第37話 対決、ナイトウvsヤマブキ
「どぉするんだよコレぇ!!約束は今日だぞ!!」
全身を灰色の体毛で覆われた熊とも犬ともつかぬ生物の頭部を持った人型、一言で言うなら獣人が大声で怒鳴る。獣人の前には3名の大柄な男が跪くように座っていた、男達はそれぞれ赤、青、緑の髪色をしている。
「アルバぁ、本当にここに置いたんだろうなぁ!!」
獣人は3名のうち青色の髪をした“アルバ”を叱責する。
「はい、サクライ様の命令通り確かにここに置きました。それは僕の行動ログからも間違いありません」
アルバの唇は裂け、鼻骨や頬骨は歪み、眼球はガラス玉のようにひび割れていたが血は一滴も流れていなかった。アルバは人間ではない、アンドロイドなのだ。それはほかの二名も同じである。
「カニナぁ!鍵はちゃんと管理してたんだろうなぁ!!」
今度は緑髪のカニナに叱責をする。
「はい、倉庫の鍵、および扉の管理は怠っていません。それらを介して倉庫のセキュリティが破られたことを示す証拠はありません」
「じゃあ何か!そこらの管から誰か入ってきたっていうのか!そいつは犬ぐらいの大きさで、よりにもよってあの“箱”をとっていったってぇ!?」
獣人と3体のアンドロイドは常闇街のフロアをいくつかぶち抜いて作った大きな倉庫の中にいる。倉庫にはいくつもの管が飛び出しており、人間が通り抜けるには心もとないが、犬くらいなら何とか通れそうだ。
「あの、そろそろ出かけないとナイトウ様との約束が…」
「解ってんだよ!!一々言うな!!」
赤い髪のガリカの指摘にサクライは怒鳴り声で答える。
「どうしたら…どうしたら、どうしたら、どうしたら、どうしたら…」
サクライは恐怖と焦燥にさいなまされながら自宅を後にした。
「どうした、ヤマブキ?反撃がないぞ?」
ヤマブキを取り囲むナイトウの一体が言う。全部で四体いるナイトウ達はヤマブキを縫い付けるように右手の機関銃から弾の雨を降らせ続ける。それらはヤマブキの関節部を狙っており、リキッドアーマーを硬化させて彼女を拘束しているのだ。周囲にはガガガっという射撃音が連続的に響きマズルフラッシュが木漏れ日をかき消す。
「…めんじゃ…ないわよ!!」
ヤマブキはいつぞやのように体を無理やり動かして拘束を解くと、そのままの勢いでナイトウの一体に向かって拳を振り下ろした。ナイトウは寸でのところで躱したが、地面に叩きつけられた拳が巻き上げた土砂をまともに浴び豪奢なスーツが泥だらけになる。
「なによ、ヤクザの親分が本気出すってんで、どんなものかと期待したけど、この程度?痛くも痒くも気持ち良くも無いじゃない」
ナイトウは機関銃になっていない左手でスーツに付いた泥を払いのけると、こともなし気にいう。
「これだから素人しか知らない女は困るなぁ。みっともなくガッつくんでしょうがねぇ…物事にはプロセスってもんがあんだよ。特にお前みたいな“鈍い”女にはな!」
そういうや否や、ナイトウ達は機関銃でヤマブキを撃つ。しかしそれは難なく躱されてしまう。クサマキや彼の体が近くに居たため銃撃を受けざるを得なかっただけで、彼女の本来の機動力ならこの程度銃撃は脅威にならない。
「そいつは効かねぇっての!!」
巨体をものともしない速さで撹乱しながらナイトウに迫り拳を叩きつけようと迫ったその瞬間…
「そうかい?ならこれならどうだ…」
ナイトウがそういうとナイトウの首の切断面にあった金属質のパーツが開いた。そして中から黒い円筒状の物体がせり出してくる。
「え…?」
