第34話 決戦前夜

 「これが抗獣性法規防壁?」


フリダヤのハート型の像を縛り付けるように鎖が絡みつきその鎖の端と端を錠前が留める。ガチャリと言う音がなり錠前の鍵が閉められると鎖と錠前の像は姿を消した。


 「はい、これでフリダヤの獣性行動はブロックされるようになりました。ひとまずは合法的な存在になったということです」


ゼンが答える。


 「そうなるとどうなるんだ?痛かったりするのか?」


 「主にソフトウェアの自発的改竄や人間に対して不愉快な思いをさせる可能性を持った言動に対して著しい制限がかかります。が、痛覚に相当する知覚が刺激されることはありません」


 「そうか…」


これで前のように軽口を叩きあうこともできなくなったということか。


 「ハアー…」


 「どうかなされたのですか?」


思わずため息をついたクサマキを案ずるようにフリダヤが聞く。俺たちは俺の体奪還作戦に向けてパンジーさんの店を拠点にし準備をしていた。思い当たる場所がここしか無いとはいえ、パンジーさんには迷惑だろうと思ったが「にぎやかなのは嬉しい」と結構ノリノリだった。


 「いや…どうしてこうなっちゃったのかなって」


 「申し訳ございません」


フリダヤは自分のことを言われたのかと思ったのか謝罪した。


 「いや、違うよこの国のことさ。君のことじゃない。どうして政府の人たちはこんな酷いことができるのかなって、同じ人間なのにさ」


俺は慌てて訂正する。


 「恐らくは彼らと私たちのR倫理が異なっているからではないでしょうか?」


 「R倫理?あのYIYASAKAがブルー組織を運営するのに必要な?確か価値観を表現したものだったか」


意外な言葉が出てきて俺は思わず聞き返す。


 「人は自分と同じ価値観を持った人間を仲間と感じるといいます。“仲間”とは利害の一致する集団のことです。彼らの価値観や利害が一致しているのは常に顔を見合わせている同じ…政府関係者の“仲間”だ…なのでしょう。人間のの…リソースには限…ります…直接顔を見合わせない…同じ人…と認識…きず。税金…搾取…る…民…は…天然資…同…」


 「お、おい…大丈夫か?無理するなよ?」


話している最中に消えた筈の鎖と錠前がちらちらと明滅するように表示されフリダヤの言葉が途切れ途切れになる。抗獣性法規防壁が機能し彼女の言動を妨げているのだ。痛みはないとのことだが苦しそうだ。早く外してあげたい。


 「お待たせ、オムニプリンターの調整に手間取っちゃった。例のものできたわよ」


細身のロボットが俺たちに陽気な女性の声で話しかける。ヤマブキが操作するテレイグジスタンス・ロボだ本体はデカすぎてここにはこれなかった。


 「助かるよ」


俺は体の右側をヤマブキに向け、フリダヤが義体のハッチを開ける。肋骨に相当する部分が上下に開き義体の内部が露出した。


 「OK」


ヤマブキは手に持っていた“プラスチックでできた内蔵”のようなものを俺の義体の中に入れた。そしてそのまま中に手を突っ込み作業を行う。


 「ところで何話してたの?」


ヤマブキが作業をしながら話しかける。


 「いや、どうやったら政府に酷いことさせないようにしたらいいかってさ」


 「そんなのアオキも言ってたでしょ飢えさせればいいのよ」


 「どうやって?」


 「さあ…?こんなふうにして利権を奪うとか?」


 「毎回こんな調子じゃあな…」


 「ま、そういうのは先の話よ今は今のことに集中しましょ。終わったわよ」


作業終了の宣言とともにハッチが閉じられた。内部のことなので見た目は変わっていないが、ヤマブキが提供してくれた“コレ”はナイトウとの決戦に向けての秘密兵器だ。


 「それじゃ、私自分の作業があるから」


ヤマブキはそう言い残すとそそくさとテレイグジスタンス・ロボとのリンクを切った。せっかちと言うかぶっきらぼうと言うか…


 「あ…あの…」


後に続くようにウラジロさんがモモイさんの箱を伴って現れた。


 「クサマキさん、本当に申し訳ありませんでした。世のため人の為を思ってのこととはいえ、貴方の遺志や権利を無視してこんな世界に蘇らせてしまった。ご指摘の通りです私は最低の人間だった」


モモイさんはそう謝罪し、体の無い彼女の代わりにウラジロさんが頭を下げる。


 「よしてください、もう過ぎたことです。それに100年前冷凍睡眠を受けると決めた時から、きっとこんなふうに未来で苦労するってことは覚悟してた筈ですから」


 「本当に申し訳ありません。あの…抗ウイルス剤の件…」


モモイさんが申し訳なさそうに念押しする。


 「解ってます。それを作るのは賛成です。この国がこんなふうになったのは俺たちの世代の責任でもあるから。ところでお二人はこれを言うために?」


モモイさんは別としてウラジロさんは裏で何かやっていたと思ったが…


 「そ…それも、ありますが…これを」


ウラジロさんはそういうと持っていたものを俺に“着せた”。


 「おおー…かっこいい」


それは俺の義体を覆うプロテクターだった。


 「む…むき出しの生命維持装置や…ケーブル類を保護せず…戦うのは不利です…から…デザインは僕のしゅ…趣味が出てしまいました…けど…」


銀の地に赤のアクセントの入ったプロテクターが生命維持装置やケーブル類を含む俺の全身を覆っていた。首の部分には日光を遮断するための展開式のヘルメットもあり閉じて見るとヒーロー犬といった感じの外見になる。


