冬の一時 〜服飾店〜


 次にリーフが向かったのは服飾店。家にある防寒具だけではこの冬を乗り切れないと、10日間の豪雪で思い知ったからだ。


「こんにちは、フレンさんいますか?」


 カランカランと品の良いベルの音を鳴らして店に入ると、目の前には大きな棚と丸まった生地が視界いっぱいに広がる。

 雑貨屋の三分の二ほどの大きさしかない店内だが、雑貨屋の倍近くの品物が溢れていた。

 店の壁際の棚には、装飾に使うビーズやアクセサリーの材料があり、布類は中央に集まっている。

 リーフは店主に会うため、布類の棚の間を横歩きで進み、棚と商品にぶつからないように気を付けた。


(リネン、麻……、わあ、絹まであるんだ)


 生地を作るために必要な動物がいないリーフは感嘆詞を漏らす。ここの布は酪農をメインとする牧場主カインが斡旋しているのだろう。

 まだにわとりが数羽しかいない自分の牧場とは雲泥の差だと、小さなため息を吐くと背後から声を掛けられた。


「誰?」


 クリーム色のふわふわの髪に翡翠色の瞳をした青年が顔を出した。


「リタさん、お久しぶりです」


「あ、新牧さん。お久しぶりです」


 新牧とは、”新米牧場主”の略称で、人の名前を覚える事が苦手なリタが名付けたリーフのあだ名だ。

 新米でなくなったら次はどんなあだ名になるのだろうと、リーフは内心楽しみにしている。

 軽く頭を下げて挨拶をするリタに、リーフは丁寧な人だなと苦笑を漏らした。


「フレンさんはいますか?」


「フレンなら裁断してる。俺は縫ってたけど糸が足りなくて店に来た」


「作業中でしたか……。すみません、表の看板よく見てなくて」


「いや、いい。表の看板はOPENにしといてってフレンに言われてたから間違いはない。後、新牧さんが来たらこれを渡すようにってリタに言われてる」


 レジの下から何かを取り出そうとごそごそするリタをしばらく待っていると、目の前に小麦粉三袋分ありそうな茶色の紙袋が置かれた。


「これは……」


「新牧さんは、この地方の冬は初めましてだから多分舐めてるってフレンが言ってた。雪が降らない日に店を訪れるから、これを渡しておけって言われた」


 中を見るともこもこのセーターやマフラー、数足の靴下まである。


「ありがとうございます。お代は……」


「別にいらない。これは俺が作った試作品。フレンは自分の作った作品に金を払えって言うけど、俺の作った粗悪品には金を貰えないって言うからさ」


「そんなっ。リタさんの作る物も充分、作品です。だってこんなに暖かそうじゃないですか」


「暖かそうじゃダメなんだ。本当の防寒服って、見た目も着心地も良くて、本当の意味で暖かくなくちゃ、どんなに出来が良くても粗悪品なんだよ」


 困った風に笑うリタに、リーフは口を噤んだ。

 自分の代わりに悔しそうな顔をするリーフに、リタは心から嬉しそうな笑みを浮かべてリーフの頭を撫でた。


「ありがとう、新牧さん。俺、この冬にもっと腕を上げて頑張るからさ。来年の春服、楽しみにしててね」


「楽しみにしてます」


 リーフは顔を上げて、もう一度礼を込めて深く頭を下げて店を出た。




 外に出ると、冬の寒さが身に染みる。都会から持ってきた安物の冬用コートを着てもこの町の冬は乗り越えられない。


「わたしはまだまだ半人前以下の未熟者か……」


 リーフは白い息を吐きながら、数ヶ月前にこの町を旅立った友人のことを思い出した。







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