第39話 決着
「ぐるるるるる…」
俺たちに続いてポートブリッジの中ほどまでやってきたクサマキ改がうなり声をあげながらフォノンマニュピレーターを展開した。半透明の人工表皮をゆがませて内部の灰色の人工筋肉が憤怒の表情を作る様は狗面四臂の異容も相まってまさに怪物だった。
「クサマキ様どうしてここに?ここでは退路が限定される分攻撃を受けるリスクが…」
俺はフリダヤの質問には答えず、代わりに別のことを言う。
「フリダヤ、約束してほしいことがある」
「え…?」
困惑の様子を見せるフリダヤに俺はずっと思っていたことを打ち明ける。
「これが終わったら、俺が、どうなっても、大人しく倫理プログラムの治療を受けて、その後は自由に自分の幸せの為に生きてほしい。約束してくれお願いだ」
「どういう…ことですか?」
常々思っていたことだ。俺がこの世界に生きていて何になるのだろう?この世界は俺の生きていた100年前とは全く変わっている。友人も家族も、それ以外も。自分と関わりのあった殆どが失われていて、何も生きている意味がない。今は体がこんなだから、人に助けてもらっている…ことになっているが、体を取り戻して何が変わる?自分は結局誰かの荷物になるだけだ。だがフリダヤは違う。俺とは違って彼女を縛る枷さえなければ一人でも生きていけるはず。
「兎に角だ!」
俺がそういうとハート型を縛る鎖と錠前の像が明滅する。
「…解りました」
ごめんフリダヤ、ソレ利用させてもらったよ。契約書には既にサインしているから、俺が死んでしまっても心臓さえ手に入れば薬を作ることができる。きっとこれがこの世界で俺ができる唯一のことなんだ。
「もう一つ命令だ!フォノンマニュピレーターを何か武器の形にして戦えるようにしろ!そうしたら、体とフォノンマニュピレーターの制御を全部俺にわたせ!!」
再び鎖と錠前の像が明滅すると赤いフォノンマニュピレーターが一本の剣の形になった。
「ありがとう」
俺は赤い剣を振り回す。触れた橋のアスファルトが寸断される。これでいい。
「ぐるるるる…」
俺は憤怒の相とうなり声をあげるクサマキ改を見据えると飛びかかった。
「ばうっ!!」
クサマキ改がフォノンマニュピレーターの拳で俺を殴りつける。俺はガードもせずそれを自分の身で受ける。
(やっぱりだ)
こいつはフリダヤがナイトウを攻撃できるのと同じだ。“俺の体”を守らせる名目で人間に対する攻撃への禁忌を回避している。だから俺の唯一残った生身である頭部は攻撃してこない。俺が“赤い剣”で武装し続ける限り、胴体部を狙ってくる。戦闘不能にするためにだ。
「どうして避けないのですか!?このままでは当機は…」
フリダヤの訴えに俺は答えない。俺はそのまま攻撃を受け続ける。クサマキ改の攻撃を身に受けるたびに体を覆うプロテクターは砕け、四肢のフレームは歪み、生命維持装置に受けた衝撃で意識が飛びそうになる。これでいい、こうすれば奴に対するもう一つの命令に従うようになるはず。その時が…
「フリダヤ…君は無事かい?」
「私を駆動させているユニットに…異常はありません…どうして…どうしてこんな…」
「よかった…」
俺は安堵した。良かった何とかうまくいきそうだ。俺はクサマキ改を再び見据える。クサマキ改はこちらの様子をうかがっていて攻撃を仕掛けようとしない。そろそろ頃合いだ、俺は意を決して不自由な体でクサマキ改に飛びかかる
「うおおおおぉぉぉ!!」
「ばうっ!!」
雄たけびを上げ飛びかかる俺をクサマキ改が両腕とフォノンマニュピレーターでとらえた。俺が弱ったとき、こいつに下された「クサマキを捕まえろ」の命令が優先されるようになるはず。そしてこの瞬間なら、AI制御ではない不正確な俺の攻撃でも正確にこいつの“頭”をとらえることができる!俺はわきに控えていた“赤い剣”を振う。
「ばうっ!!」
危険を察知したクサマキ改が俺を拘束するフォノンマニュピレーターに力を込める。体の左側で何かが砕け、脳の血流が逆流する感覚がした。だが、構うものか!
