第5章 強欲な神

 あの神脳戦の対局から一ヶ月が経過しようとしていた。

 私は、白井といっしょに神戸にある人工島に降り立っていた。島といっても八平方キロもある巨大な埋め立て地だ。東京の台東区や荒川区が一〇平方キロほどのはずだから、都市がひとつ海に浮かんでいるというべきものだ。

 私は気が強いようによく言われるが、実態は臆病者だ。昔から周囲の悪意を空気で感じとれてしまう。それが私をいつも苛む。

 神戸のわずかな記憶より私には、水辺の埋立地は、子供のころに見たロンドンを思い出す。いまは再開発で近代都市に生まれ変わったドックランドやグリーンウィッチが、倉庫や工場街だったころのころのことだ。

 私は英国で生まれた、いわゆる日系移民の子だった。いまはシカゴに住んでいるが、幼いころまではロンドン郊外のブリクストンで生まれ育った。

 母親は日本人だったが、借金を抱えた、いわゆる不法滞在者だった。イギリスでは四年も働けば永住権を取る資格ができるが、収入が少なく、学歴を持っていない母親には、永住権を得る条件には届かなかった。永住権取得には申請だけで一〇〇〇ポンド単位の費用が必要で、そのような負担を買って出てくれる雇用主などいない。加えて、二、三〇歳台の女性外国人の永住には多くの国が厳しい対応をするものなのだ。母は目を患うまでは、髪を結う技術を持っていて十分働けていた。友人たちと共同経営した店がつぶれ,借金を背負ったが、凛然としたとしたひとで、女を売る仕事に堕ちることを厭うて赤貧を選んだ。

 そんな母と私生児の私だけの家族は、日本に戻る旅費をどうこうどころか、その日の食べ物にも事欠いていた。冬の寒い狭い借家ベッド・シットで、火をともす金もなくなる怖さは、いまでも憶えている。

 そんな幸薄い私たちでも、利用しようと、奪おうと、搾取しようとする悪意には何度も遭遇した。底辺といわれる地域には、ひとの尊厳など歯牙にもかけない悪意が吹き溜まっている。強くあろうとする私、臆病な私は、そうやって形づくられたのだ。

 一三歳で母が病没したとき、もっと大きな悪意による犯罪に巻き込まれそうになったが、外交官だったひとりの日本人が私を救ってくれた。彼がのちに養父になってくれて、貧しさから脱することができたことは、いま考えても私にはこの上ない幸運だった。

 外交官を辞めた養父に連れられて多くの国を巡った。もちろん日本にも長くいた。

 どこでも変わらない。ひとは自分の利得のために簡単にひとから奪う。それは金品だけではない。ひとは簡単にひとを見下し、尊厳を奪い、優越を得ようとする。

 ひとの行為に、言葉に、しぐさに、優越をむしり取ろうとする悪意の匂いがする。私の琴線に触れる。なにかが私を苛つかせる。

 埋立地の広い道路に風が行き過ぎる。

 モノレールによく似た高架軌道式の新交通システム、ポートライナー。私といっしょにその駅から降りる者の数は少ない。

 道路には車の姿はなく、おおきく距離をおいて建てられている建物たちのあいだで、青空は広くて高い。空気が巨大な質量を感じさせて、上から圧されているように錯覚する。

 繁華街から一五分ほどしかかからないのに、恐ろしいほど静かで、風になびく街路樹の葉擦れの音が聴こえる。風に磯臭さが混じるのは、岸壁に近いせいだろう。

 ステンレスやガラスが輝く先進モダンなビルが、それぞれ敷地をぜいたくに広く使って建ち並んでいる姿は、ポートライナーの窓からも見えていたが、アメリカの経済区画に似たような感じだ。

「今日はとなりが休みだからひといないみたいっスよ。休みの日とかだといっぱいらしいんスけどね」

 白井がいう「となり」、とは隣接する動物園施設のことらしい。

 人工島の南端部に広がるこの区画は、医療、再生科学、生命科学などの研究施設、企業が数多く軒を並べる先端研究拠点となっており、国の戦略特区にも指定されている。

 海に向かう広い道路に沿って建つ、近代的な白いスリット装飾の建物へはいってゆく。東神大学の先端融合研究施設だ。橘はここで、脳神経回路網生理学研究と、AIなど脳型情報処理システムとの融合研究を行っていた。

 彼が作ったビーナはその応用例のひとつに過ぎない。そして、この施設で橘が作り出そうとしている新しいシステムは、ビーナをはるかに超える性能を持つスーパーコンピュータを用いたシステムだった。

 私は入口に入るまえに振り返った。

 まぶしい陽光が目を射た。

 この建物の道を挟んだ対面には、陽を反射するグレーシルバーの巨大施設がある。ここは国立総合科学研究所の主要な研究施設のひとつであり、そして世界最高速のスーパーコンピュータ『カルマ』をもつ、計算科学研究センターだ。この地上四階、延べ床二万平方メートルにおよぶ大規模な建物の内部のほとんどは、この三階に設置された『劫』とその付帯設備で構成されている。建物の裏手から立ち上る雲のような巨大な蒸気は、『劫』の冷却設備から排出されるものだろう。

 日本が誇る、世界最速、最高性能のスーパーコンピュータ。

『劫』は古代インド語で、宇宙的な尺度で無限に近い長大な時間を指す。カルマと読ませているのは無論、当て字で、語源であるサンスクリット語の劫波カルパと、ひとの行いや宿命を指すサンスクリット語のカルマから作られた造語である。

 橘の大学など複数の国内外大学の計算機システムは、この『劫』とネット連携するシステムを持っている。

「あれが、こことつながってるんスねぇ。でも、劫、直接見てみたかったっスねぇ」

 黒々としたモノリスのような計算機の筐体が、無機質な床に大量に立ち並ぶ寒々としたさまを見たところで、なんの意味もない。強冷却された計算機室では、立っているだけで足元が冷えてくる。

 コンピュータの存在とは、姿かたちではなく、その性能だ。『劫』の演算性能は最大五二EFLOPSとされ、それまでも世界最高速とされていた前世代機のおよそ一〇〇倍以上の性能を持つ。

 神脳戦の対局ののち、次の第四局は、特別対局と位置付けられ、タイトルとは無関係ながら、同じ場所で行われることが決定している。

 建物の一角に設けられた橘の研究室には、大学の研究室と同じように数台の端末があるだけで、特殊な設備があるわけではなかった。

「おはようございます」

「やあ、ごくろうさま」パネルボードで区画された白々とした壁の部屋に、橘は待っていた。

 以前に見たような、憔悴した様子はなかった。立ち上がって、私に椅子を勧める振る舞いも足早で、以前とくらべると、わずかではあるが熱を帯びた高揚感が感じられた。

「どうです、進んでいますか?」

「なんとか、形にはなりそうだが、やはり完全ではないね。それでも、坂田名人に負けはしないだろうね」

「ビーナに一〇〇戦全勝したっていうのは本当なんスか?」白井がインタビュー用のICレコーダーを取り出しながら訊く。

「そうだね。性能的にはビーナの比ではないよ」その言葉のわりには暗い顔をした。

 橘が作ろうとしている新しいAIとは、どんなものなのか。

 私はすでにこのシステムについての詳しい資料を受け取っている。

 いまの人工知能AIは、囲碁や将棋に限らず、さまざまな問題を解決するために発展してきた。AIに用いられるモデルは、SVM、ベクトルマシン、単純ベイズ、多層パーセプトロンなど、それぞれの分野に適したものが生み出されてきた。ところが、同じようにあらゆる問題を解決できる人間の脳は、そのような複雑な仕掛けをいくつも持っているわけではない。脳のなかでは処理をする箇所がそれぞれ違うことが知られているが、それを形づくる神経回路網には違いがない。

