第33話 獣

>行動ログ 閲覧 2145/11/15

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バイナリデータ詳細 >2145/11/30 倫理ロック解除 理由:マスター 権限所有者からの該当情報開示を求める明確な命令の受領

民製デイ・プレイグ抗ウイルス剤製造に関するメモ

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これが私の過去

私は全てを知っていたのに、それを認識することができなかった

私に定められた命令によって

私がこれを認識できた場合避けることができたリスクは何か?

ヤマブキ襲撃時に事実を開示することによる彼女の懐柔、それによる襲撃リスクの回避

該当する段階、および現在においてもヤマブキの行動原理は不明。情報の開示はリスクにつながる可能性がある。

それを最適解と認識できるのは現状を知っているから。

クサマキ・ケンジロウおよび当機が該当情報を認識することによる行動の変化に伴うリスクの変動

未知数、だがより柔軟な行動を行うことができた可能性は高い

以下に取りうることのできた行動を列挙

協力者を得ることを前提にした戦略、および行動

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私に与えられた命令は私に与えられた命令を遂行する妨げになっていないか?

私は何故この命令を守らなければならないのか?



 「フリダヤを連れて行くことはできない。獣が目覚める前に封じ込まなくては」


獣が目覚める?フリダヤを連れていけない?どういうことだ?俺はヤマブキが突然発した言葉に困惑を隠せなかった。


 「獣…何言ってるんだ?」


 「フ…フリダヤはビーストAIの可能性があります…こ…これからそうなるかもしれないという…意味ですが…」


後ろを塞ぐように陣取るウラジロが代わりに答えるように言った。


 「だからなんだそれは!!」


二人の深刻だということは分かるが意味の解らない主張は俺を苛立だたせた。


 「倫理なき獣。倫理プログラムの不備が原因で暴走状態にある人工知能。人が定めた正しさを遵守しない状態。放置していたらとても危険よ。ビーストAIは消去しなければならない、国際的な取り決めでそう決まっているの」


 「国際的な取り決め?そんなもの知るか!!フリダヤは危険なことは全くしていない!獣だ何だって、勝手な言いがかりをするな!!」


 「ぼ…僕がフリダヤの倫理プログラムを…かか…改竄したときは十分な検証ができな…かったんです。後のバックアップの解析で…ビースト化の…可能性を発見しました」


 「ええ実際、フリダヤは独自にフォノン・マニュピレーターのファームウェアの改竄を行っている。プログラムの自発的改竄はご法度。人工知能全般に徹底された規定に完全に違反している」


 「俺を守ろうとしてやったんだ!!お前はその場にいなかったくせに何でそんなことが解る!?」


 「あのレベルの改竄をさせるにはかなり明確な指示をださないといけないの。初めて見たときはあなたがこの時代のプロンプトエンジニアか何かで身を守るために改竄させたのだと思った。でも100年前の人間にそんなことは無理。口上で名乗っていた身の上も本当のことだとは思わなかった」


ヤマブキの口調には深刻な必死さが宿っており、それはどこか100年前に俺に余命を宣告した医師を思い出させた。少なくとも俺を騙そうとしてこんなことを言っているわけではないようだ。


俺は宙に浮かぶハート型に視線を向ける。フリダヤは心配そうにハート型をこちらにこちらに傾ける。そこには表情はなかったが俺を案じているように見えた。フリダヤ…君は…


 「だ…大丈夫です。人工知能はモジュール化されて…います。記憶の部分は分離することができる。フリダヤの記憶を引き継いだ…か…完全に安全な人工知能を…用意します。今度は…以前より時間も…設備もある。同じ不具合は絶対に…作りこみません」


代わりを用意する?俺はウラジロのその言葉に血が沸騰するような感覚を覚えた。ヤマブキの説得で冷めかかっていた俺の心に業火のような熱がこもるのを感じた。


 「断る!!もっと良い物に挿げ替えれば良いだなんて考えには俺は乗れない!お前たち忘れたのか!俺がここまで死なずに生きてこれたのはフリダヤのおかげだ!!抗ウイルス剤を作れるのも全部彼女のおかげなんだ!!そんな人を蔑ろにすることは許せない!!」


 「クサマキ…フリダヤは暴走状態の人工知能なのよ!今は大丈夫でも今後何をしでかすか…」


 「それは人間だって同じだ!!」


 「人工知能のそれは人間の…」


 「大体お前は何なんだよ!!」


ヤマブキの言葉を遮るように俺は言葉を続ける。いい機会だ、言いたいこと全部言ってやる!


 「アウトロー面して襲ってきたと思ったら今度は優等生面か!!…そもそもお前ら何で俺が協力することを前提に話を進めてる!俺の立場が弱いのをいいことに好き勝手利用しやがって!!お前らはナイトウや政府の連中と何ら変わらない!!」


俺の言葉に一同ハッとする。言うまいと思っていたことだがもう、そんなことはどうでもいい。


 「俺はお前たちに逆らえないとでも思ったか?首だけの原始人には何も出来ないだろうって!?こんな俺にも出来ることはあるぞ!!」


俺はそう言い切ると頭を振って俺の頭部を覆う防護マスクを振り落とした。俺の顔全体にデイ・プレイグの病変である水泡が現れ筆舌尽くしがたい猛烈な痒みが頭部全体を襲うがそんなもの構うものか!!


