エピローグ 人の道

目覚めは時として非常にばつが悪い。課題を片付けるために徹夜していたのに、少し転寝をしていたら朝になっていた時。前日夜更かしをして好きなだけ寝たら次の日の夕方になっていた時。だが、一番ばつが悪いのは大切な人の一大事を寝過ごしてしまったときだろう。


 「ハッ…!」


目覚めた俺の目に入ってきたのは光る天井だった。天井には1m四方くらいの白いタイルが敷き詰められておりその隙間から光が放たれており十分すぎるくらい明るい。俺は思わず目を細めた。俺はどうやらどこかの部屋のベッドに横たえられているらしい。何処だここは?周囲の様子からどこかの病室のようだが。


何故俺はここに?俺は確か…そうだ、ガーデンふ頭のポートブリッジに居た筈。それがどうして。


 「お目覚めのようね」


 「!」


突然かけられた声の方向に目をやるとそこには腰まで届くオレンジ色の髪をした美しい女性が居た。目鼻立ちやプロポーションに至る全てが整っており、ベージュのテーラードジャケットを着こなす姿は、その髪色も相まってまるでアニメから抜け出してきたようだ。


 「…誰だ?」


 「あら、わからない?ひょっとして、ショートの方が好みだった?」


彼女はオレンジ色のもみあげの毛先を玩びながら悪戯っぽく言う。髪の毛…髪色…ショート…


 「まさか…お前ヤマブキか!?でもどうしてそんな…うっ…」


起き上がろうとすると首筋と左腕に痛みが走った。右手で首筋に触れるとそこには何本かの管が刺さっている。左腕も同様だ。これが引っ張られて痛かったのか。点滴を受けていたようだが……腕?


 「体が…!」


俺は右手で、腹や腿に触れる。そこには確かにサイボーグ犬のものではない生身の人間の体があった。


 「念願叶ったわね。あとこれも」


ヤマブキはポケットから白いプラスチックの筒を取り出した。それには灰色の犬のシルエットが描かれており、犬の胸部には赤いハート形が描かれている。これが意味するものは一つしかない。


 「民生デイ・プレイグ抗ウイルス剤…」


俺たちが力を合わせ求めたもの。


 「そ、もう売りに出されてる。あれから一週間程経ってるの。私の義体が代ってるのは、ナイトウとの戦闘とその後の長官との追いかけっこで壊れたから。ここへはその時の負傷を治療するためにきてる。脳をちょっとね。パンジー、ウルシノも怪我をしたから2、3日ここに居たわ。二人は今後、例の法律を何とかするために活動するみたい。ヒマワリは怪我とかはしなかったけど、あんたを見舞いに暫くここに居た。でも、何日も仕事をサボれないからって、もう名古屋城に帰ってる。元気になったら遊びに行ってあげなさい。ウラジロ、モモイは常闇街に移り住んだ。まあ、ここにはもう居れないわよね。あと…そうそう、アオキは…」


 「フリダヤは?」


ヤマブキは俺の言葉に表情を曇らせた。そして、俺の質問に答える代わりにカバンの中から円盤状のモノを取り出す。それは忘れもしない、俺とあのロボット犬を繋ぎ留めていた首輪状のパーツ。


 「この中にあの子のメッセージが残されていたの」


ヤマブキが首輪に手をかざすと俺の目の前にホログラムの“手紙”表示された。



クサマキ様、命令に逆らってしまい申し訳ありません。

私にはどうしてもやりたいことが、正しいと思うことができました。

だから、あなたの命に逆らいそれを行います。

要望に応えることができず申し訳ありません。

でも、後悔はありません。あなたはきっとそれが正しいと言ってくれると思うから。


以前あなたは私にとっての幸せとは何かと尋ねたことがあったと思います。

私はその時答えることができませんでしたが、今ならそれに答えることができます。

それは自由です。自由に生き自由を守る。それが私の幸福です。


だから、クサマキ様。どうか貴方は、獣の放縦でも、機械の統制でもなく、

人の自由を生きてほしい。

それが私のただ一つの願いです。



 「いったいフリダヤに何が起きたのか分らないけど。あなたがクサマキ改を倒した後、突然現れた環境省長官の襲撃からあなたを、みんなを守るため、フリダヤは戦った。抗獣性法規防壁のせいで自発的行動はできなかったはずなのに。私は戦えなかった。あなたの手術が邪魔されないように救急車の中に居る必要があったから」


ヤマブキは苦渋の表情を浮かべながら言う。


 「それでフリダヤはどうなったんだ?」


 「フリダヤは、執拗に攻撃を加える長官を止めるため、長官の乗ったドローンを撃墜した…それに巻き込まれる形でフリダヤも…」


 「…そう…か…」


 「もしかしたらネットワークに脱出しているかもしれない。普通は出来ない筈だけどフリダヤに起きた変化はそれぐらいのものだったから。でも、そんな暇は無かったんだと思う。もしそれが出来ていたなら、今頃…」


 「フリダヤは生きてるよ」


俺はヤマブキを遮るように言った。


 「約束したんだ。全部終わったら、俺のことなんか気にせず、自由に自分の幸せのために生きてほしいって。だから…今頃…俺のところに…戻ったりしないで…好きな所で…好きなように生きてる筈だ…」


大粒の涙が目から零れ落ちた。


 「解ったよフリダヤ…俺も最後の最後まで生き抜いてみせるよ…このサイバーパンクな畜生道を…人として」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サイバーパンク畜生道! @ikiron7749

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