第二章 異世界

邪妖

「フィオ! あっちで何が起こってる!?」


 冒険者風の男たちが襲い掛かってくるオークやゴブリンの群れ、というより無節操に駆けてくる魔物たちの群れを切り伏せながら叫ぶ。


 「北東から巨大な何かが木をへし折りながらこっちに来るよ! !?ってそうか、違ったんだ! ボクたち間違えてたんだ! ゴブリンたちは襲ってきてたんじゃなくて、あいつから逃げてきたのよ!」


 「なんだと?! て、撤退だ! 逃げろ!」


 そう気づいてから、オークたちと方向をずらしながら冒険者一行は撤退を開始するも、土埃を巻き上げながら森の中を疾走してくる未知の相手に皆恐怖で叫びだしていた。


 「何なんだよおおおお!」

 「ひいいいいいい!」


 だがフィオに見えていた。


 その相手が、最悪の敵であることを。

 「フレイムゥ シュート!」


 魔導弓士 マジックアーチャーであるフィオは、その未知の敵に炎の魔法矢を放った。


 炎の矢がホーミングしながら頭部らしき部位へ命中する。


 『 イダイイイイイ グルジイイイイイ ヒモジイイイイイイ ユウザナイイイイイイイイイイ! 』

 無数の男女の声をミキシングしたような奇怪な悲鳴が森へ響き渡る。


 土埃から姿を現したのは、全高5m以上、全長10mは超えようとしていた。


 それは巨大な蜘蛛だった。

 だが、その鋭く細い脚は 人の骨、顔、そういった物が凝縮されて出来ていた。

 

 いやそれは、脚だけではない。胴体部も。頭部は無数の頭が浮かんでは消え、浮かんでは消えつつ、断末魔の叫びを発する、世にも悍ましき 怪物だった。


 「死骸蜘蛛! 邪妖種よ! みんな逃げて!」

 

 フィオはダークエルフとエルフとのハーフという変わった出自を持つ。


 小麦色の健康的で瑞々しい肌に長い耳、そして森に差し込む陽光に揺れるプラチナブロンドのツインテールが風に靡く。


 死骸蜘蛛は、確実にフィオをターゲットに定めたようだ。


 冒険者やゴブリンオークの群れから、若くて瑞々しい肉体を持つフィオに食指が移ったらしい。

 フィオは持ち前の俊敏さと魔導弓士にある、素早く距離を移動するエアリアルステップを駆使して死骸蜘蛛の攻撃を避け続けることに成功していた。


 もう少し、もう少しだ! 

 すぐ近くの木の幹に死骸蜘蛛の吐き出す糸が着弾する。猛烈な速度で木が煙を上げて溶けていき、バキバキと倒れる音がフィオの鋭敏な聴覚を刺激する。


 フィオは自殺願望も、自己犠牲的な聖職者的思考も持ち合わせていない。


 冒険者として蓄積されてきた経験から判断した、逃げおおせる算段があったからだ。

 

 もうすぐ、もうすぐだ。もう少しで見えるはず! エリアルステップで木を蹴りながら距離を稼ぐフィオは、すぐそこに目指していた古びた遺跡を見つけることができた。


 あそこには地下室があったはず。飛び込んでしまえばあの巨体なら!


 よし! 塔のような遺跡跡の入口は崩れかかってはいたが、フィオが滑り込む隙間は十分にあるように見える。


 フィオはその身をよじりながら、瓦礫の隙間にアクロバティックに飛び込んだ。若干腰と足をこすったが怪我になるレベルではない。


 やった! 逃げ切った。

 そう思ったとき、左腕に鋭く重い痛みが走る。


 地下への階段を駆け下りながら、その痛みの原因を見たとき、フィオは立ち止まり絶望に身を落とした。


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