第28話 誕生

 「どぉ~考えても怪しいよなぁ、臓器売買だぁ?この俺ですら難しいルートの開拓を一介の女医が知っているだとぉ?」


今までの紳士的な態度とは打って変わって粗暴な声音でナイトウがいう。


 「どぉ~考えても裏があるよなぁ~?おい女医!人様をだまそうとした報いだ、残りもほしけりゃ、洗いざらい話せ」


この段階で初めて気が付いた、ナイトウは私のことを疑っていて、最初からこうするつもりだったのだ。当初の紳士的な態度も全てこの局面に持っていくための演技だった。


そして、ナイトウは心臓のある胴体が欲しければ全てを話せといっている。だがそれはできない、話したが最後民製デイ・プレイグ抗ウイルス剤はこの男が私腹を肥やすためにに使われてしまう。だが、件のウイルスの遺伝情報はクサマキの心臓にしかない。頭部だけではだめなのだ。どうすれば、どうすればいい?


 (ここで、何も話さなかったらどうなる…?)


きっと恐ろしい目に合うに違いない。自分だけではない、ウラジロもそしてクサマキも。


 (そんなことは許されない。何とか…何とかしないと…)


その時車内にいる肥満した男と目が合った、ほかのメンバーが外に出ているのに彼は中にとどまったままだ。彼は何かを訴えるような悲しそうな目でこちらを見ている。


 (車…)


その時脳裏にある考えが浮かんできた、イカれているとしか思えない、ある考えが。私はウラジロが乗ってきた車を見る。ウラジロは車外へ出ているが電源はオンのままだ。これならば“出来てしまう”


 (でも…そんなことをしたら…)


恐ろしい目では済まされない。殺されるか、それよりもひどい目に…それは…そんなことは…


だがなんだというのだ?自分のこれまでの人生は生きていたと言えるのか?あの陰鬱な日々が続くことがそんなに尊いというのか?


 (それは違う!絶対に!!)


ならばやってやる!!


私はウラジロの乗ってきた車に飛び乗ると、アクセルを思い切り踏みしめた。


 「なっ…!!」


急アクセルで発進した車は暴れ牛のように蛇行しながら進み、途中何名かのナイトウの仲間を跳ね飛ばしながらナイトウが乗ってきた車につっこんだ。そして助手席にいる肥満した男をつぶすように追突する。とっさのことでナイトウらは反応できなかった。


 「ヤァァァスッ!!」


ナイトウが叫ぶ。


 「彼を連れて逃げて!!お願い…!!」


エアバッグを押しのけながら私は叫んだ。ウラジロは一瞬逡巡したようだが、クサマキを抱えて走り出す。


 「ウルシノ!!てめぇは野郎を追え!!残りはヤスだ!!」


 「わかりやした!!奴は必ず捕まえます!!」


ナイトウは手早く一味に支持を出すと車に跳ねられ呻いている他のメンバーには目もくれず、自分もヤスという男の救助へ向かう。


 「…ちくしょう…ひでぇ…」


ナイトウはへしまがった車の外装に挟まれて身動きが取れないでいるヤスを何とか救出しようとする。これは思ってもない行幸だ。私はこの隙に端末を起動しとあるファイルをウラジロに送る、クサマキを無事運び出せたら渡そうと思っていたファイルを。そこにはクサマキの心臓の秘密とその活用法について記されている。民生デイ・プレイグ抗ウイルス剤製造には遺伝情報だけでなく彼の意思も必要。まだ全てを失ってしまったわけではない。


 「うまく逃げてくれればいいけど…」


そうつぶやいたところでバキリという音を立てて車のドアがむしり取られた。


 「女…てめぇ自分が何しでかしてくれたかわかってんだろうな?」


ナイトウは穏やかに言い放ったが、言葉には隠し切れぬ怒気が混ざっており、人形のように整った彼の顔がノイズのように揺らいだ。彼の怒りに呼応するかのように。


それ以降のことはうまく思い出せない…いや、きっと思い出すべきではないのだろう。



 「そうだ…僕は、あの…この、時に、彼女に彼を託された…そして…」



 「逃がすかよッ!!」


そう叫びながら、ウルシノと呼ばれた男は僕とクサマキに飛びついて来た。ウルシノに飛びつかれた僕はバランスを崩して倒れこみ、二人は一塊になって転げまわる。


 「っく…!」


僕は地面に叩きつけられながらもなんとかクサマキを体でかばう。クサマキの首の接合部分と、生命維持装置が壊れてしまわないように。僕の考える「強いモノ」を模して作ったこの義体もってしても強い衝撃が体に走る。いけない、つかまってしまった…このままではモモイの遺志が…