そいつは首から飛び出すと自ら火を噴きながら空中で軌道を修正、驚くほどの巧みさでヤマブキをとらえると、恐るべき速さで彼女に向かって飛び込んでいった。瞬間、先ほどまでのマズルフラッシュとは比較にならないほどの閃光がヤマブキの目の前で起こる。爆煙が広がり衝撃波が木々を揺らした。
「ミサイル…とはね…」
ヤマブキが忌々し気に呟いた。ミサイルの直撃を受けた彼女の左手は前腕部の中ほどまで欠けていた。
「こういうのがいいんだろ?」
そういうと周囲のナイトウ達が一斉に機関銃を掃射する。そして同時に頸部からミサイルを展開、発射体制に入った。ヤマブキは一転、防戦一方になる。
ナイトウの持つ小型ミサイルは強力、直撃すれば防御の要であるリキッドアーマーや堅牢な人工骨格を容易く破壊してしまう。それが、戦力の要である慣性制御装置や大容量バッテリー、生命維持装置や脳そのものを加害してしまった場合、即敗北が決定する。
(いや、体の末端にあたっても駄目だ。特に脚部を損傷した場合、戦闘を継続できない)
こうなっては右腕の機関銃も無視はできない、こちらを十分に加害出来る武装をナイトウが持っている以上、牽制だけでも十分な脅威だ。ヤマブキは周囲の木々を縫うように飛び回りながらナイトウの攻撃を避け続ける。じり貧とわかっていても現状ではそうするしかない。わずかな間膠着状態が続いたが、それはすぐに終わった。ヤマブキは避け続けることができず、太い木にぶつかり動きが止まる。
これを好機とばかりにナイトウの一体の首からミサイルが発射される。避けられない直撃する。
閃光が迸り、衝撃波が木々を揺らした。確実に着弾した。
だが、爆炎の晴れた先から現れたヤマブキは健在だった。最初にやられた腕以外は一切の損傷が無い。代わりに先ほど自身がぶつかった木を持っている。ヤマブキはこれを盾にしたのだ。その証拠に木の先端は焦げて炭化している。
「指向性の高さが仇になったようね。直撃でなければダメージにはならないわ!」
ヤマブキはそういうと棒術の達人のように木を構える。普通の人間にとっては大きすぎるそれは彼女のサイズと力なら問題にならない。そしてヤマブキはナイトウの一体に向かって突進する。
ナイトウ達は機関銃で応戦するがヤマブキはそれを無視する。ミサイルを防げるのなら機関銃は何の意味も持たない。多少の速度減退は起こるが無視できる。
ならばとばかりにナイトウの一体が背後からミサイルを撃つがそれは後ろ手に回した木で防がれた。木は爆風で吹き飛び粉々になる。もう盾には出来ない。だがヤマブキは止まらず、そのまま折れたほうの左腕でナイトウを殴りつける。ナイトウの体が歪み動きが鈍る。
死なば諸共とばかりに再度ミサイルが撃ち込まれる。それはヤマブキの背後で炸裂し直撃したかと思われた。
が、またもヤマブキは健在だった。右手で先ほど殴りつけたナイトウの足を掴み今度はそれを盾にしていたのだ。ミサイルの直撃を受けたナイトウの一体は上半身が吹き飛び完全に機能停止している。
「段々ネタがわかってきたわ!そのミサイル、沢山は持てないんでしょう?一斉掃射で勝負を決めないのがその証拠!じゃ残りは何発かしらねぇ?ヒョロガリのあんたのペイロードじゃ一人二発ってとこかしら?もう四発撃っている。ここで一人倒したから最大で四発、最小で二発!それだけ凌げば私の勝よ!!」
ナイトウの残骸をヌンチャクのように振り回しながらヤマブキは残る三体の一体に突進する。
「“頭”数減らしちまえばもっと少なくなるけどね!!」
ヤマブキは迎撃すべく機関銃を撃つ背後のナイトウに向かって後ろ手にナイトウの残骸を投擲する。彼女の膂力と慣性制御装置によって恐るべき速度で投擲されたそれは直撃したナイトウの胴体をへしゃげさせ大きな損傷を与える。そして勢いを止めぬまま、ナイトウの一体につかみかかる。
