天魔封神流
俺たちは町の外へ出るべく門へ向けて駆けた。
腰に吊り下げた剣が頼もしい。やはり鞘を買っておいて正解だった。
途中、逃げてくる冒険者や旅人たちに話を聞くとすぐそこまで邪妖種が来ているという。
さっそく街道の先から悲鳴が複数。
フィオと共に街道を下る。
阿修羅王の加護で身体能力が強化されている俺についてこれるのだから、フィオの俊敏さは相当なものだ。
頬を撫でる風と緊張がなぜか心地よい。本来なら怖いはずなのに、恐怖がマヒしているというよりも、未知の相手との戦闘を前に精神が高揚しているかのようだ。
さすがは戦闘鬼神 阿修羅王の左手だ。
こんな怖がりの俺にさえ高揚感を与えてくれるとは。
緩やかな坂道を駆け登った先に、奴はいた。
犠牲となった旅人の内臓を食い散らかしているところ。
本来ならば、あまりに凄惨な光景に嘔吐してしまいたくなる状況だが、冷静さが前面に押し出されてくる。
身の丈は2m近い、人型の怪物。
皮膚は灰褐色で骨やら顔、目、舌、そういったものが凝縮したような手足、そして体には申し訳程度のボロ布。
死体の集合体かと思いきや、頭は違った。
頭部はいびつな牙が生えそろう口が縦に裂け、頭頂部から顎先までが、ぱっくりと割れていた。
それが臓物を貪るように食い散らかしている。
獲物の新鮮な臓腑を前に興奮しているのか、狂ったように頭を突っ込み肉を噛み千切りながら吠え、唸り、そして乱暴に咀嚼していく。
これが邪妖種。恐るべき邪悪さ。
だがこいつらは、フィオから伝え聞く一般的な魔物のそれとは異なりかなり特殊な存在だという。
一体ナニモノなのだろう。
俺は剣を抜くと、フィオに告げる。
「俺が距離を詰めるから、援護してくれ。基本フィオは遠距離を維持だ」
「了解。レイジも無茶しないで」
返事とばかりに俺は微笑み、そして大地を蹴った。
自分でも理解できないほどの脚力の増加に戸惑いつつも、俺は一気に距離を詰める。
上段からの右袈裟切り。
だが邪妖種の死人はどんな身体能力をしているのか、飛び下がって避けてしまう。
さらに、背中を90度以上強引に折り曲げたのだ。
普通の人間なら背骨が折れているような動きを、平然とやってしまう。
「レイジ! そいつは邪妖種のタキシム! ただのゾンビじゃないわ! 動きが素早いから注意して!」
ちょうどジャックナイフのように起き上がったタキシムに、フィオのフレイムシュートが命中する。
それとタイミングを合わせて飛び下がった俺は、火の魔法矢を忌々しく手で払っているタキシムへ再度斬りかかる。
下段からの切り上げ一閃。
奴の左腕を根元から斬り飛ばすことに成功する。
だが、手に伝わってくる感覚が発する違和感!? 浅い。
斬り飛ばしたにも関わらず、柄ごしに伝播してきた感触が本能でそう告げている。
ぐっと気力を持っていかれている感覚が不快だ。
タキシムは右腕を伸ばしながら叩きつけきたが、足さばきですっと避ける。
だが奴の左腕の傷口はわずかに土化しているだけで、それ以上の浸蝕はない。
及び腰になっていたため気が十分に剣へと伝わっていなかったのだ。
タキシムは左腕を切られた痛みと恨みのせいか、『キイイイイイシャアアアアアアア!』と叫び散らかしている。
金切声をあげつつ木々の間を蹴ってこちらへ迫ってくる。凄まじい運動能力に背筋が寒くなる。
すかさず俺が避ける余裕を取るために、フィオからの援護射撃が突き刺さる。
本当にフィオがいてくれてよかった。1対1なら獰猛な攻撃に押し込まれていた可能性すらある。
奴はとうとう叩きつけた手から爪を延ばしてきた。
その爪は咄嗟にガードした俺の右腕を僅かに切り裂いた。そしてフィオが悲鳴をあげる。
だが、ジュウと一瞬だけ瘴気が反応したものの傷口は無事。奴の爪は通っていない。
全身を気が循環しているおかげで、タキシムの瘴気毒を無効化できたのだろう。
痛みは少々、さてどうする。
押し切れるか、押し切られるか、それとも発勁で……
その迷いに、答えてくれたのはやはり左腕だった。
【
気功斬 剣を我が腕とみなせ、
それは僅か0,001秒にも満たない刹那の体感。
天魔封神流 剣術 これが阿修羅王が導いてくれた剣技の秘奥。
ならば、気を練り、剣と腕を一体化する感覚。
右腕だけが巨大化したタキシムが、頭部の口を広げながら飛び掛かってくる。
猛烈な殺意と食欲の念が迸っている。
鋭い爪が歪に生えた右腕が叩きつけられるのを、俺は懐に飛び込んでかわすしつつ着地しようとするその隙間の瞬間、体内の気を凝縮し刃に乗せるイメージで奴の胴体へと踏み込んだ。
剣に淡い光が宿っている。腕の延長を意識したことで気が通ったのだ。
「練気 一閃」
走り抜けたのと同時にタキシムの上半身が、これでもかと宙で回転しながら舞う。
俺はくるりと振り返り残心の構えを取るも、上半身が落ちてくる間に下半身は土塊となり、そして落ちながらタキシムの上半身だったものは、破片となって街道の石畳に落下し、砕けたのだった。
一陣の風が吹きつけ、土塊になったタキシムを砂へと変えていく。
「ふぅ、なんとかなったか」
「レイジ!」
直後、フィオが飛び込んで来て俺の右手の怪我をまじまじと見つめていた。
「うそ、やっぱり瘴気毒は見当たらない? 浅いけど傷口はあるのに」
「全身に気を循環させてるから、瘴気毒もすぐ浄化されちゃったのかな」
「レイジ!」
フィオが抱き着いてきた。
その優しく甘い香りに、鼻孔がくすぐられ、彼女の柔らかい髪が頬を撫でる。
戦闘で昂った精神が落ち着いていくのを感じる。
「よかった! 無事でよかった! タキシムクラスの邪妖種なんてAクラスパーティーでも持て余すレベルなのよ? レイジって本当にすっごく強いんだね、あんな剣技、足さばき 見たことなかったよ!」
「援護が正確でどんぴしゃだったからさ、フィオのおかげだよ」
肩越しに手を回しフィオの頭を優しく撫でる。よく真由が撫でて欲しいとお願いしたときのように、優しくこたえた。
「わふぅ~それいい、いいかも」
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