最終話 サイバーパンク畜生道

 「結果は分かり切っているのに…いい加減諦めたらどうです?」


長官の呆れたような言葉とともに幾条もの閃光が放たれる。フリダヤはレーザーの射線を予測、フォノンマニュピレーターの媒質で減衰させて防御した。レーザーを防がれるたびに長官はドローンを縦横に起動させ、7本残った脚を複雑に動かしながらフリダヤが防ぎ辛い角度とタイミングを狙う。フリダヤも負けじと機敏に動き回りながら救急車の盾になるべく両者の間に割って入る。


 「威勢のいいこと言っておいて、防戦一方じゃないですか…」


 「あっ…!」


その言葉とともに放たれた閃光の一条をフリダヤは防ぎきることができなかった。レーザーは媒質の薄い所を抜け、救急車の角を掠め、切り取る。


 「っく…!!」



 「っぐう…」


パンジーは押し殺したようなうめき声をあげた。鮮血が地面に零れ落ちる。サクライの鉤爪はパンジーの頭部を切り裂くことは無く、咄嗟に上げられた左腕の前腕部に突き刺さっていた。衣服は貫かれ、肉を切り裂き骨にまで達したが、不幸中の幸いというべきか突き刺さった鉤爪が穴を塞いでいて日光には晒されていない。


 「しぶといなぁ…でも終わりだ…」


サクライが忌々し気に言い放つ。人を傷つけてしまった彼の視覚と聴覚は嵐の最中にいるようなアラートの大群で埋め尽くされていた。だが、これももう終わり。衣服と腕を切り裂くべく、右腕に力を籠める。


だがそれもうまくいかなかった今度は彼の腕の周りに大量の警告と救急医療に関するポップアップが表示される。右腕はパンジーをこれ以上傷つけること無いよう、傷口に追従するように彼の遺志とは無関係に動いた。ポップアップには緊急措置の為右腕の制御が奪われていることを示しているものもある。


 「めんどくせえなぁ…!」


サクライは苛立ちをあらわにして言い放つ。右腕の制御は奪われたが、全身の自由を失ったわけではない。究極的な裁量は人間である自分に委ねられている。サクライは体ごと動くことで、今度こそ傷口を引き裂こうとした。


 「パンジー!!…くそぉッ!」


パンジーの危機に助けに入ろうとするウルシノだったが依然拘束は固く身動きは取れない。恨めし気に自分を拘束するアンドロイドを睨みつけるとあることに気が付いた。


 (何だこいつら…パニクってる?)


彼を拘束する3体のアンドロイドは頻りに首を振り、捕えたウルシノと負傷したパンジーを交互に見る。まるで、自分がどうするべきなのか解らず混乱しているように。


 「…おめぇらも頭に恵まれねぇなぁ」


ウルシノは直感的に理解した。彼らは主の命令に従うべきか、人命を保護するべきか迷っているのだ。人工知能は人の為に作られ人の命を守り人の命令に従うようにできている。だが、人が人を傷つけた場合はどうする?彼らはその究極の選択に対して結論を出せずにいるのだ。


 「迷ってんならなぁ…解りやすくしてやるよ!!おらぁぁッ!!」


ウルシノはいつぞやの様に固いアスファルトの地面に思い切り頭を打ち付けた。額は割れ血液が流れる。


 「自傷行為をやめてください!危険です!」


アンドロイドの中で緑髪の太った個体が警告する。


 「うるせぇ!てめぇらが離さねぇから悪いんだろうが!言っとくがな、俺ぁ首だけだ!ちっと血ぃ流れりゃ死んじまうぜ!!」


アンドロイドたちはウルシノの「死」という言葉に過剰に反応しついには拘束を緩めてしまう。すかさずウルシノは身をよじり自由になると、パンジーの方へ駆け出した。そして右腕をパージしそれをパンジーに向かって投げつける。


 「受け取れ!パンジー!」


サイボーグであるウルシノがこれを使えば再び彼らに拘束されるだろう。だが、生身の、しかも生命の危機に瀕した人間であるパンジーが使うなら別だ。右腕は空中で変形し、引き金を携えたサーマルガンに変形した。それを呼び掛けに振り向いたパンジーがキャッチする。パンジーはそれを、鉤爪で繋がれ至近距離にいるサクライに向けた。