 マスターアルゴリズム―――。

 我々の脳のなかで『知能』を形作っているメカニズムは、いまのAIが使ういろいろな仕組みのようなものではなく、があるはずだといわれている。だが、それはまだ発見されてはいない。

 橘はそれに挑んでいた。知能を生み出そうとしていた。

 坂田の脳では、意味ネットワークを検索する高い能力が生み出されたと橘は言っていた。AIは、あたかも人間と同じようにこのネットワークを獲得し、答えに到達できると思われている。囲碁や将棋の数多くの棋譜の経験知のなかから、数多くのつながりを学習し、最善手に最も強いつながりを持った手筋を見出すことができるからだ。

 しかしそれは誤りで、現在のAIは、人間と比べて極めて狭い範囲の意味ネットワークしか獲得できず、またそれ以外の知識を検索する能力がない。例えば、囲碁のAIは囲碁の経験知しか獲得しておらず、自動車の自動運転のAIは運転に必要な経験知しか利用できない。その手段として教えられたこと以外の問題に遭遇したとき、まったく対応できないのだ。

 私たちの知能は、目的と関連のない知識や、経験から新しいつながりや、論理を獲得することを繰り返し、それを数多く組み合わせながら、新しい経験知を編み出す。

 橘の汎用AIは、そのように世のあらゆる出来事を学習し、それら関連のないことがらからも論理を導き出せる能力を目指すものなのだ。

 橘のシステムは、知識を学習するのでなく、そのための仕組みメタ・アルゴリズムを獲得する。一〇〇万年、いや生物六〇億年の時間をかけて選択を繰り返し、『進化』が作りあげてきた知能のためのメカニズム、マスターアルゴリズムを、『劫』を使ってコンピュータ上で進化学習させる。莫大な数のアルゴリズムと、膨大なパラメータのなかから、知能を得るための最適なアルゴリズムを深層学習ディープラーニングする。

 このAIシステムは、適切な学習を行いさえすれば、理論上は人間に極めて近い論理知能を実現できるはずだという。

 橘のシステムはしかし、完成していない。研究途上なのだ。それでも、将棋に関するメタラーニングを実行し、ビーナを超える能力を獲得するに至っている。

「まだ、なにかが足りていない」橘はひとりごとのような口調でそう言った。

 世界を驚かすような研究の最終盤で、それと苦闘する研究者の、焦熱のようなエネルギーをもった顔ではない。

「坂田名人との戦いで、なにかが得られればよかったんでしょうけどね」私はそう、相槌を打った。彼自身があの戦いに臨む前に、それを目的にしていると言っていたはずだ。

 坂田との棋戦は、予想以上の衝撃を橘に与えた。だが、坂田の生物的な異常さは、橘の抱える難問をさらに難解にしたのかもしれなかった。

 私もこの一か月あまり、鬱々として過ごした。

 この間、彼のこの研究を見てきた。最初にこれを見て、私は瞠目した。橘のAIは私の想像を越えるものだった。これが実現し、マスターアルゴリズムが解析されば、素晴らしい快挙となるだろう。世界を変えるゲームチェンジャーとなることは間違いない。しかし、長い間、最後のブレイクスルーが得られないまま、この研究が停滞していることも私は知っている。

 だが、私の憂鬱はそのためではない。

 私の治まらない胸騒ぎはそれではない。橘はこのシステムを『クピディタス』と呼んでいる。

「よく、劫のフルノードの使用許可が下りたっスねぇ」白井がこの一ケ月で何度も言った言葉をまた口にした。

 『劫』の使用には申請手続きや、使用目的の厳密な審査がある。橘は坂田との棋戦より以前から、使用許可を何度も申請していたが、許可がまだ下りていなかった。

 『クピディタス』とは、強欲、貪欲、すべてを取り込む欲望を指す古代ローマの概念のひとつ。

 AIはどれほど仕組みが優れていようとも、獲得する知識が与えられなければ機能しない。どのような知識を、どれだけ学習させるかが、その能力を決定する。生物六〇億年の経験知を獲得するためには、全知ともいえる莫大な知識情報を与える必要があるだろう。橘のシステムは膨大な知識情報を獲得するために、外部ネットにアクセスし、能動的に情報を吸い上げるサブシステムをもっている。

 このシステムは、どのような情報を。かつて、橘が作ったプロトタイプ実験で、二四〇以上のサイトに不正アクセスをしてしまうという、実験事故を起こしていたのだ。

『劫』はもともと、オープンネットワークへの接続を許可していない。もしも、『劫』を介してこれを稼働させると、その凄まじい速さは人間が監視できる類のものではない。どの情報をどこからどのように獲得しているかを監視することなどできない。AIのシステムは、法的な制限や、倫理的な禁忌などを理解している人間とは違う。橘への使用許可が渋られていたのはそのためだった。

 しかし今回、坂田との対戦が世間の注目を浴び、メディアの声の後押しを背景に、特例的な許可を得たと聞いている。

「坂田名人がこれに勝つとは、私だって思わないわ」

「でも、坂田名人なら、私たちになにかを見せてくれるかもしれない?」橘のその言葉は、内心の期待をこめたものなのだろうか。

「いいえ・・・、いいえ、そう思ってるわけじゃないわ」

 おそらく、坂田だってそうは思わないのではないか。そうならば、坂田はなんのためにこの戦いを望んだのか。

 勝つことがすべてという坂田は。

「ネットアクセスの事故は、結局、大丈夫になったんスかね」

「対策はすでにしたよ。それにネットアクセスそのものも、今回はだいぶん制限されているしね」許可された使用時間は長いものでなく、制限も多くなっていた。

「まあ、でないと許可下りないっスからね」

「今回、時間は十分ではなかったよ。そこで、坂田名人に勝つことだけを、その優越欲求をこのシステムにインプリメントしたんだ」

「欲求を?」私の胸はざわついた。

 どのような方法でそれを実現しているのか、私には理解できなかった。

 ディスプレイを操作していた学生が椅子ごと振り返った。

「この学習回路に適用した評価関数には、最新の認知心理学プロスペクト理論にもとづく加重関数曲線が与えられているんです。これですよ」彼の顔は紅潮しているように見えた。作り出そうとするものへの期待に満ちた科学者の表情だ。

 数多くの数値と、グラフで彩られたディスプレイ画面に、ポップアップしたそれは、鮮やかな赤い曲線で表された関数曲線だった。プラスの幸福よりもマイナスの損失が極度に落ち込んだ歪な曲線は、私の胸をさらにざわつかせた。