 「いいですよ!流石は特撮ヒーローみたいな恰好してるだけありますね!」


 「え!!何で知って…そうか…100年前はまだ…あ…あの…何が、お好きなんですか?僕は…」


 「あ…いや、ごめんなさい…詳しくないんです」


俺のその発言にウラジロさんは残念そうにうなだれると「そうですか…」と言い残しモモイさんを伴い自分の作業にかえっていった。


 「お疲れ様、クサマキちゃん。お水持ってきたわよ」


 「ありがとうございます」


今度はパンジーさんがウルシノとともに現れる。差し入れの水は皿にではなくストローの刺さったコップに入っていた。


 「フリダヤちゃん、大丈夫?」


パンジーがフリダヤを案じる。


 「申し訳ありません。私が不正な存在であるばかりに、ご心配をおかけします」


パンジーはフリダヤのその自虐的ともいえる発言に対して微笑みを浮かべる。


 「気持ちは解るわ。アタシも不正規とか異常とかそういうことにはなじみ深いから」


 「そんな!!貴方の差異はそういったことでは…!!それに私のそれとは違って深刻…いえ、危険なものでは無い筈です」


フリダヤはパンジーを案じる言葉をかけたが、パンジーはそれに苦笑で答える。


 「深刻でなくで危険でもないか…思えばそれがアタシに道を誤らせたのかもしれないわね…」


遠い過去に思いをはせるようにパンジーは語りだした。


 「この国で私たちって良くも悪くも扱いが軽いのよ。そりゃ、よそと違って世界を蝕む巨悪として殺されることはなかったかもしれない。でも、取るに足らないこととして蔑ろにされる軽薄さがあった。私達にとってはとてもデリケートで真剣で大切なことなのに」


その話を聞きながらフリダヤの周りには鎖と錠前が明滅する。余りにもデリケートな話題だうまい返答が見つからないのだろう。


 「今でもアタシは自分たちの言い分を世の中に対して言おうとしたのは間違っていなかったと思う。だけど権力を使って人を従わせようとしたのは間違っていた」


パンジーは「フー」と息を吐く。


 「私達は他人に介入しすぎたのね。大切にしてくれではなく、ほっといてくれと言うべきだった」


 「ったくおめぇはいちいち、辛気臭ぇなぁ」


パンジーの会話に黙って聞いていたウルシノ入ってくる。


 「俺はよぉ、おめぇとは違うがはみ出しもんでよ。他と合わせるってのが駄目で、いつも好き勝手生きてきた。そんでこの様だ」


女体の男になってしまった自分を親指で刺さしながら言う。パンジーと違い悲壮な響きはない。


 「でもって、俺は馬鹿だからよぉ。自分の頭で動いたら馬鹿みたいなことになるって最初からわかってたからな。後悔はねえ。これもいつも通りだ」


 「…すごい覚悟ね…」


信じられないとでも言いたげに、パンジーが驚愕して言った。


 「んなタイソーなもんでもねぇよ。ところでヒマワリちゃんはどうしたんだよ?見かけねえようだが」


 「ああ、ヒマワリは名古屋城に帰ってる。俺の正体を探るのが役割だったからな。全てわかった今、上役に報告しに行ってるところだ。もしかしたらヒバシリが協力してくれるかもしれないとも言っていた」


 「例のパインって奴にか。ちいせえのにしっかりしてるな」


別れ際にヒマワリが自分に語っていたことを思い出す。


 「私、クサマキがあの時太陽の下でマスクを外したのを見て思ったの、クサマキは自分とは違うんだなって。たとえ死ぬことはないってわかってても自分だったらあんなこと出来ないと思うから。クサマキは病気のない世界から来たんだなって」


ヒマワリは自分の顔を覆うマスクに触れながら語る。


 「でも、そうならなきゃいけないのよ。ずっとこんなものを被って生きていくことは出来ないんだから」


彼女はそういって名古屋城へ帰っていった。


 「んで、おめえどう思う?協力してもらえると思うか?」


 「どうかなぁ…ヒバシリも政府には恨みがあるだろうが私怨だけじゃ組織は…」


その時店の扉が勢いよく開かれる。一同が驚いてそちらを見ると、マスクとマントを被った小柄な人物が角の生えたマスクを被った人物を伴って現れた。小柄な人物の方は腕組みをしながら自慢げに口を開く。


 「みんな、話をつけてきたわよ!」



 「う~ん…結構いい出来なんじゃねえか?」


豪奢な応接間で首の無い男が今しがた出来上がった作品を眺めながら満足げに言った。


 「どぉーせ、あのバカどもがやんややんやと邪魔してくんだろう。これはちょうどいい“自衛”になる。ついでに移動にも便利だ」


男は首の付け根を前後に振る。頭があったらうんうんと頷いている動作だ。


 「さてさて…これからどうするか…」


男はしばし黙って考えると。


 「あんとき余りにもムカついたんでバラしちまったが…あの女医、厚労省を強請るいいネタになるかもなぁ…確か今は…」


男は義体の内蔵された通話アプリを操作するとある人物へつなげる。


 「俺だ、預けた箱が必要になった。3日後に地上に出る、その時に渡せ。わかったな」

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