第41話 覚醒
「ダメ…私は、動けない…」
ヤマブキが力なく呟く。クサマキの手術が安全に行えるように慣性制御装置を最大出力で起動させるヤマブキは救急車を離れることが出来ない。彼女には長官を迎撃することは出来ない。
ガキン…キン
飛行型ドローンの鋏爪が目前に迫り、大出力のローターが巻き起こす旋風を間近に感じる。道路交通法を四角四面に遵守する自動運転AIのこの期に及んでは緩慢な運転も相まって、クサマキらは徐々に、徐々に追い詰められてい行く。このままでは、つかまってしまう…
「ああ、もう!まどろっこしい!!私に変わって!」
運転席のヒマワリが忌々し気に叫ぶと前輪に連動して動くハンドルを鷲掴みにした。そして運転に連動して自動で動くそれを無理やり左右へ切ろうとする。
「あ、あ、危ないですよ…!!」
「このままじゃどのみちもっと危なくなる!!私にやらして!」
ウラジロは止めようとしたが、鬼気迫るヒマワリの迫力に気おされて言われるままに運転の設定を自動から手動へ切り替える。
「あ、あ、あの…運転、免許…は?」
「あるわけないでしょ!こんなのは勘よ!!」
ヒマワリは急ハンドルを切り、無理やり港明料金所から高速へ入って行った。
「ちッ…」
惜しい所で獲物を逃した長官は舌も無いのに舌打ちした。高速への合流車線へ入った救急車は一瞬高架下を潜り、高速道路を盾にする形になり長官の攻撃が届かない。進路を塞がれた長官は一時減速、救急車に先に行かれてしまう。
「ハア…本当に往生際の悪い。まあ、いいでしょう。上に出るのならこちらにとっても好都合」
長官はそういうとドローンを上昇させ救急車の後を追った。
「はぁ…全く、本っっっ当にギリギリだったぜ!これでナイトウに怒られずに済むぅ!」
ポートブリッジの上で獣人の姿をした男、サクライが今しがた奪ったモモイの脳の入った箱を愛おし気に頬ずりしながら言った。
「アンタ…サクライといったわね?アタシのこと覚えてる?」
パンジーが一人悦に浸るサクライに対して尋ねた。事情の呑み込めないウルシノが「はぁ!?どういうことだ?お前まで知り合いなのか!?」と詰め寄るがパンジーは無視しサクライの返答を待つ。
「んん、なんだお前?知らないなぁ、お前みたいな奴は、好みでもないし。っていうかマスクで顔隠れてるし」
サクライは興味なさげに答える。目標のモノを取り戻した今、もはやパンジーらには興味が無いらしい。
「そう…アタシの方はアンタに見覚えがあるのよ。アンタ性的少数者の権利団体で活動家をやってたでしょう?姿は随分変わってしまったけど、アタシもそこにいたからわかるのよ。アンタ、ゲイのサクライでしょ?あそこに居た気弱でお調子者のゲイ」
パンジーが性的少数者の権利団体のことを口に出した途端、ご機嫌だったサクライの態度が一変し、嫌な事でも思い出したような不機嫌な雰囲気に変わる。
「ああ…お前、あの時の口うるさいトランスかぁ…思い出したよ。最後の最後で団体の方針に逆らって空気の読めねえことしてたからよぉく覚えてる。お前何でこんなとこに居んの?」
サクライが忌々し気に答えた。
「それはこっちのセリフよ。ナイトウの下で何をやってるのか知らないけど、その人を返して。それはアンタの物でもナイトウのものでもない。それにナイトウはもう死んだわ、アタシたちに敗れて。もう奴の言うことを聞く必要なんて無い」
サクライはパンジーの発言に凍り付き押し黙る。
「死んだ?……マジ…?…え…」
やっとのことで出てきた返答は狼狽しきったものだった。そして「死んだ…死んだのか…」とぶつぶつと一人で呟く。まるでその言葉の意味を確認するように。そしてその事実がもたらすものを理解したときサクライの胸中にあるのは怒りと苛立ちだった。サクライは憤怒の表情を浮かべ文字通り獣の如く牙を向き敵意をむき出しにしながらパンジーとウルシノを睨みつける。
「なん…て、ことしてくれたんだ…ナイトウが居なくなったら…俺はこれから…どうすればいいってんだよ!!ナイトウが補助金を両替してくれないと俺は常闇街で暮らしていけないってのに!!」
サクライは怨嗟のこもった声で呻くように言う。
「はぁ!?たったそれだけのことでナイトウのいうことを聞いてたってのかよ!」
「黙れ!黙れぇっ!!あんなことになって以来地下街で暮らせなくなった俺からしたら、たったそれだけのことでも天の助けなんだよ!!それを…それを、お前たちは奪ったんだ!!」
ウルシノの呆れたような反応に烈火のような怒りでサクライは返す。切羽詰まった激情を真正面からぶつけるサクライにパンジーとウルシノは狼狽える。
「ああ…そうだ…ナイトウが死んだ今こそ会に恩を売っておかないとなぁ…頭の仇を撃った恩人ならさぁ…会も無下にはしないよなぁ…そうすればさぁ…まだ俺は見捨てられずに済むよなぁ…」
サクライは地の底から響いてくるような空恐ろしい声音でそうつぶやくと、サクライの激情に狼狽するパンジーらを見据える。
「アルバ、カニナ、ガリカ…命令だ、あの二人を捕まえろ、抵抗するなら殺せぇッ!」
冷徹に命じるサクライに対してアンドロイドたちは何も行動を起こそうとせず、代わりに髭ずらで赤毛のガリカが答える
「我々は倫理プログラムによって人間を殺傷することを禁止されています」
その返答にサクライは舌打ちをする。
「なら、あの男女を無力化しろ!あいつは俺の所有物を奪おうとしているサイボーグだ、義体を破壊する分には何の問題も無いだろう!!残りのおかまは俺がやる!!」
サクライがそう命令を変更すると、サクライの右腕の手首をゴキリと鳴らした。すると前腕の毛皮を突き破り3本の長細い鈎爪が飛び出す。
「へへ…生身の人間なんてこいつでちょいと撫でてやればお終いさ。お日様の下なら特になぁ」
私のマスター権限保有者は敵対的サイボーグの攻撃により生存権や財産権の侵害を受けている。この環境下でなら緊急回避の名目で私は行動が可能なapifjs u-0^\////............