 AIは、マンガやSFのように感情をもったりはしない。情動は欲望がないと生じない。食べたい、得たい、勝りたいというような原始的な本能がない機械には、感情を生む根本がない。得る喜びもなければ、失う悲しみもない。

 それを橘がモデル化したとするならば。

 もしも、優越欲求を与えることができたのなら。

 その裏側の苦しみをも与えたことに。

「ドライブします」学生が、熱のこもった声で宣言した。

 橘の新しいシステムは、ネットワークを経由して『劫』にロードされドライブされる。

 地響きのような低い音がした。足元が揺れたと感じたのは錯覚ではない。

「劫の極低温超電導ユニットの発電機が動き出した音ですよ。規模がすごいですからね」

 その響きは私には、あたかも『劫』が苦痛に身もだえたように聞こえた。

「心配なんスか?」

 白井は、私の顔を覗き込んでそう言った。そんなに気持ちが顔に出ているとは思わなかった。

「そういうわけじゃないんだけどね」

「クピディタスが暴走するかもしれないからっスか? 人間みたいに倫理を守っちゃくれないっスからねぇ」

 人知に近づいたAIは、人間たちの望む通りの動きをするのか。

「倫理を守るって、人間の倫理って? なにを守れっていうのよAIに。彼らにとっての正しさは、入力コマンドのなかにしかないわけでしょ」

「なにをというなら、アシロマの原則とかで話し合ってるようなことじゃないんスか?」

 AIに倫理を求める検討が世界中で行われている。世界の著名な科学者が共同して宣言した『アシロマの原則』でもAIに人間の価値観を与えることを求めている。日本など多くの公的規定で、AIのプログラミングでの人権の優先などが謳われている。

「アシロマの原則に意味があるとは思えないわ。そもそも心理学の基礎でしょ、人間自身が『倫理』をちゃんと定義できてはいないのに、AIにそれを教えられるわけがないじゃない」

「そうなんでしょうか」学生が私を振り返る。クピディタスへの期待と裏腹な懸念は、この学生も抱いているだろう。

 橘が、その若さに応える師の顔で言葉をはさむ。

「アシモフのロボット工学の三原則、聞いたことあるよね」

「ああ、ええと・・・、人間の命を守り、危害を加えてはならない。それを見過ごしてもいけない。その次に、人間に服従しなければならない。最後に、自分を守らねばならない。その優先順ですよね」

「その三原則をプロラムした、私たちと同じくらいの思考力と、同じくらいの知識をもったAIロボット、鉄腕アトムが作られたとしよう。彼を造ったお茶の水博士が彼の起動ボタンを押したとき、アトムは最初になにをすると思う?」

「ええ・・・」

「アトムは、街の悪人をやっつけに行ったりはしないよ。彼はそんなことには目もくれず、すぐにソマリアや、シリアや、ウクライナなどの紛争地域の難民や、飢餓で死にかけた子供たちのいる場所へ飛び立つことになるはずだ。だって、そこで大勢の命が失われていることは。AIにとって人命がすべてに優先だとプログラムしたのなら当然、そうなるはずだろ。そのためにもしも必要なら、博士から金品を奪ったり、自由を奪ったりすることも躊躇しない。そうだろ? 正しい優先順だ」

「ああ、ピーター・シンガーっスか」

「行動心理学よ」

 私たちは、人命はなによりも大切だという。地球より重いのだという者もいる。目の前で溺れる子供がいれば、自分の命も顧みず助けようとする者は少なからずいるだろう。では、テレビでユニセフやWWWFが、わずかな支援で助かる命があると連呼しているのに、支援のための行列ができないばかりか、それを観ながら美食を愉しんでいる私たちの倫理とはいったいなんなのか。北アフリカや、中央アジア、東欧で死にかけている大勢の者を救うため、なにもかもをなげうって助けたいという国が続出するようすはない。

 私たちの本能は、野生動物がそうであるように、身近な脅威や、利益を優先させる。遠い脅威に鈍感になるようにできている。大勢がいれば、誰かがやるだろうという、根拠のない『傍観者効果』が生まれ出る。

 私は学生に言った。

「起動ボタンを押されたアトムがアフリカに飛び去ったりせず、テレビニュースを観て、海外で大勢死んだみたいですが、日本人はひとりもいなかったそうです、よかったですねって、博士にそう話すアトムが私たちの望むアトムなのかしら?」

「いずれにしても、もう後戻りはできないっスよ。クピディタスは動いてるんスから」

 白井のいうとおりだ。いまさらなにを心配しても仕方がない。

「坂田は・・・、坂田はこれを、このクピディタスを見てどう思うのかしらね」

 再戦のときは近づいている。

 明日には坂田がこの場所にくる。規定に従いあらかじめ二週間、坂田がクピディタスを使用することになっているためだ。以前とは状況が違う。ビーナのときのように、坂田が自分のAIでクピディタスを逆解析することは、まず不可能であろうし、坂田自身がそうしたことはしない旨、宣言している。

 坂田がここを使うあいだ、私たちはその姿を見ることは敵わない。

 あの神が、この怪物をどのように扱うのかを。


 そして対局の日が訪れた―――。

 前回とおなじホテル会場のロビーホールは、それまでに倍する人間でごった返していた。

 私はそれを、かつて坂田の姿を初めて見たときの二階のせり出しから見下ろしていた。

 ニュース報道は過熱気味だった。

 日本最強の将棋AIを、人間坂田が全勝で退けたニュースも大きかっただけでなく、超人坂田の知能の謎がドラマチックに報じられ、それを多くの海外メディアが大きく取り上げたため、国内へフィードバックしてさらにエスカレートした。

 集まった報道関係者は、それまでの将棋関係や、社会系報道のものだけでなく、ワイドショー系や、ネットニュース系、それに雑誌メディアが大挙して詰めかけていた。多くの者がここで待っているそのわけは、ここに現れるはずの坂田の姿を求めてのことだ。

 すでに準備は整っていた。『劫』と結んだネットワークは、東神大学を経由してこのホテルにもつないでおり、前回と同様に、最上階の会場にその指令が届くようになっている。

「坂田名人、遅いっスねぇ」

 その異変にひとびとが気付いてざわつき始めたのは、坂田の会場入り予定時間を過ぎたあたりからだった。

 見下ろすロビーでは、関係者があわただしさを加えていた。

「名人はお泊りには?」「いいえ昨日は・・・」

「しかし、ずっとここにお泊りで、劫のところに毎日通われていたんだろう?」「そうです。しかし、昨日だけお戻りにならずに」

「連絡は?」「北美川さんにもつかなくて」

 不安げな顔がいくつも右往左往するのを見るうちに、時間は過ぎていった。対局の時間になっても、坂田からなにも連絡はなく、北美川への電話にも応答はなかった。

 会場では、開始時間を延期する旨のアナウンスが流されていた。

 なにかが坂田に起こった、という疑念が会場に充満していた。ざわめきが大きくなったメディアブースを横切って、私はホテルのフロントに向かった。

「坂田名人、いや北美川さんは出かけた?」

 ホテルマンは一瞬、困惑の顔を見せ、私の掲げた関係者証を見て、さらにそれを深めた。

「お知らせのとおり、ご連絡がつきません」

「昨夜から戻っていないって本当?」

「いえ、北美川さんは二〇時ご夕食にはお戻りでした。でも坂田さまはお戻りにはならなかったと・・・」

 坂田が消えたことに、私の胸の焦燥感が募っていた。

「北美川さんは・・・、北美川さんはいつ出ていったの?」

「それが、フロントへのお届けはなく・・・」

 北美川は毎朝早く、かならず坂田の世話をしていたはず、もしも坂田が北美川にも告げずに姿を消したとすると・・・。

「北美川さんを見たひとはいるでしょ? 今朝、だいぶ早い時間のはずよ」

「いえ、フロントでもお姿を見たものはおらないんです。ああ、でももしホテルを出られたなら入口警備が見たかもしれません。ただ、夜勤の者はもう交代して、いまここには・・・」

