冬の一時 ~秋の思い出②~



 リーフがエイクと初めて会ったのは夏の暑い日のこと、山菜採りに山へ出かけた時だ。

 新米牧場主は、自分の畑だけではまだまだ食べていけないので、定期的に山に登り自然の恵みに感謝し生かされている。

 あの日、リーフはいつもの山のコースを歩いていると、道の外れに散らばった荷物を発見した。さらに茂みを掻き分けて散策すると、全身泥と怪我まみれの状態で倒れているエイクを見付けた。

 一番重傷そうな左足の応急処置だけを済ませてリーフはエイクを町の医者まで連れて行った。

 どうやって連れて行ったかは秘密だ。皆にはリーフがエイクを担いだことになっている。


(あの時ほど、この力があって良かったよ)


 リーフはポケットに入れてあるケースを指先でなぞった。


「そういえば、よく男一人を担いで山から町まで降りることができたな。後から聞いた時は驚いたよ」


 ハハッと笑うエイクに、リーフは慌ててポケットから手を引き抜き、腕に力こぶを作って見せた。


「そ、そりゃあ、伊達に農作業してないからね」


「そっか、農作業で力があんのか」


 ぶはっと吹き出して笑うエイクに、リーフは顔を上下に振る。焦りすぎて変に思われていないか心配だったが、作業をしながら会話をしているのでエイクはリーフの狼狽さに気がつかず話しを続けた。


「あの時は本当に助かったし、感謝してる。後、退院後にご馳走してくれたとうもろこしスープは格別だったなあ」


 持ち出された話題に、焦っていたリーフの顔は一気に赤くなり「忘れて!」と思わず叫んでしまった。

 当時、都会からこの町へ引っ越しをしてまだ数ヶ月しか経っていなかったこともあり、正直、家の水回りの整備をずっと後回しにしていたのだと言い訳がしたい。

 簡易的なコンロでお湯を沸かし、採れ立てのとうもろこしだけを小鍋に入れて塩で味付けをしただけのスープ。今思い出しても恥ずかしい。

 どう考えても人様に自信満々に出せる代物ではないのに、あの時のリーフは笑顔でエイクにとうもろこしスープだと言って小鍋ごと渡した。

 お皿もなかったのだと二度目の言い訳がしたい。


「あの時、俺は何か試されてるのかと思ったけど、あんたが自信満々に勧めてくるからさ。邪気がないって分かって平らげたよ」


「思い出させないでよ! 今だったら調味料もあるし、もっとマシなスープが作れるよ」


「へえ、じゃあ皿も揃えたのか?」


「うぐっ……」


「せっかくちゃんとした家になったんだから、必要最低限のものくらいちゃんと揃えろよ~」


 エイクと出会った当時は物置小屋と見間違えられるほどのボロ小屋だったが、町の大工職人に頼み込み、格安で小屋の修理を依頼する代わりに作業に必要な資源を集めて欲しいと言われ、秋半ばには小綺麗な小屋に改築して貰ったのだ。

 家と呼ぶにはまだ早いが、ちゃんと水回りの整備はしっかり済ませているので、簡単な料理くらいは作れるようになったばかりである。


「コップと平皿とフォークがあれば大抵の物は食べられるし不便はしないさ」


「スープは小鍋、メインはフライパンで事足りるってか?」


「揚げ足取らないで!」


 一言い返すと十になって返ってくる。命の恩人に対しての態度とは思えない。

 唇を尖らせて腕を組んでいると、エイクはクハッと笑い声を上げ、リーフの頭をやや乱暴になで回した。


「ははっ。じゃあ、今度帰ってきたら、成長したとうもろこしスープを作ってくれよ」


「! それって」


 リーフの聞きたい問いには答えず、エイクはニッと犬歯を見せて笑った。

 気まぐれのあまのじゃくの彼にこれ以上、何かを言っても無駄だ。

 リーフは答えを聞くのを諦めて、微笑んだ。


「おいしいとうもろこしスープを作るから、ちゃんと帰って来てね」


 エイクは何も答えなかった。


 その後、彼は一週間も経たずに、リーフに一言の挨拶もなしで町を離れてしまった。

 リーフがエイクの存在に気がついたのは、数日遅れで届く彼からのはがきだった。




『夏と秋は楽しかった。

 約束、楽しみにしてる。

エイク』




 たった二行の手紙。

 エイクらしい手紙と言えば手紙だ。彼は自分と相手との距離を常に一定に保つところがあるから、リーフがどんなに近付いても彼はその分だけ遠ざかろうとする。

 つかず離れずの外の人間関係でいてくれる彼と話すのは正直、楽だった。

 この町の人々はみんな優しくていい人たちだ。

 よそ者であるリーフの移民を快く受け入れ、仲間の一人として扱ってくれる。まるで家族のような関係性に暖かさと安らぎを与えてくれていた。

 だからこそ、エイクとの会話は気負うことも遠慮することもなかった。

 一緒にいて安心する親友のような関係と言える存在だと思っていた。ーーそう思っていたのは自分だけだったのだろうか。


「黙っていくなんて薄情だなぁ」


 手紙に悪態を吐き、リーフはフッと笑いが込み上がった。

 この簡素な手紙を書くのに、エイクはどれだけ頭を悩ませたのだろう、と考えるだけでおかしくして仕方が無い。

 手紙を空に透かすと、何度も書き直してできたペンの筆圧が薄らと見えて、リーフの読みは正しいことを教えてくれた。


「いってらっしゃい、……エイク」


 返事はない。けど、目を閉じて思い出す彼の姿が「行ってきます」と片手を上げて返事をしてくれた。

 それだけで今のリーフは満足だった。

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リーフ物語 神月 @Oct39

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