 「神妙にしやがれッ!!このッ…オタク野郎!!」


そういうとウルシノは僕の顔面につかみかかった、それが好機となった。


 「なッ…!?」


僕の顔を覆っていた人工皮膚のマスクがベロりと剥がれ、中から僕の「本当の顔」が現れる。


 「ぎ…銀色…?」


ウルシノが僕の「本当の顔」と自分の手に残った人工皮膚を交互に見る。何が起きたのか理解できず混乱状態になった彼を僕は思い切り突き飛ばし拘束から抜け出す。そしてそのまま迷路のような地下通路の中に向かって一目散に駆け出した。


 「ま、待ちやがれッ!!」


僕はどこへ行くでもなく暗い地下街を駆け抜ける。両手にモモイの遺志を抱えて。ただ、追手を避けるため人気のないところを目指して。


モモイから送られてきたファイルを見て、僕は全てを悟った。彼女が何の為にこんな危険なことをしたのか、そして何故僕に全てを打ち明けることができなかったのかも。


 (彼女の遺志は何としても守らなければ)


それがきっと僕の彼女に対する…


ふいに周囲から人の足音がこだまする。


 「……ッ!」


足音だけではない話し声もだ。


僕はとっさに物陰に身を隠し息をひそめる。見つかってしまったらきっと僕の命は無いだろう。追ってきている連中はそういうやつらだ。しかし無情にも周囲の人の気配は近づいてくる、このままでは見つかってしまうだろう。


 (……このまま見つかってしまうくらいなら……)


僕は義体の袖口からケーブルを伸ばすとそれを犬の胴体の義体に差し込む。義体の制御システムを開き内部を確認する。中には全く使用されていない、恐らくは改造元の犬型ペットロボのアプリと、違法改造で無理やりペットロボにインストールされている生命維持装置の制御システム、そして、とある汎用AIがインストールされていた。恐らくこれも違法に作成されたものだろう。


 (くそ…これでは自前を入れるわけにはいかないか…)


自分のAIを入れて彼を守らせようとしたが先客がいるのではそれはできない。すでにいるこいつはナイトウに有利な行動をするように倫理プログラムされているはずだ。後からクサマキを守らせるAIを入れると全く相反する行動原理を持ったAIが一つのシステムに同居することになる。それはシステムを著しく不安定にさせ、クサマキを生存危うくするだろう。ならば…


 (このAI自体の行動原理を編集してクサマキを守らせる)


僕はAIの倫理プログラミング用統合開発環境を立ち上げ件のAIの倫理プログラムを確認する。


 (こいつの基本行動原理は“首”に“体”の身代金を期日以内に払わせること…なるほど、きっと奴ら大勢の人間に大してこんな仕打ちをしてきたのだろう。こいつは安定稼働することが保障された量産品だ。でなければモモイに秘密を言わせるような行動原理になるはず)


逆に言えば下手にいじくると不具合を生じされる可能性が高いということ。クサマキの命を握られている状態でそれは避けたい。


 (ならば既存の行動原理は変更せず、それに矛盾しない形でクサマキを守らせる行動原理を追加する!!)


一般的に既存の機能の変更より独立した新機能を追加するほうがシステムへの影響は少ない。それでも不安は残るが、じっくりと改修する時間がない現状ではそれ以外に方法はない。僕は先ずAIのマスター権限をナイトウからクサマキへ変更した。そしてAIの行動原理にマスターの保護を追加。そのままでは先に存在する命令に従って身代金の期日にはナイトウに接触しようとしてしまう。なのでその支払いの期日をシステムが表現可能な最大の値にして絶対に期日が来ないようにした。ついでに指定された口座等の情報からナイトウに接触しないよう、それらの情報も意味のないデフォルト値に上書した。これらの改竄は碌に防御もされておらず簡単にできてしまった。恐らく体を奪った段階で圧倒的に有利ということなんだろう。変なことをして体が戻って来なかったら元も子もないからだ。


そして…モモイが残してくれたファイル…


 (クサマキを逃がせても、僕がここで死んでしまったら、彼が目覚めた意味が消えてしまう…ならば…)


僕はファイルの二進数(バイナリ)データをモモの花の画像に連結、そまま読み込めば画像ファイルになるように改ざんして義体のストレージに追加、新たにAIの行動原理にこの義体の保護を追加し、クサマキが地下街で生存が可能なように僕のポケットマネーから義体のデジタルウォレットに100000トアを入金した。


 (あとは動作確認をすれば…)


改修したAIが正常に機能するか確認しようとしたとき。


 「こっちに行ったぞ!!」


かなり近いところから奴らの声が聞こえた。もはや余計なことをしている時間はない。僕は義体のシステムをリブートさせ、近くにあった排水溝へ流す。


 「どうか安全な所へ続いていますように…」

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