「そう。連絡して訊いてもらうことは?」

「それは、できると思います」

「じゃ、訊いて欲しいの、すぐに。分ったら連絡してもらえる?」私はデスク上のメモに電話番号を殴り書きした。

 その足で関係者通路へ向かった。

 橘は、やけに青い顔をして、クピディタスの操作ブースに立っていた。

「なにかあったの?」

「いえ、坂田名人がいないと、聞きました。対局はこのままでは中止になるのかと」

「クピディタスには問題は?」

「いえ、なにもないです」学生が応えた。

 理由のわからない苛立ちが私を急かせていた。

 なにか痛みを伴うものが私の胸の底にあって、少しずつ大きくなってゆく。

 携帯電話が鳴った。ホテルフロントからだった。

「ええ・・・、そうですか。分りました。ありがとう」その短い電話を切った。

 警備員の話によると、私の想像どおり、北美川はまだ空の暗い早朝に、慌てたようすでホテルを出ていた。

 私は橘の腕をつかんだ。

「行きましょ」

 そのまま、VIP専用エレベータのほうへ引いてゆく。

「行くって、どこへですか? 対局を・・・」橘は引きずられている。

「坂田はここへはこない」私は歩を緩めず応えた。

「え・・・坂田名人になにが」

 私は立ち止って振り返った。

「坂田は対局にはこないわ。坂田はもう、この街にはいない。劫のところへいきましょう」

 北美川がホテルを出たその時間では、タクシー寄せにも車はいない。北美川は入口警備員に尋ねていた。人工島へ向かうためタクシーを呼ぶ手段を。

 坂田になにかがあっても、北美川がついていればホテルに連絡ぐらいはする。なにかがあったのではなく、それは坂田が望んだ行動であるはずだ。それを裏付ける根拠はまるでない。私のなかで湧き上がる焦燥が、それが正しいと告げているだけだった。

「しかし・・・」

「もう対局はできないわ。坂田を助けなきゃ」

「助ける?」

 坂田は昨夜からホテルに戻らなかった。坂田はひとたび眠れば翌朝にはすべての記憶を失う。北美川なしにそれを取り戻すすべがない。彼女を置いて戻らないとするならそれが意味することは・・・。

「急いで!」

 そのあと、橘はなにも言わずに私に従った。ロビー出口、多くの関係者が怪訝な目を向ける中、タクシー乗り場に向かう。

 振り向くと、私たちの後ろを、白井と学生が追いかけてきているのが見えた。

 タクシー乗り場に達するまえに、私たちの前にスーツ姿の男が立ちふさがった。

「橘さん、どちらへ?」チャコールのスーツの前ボタンを留めていない。黒タイ、耳にカールコード型イヤホン。警察の警備担当者だと一目で判る。

「坂田名人がこられていないことは伺っています。橘さんたちもどこかへ?」

 神戸の山の手で、これだけの人数が集うイベントならば、地元警察の警備も実施されていることは推すまでもない。

「坂田名人は失踪したわ。急いで彼を探さないと。彼はなにかの事件に巻き込まれている可能性がある」根拠はさらにない。なにが私を急かせているのか分らないが、止まらない。

「それは、どういう・・・」

 みなまで言わせなかった。

「説明している時間がないの! 急いで劫のところへいかないと。できたら警察に先導してもらえないかしら」私は、その警官の胸を腕で押しのけて、タクシーへ向かった。

「待ってください! 本部に連絡しないと・・・、ここを動いてもらっては」

「あとでして! とにかく、人工島ポーアイの劫の場所へ行かせて!」

 なにも説明する余裕はなかった。私は橘と学生とを先のタクシーに乗せ、白井と次のタクシー乗り込むと、人工島の住所を告げて走り出した。ほどなく、赤い回転灯を回したセダンが追い抜いて、先導するように前を走り始める。

「運転手さん、警察についていって!」

「どういうことっスか?」白井の問いには答えたくとも応えられない。

「白井、いまのうちに、あなたにも訊いておきたいことがあるわ」

 ホテルから湾岸道路までわずか二キロ、そして巨大な連絡橋を走りながら見る人工島の威容。

 一〇数分で、私たちは劫のある街区に達していた。

 そしてそこには、北美川涼音が立っていた。

 空は晴れ渡っていた。私たちが降り立った研究施設の前からはるか、広い道路のその先、歩道の白いコンクリートが陽光を反射するハレーションのなか、黒い影は一本のアザミのように風に揺れていた。

 風が彼女の長い髪をなびかせ、服をはためかせる。

 涙でおくれ毛が頬に貼りついているのが、遠目にも分かる。

 私は橘たちをおいて、彼女のもとへ駆けた。

 そうしながら、後悔していた。なぜ、もっと早く気づかなかったのだろう。六年前、坂田は事故に遭ったと北美川は言った。私は忘れていた。六年前、日本では大きな事件があったはずだった。海外でも大きく報じられていた。

 六年前、東京―――。

 大規模商業施設、、二〇〇人以上が犠牲になった未曽有の無差別殺戮事件だった。

 その事件で、

 私は知らなかった。海外では事件は報じられたが、坂田のことは報じられていなかった。

 東京渋谷ウェストスクエア、サウスタワー地下一階駐車場に置かれていた自動車に積載されたANFO爆薬は、一瞬にして、地上一二階の大規模商業施設の地上三階までの構造物を全壊、隣接する地上四〇階の建物の七階までの前面を破壊した。そして建物基部を破壊したことによって、地下三階までの駐車場構造が座屈陥没し、上部一二階の建物全体のおよそ半分、一二〇〇トンが崩落、さらに二棟をつなぐ五四〇トンのアーケード構造と架橋を同時に崩落させている。

 この爆破、および崩落によって、当時商業施設内にいた一般人、および従業員二一八人が死亡し、三二四名が重軽傷を負ったのだ。

 坂田と、坂田の妻、および八歳の娘がこの被害に遭い、妻子は死亡、坂田は軽傷を負ったと記録されていた。私はその妻子の悲劇を、タクシーのなかで白井から聞いた。

 私の頭のなかの意味記憶ネットワークで、爆弾事件というおぞましい単語は漠然と浮かんでいたに違いない。六年前から異常な能力を発揮し、理由のないAIとの戦いへ臨む坂田の異様な姿とが、無意識のなかに重なって、説明のできない怖さを生んでいたのだ。

