戦闘鬼神 阿修羅王

 同期の転移組ということになるのだろうか、緊張した面持ちや強がりを最後まで口にする者たち、にこりと微笑む相模。 

 そして魔方陣の中に入り十数秒した後、俺は光に包まれた。


 転移と思われる現象がすぐにやってきた。


 パっと視界が変化し、そこは遥か彼方まで広がる雲海に突き出た山の頂上のように見える。


 目の前には黒字に蛍光ピンクの兎が刺繍された派手なスーツを着た浅黒いおっさんが、日本家屋風の建物の縁側で手招きしている。迎えだろうか?


 嫌な気配がなかったため、俺はゆっくりと近づいていく。


 そこにはあのサイケデリックなおっさんと、もう一人、身長2mはあろうかという筋骨隆々としながらもどこか優しそうな顔立ちをした30歳ほどのおっさんが腕組みをして立っていた。


 仕立ての良いライダースと革パンを履き、妙に鋭い視線が気になった。

 ここがあの異世界なのか?


 「ほれほれ、わしがこっちの呼んでやったんやでシュウちゃんや」

 「手間をかけたな」


 シュウちゃんと呼ばれた男は俺の肩をぐっと掴み視線を合わせてくる。


 「お主がこれからどこへ向かうか、我も把握している。だが、あまりにも、あまりにもこのままでは不憫であろう? なあぁ! 小角!」


 「まこと、まことに、おっしゃる通り。なれば呼んだのだろう?」


 「うむ。せめて手向けを送らねば、八部衆としても守護鬼神としてもあまりに冷徹であろう、ふんっ!」


 「え!?」


 目の前で起きたことは衝撃すぎた。

 シュウちゃんと呼ばれた大男は、自らの右手で左手を肩口から切り落としたのだ。


 血は出ておらず、痛がってもいない。


 「これは我の霊腕なり。お主の動かぬ左手に力を宿し、動かせるようになるだろう。

我からの餞別である。

戦闘鬼神 阿修羅王の力の一部ではあるが、それらを扱えるようになる。時間をかけて修練せよ」


 「え? な、なにが?」


 大きく野太い腕が薄っすらと透けておりそれが俺の左肩に押し付け吸い込まれていくと、次の瞬間にはもう、左手が火傷しそうなほどに熱くなり感覚が戻り始めている。

「うわっ! ひ、左手?」


「やはり適合したようであるな。家族を思うばかり、つい闇雲に行動してしまうことがある。どこか他人事とは思えなくてなぁ——」


 それは戦闘鬼神と名乗る割には、やけにやさしい声色だった。


「お前さんはそれで天に戦争ふっかけたじゃろうが」


「ぐはははは! それは苦い思い出じゃ。だが今はこうして仏法の守護者として八部衆を担っておるのだ。あの小憎たらしい帝釈天とも普通に会話したりしてやってるんだからな」


 話についていけない。

 俺は異世界への転移に入ったのではないだろうか?


 「なあに、ほんの10000分の1秒の時間を使ってここに呼び寄せたまで。まあ残り時間は5分もないがね、シュウちゃん、急いだほうがいい」


 「うむ。それでだが」

 すると俺の眼帯がいきなりはじけ飛ぶ。 

 シュウちゃんと呼ばれた、自称阿修羅王様は、その右手に何やら春碧色に輝く珠を持っている。

 「動くなよレイジ」


 そしていきなり阿修羅王は俺の右目だった場所にその珠を強引にねじ込んできたのだ。


 「がっ!」

 呻いたのは一瞬。すぐに痛みは引き、右目に違和感が生じてきた。


 「な、なんだ、右目に視界が……うすぼんやりだけど」


 「これは俺様が文殊菩薩に頼み込んでもらってきてやった、文殊法眼である。あらゆる言語を理解し、物の正体を見極めたり、正体を見破ったりなんかできるらしい、詳細は、えっと自分で使って調べろ」


 「あ、あ、あのどうして、どうして俺なんかによくしてくれるんですか?」


 その問いに、二人は固まった。

 そしてシュウちゃんこと、阿修羅王が語り出す。

 

 「あまりに不憫でのう。この三千世界の輪廻の中であれば、様々な苦行や悲劇、事故は、次の転生への糧となるが、今回は違う。未だ知りえぬ未知の異界。そこに妹を救うために右目を失い、左手も利かぬ、さらに適正とやらがまったくないお主が送り込まれるという。これは看過できぬ!」


 「つまりだ、シュウちゃんが言いたいのは、こちらの理の外へ我が子を追いやるようなものらしい。だからなぁ、文殊菩薩だけではなく、様々な神々、仏神、天部、八部衆とかから加護や縁を結べるようにお願いして回っとったんじゃな」


 「おい、あんまり言うなや!」


 ここで俺は久しぶりにくすっと笑ってしまった。


 「ふん! 釈迦が偉そうに吠えておったがのう、ようは慈愛じゃ。このままお主を見送るなどあってはならん! 我の誇りが許さぬ! 俺の左手には様々力が封入されているから、色々試せ!」


 照れたのか、阿修羅王は雄大な山から広がる雲海を眺めている。


 「もうそろそろ時間じゃ、最後に一つ。あちらの世界の理やらワグニールという男が言ったこと、真に受けぬほうがいいかもしれん。裏があるかもとシュウちゃんと話しておった」


 「よいか、我が霊腕や目を使いこなしたければ、仏法をしゅ、いや、人を救え! 人を助けろ! めんどくせえからそれ守れな!」


 視界がぼやけてくる、二人の距離がみるみる遠くなる。


 「レイジ! 生きろ! 妹にはこれでもかと、部下を送って見守ってやる! 安心していきのこれええええええええ!」


 なんだ、なんなんだ。

 すごいことばかりで、くそう。

 ありがとうって 言えなかったじゃないか!


 ありがとうございます。阿修羅王、そして小角さん。

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