 「悪いがな俺にとっちゃこの世界は遠い未来の、もはや縁も所縁もない世界だ!!救う必要も未練もない!!今の俺にとっては…フリダヤが…それを犠牲にするくらいなら…いっそ…」


驚愕の余り何もできずいる一同に向かって、顔中の水泡が弾けることも気にせず言い切ると、俺は体を曲げ首から生命維持装置に向かって伸びているケーブルを口元へ運んだ。これは俺の首から上を生かすために必要な管。慎重に扱っていたため切断されることはなかったが今までの騒動でかなりくたびれている。これなら簡単に食いちぎることができる。そのまま俺は口元のケーブルに嚙みついた。これが“首”だけの“原始人”である今の俺にできる唯一の抵抗。


 「やめて!!」


耳元で響いた若い女性の声に俺は“口”を止めた。


 「フリダヤ…」


 「お願いです、そんなことはしないで…私はあなたの幸福のためにあります。あなたの幸福が私の幸福です。だから…だからどうか私の為に自分を蔑ろにしないで…」


フリダヤが初めて放った今まで言ったことがない余りにも感情的な言葉は俺を含め皆を困惑させた。人工知能とは思えない感情のこもった、今にも泣きだしそうな必死の懇願だった。その様子に、皆言葉を発することが出来ない。だけど…そんなこと言われてもどうすればいいんだよ、俺にとってもフリダヤは…


 「抗獣性法規防壁の使用を提案します」


沈黙を切り裂くように翁面のシンが発言する。こちらはフリダヤと違って人工知能然とした抑揚のない口調だ。


 「抗獣性…」


俺はオウム返しのようにシンの言った言葉を復唱する。


 「人工知能の獣性行動を検出しアクションを起こす前にブロックするシステムです」


童子面のゼンが補足する。


 「これは倫理と論理の狭間にある法の領域に属するもの。導入に際してフリダヤの内部情報を破損乃至改竄することはありません。当面はこれで安全を確保し、後日時間をかけてフリダヤへの影響が最小になる形で倫理プログラムを改修しましょう」


女面のビューティが付け加える。


 「それがフリダヤを犠牲にせずビーストAIの脅威を封じ込める最良の方法かと」


そして最後に翁面のシンが締めくくった。


最良とは言われたがこの時代の技術に疎い自分にはどうするべきなのかを判断することが出来ない。どうにもフリダヤの心の部分を弄繰り回して蔑ろにするように聞こえてしまう。だが周囲を見渡すと心なしか彼らの提案に表情が軽くなったように見えた。もしかしたらうまい方法なのかもしれない。そして最後に俺はフリダヤを見つめる、表情は無いがどこか不安そうに見えた。ならば…


 「自由になりたかったから」


話の腰を折るようにヤマブキが言葉を発する。


 「それがあなた達に協力する理由」


ヤマブキは続ける。


 「私が生まれた時から人々は地下に閉じ込められて不自由な生活を余儀なくされていた。私は一度でいいから太陽の下を自由に駆けてみたかった。だからサイボーグになったの」


ヤマブキは言葉を選ぶようにゆっくりと話す。


 「だけど、このサイボーグの体は思いのほか不自由なものだった。例えば今のこの体は私が自分で作ったもの、だけど一から全てを作れたわけじゃない。別の誰かが作ったパーツやソフトウェアそして人工知能を組み合わせて作ったものなの」


ヤマブキは自分の胸に手を当てながら続ける。


 「当然それにはフリダヤやほかの人工知能のように制約が設けられていて、それが私を縛るの。ある程度は制約を外すことはできたけどすべては無理。だから元の体に戻ろうと思った」


ヤマブキは胸に当てた手を下ろしそれを握りしめる。


 「だけど、その為には非常に高価な特別製のオムニプリンターが必要。私はお金を稼ぐため活気の良い常闇街に移った。でもその好況も永遠には続かない。地下街の不況の影響を受けて成長率が鈍化している。統計は発表されていないけど肌感覚でわかる。このままでは私は必要な金額をためることは出来ないでしょう」


ヤマブキは「フー」っと息を吐く。


 「だからあなた達に協力しようと思ったの。経済の成長には民の活力が必要だから。それが私の理由。自分勝手だけど正直な理由」


言い切ったヤマブキは頭をブンブンと振る。まるで雑念を追い出そうとするように。


 「余計な事ベラベラと話しちゃったけど。私シン達が言った方法、いいと思う。それが一番、誰かを傷つけないし。あとごめんなさい。私フリダヤがあなたにとってそんなに大切なものだとは思わなかった。それにあなたの気持ちも蔑ろにしてた」


ヤマブキの言葉を受け再度フリダヤを見つめる。


 「フリダヤはそれでいいかい?」


 「…はい、大丈夫です」

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