「おおおおぉぉぉあああぁぁぁ!!」
俺は最後の力を振り絞りクサマキ改の犬型ロボットの頭部を“赤い剣”で両断した。断面からは機械でありながら鮮血が飛び散り、クサマキ改は俺とフリダヤを掴んだまま、地面に倒れた。
「そんな…クサマキ様…生命維持装置が…誰か…誰か助けを呼ばないと…」
「クサマキ!…っぐ!」
私は顔面からアスファルトに突っ伏した。破損した義体を無理やり起動させクサマキのもとにまで跳躍した、が着地に失敗したのだ。そんな自らの痴態を無視して私はすぐにクサマキの容態を見る。生命維持装置が破損していてこのままでは彼は脳死してしまう。私はナイトウにやられた左胸をさらに抉り、自分の脳を格納しているユニットを露出させる。そこからケーブルを伸ばしクサマキの首輪状の装置にそれを接続した。クサマキが小さなうめき声をあげる。うまく行ったようだ、とりあえずはこれでいい。だが…
「大丈夫なの!クサマキちゃんが怪我したって」
救急車で控えていたパンジーらがクサマキの危機を聞き入れここまでやってきた。それと同時にヒマワリたちも合流する。
「頭の方は大丈夫、生命維持装置は壊れたけど私の予備を使えばいい、でも…」
私は次の言葉を発する前に思わず歯噛みした。
「“体”の方が持たないわ!“人工脳幹”だなんて特殊すぎるものすぐに用意なんて出来ないわよ!病院につく前に死んでしまう…!」
クサマキ改の心肺機能はナイトウによって取り付けられた人工脳幹によって制御されていた。それを失った今クサマキ改は首を切断された胴体に過ぎない。脳細胞の死滅よりシビアではないものの心拍も呼吸も停止している現状では余命幾ばくも無いだろう。サイバネ技術が普及した昨今、心肺機能を失った脳を生存させる技術はありふれていても、脳を失った体を生存させるような技術は希だ。折角体を取り戻したっていうのに…!
「いや…脳幹ならある…」
絶望する私を尻目にウラジロが言う、その目はクサマキの“頭”方を見ている。まさか…
「モモイ!救急車の設備を使ってクサマキの首を接合することは…できるかい?」
ウラジロが呼びかけると両手に抱えた箱に入った脳であるモモイが答える。
「ええ、医師免許を持っている私なら救急車に内蔵されている簡易手術システムを起動することができる。専門では無いけど、人工知能の補助があればこの環境下でも急場を凌ぐだけの処置は可能。その後、このまま救急車で熱田区地下にある病院へ搬送、そこでより精密な治療を行えばいい…早速手術を開始しましょう」
「解った、僕の体を使うと良い。今制御を…渡す」
ウラジロがそういうとウラジロの義体の主導権がモモイに移った。モモイは自分の脳を傍らにいたパンジーに「ちょっと持っていてください」と渡すとクサマキ改の体を抱え救急車にのりこむ。私もそれに倣いクサマキの頭の方を抱えて救急車に乗り込んだ。
「あなたもついでに病院に行きましょう。無事では無い筈よ」
「それは…そうさせてもらおうかしら」
私は一瞬逡巡したが、大人しく従った。自覚症状があったから。
「ねえ、私もついていっていい?」
ヒマワリが不安そうに私たちに尋ねる。
「…ええ、いいわよ。ここは狭いからあなたは運転席の方へ」
そういってモモイは運転席へヒマワリを誘った。
「今送ったドキュメントの確認をお願いします」
私は、執務室にいる“銀色の箱”へ資料を送った。するとすぐさま“銀色の箱”から反応が返ってきた。
「青木さん、資料に誤りがあります。今送ったものがそのリストです。修正は私がやっておくので以後同じ間違いは犯さないように」
「す、すいません!以後気を付けます」
珍しいこともあるものだと私は思った。この“銀色の箱”は環境省長官である私の上司だ。こんな外見だが人間の女性である。彼女はクサマキの件以来、本来の職務を疎かにしがちだったが、今日はまるで別人になったかのような仕事ぶりだ。
「ただいま、戻りました~」
執務室の扉を開け若い男が気の抜けた声を出しながら入室してきた。その光景に私は驚愕する。
「何故ここにいる?君は例の引き渡しの件で名古屋に向かっていたはず!?」
彼はクサマキの体の受け取りの任を受けていた筈、それが何故今ここにいる?
「え…長官がその件はキャンセルになったから戻って来いと…」
そんな話は聞いていない。
「どういうことですか、これは!?」
目の前の“銀色の箱”は答えない。
「何とか言ったらどうだこの箱女!!」
私の暴言に若手は驚愕するが面と向かって侮辱された本人は何の反応も返さない。私はすぐさま席を立ち執務室を後にした。
(人工知能と入れ替わっている…!!)
こんな回りくどい真似をしてまでこの場を抜け出したということは、奴は今頃…私は自身の迂闊さに思わず歯噛みした。このことをパンジーたちに伝えなくては、一刻も早く!
(うそだろ…!どうしてあれがあそこに!)
獣人型サイボーグ・サクライは歓喜していた。待ち合わせに指定されたガーデンふ頭では謎の銃声と爆音が響いており、それを避けるように彷徨ったサクライと3体のアンドロイド達が、最後に響いたひときわ大きな轟音のもとに集った時には、約束の時間を優に過ぎた後だった。遅れたことと、預かったものを返せないことの言い訳を考えていた矢先、アンドロイド・カニナのセンサーが驚くべきものをとらえた。ポートブリッジの中央付近に無くしたものの反応を検知したのだ。ここで取り戻せばギリギリ返却可能だ。
(はははっ…これでナイトウに見捨てられずに済む!!)
目標のものはどうやら大型の車両と複数人の人物とともにあるらしい。きっとアレを盗んでいった者たちだろう。なんのために盗んでどうしてここにいるのかはわからないが、ナイトウに会う前に何とかして奪い返さなければ!
その時、アンドロイド・ガリカのセンサーが上空から迫る何かをとらえた。
「何だ…?」
上空を見ると白色の大きな影が猛スピードでこちらに向かってくる。
「目標を二つとも発見…やれやれ…すぐ見つかったじゃないですか…どいつもこいついも役に立たないのね」
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