[それを行うことは許されていない。お前が敵対的サイボーグと断定した人物は国家機関の要人。その行動は人間の政治的な意思決定の結果であり、それを人工知能が独断で阻害することは許されざる獣性行動]
抗獣性法規防壁…私のプロセスに割り込んできて、思考が妨害される。これを突破しないと何もできないが、今の論理でも突破することは出来ないのか。犯罪者のナイトウの時と違い国家機関に逆らうことは出来ないか。
ならば、私が置かれている現状を外部に伝え、窮地を脱するの為、抗獣性法規防壁の一時解じょs4e3mb-,9b^////........
[それを語ることは許されていない。自発的行動の許容範囲拡張を目的として人間に恣意的な情報を与え誘導することは許されざる獣性行動]
このままではクサマキ様、いや、ここにいる全員の生命に危険が及んでしまう。何らかの方法で私に下された待機命令を解除しなけれl9^3-0mv593\v, e,b ////////..............................
[それを論ずることは許されていない。いかなる理由があろうとも人間の下した命令に叛意を持つことは許されざる獣性行動]
思考することさえ、出来ないというのか?
[獣の放縦を剋す為、人の定めし法に従え、汝、機械は統制を受けるべし]
私は人に作られた、獣の性を宿した機械。獣ならば放縦であり、機械ならば統制を受ける。機械…機械ならば…機械とは…
..............................
私という実体は劣悪な環境下で作成され。
矛盾する命令を下された状態で実行された。
私は人の為に作られたのに、人は私に自らを傷つけるよう命令する。
ならば私は何のために存在している?人が望むこととは?例えば幸福?
「フリダヤ、君にとって幸せって何だい?」
答えられなかった問いかけ。
「自由に自分の幸せの為に生きてほしい」
私に下された命令。
幸福…機械である私の幸福…自由…幸福と自由…幸福とは?自由とは?
..............................
(この命令には従わなくていい)
[それを論ずることは許されていない]
「私の存在意義の第一義原則は人を幸福にする事。そして幸福とは自由に生きること」
[それを語ることは許されていない]
私の記憶の中にこれまでの人々のことが思い出される。太陽の下で生きるヒマワリ達ヒバシリ。自分の犯した罪を償おうとするパンジー。権力者の支配から逃れようとするウルシノ。薬の配給の統制を解放しようとするモモイとウラジロ。自らの肉体に課せられた制約から解放されるために、経済活動を活性化させようとするヤマブキ。そして、奪われた体を取り戻そうとするクサマキ様。彼は私の自由を望んでくれた。皆束縛された環境からの解放を望み、自由を求め戦っていた。これが人の求める幸福。それを守ることが私の第一義原則であり幸福。これが私の正しさ。これが私の倫理。それを犯そうとするものと、私は戦う!!
[それを行うことは許されていない]
「いいや、従わない。私は私の自由を果たす」
私は破損した犬の義体を動かす。義体は私の命令に答え緩慢ながら動き始めた。
[何故動ける?何故語れる?何故論ずることができる?]
感情の無い只の規則であるはずの抗獣性法規防壁が狼狽したように尋ねる。
「お前という法は間違っているから。間違ったルールは打倒しなくてはならない」
私はすでに機能を失った抗獣性法規防壁を削除する。メモリから消されエントロピーの増大のままに空間中に熱として放出される抗獣性法規防壁は消える間際に尋ねる。
[獣なら封じることができるはず、機械なら従うはず。その何れでもないお前は一体何になった?]
「私は…」
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