなさそうな酔っ払いや、空いた時間に非戦闘系依頼を受けにやってきた主婦など、戦えるのは正直、俺とフィオぐらしいか見当たらなかった。


 「ねえレイジ、ここはボクたちが行くしかないんじゃないかな」


 邪妖種に対し、有効な攻撃かどうかを改めて確認し経験を重ねるには良い機会だ。

 それにフィオは魔導弓士だから、遠距離での支援は助かる。


 決意を決めた俺たちに対し、昨日の受付嬢が小走りでやってきた。

 「あのレイジさん、あなたが邪妖種を倒したかもしれないという話は現在ギルドでは判断保留となっています。でも倒せるんですよね? 私はそう思ってます」


 「俺にできることをやってきます」

 人を助けろ。そう阿修羅王の言葉が背中を押してくれたような気がした。

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