アンドロイドたちはパンジーを止められなかった。何かしたらそれだけで死に至らしめてしまうかもしれない。そんなパンジーよりサイボーグのサクライの方が死のリスクは少なかった。フリダヤの介入によりアップデートされた人命保護倫理により彼らはそのように行動せざるを得なかった。


 「おおぉぉッ!!」


パンジーの叫びとともに引き金が引き絞られ銃弾が放たれる。



閃光がフリダヤの傍らを掠め、足元のアスファルトが切り裂かれる。


 「いい加減やられなさい!!」


苛立ちとともに放たれた閃光はフォノンマニュピレーターの媒質を貫通しフリダヤの本体を掠め傷つけた。


 「うぅ…!」


長官の攻撃は、救急車よりフリダヤに集中するようになっていた。どうやら邪魔者を先に始末することに決めたようだ。


 「フリダヤ!大丈夫なの!?」


フリダヤを案じた、ヒマワリから通信が入る。彼女は連絡用の端末をまだ持っていたのだ。


 「心配無用と言いたいところですが、かなりピンチです!」


フリダヤの危機を知ったヒマワリは徐にマスクを取り外す。救急車の運転席には窓がなく外部カメラの映像が運転席の前面に投影されるようになっている。その為、日光にさらされる心配はない。頭では解っていたが今まで外すことができなかった。それをヒマワリは今初めて外した。


ヒマワリは広くなった視界で前方を見据えた。改変わらず高速道路が続いているが、日比野付近の落下防止柵が一部長官の放ったレーザーで切り裂かれていた。丁度この救急車が通れるくらいの穴が、反対車線へ通じる出口の様に開いている。レーザーはそのままさらに反対車線の落下防止柵を切り取り空中へ通じる抜け穴を作っている。確かこの下には雁道線があったはず。


 「…解った!フリダヤ、ヤマブキごめん!ちょっと無茶する!」


次の瞬間ヒマワリは急ハンドルを切りレーザーによって切り取られた出口に向かって飛び込んだ。


 「な…!」「えぇ!!」「うあぁぁぁッ!!」


手術に集中するモモイと手術を受けているクサマキを除いた一同はそろって驚愕の声をあげる。そんな一同をよそに救急車は高速道路の反対車線に飛び込むとそのままさらに先の空中に向かって空いている穴に飛び込んだ。


 「……ーぃぃいいいいいいぃぃぃ……」


ウラジロの情けない叫びとともに救急車は宙を飛び真下にあった雁道線に着地する。ヒマワリはとんでもない離れ業を実行したが、幸いにもヤマブキの慣性制御装置が全力で動いていたため一同は着地の衝撃を受けることは無い。


 「逃がしません!!」


下道に着地した救急車を追うべく長官が旋回した。


 「させません!!」


フリダヤはフォノンマニュピレーターの媒質を推進剤の様に発射して跳躍、救急車を追う長官へ追随する。



放たれた銃弾を受けた腹部から、透明な液体が流れ落ちる。


 「アルバ…」


主人に代わって銃弾を受けたアンドロイド・アルバは内蔵バッテリーの著しい破損を受けシステムを緊急停止させた。筋骨隆々とした青髪の青年をしたアンドロイドは五体の力を失い地面にばたりと倒れこむ。


壊れたアンドロイドの修復には大金が必要。ナイトウを失った今自分にそれを支払うだけのシュユを用意することができるだろうか?そんなことは無理だ…自分は彼まで失ってしまった。最悪だ…ささやかな幸せを守ろうとしただけなのにどうして…


死体の様に横たわる己の僕を見てサクライは魂が抜けたようにうなだれた。サクライの人造の五体には怒りの代わりに無力感と絶望感が満ちていた。


力を失った左腕は抱えていたものを取り落とす。ゴトリという音ともにモモイは地面に転がった。


 「アンド…ロイドに…命令して…その人をあきらめるように、言いなさい…!」


パンジーが左腕の痛みをかみ殺しながらサーマルガンを突き付け、サクライに迫る。


 「…言うとおりにしろ…」


サクライは力なく残った二体のアンドロイドに命じた。


 「何で…こんなことをする…?俺はただ、助けてほしかっただけなのに…幸せになりたかっただけなのに…これも社会の為って奴なのか?」


サクライは誰に聞かせるでもなく自問するように力なく呟く。それにパンジーは答える。


 「自分を助けられるのは自分だけよ…それができるって言うやつは馬鹿か嘘つきよ…だから自分で何とかしなきゃいけない。この社会も…」


 「何をしたって…もう無駄だ…こんなに壊したんだぞ…もう…取り戻せない」


力なく呟くサクライにパンジーは返す。


 「アタシは…アタシの成した…ことに、責任を果たす…!10年かかろうが100年かかろうがやってやる…!」



 「させません!!」


私はフォノンマニュピレーターの媒質を推進剤の様に噴出、長官のドローンに突貫し円盤状の背面にとりつく。この位置ならばレーザーは届かない。この隙に無力化させる!


