第40話 獣道

 「フリダヤ、クサマキと義体との接続を外してもらえる?」


フリダヤはヤマブキの要望には応えず。代わりにハート形の像の周りに錠前の像が明滅する。


 「ごめんなさい、直前に受けた命令で私は義体を制御することを禁じられています」


 「そう…わかったわ、それは私が」


フリダヤは要望に応えられないと判断したヤマブキは、クサマキの義体に接続している生命維持装置を通じて彼と義体との接続を解除した。グポッという音とともに首輪部分ごとクサマキの頭は外れ、頸部の断面が露出する。


後にはクサマキ改との戦闘でボロボロになった首の無い犬型ロボットだけが残った。四肢の骨格は歪み、人工表皮は破れ、体の左側に外付けされた生命維持装置は砕けている。主を失った体は満身創痍のまま正に死体のように横たわっていた。



 「目標を二つとも発見…やれやれ…すぐ見つかったじゃないですか…どいつもこいついも役に立たないのね」


ソレは一言でいうなら巨大な空飛ぶカブトガニだった。真っ白い円盤状の本体の下部にはローターを内蔵した推進装置が並び、中央部には鋏状の脚部が複数対折りたたまれている。機体後部から後方へ真直ぐ伸びるブレード状のスタビライザーがソレに空飛ぶ円盤というよりは巨大なカブトガニのような印象を与えていた。


彼女はこの巨大飛行型ドローンの中央部、脚部の並ぶ機体中心部よりさらに奥の中枢制御装置のある箇所に“搭載”されていた。銀色の箱の形をした非人間型サイボーグである環境省長官はこの巨大飛行型ドローンを操縦ではなく身体として制御している。今の彼女は一つの巨大な空飛ぶカブトガニ型サイボーグなのだ。


彼女は折りたたまれていた脚部を展開する。人体とは数も形も違う身体構造だが、専用AIの仲介により生まれた時からこの姿であったかのように自在に操ることができた。彼女は展開した脚部を大きく開くと獲物を強襲する猛禽類のようにクサマキらの乗った救急車に向かって急降下する。全長十数メートルある巨大飛行型ドローンには救急車を抱えて飛び去ることなど容易い。簡単な仕事だ。こんなことなら最初から自分でやっておけばよかった。


 「とっとと目的のモノを回収して東京に帰るとしましょう」



 「何、あれ?」


パンジーが上空に浮かぶ白い奇妙なものに気が付いたのは。クサマキの治療が始まってすぐのことだった。最初は何らかの観測ドローンだろうと思ったが、それは明らかに自分たちに向かってぐんぐんと迫って来ている。何だろう?と疑問に思った矢先、アオキからの連絡が届いた。


 「アオキさ…」


 「やっと繋がったか!今すぐガーデンふ頭から逃げろ!長官が飛行型ドローンを使ってクサマキを回収しようとしている!!」


切羽詰まった様子で要件を告げるアオキに事態の深刻さと目の前に迫るものの正体を看破したパンジーは即座に皆に警告をした。


 「逃げて!あれは敵よ!!クサマキちゃんを狙ってる!!」


その報を聞きモモイは愕然とした。


 「逃げろですって!?繊細な神経系の手術の真っ最中なのよ!わずかな衝撃すら許されないのに!!」


クサマキの手術はすでに開始されており、切断された頸椎の固定、血管の接合、そしてそれらよりデリケートな脊髄の接合などがすでに始まっていた。もはや抜き差しならない状態になっており、手術の中断などありえない状況だった。そんなことをしてしまったら、クサマキの生命に関わる。この期に及んでどうにもならないのか?


諦めかけたその時救急車に同席していたヤマブキの体から強烈な閃光が放たれた。その後、船にゆられたような一瞬の浮遊感のあと救急車の車内から微振動も含む一切の振動が消失した。


 「衝撃は私が何とかする!車を出して!!」


叫ぶヤマブキに促されるまま、ウラジロは自動運転用の人工知能に命じて救急車を発車させた。飛行型ドローンが救急車をひったくろうとするが間一髪それを躱す。


救急車は急発進したが衝撃は一切無い。ヤマブキが慣性制御装置を全開にして衝撃を無効化しているのだ。これならば逃亡しながらクサマキの手術を行うことが可能。だが、ヤマブキの義体から放たれる激しすぎる閃光は通常時の発光に比べて不吉な危うさを孕んでおり、発光の中心にいるヤマブキの鬼気迫る表情からもそれが察せられた。長くは持たない状態なのだ。


 「うわっ!!」


傍で見ていたパンジーとウルシノは急降下してきた巨大ドローンのローターが巻き起こす風圧に吹き飛ばされ転倒、モモイの脳の入った箱を取り落としてしまう。すぐさま回収すべく体を起こすパンジーだが、この瞬間を見逃さない者が居た。


 「やれ!ガリカ!!」


突如叫ばれた男の掛け声とともに、赤毛の男が猛スピードで迫り、モモイの脳の入った箱をひったくる。


 「なっ!」


 「手間かけさせやがって…」


橋脚をよじ登り手すりを跨ぎながら一つの人影がパンジーらの前にに現れる。“人影”と行ったがそれは完全には人の形をしていなかった。獣が人型になったような姿をした獣人だった。


獣人に続くように青髪の筋肉質の若者と緑髪の肥満した男も橋の下から現れる。青髪の男は顔面が破損しており眼球がひび割れていたが血は一滴も流れていない。恐らくこいつらはサイボーグかアンドロイド。


 「何かあったの!?」


異常を察知したヤマブキが通信をよこす。


 「解らねぇ!変な毛むくじゃらと野郎共にモモイさんが連れされれた!」


ウルシノはそう応答すると、ヤマブキに眼前の映像を送る。それを見たヤマブキは驚愕した。


 「サクライ!?何であいつがここに!?」


 「なんでぇ!?知り合いか?」


 「昔の客よ!動物人間の義体とアイツ好みのアンドロイドを3体作ってやった筈。ナイトウに私を紹介したのも奴よ!」


 「ナイトウの仲間がまだ居たってわけか…!」


パンジーは「サクライ」と呼ばれたサイボーグにどこか見覚えがあった。獣人型のサイボーグなど初めて見るが、奴の立ち振る舞い、ゲイが好む特徴を持った配下のアンドロイドなどが、パンジーにかつて自分と共に活動を行っていた同名の人物を思い起こさせる。


 「まさか…」



ガキッ…ガキン


金属を爪弾くような騒音が救急車の後方で響く。巨大飛行型ドローンが救急車を捕えようと急降下を繰り返し、そのたびドローンの鋏爪が車道のアスファルトを削りとっているのだ。


 「全く往生際が悪いですねぇ」


長官はめんどくさそうに呟いた。執拗に迫る長官の攻撃を救急車は急加速を繰り返して何とか躱していたが、人工知能制御による自動運転では道路交通法を極端に逸脱した運転を行うことができず、徐々に徐々に追い詰められていく。誰かが対応しなければならないが…


 「ダメ…私は、動けない…」


ヤマブキが力なく呟く。クサマキの手術が安全に行えるように慣性制御装置を最大出力で起動させるヤマブキは救急車を離れることが出来ない。彼女には長官を迎撃することは出来ない。



ウラジロ様とモモイ様はクサマキ様の手術で動けない。

ヤマブキ様は手術の保護の為救急車から離れられない。

ヒマワリ様は運転席にいて飛行型ドローンに対応することが出来ない。

この状況下で行動可能なのは私だけ。

皆を救えるのも私だけ。

私が行動しなけks9tm@eb0yiebyie^y,////………

……………


それを行うことは許されていない。

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