第31話 東よりの来客

数日前東京霞が関


 「浮かない顔ですね、アオキさん?」


デスクに腰掛け物思いにふける私に対し、一人の青年が尋ねた。書類を届けに来た私の部下だ。彼は若干30代ながら省内では極めて優秀なため私は彼を重宝している。ちなみに一部の官庁では2145年現在でもペーパーメディアが現役である。


 「例の取引についてどう思う?」


私は単刀直入に懸案事項を彼に尋ねた。


 「取引?ああ、例の体のことですか、必要なことなのでは?」


 「ほう…」


この反応は少し意外だった。昨日、ツヤバキ会なる反社会的組織がクサマキ・ケンジロウの体の売却を打診してきてから、箱型のサイボーグの長官が取引に応じたのは日が明けるよりも前だった。長官は今までも合法とは言えないことに手を出し、自分もそれに加担してきたが、今回の件はいささか養護しづらい。


 「公の組織が反社会的な組織とつながりを持つことを問題視しないのか?明らかに違法行為だぞ」


彼は正義感が強く人格的にも次期長官を推せるような人物だっただけに、この反応は残念だった。


 「何事も正論一辺倒ではいけませんよ。清濁併せ持つことが重要です」


いかにもリアリストといった発言だが、今回の出来事で看過しがたいことはある。


 「国民の血税が違法な組織に渡ったとしてもか?」


 「違法な組織に資金が渡ってしまうのはよいことではありません。ですが、彼らが持っていても、どうせ、享楽的なことに浪費されるだけで有効活用はされないでしょう。なら、我々が使ってあげたほうがいい」


彼のこの発言は私の落胆をさらに大きくした。この発言は叩き上げの私にとって到底受け入れがたいものだ。


 「国民の負担は決して軽いものではないぞ」


努めて穏やかに話そうとしたが、つい、語気を荒げてしまう。


 「国民を甘やかしてはいけませんよ。厳しい治世こそが、強い民を作るのです。それがひいては強い国を作る」


それを彼はともなし気にあっけらかんと言ってのけた。一切の悪意無く逆にそれが親切なのだとも言いたげに。私は落胆を通り越して絶句した。彼が官僚一族のエリートの生まれだったことを今思いだした。


 「ふ…ふふ…ふふふ…ハハハ!!」


私は笑いを止めることができなかった。私はここで何をしてきたのだろうか?こんなものが我々の将来だというのか?それを思うと腹のそこから乾いた笑いが込み上げてきた。そしてそれを彼はポカーンとした表情で見つめていた。全く合点がいかないというように。


 「フフフ…そういえば、用事はすんだのか?」


 「え…ええ、書類を持ってきただけですから」


突如平静を取り戻した私に対して困惑気味に彼は返した。無理もない、彼の前では笑顔を見せたことすらなかっただろうから。


 「なら、もういいぞ」


そういって私は席を立った。


 「あの…何方へ?」


 「ちょっと出張に」



現在、名古屋某所


真昼間の地上には誰もいない。無人の都市部を空っ風が吹き抜けていく。いや無人ではないか、ここには俺たちの仲間がいるのだから。


ウルシノの義体を通じてナイトウに俺の体の謎がばれてから数時間後、パンジーさんあてにアオキなる環境省の官僚が連絡が来た。それは驚くことにナイトウから環境省への俺の体の受け渡し日時と場所をリークするとの連絡だった。


もちろんこっちとしては願ったりかなったりだが、どう考えても怪しい。環境省と言えば名古屋城にいたとき巨大ドローンで襲い掛かって来た奴らだし、アオキは俺の子孫だなんて嘘をついたりもした。これはモモイさんが確認した確定事項だ。奴らはそんな危なくて嘘つきな連中だ、俺たちをはめようとしていると考えたほうがいい。だから俺たちは約束の日時と場所に最大限の警戒態勢で来ている。


一番戦闘力のあるヤマブキが先頭、次に戦闘力のある俺とフリダヤがそのわきを固め、そして、どうしてもと言ってついてきたヒマワリがそのあとにつく。パンジーさん、ウルシノ、ウラジロさんそしてモモイさんはこちらの様子がわかる場所から隠れて見ている。


アオキが指定した場所は名古屋市街の交差点の真ん中。どう考えても密談をするとような場所ではないが、デイ・プレイグ禍で昼間の地上には誰もいない、逆にこういうことにはもってこいかもしれない。