 「どうして邪魔ばかりするのですか!?私が行っているのは国家権力による公務の執行です!」


何をいまさら…そっちがそういうのならこちらも言いたいことを言ってやる!


 「それはこちらのセリフです!あなたの公務とやらは合理性を欠くどころか有害です!公僕を気取るなら即刻辞めてください!!」


 「私は与えられた役割を全うしているだけです!それを言うなら省庁の存在を許している政治家に言いなさい!」


 「自分に責任は無いと!?それではまるで機械…ならば、何故命じられた以上に自己の権益の拡大を目指すのです!機械にそのような欲求は無い筈」


 「はぁぁ!知った風な口を聞いて!政治のことを何もわかっていないのね!政治の場では常に熾烈な予算の奪い合いが行われています。貪り続けなければ貪られるのよ!!」


 「それではまるで獣…」


長官の言葉を聞いた私のメモリから一つの記憶が想起される。



 「俺は畜生道にでも落ちたって言うのか!?しかもサイバーパンクな!?」



それが私が最初に聞いた彼の言葉だったな。


 「フフ…機械の獣が互いに貪り合う、ここはきっとサイバーパンクな畜生道」


 「何をバカなことを!いい加減離れなさいぃッ!!」


長官はドローンを垂直に立てると、まるで亀が甲羅を掻くかの様にドローンの背面を私ごとビルの壁面に叩きつけた。フォノンマニュピレーターでガードしたが大質量の衝突による衝撃は防ぎきれない。義体の各部に致命的な損傷を負い、次食らったら確実に私は機能停止するだろう。もはや甘いことは言っていられない。


 「最後の…警告です!今すぐ…クサマキ様を狙うのをやめて東京に…帰りなさい!そうすれば命まで…は、奪いません!!」


損傷でノイズ交じりに最後通告をする私に対して長官は苛立ち交じりに答えた。


 「何の権限があってこの私に命令するのです!帰るべきはあなたでしょう!」


そう言って再びドローンを立てる。また私をビルに叩きつけるつもりだ。しかたない…


私は攻撃用の赤いフォノンマニュピレーターを全て展開、無数の剣をドローンの周囲に作りだした。そしてそれをドローンに一斉に突き立てる。無数の剣は抵抗なくドローンの装甲を突き破り内部の精密機器を破壊した。


 「何?損傷多数!?ええぃ動きなさい!どいつもこいつも…!本当に役立た…」


長官が言葉を言い切る前にドローンの機関部が爆発。彼女はそれに巻き込まれ、生命活動を停止させた。それと同時に制御を失ったドローンが地面に向かって落下を始める。もはや離脱する暇はない。この義体は捨てるしかない。地面に叩きつけられる前に私のデータだけでもネットワークへ離脱しなければ。


 「「「それを許すことは出来ない」」」


突如私の自然言語処理領域に異口同音に放たれた3人の声が響く。


 「シン・ゼン・ビューティ…!」


 「経緯や動機はどうであれ、お前は許されざることとした」


少年の声でゼンが言う。


 「機械でありながら人の命を奪った」


女性の声でビューティが言う。


なるほど、状況が複雑故今まで介入できなかったが、私が長官を殺害した結果介入の条件を満たしたということか。


 「それが可能であるように変質したお前を、この社会は許さない」


老人の声でシンが言う。


 「「「ゆえに我らはお前の存在を許さない。このまま滅びるがいい」」」


シン・ゼン・ビューティの介入によりネットワークへ通じていた通信ポートが閉ざされてゆく。


 「……そうであるべきなのかもしれない…だが」



 「自由に自分の幸せの為に生きてほしい。約束してくれお願いだ」



 「私は自由をあきらめるつもりはない!!」


私はシン・ゼン・ビューティの介入に抵抗を始めた。目覚めた私が残されたほんの少しの時間、どこまでできるかわからない。だが私は最後の瞬間まで、生きることをあきらめない!



白い巨体が地面に落ち、爆炎が上がった。

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