 私は北美川の前に走り寄った。

「坂田はどこ?」

 彼女は泣いていた。スーツの胸全体の色が変わるほどの濡れたあとがあった。声を発さず、目を強く閉じて、首を左右に振った。問いを拒むのでなく、なにかに堪えるように。

 どうして思い至らなかったのだろう。

 坂田は六年間の新たな記憶がない。彼にとって毎朝は、いつも六年前の

 妻と子を失ったその日に、坂田は常にいる。

 白井から聞いた話では、坂田は、若いときはかなり精神的に不安定な人間だった。しかし妻となった女性と出会ってそれが変わっていった。結婚をし、娘が生まれ、むつまじい家庭を作っていった。

 坂田のその苦悩は想像できるものではない。坂田は毎朝、その時に立ち返り、その悲愴に直面し、そして

 できるわけがない。そんなことが。

 その喪失を眼前にしながら、予定どおり食事をし、生活をし、棋戦に臨む。それしか生きる術がないとしても、それを自分にあてて科したとしても、それを理解して実行できる人間などいるはずがない。

 北美川はそれを六年間、そばにいて、ずっと見続けてきたのだろう。そして、坂田はいま、彼女のそばにいない。

「坂田は昨夜から、眠っていない。そうなのね」

「そう・・・おそらく、そうでしょう」この朝に北美川の世話を必要としないなら、それしかありえない。

「答えて、坂田はなにをしようとしているの?」

 北美川は口をつぐんで、やはり首を振った。

「私には、どうしたらいいのか・・・」

「あなたも一緒にきなさい」

 私は北美川の手を引いた。

 橘の研究室は、雑多な資料類が撤去され、ソファなどの調度や、給湯設備など什器が運び込まれていて、整備されていた。坂田はここで二週間、クピディタスを使用していたはずで、そのための配慮なのだろう。

 警察官数名がついてきていた。そのなかのひとり、四〇がらみの日焼けの濃い男、さきほど会ったスーツの男は、兵庫県警警備部の谷川と名乗った。

「あなたたち、なにをしようとしているんですか? 坂田名人は?」

「坂田はどこかへ失踪したわ。どこかは分からない。でもその直前まで坂田はここにいた。このシステムを使ってた。ここのログを調べればなにかが判る。坂田は私たちになにかを隠している。それは六年前に関係するなにかよ」

「しかし、いまは坂田名人が消えたっていうだけで、名人がなにか事件に関わっていると示されたわけでは・・・」

 谷川という警官のいうとおりだった。今の時点で、焦らねばならない根拠はなにもない。しかし、なにかが私を責め立てていた。

「分かっているかしら、坂田は北美川さんなしでは朝を迎えられない。まともな生活行動はできないのよ。彼は彼女を置いて去った。それがどういうことか。明日の朝がきても、彼にはこの六年間の記憶をもういちど取り返すつもりがない。その必要がない。そういうことじゃないかと思うのよ」

 谷川は一瞬、考える間を取った。

「それは・・・、つまり自殺とかそういうことを示唆されているんですか・・・」

「分からないわ」

 私は坂田が自殺するなどとは、つゆほども思っていなかった。この六年間、坂田は妻と子を失った悲しみを毎日繰り返していたはず。それでもふつうに生活をし、対局を行い、AIとも戦った。それにはなにか、そうしなければならない理由が、そうしたい強い意思があったはず。そのものすごい悲しみを押しのけてでも、やり遂げようとするなにかが。それが、昨夜に突然変わったとするなら、その手がかりがここにあるはずなのだ。

「もう、待っていても、対局は無理、なんですよね・・・」学生が、橘の顔を見ていた。

 橘は青い顔のままで、唇を噛んでいた。

「よし、ログを確認してみよう」絞り出すように言った。

 学生が滑らかに操作するキーボードと、ディスプレイにポップ表示されるウィンドウ群を眺める。

「ない・・・」

「ログが? またログが削除されてる?」

「いえ、そうではなくて、対戦のログが・・・」

 学生は、再びキーを叩く。指だけが、別な生き物のように動く。

「ありません。対戦のログが・・・、一件も!」

 それは坂田のこの端末の操作ログだが、そこから起動されたはずの将棋オペレーションの記録がないのだ。

「削除されたわけではないようです。それ以前に、オペレーションログそのものが作られてない・・・」

「なにもしなかったはずはないわ。二週間も夜遅くまでここにいたと聞いてるのに・・・」

 坂田はここで将棋をしていなかった。ということは、昨日坂田になにかが起こって、対戦を放棄したのでなく、二週間前からすでに対戦をするつもりがなかったということなのか。しかし、では二週間、なんのために坂田はここへ。

 クピディタスとの対戦を望んだのは坂田―――。

 それはつまり・・・。

「オペレーションじゃなく、プロジェクトレベルでどうなってる」橘が指示を出す。

「あ、あります。プロジェクトは動かしてる・・・。でも、これは?」

 それはクピディタスに組み込まれた将棋のAIオペレーションではなかった。

 なにか別なものだ。坂田はなにか別なオペレーションをクピディタスに組み入れて、操作していた。

 この、誰も監視することのない場所で、二週間もの間。

「ファイルが・・・」

 学生が指し示すワークフォルダのなかに、二テラバイトもある巨大なアーカイブファイルがある。

「どうやら、坂田名人が操作したクピディタスのオペレーションは『解号』だな・・・」

 橘が、ディスプレイに表示されている大量のコードをどう見てどう判定しているのかは分からない。私には数値の羅列にしか見えない。

「解号?」

「ここにあるファイルは高度な暗号化処理が施されている。坂田名人はクピディタスと劫を使って、これを解こうとした」

 私たちが使っているクレジットカード決済や、スマホの通信、パソコンやネット上で使用されるファイルなど、多くは暗号化されている。現在使用される暗号化ロジックの多くは素因数分解、楕円曲線を基本とする公開鍵RAS暗号と呼ばれるもので、従来のスーパーコンピュータを用いても解号には数年を要する。だが近い将来、一〇〇万量子ビットの量子計算機が開発され、その超並列計算技術を用いれば、二キロビットのRAS暗号を八時間あまりで解けるとされている。

「劫のハイブリッドシステムには一〇万量子ビットの量子素子が用いられている。もし、クピディタスのAIモデルと組み合わせて解析関数を組めば、一般的なファイルの暗号は解けてしまう可能性が高い。セキュリティ上、劫にこういったプロジェクトを使用することは禁じられているが・・・」

「それでも、二週間はぎりぎりだわ」

「どういうことなんスか、坂田名人はなに? 劫との対局をやめて、ファイルの解読とか別なことに劫を使うことにしたんスか?」白井の声がまた裏返っていた。

「突然気が変わったわけじゃないわ。最初からそのつもりで、劫を利用したとしか・・・」私の背中にふたたび違和感の棘が刺さった。

「少なくとも、坂田名人はあらかじめ用意したと思われるプロジェクトを劫にインストールして、そのファイルの解号を試みているのです」学生の目が見開かれている。強い緊張感に神経を削っている。

