第7話 二月目〈如月〉:お金はある?

 王家に古くから仕える十二氏族には、それぞれ特性がある。


 元々、十二氏族は花のように麗しい容姿を持つ者が多いが、中でも三月に当たる弥生家は、その象徴たる桜のように美しい一族だった。――だった、というのは、その美しさを目当てに数年前、何者かに襲撃され、殺され、攫われ、一族は散り散りになってしまったからだ。


 是か否か――札の意志を確認することは、このゲームの絶対だ。それは会場に不在の者であっても例外ではない。


 ――ゲームより除外されない限りは。


 というよりも元来、神の遊びであったことを考えれば、場の都合など些細な問題だ。現在の華遊びが玉座のまで行われているのは、円滑な進行のために後々設けた人間側の決まり事に過ぎない。


 であれば、することはただ一つ。

 生存している不在札の捜索だ。


 コツコツと、靴が大理石を踏む足音が玄関ホールに響く。才霞のものと、翔理のもの。


「――で、どうして杜岐様が同行しておられるんですか?」


 それから、才霞たちの後ろに付いてきていた、杜岐のもの。

 不機嫌さを隠しもせず振り返った翔理に、杜岐はニコと愛想良く微笑んだ。


「……舜夜も」


 杜岐の後ろには、彼の花守である舜夜の姿があった。といっても、こちらはほとんど足音も立てていなかったため、ともすればその存在は影のように忘れてしまうところだった。


「主のおわすところが、私のあるところですから」


 その澄ました返事に、翔理の柳眉が跳ね上がる。兄弟弟子とは聞いていたが、仲が悪いのだろうか。


 才霞は翔理の袖を摘まんだ。


「翔理、協力してくれているのに、そう睨んじゃダメよ」

「そうそう。仲良くしようじゃないか」


 杜岐が満面の笑みで頷けば、翔理は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「情報を得るにしても、城内に君たちの味方は少ないだろ?」

「……それは、そうですが……」

「それに弥生家のことはどうにかしたいと僕も前々から思ってたんだ。ただこの件に関しては、父が捜査の打ち切りを宣言してしまったものだから、どうしようもできなくてね。この機会に、何か進展があればと思ったんだ。持ちうる限りの情報は提供させてもらうよ」


 ぐ、と翔理が押し黙る。


 杜岐が言っていることはもっともだ。いくら敵陣営とはいえ、そうとまで言われてしまえば協力を無下にするのも無粋だろう。


 問題は、時間だ。


 一つの試合は、一月で終わらせるのが決まりだ。つまり進展がなくとも、どこかで捜査は打ち切らなければいけないのだ。


 逆説的に言えば、往々にして『こういうこと』や決闘が発生するため、神が定めた『一年ルール』を今でも残しているとも言える。


 才霞は華遊びに挑むと決めた段階で、弥生家の問題に向き合うと決めていた。


 華遊びは、味方を増やす好感度ゲームだ。『彩華』としての出自があるとは言え、ポッと出の才霞を王に推薦したいと思う者はいない。何より、杜岐を王にするため、対抗馬である彩華を廃そうとした連中がいる。一月目ではみな様子見をしていたが、ゲームが進めば才霞に対し、明らかな敵対を示す者が出てくるだろう。


 そうなる前に、味方に付けられる者はつけておかねば。卯月藍梨ではないが。


 賢い彩華なら、きっとそうする。


 そう思っての行動だったが――杜岐が協力してくれるのは予想外だった。


「華遊びが始まって、首に『座紋』が出ているはず。それが一番の手がかりだ」


 杜岐はそう言って、自身の首筋を指さす。しかしそこには芍薬の王華があるばかりで、才霞は思わず翔理を見た。


「翔理の首にも出ているの?」

「……うなじに」


 ぼんやりと首を傾げる才霞に、翔理は背を向けて、一括りにした長い黒髪を上げてみせる。色白な首の後ろ、頸椎の真上。絢爛豪華な『牡丹』の花模様が黒い痣が浮かび上がっていて、才霞は思わず「まあ」と声を零した。


