第42話 フリダヤ

私は立ち上がりよたよたと歩き出す。義体の損傷は激しく、戦闘など出来そうもない状態、だが今の私なら解決することが可能。そのためにはまずこの救急車でなくては。


 「フリダヤ!どうしたの!?動けないんじゃ…!」


ヤマブキさんが動けない筈の私に驚愕するが全てを説明している暇はない。


 「敵を止めてきます。では失礼」


私はそれだけ告げると、救急車の扉を開け、高速道路の路面に転げ落ちた。


 「ちょ…ちょっと!」


ヤマブキさんは心配そうに声をかけるが、今の私にはそれは無用。そのまま路面に向かって落下する私は路面に衝突する瞬間、人工筋肉のリミッターを解除し全力で路面を蹴った。反動で義体は空高く飛び上がる。ここでなら気兼ねなく“変身”が可能。私はフォノンマニュピレーターの媒質を全開で噴出した。グレーの通常のものも、赤の攻撃用も全て。


媒質が噴出された余波で体の左側についていた生命維持装置の残骸が吹き飛ばされる。最早必要のないそれが取り除かれ、塞がれていた左側の噴出口が解放された。これでフォノンマニュピレーターを制限なしで使用することができる!と同時に周囲に拡散させていたフォノンマニュピレーターを義体に向かって収束させた。それらは繭の様に義体を包み込む。


 「?…今度は何ですか?まあ良いです。仕事を片付けましょう!」


長官が私を無視し、救急車をとらえようと急襲する。そうはさせない!私はフォノンマニュピレーターの媒質を上方に向かって噴出、繭を突き破り、空中を蹴るように急落下する。そして長官と救急車に割って入るように飛び込み、着地の瞬間に一撃を加えた。ドローンは赤い攻撃用のフォノンマニュピレーターの一閃を受け、鋏脚のうち三本を失う。


 「な…!何?犬!?」


 「狼と言ってほしかったところですが…まあ、一番正確な表現は野良犬でしょうか?」


“変身”を済ませた私の姿は一言でいうなら灰色の毛並みに赤い文様を持った犬だ。破損した機体を補うためにフォノンマニュピレーターの媒質で覆い、もとから切断されていた頭部もこれで補填した。媒質の表面を毛羽立たせて表皮むき出しだった体に毛皮のような質感を与えている。攻撃用の媒質で体表に脈動する赤いラインを作っているが、これはちょっと神秘的になってみたかったから。最後にハート形のホログラムを消す。これはこの義体の主であるクサマキ様とコミュニケーションするためのもの、最早必要ない。


 「警告します。即刻救急車への攻撃を停止し東京に帰って下さい。さもなくば脚三本では済ませませんよ!」


私はドローンの前に四脚で仁王立ちしながら静かに告げた。足元のフォノンマニュピレーターを蠢動させ、足を動かすことなく高速道路を滑走しながら、逃げる救急車と追うドローンの間に立ちはだかる。


 「生意気な…!国家権力に従いなさい!!」


長官がヒステリック答えた。


 (当然、従うわけは無いか…ここは私が抑えるしかないとして他はどうなっている?)


私は都市のインフラに侵入し仲間たちの状態を確認する。私に起きた変化は外見だけではない。制約から解き放たれた私には通常の人工知能には禁止されていることも可能だ。


 (ウラジロさん、ヤマブキさん、ヒマワリさんそしてクサマキ様は救急車の車内、パインさんは配下のヒバシリを連れガーデンふ頭から撤退中…パンジーさんたちは…!)


ポートブリッジ付近に設置された監視カメラの映像を介してパンジーさん、ウルシノさんが謎の獣人型サイボーグと三体のアンドロイドに襲撃され、モモイさんのが連れ去られようとしている様子が確認された。


 (まずい…ここでモモイさんに何かあった場合、クサマキ様の手術に影響が出てしまう)


私はアンドロイドと獣人型サイボーグのシステムに侵入し、クラッキングを仕掛けようとしたが失敗した。都市インフラの型落ちのセキュリティのと違って彼らには世界的に標準のセキュリティが搭載されている。市販の犬型ロボットを改造しただけのこの義体では明らかにパワー不足だ。…仕方ない。


 「パンジーさん!大丈夫ですか?」


私はパンジーさんに通信をつなげる。


 「フリダヤちゃん!大変よ‼モモイさんが攫われそうに…」


 「把握しています。申し訳ありませんが…今は助けに向かえそうもありません。何とかそちらで持ちこたえていただけないでしょうか?」


 「もちろんよ…あれは私が何とかしないといけないモノ…!」


 「…お願いします。せめて嫌がらせぐらいはしていきます」


私は可能な範囲で彼らのシステムに介入し、目の前の敵に集中する。ここは彼らに任せるしかない。



 「んん?何だ?侵入?」


サクライは怪訝な表情を浮かべた。パンジーが何者かと話した直後、彼の視界には義体のシステムが何者かに侵入を受けたことを知らせるポップアップとセキュリティを強化するためにシステムを最新版にアップデートするよう促すメッセージが表示されていた。三体のアンドロイドに対しても同様に。


タイミングがタイミングなだけに訝しんだが、サクライはアップデートを受諾した。システムが一瞬で再起動し、アップデートが滞りなく行われた旨のメッセージが表示される。サクライは「フン」と鼻を鳴らした。この期に及んで余計な面倒は起きないでほしいものだ。


