第36話 決戦ガーデンふ頭
「始まった…?」
私は作戦通りガーデンふ頭東側の浜辺にボートをつけてクサマキたちを待っていた。本当は戦いに参加したかったけど、ナイトウは手加減をしてくれるような相手じゃ無いって止められてしまった。確かに生身の私じゃサイボーグとやり合うのは無理だ。ヤマブキの時は相手が良かっただけ。でも、ちょっと薄情だな…
そんな不貞腐れた気持ちで陸の方を見ていると、無理やり植樹された樹木の奥から金属を削り切るような甲高い騒音が聞こえてくる。これは多分これはクサマキの武器を使用したときの音。戦いが始まったんだ。しかし、すぐに音は止んでしまった。
「うまくいった…?」
私は手に持った端末を見る、作戦の連絡用にと渡されたこれには何に反応も帰って来ない。首尾よく言った場合連絡が来るようになっているはずなのに…きっと何か良くないことがあったのだ。矢も楯もたまらず私は弩を担いで上陸する。
「どうした?」
同伴していたパインが尋ねる。
「何かあったみたい!見てくる!」
「待ちなさい!勝手に…」
パインが制止するが私はそれを無視して進む。
「やれやれ…」
パインは不承不承ながらもここを数名の部下に任せ私の後に続いた。
「ぐるるるるる…ばうわう!!」
犬のように吠えながらフォノンマニュピレーター一対と自らの両手を広げ狗面四臂の怪物として俺たちを威嚇する“クサマキ改”。迫る攻撃に迎撃態勢を取ろうとしたが、展開した赤いフォノンマニュピレーターがひとりでに解除され義体の中に収納されていしまう。
「フリダヤ…!何やってんだよ!?」
フォノンマニュピレーターを操作するのはフリダヤだ、まさに攻撃が迫ってるのにフリダヤは武装解除してしまった。
「駄目です…あれはクサマキ様の体…傷つけることなんて…」
フリダヤはマスターである俺を傷つけることは出来ない、だから危険な赤いフォノンマニュピレーターを解除したのだ。抗獣性法規防壁の鎖が表示されないことを鑑みるにこれは自分の意思でやっている。
「ばうっ!!」
そんな俺たちを顧みることなく、クサマキ改はフォノンマニュピレーターで殴りかかってきた。フリダヤは通常のフォノンマニュピレーターを展開、敵の殴打を受け止めようとするが…
「なっ!」
互いのフォノンマニュピレーターが触れ合うと解けるように中和されて媒質が飛び散ってしまう。
「媒質を固定している音波が互いに干渉しあって中和してしまうようです」
それは俺たちの攻撃が無効化されること意味していた。フォノンマニュピレーターが効かないと俺たちは手が出せない。それは向こうも同じ筈だが、クサマキ改はフォノンマニュピレーターが効かないとわかるや否や今度は生身の拳で殴りかかってきた。俺はそれを飛び退って躱す。全く人の体を乱暴に扱って!
「多少傷ついても構わん!この際手足の1、2本が欠けるぐらいは覚悟している!!何とかあいつを倒さないと!!」
触れれば無効化されるとはいえ、こちらは自在に形を変形できるうえ触れただけでダメージを与えることができる。一撃でくらいなら当てられるかもしれない。そこで大きなダメージを与えれば敵の無力化は不可能ではない。ここは多少無茶をしてもあいつを止めなければ。
「それもできません!もし、あのクサマキ様の体がデイ・プレイグに感染していた場合…ほんのわずかな損傷でも、そこから日光にさらされてしまったら致命傷になります!肺組織がある分発疹だけでは済まない、呼吸不全を起こして…死んでしまう可能性が…」
俺は皮膚の発疹だけで済むデイ・プレイグの発作が、肺があるクサマキ改には呼吸器にまで及んでしまう。そうなったら呼吸できなくなってあの胴体は死んでしまうだろう。そうなれば元も子もない。感染していなければそうはならないかもしれないが、ナイトウがそんな丁寧な扱い方をしていたとは思えない。あの全身を覆う黒いスーツはきっと日光を防ぐためにあるのだ。
「なんと、もはや…」
「ばううっ!!」
なおも攻撃を仕掛けてくる“クサマキ改”を何とか躱す、だが…
「悠長に苦戦してる場合か?」
嘲るような呆れたような言葉が傍らからかけられる。
(しまった!!ナイトウもいるのを忘れていた!!)
「頭の方は倍額で売りつけてやるか」
恐ろしいスピードで迫り、クサマキ改とでナイトウは挟撃を仕掛けて来た。まずい!避けられないつかまってしまう!!
