第30話 繁栄の青

 「えー…っとつまりYIYASAKAは、そのブルー組織って奴を運営するために作られたもんで、お前たちはそれに必要なことをするための人工知能で…」


俺は今しがた受けた極めて難解な解説について反芻するように言葉を紡ぐ。


 「んでもって、ブルーがティール…青緑の発展形で…ティール組織には上下関係が無いんだっけ?それでさらにブルーは…」


 「組織の外部と内部、敵や味方といったものを廃し、すべての利害関係にある人々が共存共栄をしていくことを目的とした組織形態です。生命体を模した進化する組織であるティールに対してブルーは進化をもたらすエコシステム(環境)を模した組織と言えます」


女面をしたホログラムのビューティが女性の声で答えた。


 「だ、そうですけどご存じでした?」


俺はパンジーさんにちょっといたずらっぽく聞いた。


 「もう…いじわるしないで。アタシが知ってるわけないでしょ」


YIYASAKAの通信先でパンジーさんが答える。YIYASAKAはパンジーさんにもらったものだ。


 「ヒマワリは?」


 「んー…別に…」


ヒマワリは興味なさげに答える。


 「要は、敵ともうまくやっていくってことだろ?成長にはライバルが必要みたいな、結束には危機が要るみたいな。でもそんな風にうまくいくかなぁ?」


 「何言ってんの、現に私たち元々は敵同士だったじゃない?」


俺のボヤキに巨漢の女サイボーグ、ヤマブキが答える。


 「それはそうかもだが…」


箱に入った脳ことモモイさんによって衝撃的な真実が明かされて以降、俺たちは敵対関係にあったヤマブキと和解、意図せず巻き込んでしまったパンジーさんとも連絡がとれるようになった状態だ。


モモイさんによって明かされたのは以下の通りだ。


俺が百年後の世界で目覚めさせられたのは、俺の心臓に秘密があったから。なんでも俺の心臓にはかつての治療により、特別なウイルスの遺伝子が組み込まれており、その遺伝子を使えばこの世界に蔓延する疫病、デイ・プレイグに有効な薬を作ることができるらしい。


薬を作ること自体は簡単にできるのだが、どういうわけか、その特別なウイルスを使って勝手に薬を作ることは法律で禁止されているらしい。そのせいで薬は不足していて、みんな困っている。


そこで俺の心臓だ、元がウイルスのものだからと言っても俺の心臓の遺伝子は俺のもので、俺はウイルスじゃないから、俺が「使っていいよ」といえば法律に違反せず、みんなが使える薬が作れる。


それを知ったモモイさんが俺を目覚めさせるべく、ナイトウというヤのつく自営業を営んでいる方に協力を求めたところ…ナイトウは目ざとくモモイさんが何かを隠してることを察知。俺をこんな、首から下が機械犬の姿に変え、体を返してほしければ洗いざらい話せと脅してきた。


万事休す、かと思われたが、薬を合法的に売るには俺の意思と心臓の両方が必要だ。全てを奪われたわけでは無いと、モモイさんは命がけで首だけになった俺をもう一人の協力者ウラジロさんに託した。そしてナイトウの怒りを買い、脳みそだけにされてしまった。


ウラジロさんは俺を逃がすため、機械犬の義体にインストールされていた一種のランサムウェアである人工知能のプログラムを改竄、俺を守らせるようにした。それがフリダヤだ。そして俺を逃がすため排水管へ流し、始まりに至るというわけだ


ナイトウの依頼を受け俺をとらえに来た巨漢の女サイボーグ、ヤマブキは事情を知ってこちらの味方に転向してくれた。ナイトウから逃げた後独自に俺を捜索していたウラジロさんは巻き込まれたパンジーさんと巻き込んだナイトウの部下のウルシノと抗戦するが、YIYASAKAのサポートAI、シン・ゼン・ビューティの介入により和解、ナイトウに裏切られたウルシノとともに仲間になってくれた。まあ、そのせいでナイトウにはこっちの秘密を知られてしまったけど。


晴れて味方になったヤマブキとともに俺たちは今地上に向かって常闇街の階層を上っている。

相変わらずここはLi-Fiケーブルやらホログラムやらが飛び交っていて人通りも少ないというのににぎやかなことだ。


ちなみにヤマブキにどうして味方になってくれたのかと聞いたら。


 「私には私の事情がある」


とのこと、詳しく問い詰めたいがそれでへそ曲げられて敵に戻られても困る。とりあえず、壊された足は直してくれたから一応は信用しておこう。


 「で…あんたたちがそのブルー組織がうまくいかなくなった時の為の調整役の人工知能なんだろ?」


 「その通りです」


女面をしたビューティが首肯する。


俺がヤマブキにとらえられそうになった時、現れた三つの能面の姿をしたAI、シン・ゼン・ビューティは自動的に起動したYIYASAKAから現れた。そして俺の秘密が隠された例の花の画像をヤマブキに見せ説得した。助けてもらったはいいが当然生まれる「お前らいったいなんだ?」の疑問に対して帰ってきたのが例の小難しい講釈だ。


 「俺が駄目になったら薬が作れないから助けに来たんだろうが、いつのあたりから気が付いてたんだ?助けに入ったのはかなりギリギリだったが」


彼らが助けに入ったのは俺やパンジーさんたちが本当にギリギリのタイミングだった。ヤマブキもウラジロさんも話のわかる人だったから良かったものの一歩遅れたら取り返しのつかないことになっていただろう。


