第38話 解放への飛翔
「こんにちはお嬢ちゃん。俺はヤシダ。ナイトウの手下で、奴の“頭”だ」
ヒマワリは“ヤシダ”が言っていることの意味が解らず困惑した。手下で、頭?
「それはお前がナイトウの正体だということか?あの“首無し”はお前が遠隔操作していたと?」
突如傍らから正鵠を射貫く質問が投げかけられる。
「パイン…」
ヒマワリを追ってきたパインが合流したのだ、一部始終を見ていたらしい。
「勝手に先行するな。ここは危険だ」
パインは小声でヒマワリを叱責する。そんな二人を尻目にヤシダは質問に答える。
「それは半分正解で半分外れだ」
「どういう意味だ?」
聞き返すパインにヤシダは再び自嘲的な笑みを浮かべた。
「俺は昔奴に“首詰め”された手下だ。俺は昔からどんくさくてなぁ…へまばかりしてた」
ヤシダは遠い目をしながらつらつらと語りだした
「おかげでボスに何度も何度もどやされてさぁ…はぁ…で…いつもはそれで済んでたんだが、とうとう、それじゃ済まねえことやらかしちまってよ…」
「ど…どんな事しちゃったの?」
ヒマワリは聞き返した。ヤクザなのにあまりおっかない感じのしない奴だ。
「思い出したくもねぇよ…俺にゃどだい向いて無かったのさ、ヤクザなんてもんは。そんで“首詰め”はまぁしょうがねぇかって感じでさぁ…デブな体からおさらば出来るならいいかって思ってたらよぉ…もっとデブにされちまってよぉ…そんでよぉ…入ってんだよボスが…腹ん中に」
ヤシダの弁を信じるならナイトウの脳は“首詰め”でサイボーグ化したヤシダの膨らんだ腹の中にいるということになる。成程、確かに「手下で、頭」だ。
「うげげ…気持ち悪~…」
「なんでもこの方が安全だからとかでよぉ…お前の為にもなるとか言ってよぉ…そんで、俺の地獄が始まったんだ」
「地獄?」
「考えてもみろよぉ…あんなおっかねえ男が四六時中そばに居て、やることなすこと、なんでもかんでも口だしてくるんだぜ?うれしいことも悲しいことも全てに対してよぉ…俺は何なんだよアイツの…」
言いながらヤシダは涙を流していた、とても悔しそうな涙だった。言ってること自体は小言がつらい程度のことだがそれ以上のことがあったのだろう。ナイトウは利益より支配をとったと聞いた。そんな男が万のことに干渉するのだ、彼の心情は想像に難くない。
「お前の事情は分かった。で、こんなことを我々に話してお前は何がしたい?」
涙を流すヤシダに対してパインは冷静に返した。聞かれたヤシダは涙をぬぐうと答える。
「俺はもうこんなこと終わりにしてぇ…だからナイトウを殺してくれ。俺ごとで構わねぇ」
ヤスはあっけらかんと言い放った。
「ここに来たのもその為なんだ。この腹はよぉリキッドアーマーとかいうけったいなもんで出来ててよぉ。銃で撃ってもなんともねぇがそいつにも弱点があってなぁ。大きな力がゆっくりとかかる場合は無力なんだ。例えば、この建物で潰されるみたいに」
ヤシダはボロボロでなって倒壊寸前の名古屋港ポートビルを見ながらいった。白い帆船をイメージして作られたT字型に伸びた展望台は支柱をいくつか失ってへしゃげており少しの衝撃で崩れてしまいそうではある。ビルの倒壊による圧殺。そのためにヤシダはここに来たのだ。
