冬の一時 ~秋の思い出①~


 赤々とした森の木々の葉が半分以上、落ちてしまった頃、町から少し離れた場所にある森の広場で、リーフは友人のエイクが旅支度する様子を眺めていた。


「もう旅を再開するんだ」


「ああ。この町には長い間、逗留しちまったからな」


「逗留と言うより療養の間違いでは?」


「滞在していたことには変わりない、言い方なんてどっちでも良いだろ」


 クハッと笑い声を立てるエイクに、リーフは半呆れのため息を吐いた。


「そもそも山の中で生き倒れるような旅支度しかしていなかったのがいけないんだよ。せめて登山用の靴くらいは準備しておかないと。旅の鉄則の一つ、山は舐めてはいけない、だよ」


「そうだな。栄養失調に全身打ち身の打撲、片足の裂傷、半年で動かせるまでになったのは良かったよ」


「……完全完治するまでこの町にいれば?」


 リーフの提案に、エイクは首を左右に振り、ズボンの下にある生々しい縫い跡の残る左足を真新しいブーツの上から優しく撫でた。


「この町で冬を越しても足はこれ以上は良くはならない。ドクターが手続きとかしてくれたから次の町の大きな病院で過ごすことができる。そこで治療すれば来年の春には旅人として復帰できるって言われたんだ。行くしかないだろ?」


 エイクの言葉に、リーフは何も言えなかった。

 この町には小さな総合病院が一軒あり、ドクターと看護婦の二人のみで経営している。人工100人未満しかいない町に駐在しているには充分だが、エイクのような重症患者に関しては不充分と言えるだろう。

 今までは長時間移動が危険だった為に出発できなかったが、松葉杖無しで歩けるようになった今、早いところ大きい病院へ行き、処置してもらうのが一番だ。

 だから引き留めることはしない。が、聞いておきたいというのも本心だ。


「もう、この町には戻ってこないの?」


 布の側面をチェックしていたエイクの目と手が止まる。


「なんだ。よそ者には、もう戻ってきて欲しくないのか?」


「何でそうなるの。そんなことを言ったら私だってよそ者だよ」


「ははっ、知ってる。言ってみただけだし、ここには気が向いたら戻ってくるさ」


 ケタケタと笑い声を立てながら、エイクは作業に戻った。

 彼は一所に留まることが嫌いで、日当の仕事をこなして旅費を稼ぎ、新しい地へ転々と渡り歩いている根からの旅人。リーフのように安住の地を求めるタイプの旅人ではない。


「この町は、とても居心地が良かった。この俺が半年近く過ごして苦にならないくらい良い町だよ」


 そんな彼の優しい評価に、リーフは誇らしくなり両手を腰に付けて胸を張り笑みを浮かべた。


「私が永住の地として認めた場所だもん。……本当に良い町だよね、俗世を知らないというかさ」


「だな、都会の喧噪が嘘のように穏やかな時間を過ごすことができた」


 エイクはテントを折りたたみ、寝袋のチェックに入る。


 しばらく沈黙が続いたが、嫌な感じはしなかった。穏やかな風が葉波を立てて過ぎ去る。夏の暑過ぎる熱風が嘘のようだ。

 リーフはエイクの横顔を眺め、彼と初めて出会った時のことを思い出した。



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