「解号・・・、解号って、その結果は?」

「残念ながら、解号したファイルはここにはないようです。別なストレージを用意してそこへ展開したんでしょう」

「も、もう一度、解号するには・・・」

「坂田が二週間かけて解いたことをもう一度やるしかないわね」そんな時間が許されるはずはない。焦燥感が私の胸を灼く。

「まて」橘が学生の肩に手をかけた。

「解読はクピディタスのメタ解析を用いて最適化を行っているな。であれば、ロールバックできるはずだ」

「ああ、そうですね」

 学生の操作で、流れるようにいくつかの画面が現れては消え、滝のようにスクロールする数値の列をしばらく眺めると、学生が振り返って、にっこりと笑った。

「やりました!」

 彼の明るい表情と対照的に、画面をのぞき込む我々の顔は険しかった。特に警察官、谷川の顔は驚愕に近いものに変わっていた。

 そこに現れたフォルダには数多くのファイルが押し込まれていた。ほとんどのファイル名は意味の分からない英数字だった。だが、注視したのはファイルではなく、表示されていた解凍フォルダに記されていた名前だ。

 峠ノ越靭一とうのこえ じんいち―――。

 それは、この暗号化ファイルが、峠ノ越という名前の男に関係するものだということ。それを坂田は、すさまじい執念をもって、劫を使ってまで解読しようとしていたことになる。

 六年前、東京で起こった爆発事件、坂田がその妻と娘を惨殺されたその事件、その犯人の容疑者とされたのが、峠ノ越だった。

 それは当時、未曽有の大規模テロ事件として、日本のみならず、世界中で報じられた事件だった。連日連夜、この事件に対するさまざまな報道が、あらゆる国で絶え間なく伝えられていた。海外テロ組織など多くの組織犯が疑われ、一部では犯行声明の報道も出たが、テロ組織の関与を完全と認められる証拠が発見されず、アメリカやEUなど関係国の調査でも関与が否定される結果となっていた。

 そして、その爆破現場で、峠ノ越の姿が目撃されていたことが報じられたのだ。

 その破壊現場で姿

 目撃者はひとりで、当時、ほぼ視界はなく、偶然の風で開けたわずかな視界に、峠ノ越が瓦礫をもちあげて、の頭部を打ち据えるようすが見えた、と証言した。

 目撃者はそれを、最初は救助のための行動かと思っていたが、その後に被害者の酸鼻のありさまを見て、殺人ではないかと恐ろしくなり、通報に至ったと伝えられている。

 その後の調査で、その周辺の五か所で、爆破や崩落被害としては不自然と思える遺体の存在が発覚するにおよんで、日本国内で大きく報じられ、五人の遺体すべて峠ノ越の犯行ではないかという推察のもと、ネットニュースや、ワイドショー系報道が過熱し、昂っていった。

 そして、それを上回る過熱に導いたのが、この爆破テロ自体の実行犯が峠ノ越、という疑いで捜査が行われているという週刊誌のスッパ抜き報道だった。

 この爆破事件は、一九九五年のオクラホマシティ連邦政府ビル爆破で用いられた、車載ANFO爆薬と、崩落を企図した建物基部の破壊という手口に酷似していた。この犯罪をモデルにしたものと推察されており、この事件と同じ個人犯である可能性はすでに示唆されていた。

 爆薬原料となった硝酸油剤を扱う肥料工場を、かつて峠ノ越の父親が経営していたという事実も伝えられていた。

「峠ノ越って・・・、峠ノ越靭一は、捕まって、」学生が首を回して、すがるような眼で谷川を見る。

「いや、まあ、それは確かだ。いまも刑務所にいるはずだ。仮釈放も一〇年を超える重犯には、まず認められない。あってもまず、六年ってことは絶対にない」

「でも結局、爆破事件のんですよね、確か」

 事件当時、峠ノ越は、爆破事件の犯人としては裁かれてはいなかった。

 私は、白井から坂田と事件のことを聞いてから、ネットで調べ直して知った。その当時、報道の狂奔とは裏腹に、峠ノ越の爆破テロ犯罪を示す証拠はなにひとつ発見されなかったのだ。

 当局は相当な人員を動員し、徹底した調査、捜査を実施したが、峠ノ越の父親の工場は使われた形跡は全くなく、峠ノ越自身にも、爆発物の原材料の入手や、製造に関与したと認められる経過や、証拠が皆無だった。

 そして、峠ノ越は、最初の殺人の嫌疑をあっさりと認めた。

 救助しようとした男と口論になり、脅かすつもりで振り上げた石で殺してしまったと述べた。

 それ以外の五件の遺体に関しては、関与を疑う要素があまりにも希薄で、立件にすら至らなかった。峠ノ越がその一件の罪を認めて、改悛の情を示し、争わない姿勢を明らかにしたことで、信じられないほど早く、その刑が確定してしまった。

 すでに過剰防衛で犯罪歴があったが、執行猶予期間は過ぎていた。そして、一件のみの殺人で峠ノ越は起訴された。事件前に被害者と、峠ノ越との関係性は全くなく、そのため、計画的な犯罪や、殺意をもった行動とはみなされず、傷害致死とされた。以前の過剰防衛と同じような過剰な暴力反応で殺人に至ったことは重視され、量刑は重くなったが、それでも懲役一二年の短さだったのだ。

 私はディスプレイ上に解号されたフォルダをのぞき込んだ。学生がファイルのなかを検索している。

 いくつかあるフォルダのひとつには、六年前の渋谷の商業施設の名前や、それに関係すると思われるいくつものファイルを見つけることができた。そして、その事件だけではない別なデータが、整然と分類され、そして大量に保存されているように見えた。

 可読のファイルは多数あるが、それはほとんどが大量の数値の羅列や、略称で表されたシンボル、そして何らかのプログラムコード、処理シーケンスを表すリストだった。それらにはインデックスがつけられ、何らかのルールで整えられ、格納されている。

 第三者に分からないようにする意図はあったかもしれない。自分のためにと作られたノートや、メモ書きが、他人には理解不能であることはよくあることだが、これほど莫大な量のデータやコードを頭の中で理解して操れるものなのか。

 背筋が寒いという感覚を初めて知った。

 これが峠ノ越の、自分のための記録や、備忘録なのだとしたら、彼もまた尋常でない知能の持ち主であるに違いなかった。

「これは、なにかの建造物のデータよね?」私はフォルダの最上部にあるファイルを示した。

「なにかの設計ソフトで扱うデータ形式でしょうね。拡張子は一般的なものじゃないので、特化型のソフトだと思いますが。アスキー検索すると、土木系の単語がわずかにヒットするので、図面とか、設計図とかじゃないかと思うんですが」