 「それは、大変返答に困る質問ですね。我々人工知能とあなた達人間とでは知覚と認識の性質が異なっていますから」


童子面のゼンが少年の声で答えた。


 「どういうことだよ?」


 「我々があなたのことに気が付いていたのはあなたが例の画像ファイルをYIYASAKAにアップロードしたタイミングです」


翁面のシンが老人の声で答えた。


 「はあ!?結構前じゃないか!!だったらなんだってあんな土壇場で!?」


 「それが人工知能には無理なのよ、倫理プログラムによって人間に介入することが制限されてるの」


ヤマブキが変わって答える。なんだが答えづらいことを代わりに答えてあげてるみたいな口ぶりだ。


 「倫理プログラム?なんか時々出てくるけど、何それ?」


倫理?ただのプログラムとは違うのか?


 「現代のソフトウェアのプログラムには…論理とり…倫理があります。ろ…論理が計算やハードウェアの制御をおこなう…確か…あ、あなたの時代でのプログラムと呼ばれていたものです…一般に。それで…倫理が、何でも…あ、基本的には、できる汎用AIの認知や活動を制限するためのプログラムです。主に暴走を防ぐ目的で用いられます。従来のプログラム言語では対応できない、ことが判明したので開発されました」


パンジーと同行しているウラジロさんがYIASAKAの通信越しに答える。彼はパンジーさんと同行しともに地上に向かっている。


 「つまりシン・ゼン・ビューティはその倫理プログラムによって制限されてたから、土壇場になるまで、俺たちを助けに入るってことができなかったってことか?そのことを知っていたのに」


 「その通りです。我々に与えられている権限にはアプリの強制起動も含みます。それはユーザーの端末の制御を一部奪取することであり、財産権の侵害に等しい行為です。よほどの条件が重ならない限りそのことに対することを思考することすら許可されることはありません」


ビューティが答える。しかしなんとも不自由なことだ。だが、だとすると…


 「ひょっとしてフリダヤもあの画像ファイルに隠しデータがあるって、最初から知ってたのか?」


 「申し訳ありませんが、その通りです」


 「ええ!?」


 「仕方がないのよ。システムの内部データってユーザーの財産だから。明確に命令されたのならともかく、それを勝手に改竄、ないし開示することは基本、人工知能には禁止されているのよ。倫理プログラムによって、そのことを考えることすらね」


またも答えにくいことを代わりに答えた風にヤマブキが答える。


 「なんと…もはや…」


仕方がないとは言えものすごく徒労感が大きい。それが最初からわかっていればこんな苦労はしないで済んだだろうに…


 「倫理といえばなんかもう一個あっただろう?R倫理…だっけ?」


これもどこかで聞いたことのある言葉だ、確か常闇街の通貨であるシュユを使えるようにするためYIYASAKAをアップデートした時だったか。あの時は何を言われているかわからなかったが確か、アップデートでは変わらないと言われたんだったか…


俺はヤマブキに質問したが、ヤマブキは答えなかった。何かあったのだろうか?考え事でもしているように俯いている。


 「ヤマブキ?」


 「…え、ああ…R倫理ね、それならYIYASAKA本人に聞いたほうが早いわよ」


ヤマブキはなんだか歯切れの悪い感じに、シン・ゼン・ビューティに話題を振った。


 「R倫理は特別な用途で用いられる倫理プログラムの一種です。ブルー組織を運営していくうえでユーザーの価値観を記載するために用いられます」


ヤマブキに代わって話題を振られたシンが答える。


 「というと?」


 「ブルー組織は利害関係を最適化し個人の幸福の追求と目標達成の効率化を図ることを目的に運用されます。そしてそのプラットフォームとなるシステムは個々のユーザーにとって何が利であり何が害であるか何を好み何を嫌うかを知っておく必要があります。そのユーザーの価値観というべきものがR倫理なのです」


 「フーン、要はR倫理が近い人たちは気が合って、遠い人たちは仲が悪いってことか。それを使って組織を運営するってわけね」


YIYASAKAを更新したときに言われた意味がここでわかった。R倫理を勝手に変えられてしまっては大嫌いな相手と組まされたり、得と損を逆にされたりしてしまう。それをしないということは要は悪いようにはしないと言われていたのだ。


 「仲間で思い出したが、あんたのことは信用していいのかい?こっちのヤマブキと違って元々ナイトウの仲間だったんだろ?」


俺はパンジーさんらと一緒にいるウルシノに聞いた。こいつはもともと俺を追っていたナイトウの部下だった男だ。


 「奴にはこんな体にされたうえ殺されかかったんだもう奴に尽くす義理はねぇ。むしろ義理ならこっちにある」


仕えたナイトウに殺されかけ、敵対したウラジロさんに助けられたウルシノはもうナイトウの仲間という認識は無いらしい。加害者側とは言え近い境遇の身としては気持ちは分からなくもない。となると…


 「なるほど…じゃあ、今から会うやつの方は信用できるのかね?明らかに怪しいだろう?」


 「それを確かめに皆で会いに行くんでしょ?ほら地上が見えてきたわよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る