第10話 おまたせ睦目くん
まさか、本当にこんな日が来ようとは思ってもいなかった。
「おまたせ睦目くん」
「ううんそんな待ってないから平気」
訪れた木曜日。一足先に正面門のバス停で待っていた睦目は、向こうからやってきた優衣に軽く手を挙げた。ベージュのオーバースカートが風になびく。亜麻色の髪もハーフアップにまとめ、夏らしい。涼し気な印象があった。
最後の候補、それが優衣だった。面と向かって誘うのも気恥ずかしく、本来ならLINEで誘う予定だったが、優衣のあの目を見ていたら、気づくと声に出していた。
陸目も出かける、ということで自身の服装も普段よりも少しオシャレにしてみた。
白の半袖にグレーのジャケットを合わせ、下は黒のカジュアルパンツ。もちろんネット頼りだが。
庄司には「なんでそんなオシャレでもしてんの? もしかしてデートか?」とニヤニヤした顔で問われたが、決してデートでもなく、言ったところで揶揄されるだけなので「単なる気分」と、有耶無耶に濁した。
緊張――はしていないけれど、女子と二人で遠出するのは初めてで、胸が高鳴っている。
「まさか睦目くんが完成披露試写会のチケット持ってたなんてね」
「友達の都合が悪かったらしくって」
もちろん嘘だがこれは仕方ないこと。
「ふーん。そなんだ。バスきたよ、乗ろう」
そして揺られること数十分。駅に到着した。ここから新宿へ向かうべく改札を抜け、列車に乗車する。肩を並べ席に座った。
この数ヶ月で新宿に足を運んだことはない。まず用がないため行く必要もなかった。
段々と都心へ近づく度に人混みが増し車内は混沌とかす。さっきまでお互いに話していたけれども、目の前の人集りに迷惑になると遠慮して今は手持ち無沙汰にスマホを眺めていた。
睦目も暇つぶしにSNSのTLをスクロールしていたが、特にすることも無いのでスリープにしズボンのポケットにしまった。窓の外を見る。
――東京だ。
*
「もうこんなに並んでるとはな……」
「私たちちょっと迷ってたりしたから、遅かったかな」
劇場付近に足を運ばせた睦目と優衣は、目の前の長蛇の列に舌を巻いていた。
最後尾は先頭から数十mも離れている。現在一七時四○分。一○分、遅れた。
新宿駅で迷い、南口にたどり着くまでに二○分かかってしまったのだ。
既に入場開始をおこなっているようで、ぞろぞろと、列が動いている。
スタッフは番号が書かれたプラカードを掲げ周囲に呼びかけていた。
「そう言えば、私たちって何番目くらい? 早ければすぐ入場できるかもだし」
そこではっと思い出し、急いでチケットを確認する。
やっぱり……チケットにはどこにも番号が書かれていない。家で見た時は映画館のチケットのような感覚で普通に通されるのかと思っていたが――当たり前だけれど――そんなわけもなかった。舞台やL1VEにいったことがなかったための、誤算だった。
「? どうしたの睦目くん」
「その……チケットに番号が書かれていなて……」
「え!? なにそれ⁉ どゆこと?」
杏奈は一体何のチケットを渡してきたのだろう。
このまま並べないのであれば、今までの苦労も全て水の泡だ。
せっかく水宮さんと来れたのに……がっかりさせたくはない。
「あのちょっといいですか?」
「はいどうしましたか」
ちょうど近くにいた、黒服の女性スタッフに声をかける。
「このチケットなんですが……」
「はい。拝見させて貰いますね……え! これは――少々お待ちください」
突然スタッフが慌てだしたと思うと、無線で周囲にいたスタッフを数人呼び、円になって何かを話している。しばらくして、さっき会話したスタッフがこちらに近づいてきた。
「あちらからご案内させて頂きますので、付いてきてください」
そう言ってスタッフはどこかへ案内をするために、入口とは逆の方向を歩き始める。
「?」
「?」
その行動になんの意図があるのかわからず、その場に立ち尽くす。
「お二人とも早めにお願いします」とスタッフの催促の言葉が飛んだ。
いまいち現状が把握しきれていないまま、スタッフの指示に従った。
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