すかさず残りの一体が機関銃で応戦するがヤマブキは先ほどそうしたようにナイトウを盾にしてそれを防いだ。ヤマブキほど堅牢でないナイトウの義体は自身の銃撃でズタボロになる。そしてそれをヌンチャクのようにしてナイトウの一体に叩きつけた。両者諸共粉々に粉砕される。
これで終わり、そう思った矢先。閃光と衝撃が今度は彼女の頭の先で起きる。彼女の背後には胴体をへしゃげさせたナイトウがよろめきながら立っていた。先ほど残骸の投擲を受けたナイトウは完全には機能停止していなかったのだ。
ミサイルの直撃を受けた彼女の頭部は三分の一ほど抉り取られ、眼窩から義眼が零れ落ちる。体も力を失い崩れ落ちる、かに思えた。
倒れる寸前で足が力を取り戻し地面を踏みしめ持ち直した。
「何ィ!?」
抉れた頭部から除くのは金属質のパーツとプラスチックの内蔵のような機関、脳ではない。ヤマブキの脳は頭部に入っていたわけではなかったのだ。残った片目でナイトウをギロリと睨みつけると、ナイトウに向かって突進する。
「ならば」とばかりにミサイルがヤマブキの胸部に打ち込まれる。だが、そこはヤマブキの体のうちで最も装甲の“分厚い”ところだ。右側の乳房が弾け内部からリキッドアーマーの素材である白い液体がドロリと零れ落ちるが、それだけだった。ナイトウの目前に迫ったヤマブキが不敵な笑みを浮かべながら言う。
「おっぱいを舐めるな」
そして健在な右腕を天に振り上げると、そこから手刀一閃、最後のナイトウを両断した。
勝った。だが勝利の余韻は一瞬の眩暈にかき消された。ああは言ったが胸部は脳や生命維持装置に入った部位。全くダメージが無いわけではない。辛勝だった。このままじっとしていたいところだが、彼女にはまだやることがある。クサマキの体を確保しなければ。
ヤマブキはクサマキが向かった西に向かうべく足を進めたその時。突如足元で強力な閃光と五体を揺さぶる激しい衝撃が…
「な…にぃ…」
ヤマブキは立っていることができず崩れ落ちる。足元を確認すると、右ひざから下が消し飛んでいた。
「だから言ったろ?プロセスがあると」
背後から聞き飽きた声が聞こえてくる。声の方を向くと全く無傷のナイトウが一体。まだ、隠れていたのか…
ナイトウは徐にヤマブキに肉薄すると右腕の機関銃をヤマブキの吹き飛んだ右胸に突き刺す。ゼロ距離で発射されたら流石のリキッドアーマーも意味をなさない。これまでか…
「まただ…!」
大きな爆発音がまた聞こえた。さっきから何度も。これはクサマキやヤマブキの武器の音ではない。きっとナイトウのものだ。そしてナイトウから反撃を受けている段階で作戦が破綻していることを意味している。
「早く助けに行かないと…!」
ヒマワリはクサマキを探すべく西へ向かう。直前の連絡ではこの方向に向かっているはず。爆発の方へ向かいたいが自分が行っても仕方がない。足手まといになるだけだ。ヒマワリは炸裂音の響く木々を抜け、ガーデンふ頭の対岸、名古屋ポートビル付近に向かう。
「誰だ!」
ヒマワリは目の前に現れた大柄な人影に弩を向ける。無人かと思われた名古屋ポートビル付近には一人の人間がいた。そしてこいつには見覚えがある。
「お前は…ナイトウと一緒にいた…確か、ヤス?」
ヤスと呼ばれたひどく肥満した男は自嘲気味に笑うと。こう答えた。
「こんにちはお嬢ちゃん。俺はヤシダ。ナイトウの手下で、奴の“頭”だ」
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