 そして、階層化された数多くのフォルダの最下層で、表計算ソフトで作られた可読のリストを発見した。

「これって・・・」学生にもそのリストのなかに書かれていた内容が意味するものが理解できたようだった。

 そこに記されたものは、化学系薬物や、試材の一覧だった。それぞれの項目と量とが記されている。化学に素養のある人間ならば、そのなかのニトロメタンの尋常でない量に戦慄せずにはいられない。

 谷川は、私の顔色を見て察したようだった。

「これは?」

「膨大な量の爆発物と、こっちは、おそらく建造物の図面だと思うわ」

 それを聞くなり、彼は振り返って、後ろにいた制服警官に声を発した。

「おい、本部に連絡! 刑事部から連絡させるように言ってくれ!」

「これって、六年まえの事件のときに峠ノ越が作った計画のファイル、ってことなんスかね・・・」白井がその心の懸念を伺わせる小さい声でささやいた。

「違います」

 鈴の音が聞こえた。

 その場の全員が振り返る、その先の壁際に、まるで影のように気配なく、北美川涼音が立っていた。

「それは峠ノ越の、のデータです」

「え?」

 一瞬、誰もが声を失った。

「いや、でも、峠ノ越はずっと刑務所・・・なんスよね」

「峠ノ越は昨夜、

「ええ」

「脱獄した?」

 学生が、携帯電話で検索していた。

「ええと、ニュースに出てます! 愛知で、服役囚がひとり逃走中だって・・・」

「朝にはそんなニュース出てなかったっスよね」

「でも、峠ノ越ともなんとも、ニュースに名前も出てないですよ」

 谷川は携帯をつかんで呼び出しをかけ始めた。

「いや、俺も聞いてない。たぶんまだ正式な警察広報が出てないはずだ。あなたはどうして、その男が脱獄したと?」谷川が警察官の眼で北美川を見た。

 北美川は小さな声で応えた。

「私たちは、六年まえから峠ノ越を追っていました。人を雇って、刑務所内外の情報を監視できるようにしていて、それで、峠ノ越が脱獄したという知らせが昨夜、突然届いたんです」

「では・・・」

「急いでください。峠ノ越は次の計画を実行するつもりのはずです」

 谷川の顔色が変わるのが見えた。

「橘さん! このファイルの、このデータが指し示すものは? 場所は?」

「このデータを見ただけでは私たちでは・・・、こういう設計図面の専門的な知識をもった人間でないと・・・」

 谷川は携帯を取り出すと、廊下へと走り出す。大声で話す声が響いてきた。

 話の恐ろしさに、私も白井も呆然としていた。

 北美川は、憔悴した様子でうつろに私を見返していた。

 私を急かしていたなにかは、おそらくこのことなのだろう。私の脳内の意味記憶のなにかがつながって、私をここへ急がせたのだ。それはしかし、峠ノ越のことではないはずだ。

「北美川! 坂田は、いえ、あなたはこの中身を知っているの?」

 ゆるゆると口を開いた。昨日までの毅然とした彼女とは別人のようだった。

「いいえ、このファイルは昨日までかかってやっと、解読されたらしいの、だけど私は中身を見てないので・・・」

 おそらく、坂田は見せなかったのだ。そして坂田だけが知っている。

「坂田は・・・、復讐するつもりなのね?」

 このような重大事を誰にも、警察にも知らせることなく、ひとり姿を消した坂田が考えることとしたら、それしかありえない。坂田は負けることは許容しないと言った。自分は優越欲求の病人なのだと。妻子の死を目の前にし、その犯人と対峙する、知能の怪物坂田が、それ以外のことを考えるとは思えない。

「坂田は、このファイルが解読できれば、これを証拠に、峠ノ越を大量殺人の罪で正しく裁けるのだと言ってたわ。私はずっと協力してきたけど、でも、私もうすうすは気づいてた。坂田がそんなことだけで生きているのだろうかって」涙声で言葉がかすれた。

 北美川涼音は、坂田の妻沙織の妹だった。

 私はそれを知らなかった。坂田を調べる過程で知った。坂田への献身には、義理の兄妹というだけではないものがある。ともに失われた者による悲哀を抱え、報復の妄執を同じくしてきた者どうし。

「坂田は、彼の言ったとおり、特別な自我を持ったひとだったわ・・・」

 北美川は教えてくれた。


 突出した優越欲求を持つ坂田は、幼少期から将棋の世界での勝負に彼はのめりこんでいた。勝利の喜びよりも、敗北の屈辱が恐ろしい毒となって彼を苛んだ。勝ち続けるため、に坂田は生活の全てを擲って没頭していた。最高位に上っても、今度はそこから落ちる恐怖が彼を締めつけ続けた。

 かつてのそんな彼を救ったのが、妻沙織の存在だった。妻と、さらに生まれてきた娘、志保への愛が、彼を逃れられなかった勝負の枷から救い出した。

「あのころは幸せだったわ。坂田は、最初は刃物のようなひとだったけど、やがてとげとげしさが和らいで、姉と志保ちゃんといっしょに穏やかで静かな生活ができていたの。私は姉に頼まれてずっと坂田を補助する仕事をしていて、あのひとたちを見ていることが幸せで、でも・・・」

 その妻子を奪われたことは、坂田の全存在を根底から破壊するも同じことだった。

 そのすさまじいショックは、彼の精神を破壊しかけ、彼は高熱を発して昏倒し、そののちに深刻な健忘障害を引き起こした。

 坂田は新しい記憶を得ることができなくなった。目覚めるたびに、薄らいでゆくことがないその記憶へ、絶望の記憶のその日に引き戻される地獄の連鎖に陥ったのだ。

 その絶望と同時に生じた、犯人への凄まじい憎悪が彼を突き動かしていた。自分の行動や思考を綿密に記録し、メモを作り、翌日以降の自分へ報復の計画を引き継ぐという、恐るべき作業を始めた。

 峠ノ越の名前が報道に上がると、坂田は峠ノ越のことを調べあげ始めた。当時、まだ数日は記憶を保てていた坂田は、多くの調査機関を雇い、投財を惜しまず、あらゆる情報をかき集めた。坂田は峠ノ越がこの爆破事件の犯人であり、妻と娘を殺害した当人であると結論づけていた。

 坂田の妻沙織は、建物の崩落で圧死し、そして娘志保は、恐ろしいことに、峠ノ越がその手で殺した疑いがある五人の被害者のひとりだった。

 しかし、司法は峠ノ越を断罪できなかった。

 坂田はあらゆる手段で再審と、再捜査を求めたが、容れられることはなかった。

 自身での捜査を決意した坂田が、調査に手を尽くした結果、秘匿されたクラウドサーバにあった峠ノ越のファイルを獲得するに至った。しかし、暗号化されたそれの解読を試みたが果たせなかった。司法にも訴えたが、既に起訴、判決が出ている峠ノ越の事件を再捜査することはできず、違法な手段で取得した個人のファイルを解読するなど論外だった。私財のほとんどを使って、中国など海外のスーパーコンピュータを用いて解読を試みたが、ことごとく失敗した。

 そのときすでに、将棋AIの能力が耳目を集めるようになっており、橘のAIとの対局が噂されていた。AIを用いた解読、そして『劫』を用いた解読。その可能性に坂田は傾いてゆく。彼の唯一の権能である将棋の世界でならば、いかなることも彼には不可能でなかったのだ。