 「ねえ」


高感度センサーで彼方を眺めるヤマブキが沈黙を破る。


 「おいでなすったわよ」


道路を遮るがれきを蛇行して避けながら、一台の白い乗用車がこちらに近づいて来た。デイ・プレイグ禍では昼間の道路を行き交う自動車などない、確実にアオキのものだ。自動車は10数メートルほど前方の交差点で止まり、中からスーツを着た5,60代くらいの中年の男性が現れた。彼の頭髪は後退しており、黒縁の眼鏡をかけている。いかにもくたびれたサラリーマンといった風体だ。


 「私は環境省のアオキだ。約束通りクサマキ・ケンジロウの体の受け渡し日時をリークしに来た」


アオキは開口一番そう言い放った。


 「ご足労願いどうもありがとう。と言いたいところだが、あんたのことは全く信用できない。嘘の情報を流して“頭”のほうも手に入れるつもりじゃないのか?」


 「お前がクサマキか。確かに…証明が必要だな」


俺の当然の指摘にアオキが答えると、アオキは眼鏡をはずし目頭のあたりに人差し指を添える。そしてそのまま指をぐっと押し込んで、右目をえぐり出した。


 「な…」


困惑する俺をよそにアオキは抉り出した眼球をこちらへ抛る。ころころと転がる眼球にも、空っぽになった眼窩からも血が一滴も出ない。サイボーグだったのか。そういえば日光の下だと言うのに防護服を来ていない。


 「それにはこの体になってからこの瞬間までの私の行動記録が保存されている。それを確認すれば私が嘘をついていないということがわかるはず」


すかさずフリダヤが眼球の精査に入った。


 「彼のこれまでの活動記録が動画データとしてNFT化されています。コピー履歴は存在せず、不自然な編集点もありません」


 「それはこちらのチェックでも同じ。少なくともクサマキの体が五日後にナイトウから環境省へ受け渡される事に対して彼は嘘を言っていない」


同じチェックをしていたらしいヤマブキが補足する。どうやら本当にリークしに来たらしいがどういうつもりなんだ?こいつは明確に敵だった筈。リークも含めて罠なのか?大体なんでわざわざ俺たちに直接会いに来た?パンジーさんを通じて連絡すればいいんじゃないのか?


 「ねえ、そっちの話は終わったんでしょう?私の話をさせてもらうわよ」


俺が考え事をしていると黙って話を聞いていたヒマワリが初めて口を開く。そして彼女は俺たちとアオキの間に躍り出ると、矢のつがえられた弩をアオキに向けた。


 「お…おい」


俺は彼女を止めようとするが、それをヤマブキが制止した。唇に人差し指をあて黙っているように促す。


 「言わしてあげましょうよ。大丈夫、いざって時には私が割って入るから」


ヤマブキの言葉に俺は引き下がった。確かにヒバシリであるヒマワリにとってアオキはいや、環境省は仲間の命を奪った怨敵だ。


 「どうして名古屋城を襲った!!お前たちの送り込んだドローンのせいで仲間が何人も死んだ!!」


身に宿った怒りに身を任せるように烈火のごとき言葉をアオキに浴びせる。俺は彼女がここまでの激情を見せるさまを初めて見た。


 「名古屋城だけじゃない!いくら家を建ててもお前たちがばらまいたドローンが全部壊してしまう!!太陽の下に出たら死んでしまうのにだ!!お前たちのせいで私たちの生活はめちゃくちゃだ!!どうしてこんなことをする!!」


ヒマワリのぶつけた言葉にアオキはすぐには反応せず、困ったように一瞬遅れて返答する。


 「…特に理由はない…としか…」


 「な…ん…!!」


アオキの返答は完全に挑発としか思えなかった。あまりにも配慮に欠けた言葉であり。アオキとヒマワリを取り巻く空気をひやりとしたものに変わる。俺は無い筈の背筋が凍り付く感覚を味わった。


 (ヤバい…!!)


ヒマワリはマスク越しでもはっきりわかるくらい表情を歪め、そして矢の暴発を防ぐ留め金を外し、引き金に指をかける。


 「何の理由も無かっただと…?なら…私がお前を!今ここで…ただムカついたってだけで殺しても…何の文句もないわよね…!!」


先ほどまでの激昂の叫びから打って変わってヒマワリの声は氷のように冷たく鋭くなっており、それが逆に彼女の殺意が確かなことを示していた。そして彼女は引き金に指をかける。


 「やめろ!!ヒマワ…」

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