「な…何もあなたまで死ななくても…ナイトウだけ何とかする方法がきっとあると思うんだけど…」
ヒマワリの戸惑いに対してヤシダは首を振る。
「今俺がこうしてあんた達と話ができてるのもナイトウがあの“デカいねえちゃん”にかかりきりになってるからだ。人を殺せるAIなんて作れる訳ねえからなぁ。ナイトウは自分でやるしかねぇ。だから俺への支配が弱くなってる。ここで“デカいねえちゃん”がナイトウに勝っても“首”が無事なら幾らでもあの“首無し”を用意できる。この隙を逃したら次はねえ」
これは事実上の自殺だが、彼はすでに覚悟を決め切っており、自分の生に後悔も未練も無い様だ。
「…どうやってビルを倒壊させる?」
パインが聞く。
「あんたたちは“爆発する矢”を持ってるんだろ?あんなボロボロなんだ、そいつを使えば一発なんじゃ無いのか?」
パインは小さくため息をついた。
「炸裂矢に建造物を倒壊させるような威力は無い」
「え…じゃあ、どうしよう…?」
パインは再びため息をつく。
「だが崩れかかった展望台ならば別だ。お前が展望台へ行きお前の体重と内部からの爆発が加わった場合、展望台を倒壊させることはできると思う。瓦礫とともに落下してそのまま下敷きになることが」
「へへ…景色のいい所で死ねるとはねがってもねぇ」
パインの発言にヤシダは笑った。
ナイトウはヤマブキの抉れた胸に右腕の機関銃の銃口を突き立てる。この先にはヤマブキの脳を格納したモジュールがあり、リキッドアーマーを掻い潜ってゼロ距離で銃撃すればそれを破壊するのは容易い。致命傷は免れないだろう。ヤマブキは気丈にもナイトウを睨みつけるがもはやほかにできることは無かった。完全に敗北した、と思われたが…
「ヤス…?」
そう、呟くとナイトウは固まってしまって動かない。一体何があったというのだ?
ミギギギギギ…
ヤシダが一歩を踏み出すとさび付いた鉄骨が苦痛に呻くような音を鳴らし、床が波打つように揺れた。
「へっ…へへへ…」
朽ち果てた展望台は所々が鉄骨がむき出しになっており、床がひび割れ大きな穴が空いているところもある。そんな足元がおぼつかない所をヤシダは一歩ずつ先に進む。右手にはヒマワリ達からもらった炸裂矢を何本か握りしめて。
ヤシダはそんな危険な場所へ赴きつつもなぜか可笑しくて仕方なかった。
「ひひ…」
笑いをかみ殺しながらまた一歩を踏み出すと聞きなれた声が頭の中に響いてくる。
(おい!ヤスてめぇ何やってやがる!!何でこんな所にいる!!逃げるんじゃ無かったのか!!)
ただし、聞きなれた声はいつもの見下したような感じではなく酷く焦っていた。常ならば何を言われても「ヘイ…」とだけ答えていた。何を言っても余計に酷くなるだけなのだから。だけど今はそんな風に答える必要はない。言いたかった事を言ってやろう。
「へへへ…やだなぁボス。俺そのあだ名嫌いなんすよ。最期くらいは名前で呼んでくれたって」
(な…なんだとぉ…?)
その瞬間ヤシダの体の感覚が消失する。ヤシダの様子にただならぬものを感じたナイトウが体の主導権を奪ったのだ。だがもう遅かった。
「あ…気ぃ付けてくださいね?ここギリギリなんで」
「どういう意味だ?」と聞き返す暇は無かった。次の瞬間床が抜けナイトウとヤスは床に吸い込まれる。
(う…うお…!)