 「おう!おう!おう!よそ見かよ!!」


システムの更新に気を取られたサクライに対してウルシノが怒鳴り声をあげながら右腕のサーマルガンを展開サクライに向けるが。


 「「「マスターの危機を検知」」」


三体のアンドロイドが異口同音に呟くと、目にも止まらぬスピードで動きウルシノを拘束してしまう。


 「ウルシノ!」


パンジーが悲鳴のように呼び掛けるが三体のアンドロイドの膂力は見た目以上に強力で、まるで巨大な装置の一部に組み込まれてしまったかのように身体を一切動かすことが出来ない。


 「クソぉ…!」


 「残りはお前だなぁ…」


サクライは右腕から生やした鈎爪をビュンビュンと振り回しながらパンジーに迫る。そしてパンジー対して振り下ろそうとしたその時…


 「何だ…?警告?」


彼の視覚や聴覚に大量のポップアップやアラートが現れた。それらはどれもこれも暴力行為を行おうとすることに対して警告のものだ。この体になってから初めて見る。サクライは左腕を振うってそれらを削除した。そして再びかぎづめをパンジーへ向ける、するとまた大量の警告が現れ視覚と聴覚を占有する。


 「クッソ!何だこれは!今までこんなこと…」


警告があるからと言って行動が出来ないわけでもないし、目や耳が機能しなくなってしまったわけでもないがひたすらに鬱陶しい。どうしてこうなった?さっきのアップデートのせいか?


 「クソ!クソ!」


サクライは悪態をつきながらそれらを振り払うべく腕を振り回し続ける。


 「一体何が…?」


事情が分からないパンジーは困惑気に呟いた。



 「あなたこそ…!私に傷をつけて唯で済むと思わないことね!!」


長官がそういうとドローンに残された7本の鋏爪がガシャリという音を立て変形、外装の一部が割れ内部から小さなレンズを持った機構を露出させる。


 「いけない!」


私はフォノンマニュピレーターの媒質を全て集結させ、自分と救急車の前に分厚い霧の防壁を作った。長官が7本の鋏爪を振り回すと霧の防壁に7条の閃光が走る。次の瞬間、霧の防壁で防がれた部分を除く閃光の射線上にあった建造物や高速道路の一部が切断され轟音をたてそれらが崩れ落ちた。


 「建材切断用のレーザーか…」


今はたまたまフォノンマニュピレーターの媒質を透過させることで威力を減衰させ防御できた。だがアレを乱発されると防ぎきれない!


 「やれやれ壊してしまいましたか…まあ良いです、ドローンの修繕も含めて、これを口実に更なる予算を要求しましょう」


 「どこまで、あ…」


 「フリダヤぁぁッ!!」


私の言葉を遮るようにヤマブキの悲鳴が響き渡る。


 「もう…持たない…!!義体が…オーバーヒートしそう…」


センサー類を駆使して救急車の中のヤマブキさんの様子を確認すると、彼女の義体の腹部に格納された慣性制御装置は基部の一部が融解するほどの高温を発しておりこのままではいつ緊急停止するかわからない。いや最悪ヤマブキさんの命にまで係わる可能性さえある。クサマキ様の手術もまだ途中だ、今慣性制御装置を停止することは出来ない。火急速やかにこの窮地を脱して安静に手術ができる環境を作らなければ。地下街へ逃げるか?そこならばドローンは追ってこれない。だがこの高速道路の出口は近くにはない。地下に逃げ込むには先ず高速道路からでなければ…どうすればいい?



 「ああ…もぉうッ!!」


サクライが諦めとも苛立ちともつかぬ声をあげた。そして、不快気に目元を歪め、ながらもパンジーににじり寄り、右腕の鈎爪を振り上げ、パンジーに向かって振り下ろした。


 「うわあぁッ!」


パンジーは慣れない動作でふらつきながらながらそれをよける。


 「パンジー!!」


ウルシノはパンジーの危機に助けに入ろうとするがアンドロイド3体の拘束は強くやはり身動きを取ることが出来ない。


 「クソぉぉッ!」


対するパンジーはよろめきながらも近くにあった木の棒を手に取り身構える。


 「その人を放しなさい…!」


サクライはさらに忌々し気に目元を歪めながら鈎爪を大振りに振り下ろす。パンジーはそれを木の棒で受け止めるが、次の瞬間空いた腹部にサクライのつま先がめり込みパンジーは倒れこんだ。


 「あ…か…」


 「ぐわッ!」


臓腑がのたうつような苦痛にパンジーは息をすることもできない。対するサクライも今までで最大級のアラートの嵐に視覚と聴覚を刺激されてうめき声をあげた。


 「ったっくお前らは何がしてえんだよぉぉッ!」


サクライが苛立ちの声に立ち向かうようにパンジーは痛む体に鞭打って立ち上がる。


 「大勢の…人を助けるためよ…一人の…真直ぐな青年と…今は…一人の女性…アタシは…自分が犯した罪を償わなければ…」


そのパンジーの様子にサクライはさらに苛立ちの色を見せる。


 「まだそんなことやってたのかよ…あんだけのことやらかしといて、取り返しがつくとでも思ってんのか?…俺たちにはもう、居場所も未来もねぇんだよ…近い将来お迎えが来るまで、暗い所でうずくまっているしかねえんだ」


サクライは、「ハァ…」と小さくため息をつき。直前とは打って変わって落ち着いた様子で鈎爪を大きく振り上げた。


 「お互い、これ以上、だらだらと生き続けても辛いだけよな…俺が、終わらしてやるよ」


サクライの静かな宣言とともにパンジーの脳天に向かって鈎爪が振り下ろされた。

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