身代り
賢者ワグニールが地球へやってきてから、既に1年が経過していた。
一大国家プロジェクトとして、日本中に様々な施設が用意され異世界出征への適正判定が実施された。
意外にも適正者は少なく、1000人中 10人という狭き門であった。
その家族には準備金という名目で大金が支給されるが、愛する息子や娘、家族を奪われる悲しみに日本中が混乱にあった。
目的は魔王討伐。
転移者同士で連携するもよし、現地人と協力し軍を編成するもよし。
異世界では、各国が転移者を受け持つ体制ができているらしく、それぞれの転移門に出迎えが出ているらしい。
地球人は異世界へ転移すると、現地人とは比べ物にならないほど優れたスキルやクラス、魔力などの資質を得る、というよりも開花させることができるのだという。
国家と国家の約定としての転移者の派遣とも言える。
選ばれた転移者たちの反応の多くは、拒否拒絶。そして2,3割が異世界への希望。
転移後には、あちらの神々からクラスとスキルが付与されるらしく、こちらでうだつが上がらない者たちにはチャンスと映ったのかもしれない。
時代の流れから取り残されたように取り調べの日々が続く俺は、拘置所から奇妙な場所へ移送されていた。
そこは大きな会議室のようだった。
背後には警察官が二人。
遅れてやってきたのはピシッとしたスーツの男。
彼は向かいに腰かけると、鞄から書類を取り出しすぐに話しかけてきた。
「私は弁護士の永森真司といいます。今日は君にある取引、提案を持ってきた。受けてくれると私の仕事がはかどるのだけど」
40代前半でスリムで知的な男性。着ているスーツは一目で高価そうと分かるが、そこまで威圧的でもない。
「それにあたり、君に、風間レイジ君に聞いておきたいことがある。その罪悪感はあったかい?」
「罪悪感を持てるほど、余裕があってくれたら誰かに頼れたのかもしれない」
「そうか。妹さんを守るため、というかこれについては県警のほうでも調べがついていてアンダーグラウンドのスナッフムービー業者との繋がりも裏が取れている」
「……」
「つまり、黒、真っ黒だってこと。正直に言って、君が防がなければその日のうちにその撮影する準備をしていたようだ。君は語りたがらないけど、そこはちゃんと把握できた。安心してくれ、って言ってもそれはそうだね。大人たちがあまりにも……」
永森はひどく落胆しているように見える。
話を聞いていた警察官たちは、それまではゴミを見るような眼をしていたが、二人で見合わせ何か圧が減ったようにも思う。
「だがその代償は、現在の状況。逮捕され拘置所で過ごす日々、さらには右目を失明、左手は神経損傷により肘より下がほとんど動かせない。あえて問いたい、どういう気持ちかな?」
これには警察官たちのほうが動揺してしまっている。何もそこまで聞かなくても、という態度だ。
「妹を、真由を守れたのならいいんです。俺のことはどうでも」
「そうか、実は今回は君にある取引をしてもらいたくて私が派遣されたんだ」
黒光りのする鞄から取り出したのは、ある書類だった。
「異世界転移適合者 転移派遣契約書?」
「さすがに驚いているね、風間君の適正値はFランク。そう最低値となっている。逆にほとんどいないほどの最低ランクだ。だが、この時期に君と歳が近い、ある与党幹部の孫が適合者として選ばれてしまってね、代役を、そう身代わりを探していたんだ」
「ああ、そういうことですか。なら条件があります」
このときの、風間レイジの目を永森は一生忘れることができなかった。
深く悟ったような眼は、さきほどまでの世捨て人に似た虚ろさがなく、未来を見据えた挑戦的な瞳。
永森も、彼が何を言うか分かっていた。
「妹を、妹をお願いします。どこか環境の良い児童養護施設でも、子供に恵まれない優しい夫婦の元とか、真由が幸せになれるようなそんな、そんな、お願いを、してもいいですか」
永森は目頭が熱くなっていた。
既に後ろの警官のうち一名は、堪えきれず泣き出して鼻を啜っていた。
「実は、これはイレギュラーから始まったことなのだけど。私としてもこんな提案を君にしなくてはならない、そうだね罪悪感に苛まれていた。そんなとき、リビングで資料を広げていたところを妻に見られてしまってね」
永森は新たな資料を取り出して、提示する。
「妻が見たのは、真由ちゃんの顔写真入りの資料だった。こんなかわいい子、うちの子になってくれたらうれしいわって。うちはずっと不妊治療を続けてきたからね、諦めたばかりだたったんだ。
思いきって事情を話すと、妻はすぐに面会に行ってくれてね、どうやらすぐ二人は打ち解けたようで……」
永森は最初よりは打ち解けた様子で話を進めてくれた。
今、永森家で真由を保護して面倒を見てくれているという。
真由は永森が弁護士だと知ると、こうお願いしてきたという。
「わたしのことはいいから、お兄ちゃんを助けて! がんばっていっぱい働いてお返しするから! お願いします! お兄ちゃんに、お兄ちゃんに、ちゃんとありがとうって、真由をいつも守ってくれてありがとうって言わないといけないの!」
永森はその時の音声ファイルをこっそり再生してくれた。
気づいたら、レイジは嗚咽していた。
「いもうとを、妹をどうかお願いします。異世界でもどこでも俺、行きますから」
突然立ち上がったにも関わらず警官は制止させることはなかった。何をするつもりなのか、理解していたからだろう。
風間レイジは90度に腰を折って、深くお辞儀をしていつまでも妹のことをお願いしていた。
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