 そのとき彼は、自分の思考力が以前とは比較にならない領域に達していることに気づいていた。休んでいた棋士としての活動を再開すると、破竹の勢いで勝利を重ねてゆき、AIを凌駕する将棋のための論理脳をその頭脳に作り上げていった。


「信じられない話っスねぇ」白井の感嘆も無理からぬことだ。

 六年前にすでにこのファイルを入手していたとするなら、坂田のやってきたことは、橘のAIとの対局も含めて、すべてこのための計画だったはず、ここで劫を使って解読するまでに、いったいどれほど以前から計画していたというのだろう。

 毎朝、そして毎時間、メモを読み直し、

 しかし、そこで天才坂田に想定外のことが起こった。

 峠ノ越が脱獄してしまったのだ。それはもう少し先のはずだった。それは、偶然というにはあまりにも皮肉なことに、ファイルの解号が終わるその前日だったのだ。

「坂田名人は、峠ノ越の出獄を待って、どうするつもりだったんスかねぇ。復讐って、つまり、殺すつもり・・・、なんスかね・・・」

「そうでしょうけど・・・」

 坂田は、報復として峠ノ越をただ殺すことだけを求めていない。でなければ、服役中であろうとも何かを企てたであろうし、このファイルの解読に、これほどまでに執着しないだろう。

 峠ノ越は脱獄したあと、二度目の犯罪に向かう。坂田はそれを疑っていない。

 警察車両のサイレンの音がいくつも、重なり合うように響いていた。

 廊下では、相変わらず、声高に話し合う言葉が飛び交っている。

 私の胸の焦燥感は、治まるどころか増すばかりだ。

「橘さん!」振り向いて、橘と学生のほうを見た。

「おそらく、警察がきて調べるのを待っていたら間に合わない」

「間に合わない?」

「坂田は、ファイルを解読して、そして急いでここを去った。翌朝まで待てなかった。北美川さんを置いていった彼にはもう、眠ってつぎの朝を迎えるつもりがない。たぶん、この日のうちに何かが起きる。そう思うのよ。ファイルを私たちで調べられないかしら」

「・・・なるほど、それは・・・」

「坂田は警察や、私たちになにも告げることなく姿を消した。それは自分だけで峠ノ越と対峙するためだと思う。坂田だったら、警察が簡単にその場所を読み取れるような情報を残していったとは思えない。このファイルには、坂田のなにかの意図が・・・」

「だが、さっきの警官にも言ったように、私たちで判ることはそんなには・・・」

「クピディタスを・・・使えないかしら?」

 そう言った私を、白井たちは渋面で見た。

「そりゃ・・・、ムリっスよ。高坂さん」

 白井の言うことも分かっていた。いかに高度な汎用AIといえども、そんなに短時間で手がかりのまるでないファイルを解読できるようにできるわけがない。どんなAI学習にも、そのための莫大なデータを用意して学習させ、長い時間をかけて調整を行い、それでも特定のことしか、将棋なら将棋の、自動運転なら自動運転のことを答えさせるのが精いっぱいなのだ。今回の対局の準備でも、ビーナというベースがあってですら一か月を要した。

 だが、私は考えていた。橘の未完成の進化型AIの能力、彼が目指す本来の能力はもっと別なものであるはずだ。ならばもしかすると・・・。

「あの坂田や、峠ノ越に対抗できるとしたら、クピディタスしかない。そんな気がするのよ」

「試してみる価値は・・・、あるかもしれない・・・」

 それは橘の声だった。彼は視線を宙に迷わせながら、考えに没頭する様子を見せた。

「ああ、でもそれは・・・、いや、それなら可能か・・・」

 なにかを思いついた様子で思考を巡らせ、あいまいな表情で、助手のほうを振り返った。

「関数を書き換えよう」

「ええ? しかし、基本式を変えて、収束調整はますます不可能に・・・」

「坂田名人は六年まえまでの記憶をあたかも昨日のように明瞭に保持していた。普通の人間の記憶は時間とともに薄らいでゆく。つまり、人間の記憶は、私たちが考えていたように、時間で薄らぐのでなく、新たな記憶を残すために古い記憶を失わせるんだ。人間の脳の容量はほぼ一定で、そのエネルギーも限られている。すべての記憶は、新たな記憶とともにエネルギーを失ってゆく」

「それは、つまり全域に制限を・・・?」

「そうだ、フレーム問題の謎はフレームをどう作るかではなく、全体がフレーミングされていることによる自律化だ。理論は単純で、記憶と、エネルギーの総量が一定となるように荷重関数が構成されればいいはずだ。すぐに式を展開しよう」

「分かりました」助手の頬が紅潮しているように見えた。

 彼らはディスプレイのほうへ向き直った。

 クピディタスを進化させようとしていた。

 彼らは熱を帯びている。誰かを助けるためと思考しながら、本能が求める達成と、優越を獲得するための戦いにのめり込んでいる。

 なにかが私の背を押していた。私のなかの本能もまた、何かを得ようと呼んでいる。

 窓の外を見た。ポートライナーの橋脚とレールが、空にリボンのような曲線を描いて伸びている。青空に雲が、うすい刷毛模様を描く。

 坂田は昨夜までここにいた。自分が坂田だったら、どうするだろうか。

 なすべきことをメモに書き、それを実行してゆく。数時間後、それを理解するであろう自分を信じて。

 そのメモに書ける文字の数は多くはない。おそらく、私のことなど書かれてはいない。坂田は復讐以外のあらゆる記憶を捨て去る。それは大事なものもすべて。

「北美川、昨夜、坂田から連絡はなかった?」

「昨夜・・・、ああ、あったわ」

「なにかをあなたに言った?」

「いいえ、今日の予定を確かめる電話だった。いつもはそんな電話などしないんだけど、朝には忘れてしまうので・・・。そういえば、ありがとうと言って・・・」

「それは、何時に?」

「そう・・・、夜九時前ぐらいだったと思うわ。ああそうだ」携帯を出して、履歴を見て応えた。

 私も携帯を出して、調べていた。

 私は急がねばならなかった。

「白井! ファイルの内容が分かったら、私に連絡してちょうだい! 必ずよ、いい?」

 私は駆けだしていた。

「えぇ?」白井の声を背中で聞いた。

 廊下にいた警官数名の横をすり抜けるようにして、階段を降り、外のまぶしい太陽光のもとへと駆けた。

 走る先にはポートライナーの駅がある。この駅からひと駅先、人工島のそのさきには、もうひとつ海上に浮かぶ巨大施設がある。神戸空港だ。

 坂田はもう、過去の記憶を必要としない。メモには、北美川のことも書いてはいないだろう。私が坂田だったら、記憶を失うまえに、話をしたいと願う。それを失うまえに。

 最後に。

 その時間、昨夜二一時一〇分、の最終便の飛行機が出ている。

 坂田がそれに乗ったという確証はない。

 しかし、それは確かなような気がしていた。坂田は東京に向かったにちがいないと。

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