「おおおおおぉぉぉぉぉぅりゃああああぁぁぁぁっ!!」
凄まじい掛け声とともに小山のような巨躯が宙を駆け飛び込んできた。それはそのままの勢いでそれはナイトウを殴り飛ばし、ナイトウは胴体をへしゃげさせながら吹き飛び、乗ってきた黒塗りの車にぶち当たると、そのまま動かなくなった。
「ヤマブキ!助かった!ターゲットを見つけた。あいつを捕まえるのを手伝ってくれ!」
「いえ、そうもいかないのよ…申し訳ないけど私の索敵能力ではここに来るまで発見することができなかった…」
「え?」
俺はヤマブキの言ってることがわからず困惑するが、ヤマブキの回答を待つまでも無くそれはすぐに明らかになった。俺たちの周囲からガサゴソという物音が聞こえたと思うと、生い茂った樹木の陰から無数の人影が現れる。それは皆この場に似つかわしくないスリーピースの黒のスーツを着ており、そして何より“首”が無かった。
「ナ、ナイトウが増えた!?」
今倒されたのは分身、いや一種のテレイグジスタンス・ロボに過ぎなかったってことか?じゃあ本体はどこにいる?
「大したステルス能力ね、この日のためにセンサー類も強化したっていうのに」
「個人事業主の安物ジャンク品に負ける道理はねえからなぁ…ヤマブキィ…お前がこんなバカなことをするとは思わなかったぞ」
「そっちこそ素人の寄せ集めに、大そうな準備じゃない」
「俺たちゃ舐められるわけにはいかねぇんだよ…おめぇらみてぇな舐め腐った輩には力の差を見せつけてやらねえとよぉ」
ナイトウの一人がそう告げると、すべてのナイトウの右手がガシャリという音を立てて変形する。スーツの袖を引き裂き仰々しい機関銃に変化したそれをヤマブキに向ける。一触即発の気配が周囲に満ちる。
「ボス、俺は逃げていいですかね?」
突如場に則わない気の抜けた声が、黒塗りの車の助手席から聞こえてきた。緊迫した空気が一転して弛緩する。
「ヤス…好きにしろ、あんまり離れすぎるなよ」
ナイトウがそういうと助手席から腹が風船のように膨れた極度に肥満した男が現れた。そいつはよたよたと頼りなさげに歩を進めながら、西へと向かっていった。
「さて、仕切り直しだ。行くぞヤマブキ」
ナイトウの一体がそういうと周囲のナイトウが一斉にヤマブキに向かって発砲した。ガガガという轟音とともに大量の弾体がヤマブキの巨躯に向かって放たれる。
「っく!」
ヤマブキの強固な義体は弾丸を受けても破損することは無かったが、四方から放たれる弾の雨に縫い付けられたように身動きが取れない。
「クサマキ改、お前は首を捕まえろ」
「ばうっ!」
ヤマブキを“自分達”で抑えている間にナイトウは俺にクサマキ改をけしかけてきた。犬のような鳴き声をあげながらクサマキ改がこちらに飛びかかる。
「クサマキ様、ここは一時離脱しましょう!我々や貴方の体がここにいてはヤマブキ様は迂闊に反撃できない」
「くそっ…ヤマブキ死ぬなよ」
今回の目標であるクサマキ改や俺たちが近くにいてはヤマブキはうまく戦えないだろう。俺がクサマキ改を確保出来ないうえ、クサマキ改が俺を追ってくるならフリダヤの言う通り離脱するしかない。
防戦一方になりながらも、俺は樹木の間を縫って西に向かう。俺の記憶が正しければ橋が、ポートブリッジがあったはず。
ポートブリッジへ無効途中ナイトウと一緒にいた腹が風船のように膨れた男を追い抜いた、確か「ヤス」とか呼ばれていたか。
(あいつ…マスクをつけてない)
それでも無事だということはあんな体系なのにサイボーグなのだろう。体系ならヤマブキもだがあっちには理由があった、だががこいつ場合は一体…?
そうこうしているうちに俺はポートブリッジにたどり着く。俺はそのまま橋の中ほどに向かって進む。マスク越しに香ってくる潮風の匂いがより強くなり、波風が吹き付けてくる。
「ぐるるるるる…」
俺たちに続いて橋の中ほどまでやってきたクサマキ改がうなり声をあげながらフォノンマニュピレーターを展開した。半透明の人工表皮をゆがませて内部の灰色の人工筋肉が憤怒の表情を作る様は狗面四臂の異容も相まってまさに怪物だった。
「クサマキ様どうしてここに?ここでは退路が限定される分攻撃を受けるリスクが…」
俺はフリダヤの質問には答えず、代わりに別のことを言う。
「フリダヤ、約束してほしいことがある」
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