「後ろばっかり歩くから、分からなかったわ」

「……そんな見せびらかすものじゃない……です」


 と言って気恥ずかしそうに髪を下ろし、座紋を隠してしまう。


「えと、舜夜……さんも?」

「舜夜で結構です」


 睦月の舜夜が、襟元をグイと下げる。そこに精巧な〈松〉の模様が刻まれていた。


「序列……まぁ概ねの強さが高い方が模様は豪華ですが、札は華遊びの開催決定と共に選定され、同時に首に座紋が出現しています。今回だと三月二十一日のことですね」


 舜夜が丁寧に説明してくれる。

 なるほど。札であることの証のことは彩華から聞いていたが、実物を見るのは初めてだった。


「どうして首なのかしら」

「さぁ。手や足じゃ欠損する可能性があるからじゃないかな」

「…………」


 あっけらかんと杜岐が言ってのける。

 才霞はこれ以上その話題を続けるのを辞めた。


「じゃあまず、追うべきはその、三月三十一日を境に、首に変な痣が現れた人がいるかどうかね」

「その通り。その線については、実はもう師走一族に情報を探らせている。舜夜。情報、上がってきてる?」

「既に」


 十二月に当たる師走一族は、王家の『影』だ。諜報活動を生業とし、場合によっては王家に仇成す者を誅殺することすらあるとかないとか。


 そして舜夜の属する睦月家は、十二氏族を取りまとめる首長たる一族だ。


「前提としてですが、今回の華遊びから除外されていない時点で、全員、国内に存在していることは確定です。そのことはよろしいでしょうか?」


 前置き一つ。確認してくる舜夜に、才霞と杜岐は小さく頷く。

 花の女神の力は倭華王国にしか働かない。そのため、座に値する人物が存在しなければ、女神の札は効力を失う。


 ――水無月家のように。


 翔理以外が全員死んでしまっている、水無月家。

 その二位から三位の札を才霞はゲーム開始に当たって確認したが、裏も表も真っ黒だったのを覚えている。まるで墨汁に浸したかのようだった。


 そのことを思い出してか、翔理が苦い顔をする。


「王位選定戦が始まってから、今日でひとつき。師走家からの報告によると、廃棄区で買われた子供の中に、首に桜のような痣を持った少年がいたようです。どうやらその痣に目を付けて買われたようで。――というのも人伝の話なので、どこまで信憑性が高いかは分かりませんが」


 才霞は知れず、引き結んだ唇を更に固く閉ざした。


 この国において、人身売買は違法だ。だが国がその全てを取り締まれているわけではないのが現状だ。国の目をかいくぐっての売買は、そこら中で横行している。その商品はもっぱら身寄りのない子供たちがばかり。そして廃棄区は、そういった違法行為が蔓延る巣窟でもあった。


「ただそれ以上の情報は、現状まだ得られておりません」

「奴隷商か……接触するのは難しそうだね」


 舜夜の報告に、杜岐は顎に手を当てて考え込む。


 国がその存在を感知していながらも、未だ摘発出来ていないアングラな相手だ。そう簡単に接触はできない。


 どうしたものかと悩む杜岐を前に、やはり才霞は翔理の袖を引いた。


「ねぇ翔理。『アメフリ』に連絡はとれるかしら」


 その一言に翔理は一瞬渋面を作って、それから口を開いた。


「……取れないことはないかと。アイツはころころ居場所を変えますが、廃棄区にいるのは間違いないですし、区の連中も現金な奴らです」


 そんなに顔をしかめてばかりいたら、眉間の皺が取れなくなってしまうわよ。

 そう言いたいのを我慢して、才霞は同意する。


「そう。なら大丈夫そうね」

「何か策でもあるのかい?」

「えぇ」


 尋ねる杜岐に、才霞は深く頷く。


「その前に」


 と言って手の平を上に、杜岐へと真っ直ぐ手を差し出して。


「あなた、お金はいくら持ってる?」


 才霞は恥ずかしげもなく、金銭を要求した。

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