ナイトウは落下しまいと床に手を突きしがみ付こうとするがそれがまずかった。その際に右手に握った炸裂矢の鏃を床に叩きつけてしまう。
目の前で閃光が迸り、衝撃が走る。展望台が音を立てて落下した。支柱が崩れ、瓦礫が積み重なる。
「うおおおおおおおぉぉぉぉ…ああああああぁぁぁぁぁッ!!」
西側で響いた轟音とともにナイトウが絶叫すると完全に制圧した筈のヤマブキを無視して一目散に音の方へ向かって駆け出した。
「何!?」
突然のことでヤマブキは困惑したが、すぐさま慣性制御装置を稼働させナイトウに飛びかかる。両者は縺れ合うように地面を転がり、勢いが収まった時、ナイトウはヤマブキに右手の機関銃を抱きかかえるように抑えられていた。このままでは先に行けない。
「糞がぁ!!邪魔すんな!!」
「嫌よ!絶対邪魔した方がいいやつでしょ!!」
事情はよく分からないが、ナイトウに良くないことが起きた様だ。兎に角邪魔をしよう。ヤマブキは右腕を抑える力を強めた。
「ちィッ!!」
ナイトウが舌打ちすると右腕が肩からするりと外れ、しがみ付いていたヤマブキは放り出される。
「っく!」
まるでトカゲの尻尾のように右腕を切り離したナイトウはヤマブキには脇目もふらず、一目散に名古屋港ポートビルへ向かう。
「あああああぁぁぁあああぁぁ…畜生ヤスッ!裏切ったな!糞おおああぁぁああぁッ!!」
走りながらナイトウは叫ぶがヤシダは答えない。彼は爆発と落下の衝撃で既にこと切れていたからだ。特別製の人工頭蓋と生命維持装置そしてリキッドアーマーで保護されたナイトウの脳だけが瓦礫の下で生きていた。
「畜生ぉぉぉがあぁぁ…ヤス!糞ッ!俺をコケにしやがったな!!糞ッ!あんなに目ぇかけてやったのに!!糞がッ!!恩を仇で返しやがって!!」
瓦礫の山にたどり着いたナイトウは絶叫しながら積み重なった瓦礫を退かそうとする。サイボーグゆえの怪力でかなり大きな鉄骨も動かすが、片手になった今ではそれを上手く退かすことが出来ない。
メギギギギ…
瓦礫の奥から聞こえる、金属の悲鳴のような音。ナイトウの脳を守る人工頭蓋が軋む音だ。
「ああ…あああ…」
それはナイトウにとって死の宣告に等しい。
「ああぁぁッ!!」
最後にナイトウは残った最後のミサイルを瓦礫の山に打ち込む。閃光と衝撃が広がるが、ヤマブキの装甲と骨格をも苛むそれも大質量の瓦礫の塊には無力であり、建材の一部を吹き飛ばすに留まった。そして…
メギリ…
耐久可能加重の限界を超えた圧力を受けナイトウの人工頭蓋が破砕。内容物も粉砕された。
「あ…ヤ…」
ナイトウの“首無し”は瓦礫の山の傍らで墓所で眠る死者を悼むように跪いたまま活動を停止した。
「終わった…?」
ビルの倒壊に巻き込まれぬよう遠巻きに見ていたヒマワリとパインが名古屋港ポートビルの残骸へ近づく。
「何でナイトウはヤシダをあんな風にしたんでしょう?脳を守らせるだけなら人工知能でもいいのに」
ヒマワリがパインに聞く。
「支配は依存だからだ。ナイトウはヤシダを自分に依存させる一方、ナイトウ自身もヤシダに依存していたのだ。自分が居なくては何もできないヤシダに」
パインが沈鬱な声音でいう。それは人の上に立つ立場である自分自身に対する戒めでもあった。
「みんなぁ…無事ぃ?」
東側から気の抜けたような女性の声が聞こえてくる。
「ヤマブキ!大丈夫なの?」
ヤマブキは丸太を杖にしながら片手片足で何とか歩いてこちらに向かってくる。
「見ての通りよ」
ヤマブキは手を広げ自分の体が見えるようにした。
「なんだかよくわからないけど私たち勝ったのよね?ふぅ…一休みしたところだけどクサマキを助けに行きましょうか?案外向こうも片が付いてるかもだけど。…ほら噂をすれば」
ヤマブキがそういったところでフリダヤから通信が入る。
「フリダヤ…え…そんな、クサマキが…!?」
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