第27話 豹変

 「こっちよ…」


私は彼らを施設へ招き入れた。これから何がここで起きるのかも知らずに。


私は端末を操作してあらかじめ取得しておいた施設のゲスト用セキュリティキーを取り出した。そして指ではじく動作をしてナイトウ一味に渡す。


 「それがあれば施設内をうろつけるわ。誰かに出くわした時も見せれば怪しまれない。もちろん何処へでも行ける訳ではないけど、例えば今回の目的地とか」


 「そこから先は我々の仕事です」


ナイトウが慇懃無礼に答えた。


 「手筈通り警備室へ行くわ、ついてきて…ん?」


私はナイトウが乗ってきた車にはまだ男が一名残っていることに気が付いた。男はひどく肥満していてどこか怯えたような様子だ。正直こういったことにはおおよそ向いているようには見えない。


 「彼は?」


私は車内の男を指さしナイトウに尋ねた。


 「彼はお留守番です」


ナイトウはこともなし気に答える。


 「そう…行くわよ」


私はナイトウら10数名の男たちを伴って警備室へ向かった。事前に確認しておいた、なるだけ監視カメラや警備ドローンの少ないルートを選んで。どうせ後で“何とか”してしまうが余計な情報は可能な限り残さないほうがいい。良からぬ目的でもってこの地を訪れた一同はなんの苦も無く警備室の前までたどり着いた。驚くべきことに警備室の入口までゲストIDでいける。


 「ここよ」


私がそういうと一同の中の背の低い男がドアノブに手を触れる。そしてそのまま数秒間ドアノブを握ったままでいると、やがてガチャリという音がして扉が開く。


男は警備室の中に入った。内部は施設の様子が映し出されたホログラムが所狭しと表示されている。男が内部の機器に向かって手をかざす。すると男の手の表皮が割れ中からケーブルが現れそれが機器の端子に突き刺さる。そして同時に今までは施設の映像を流していたモニターが首無し騎士のイラストのアイコンに変わってしまった。


 「終わりました」


男は機器からケーブルを引き抜くとこともなし気に言った。


 「もう終わったの?」


 「ええ、これで我々のIDには施設の職員と同等の権限が付与されました。そして警備システムに仕込んだマルウェアの作用で事前に人相データを登録した人間は施設のAIの目から消えます。我々はここで自由に行動できるようになったというわけです」


 「ネットワークを介して操作することはできなかったの?」


 「直が一番いいんですよ、それに人手も多いほうがいいですし」


 「そういうもの?まあ、いいわ。次へ行きましょう」


私は一同を引き連れ冷安室へ向かう。


 「しかし中々の手際の良さですねぇ。我々全員分のIDを事前に用意するとは」


 「大したことではないわ。自室の改装に工事業者を呼ぶから、と言ったらすぐに申請がおりたわよ」


自室の改装に10人以上必要な工事など明らかに怪しいが、総務部も警備部も何も追及することなく簡単に申請が通ってしまった。この警備の杜撰さも私が今回の計画を実行しようと思った理由の一つだ。不可能ならば諦めていたのだから。


 「ところでモモイさんは今回どうしてこんなことを始めようと?私が言うのもなんですが危険でしょう?」


下の階にある冷安室へ向かう道すがら手持ちぶさたになったナイトウが話しかけてきた。


 「前も言ったでしょう?医者って意外と儲からないのよ。これは利潤追求」


私はぶっきらぼうに返した。正直あまり会話をしたくなかった。反社会勢力に自分のことを知られるのは心地がいいものではない。もう、手遅れかもしれないが。


 「それにしては我々の報酬は奮発しすぎでは?正直、良い値で捌けても採算があわない」


よくない方向に話題が向かっている。これは答えに詰まる質問だ。ナイトウらに動いてらうのに十分な報酬を用意しただけで、採算なんて考えてない。はっきり言って今の私は捨て身だ。終わったら自白して刑務所に行くつもりなのだから。利益のことなんて考えているわけがない。門論そんな事情を白状するわけにはいかない。何とかしてごまかさないと。


 「あなたもご存じのことでしょうけど、このビジネスにリスクはつきものです。ノウハウのない初回は多少は採算を度外視しても安全策をとるべきだわ」


 「そんな危険なことをお独りで?」


 「…独りではないわ、ほかに協力者が居る」


そう答えたところで私たちは冷安室へたどりついた。


 「ついたわよここが目的の"宝物庫"。物は中央付近にある。通路は狭いから気を付けて」


私はナイトウらを慣れ親しんだ職場に誘う。いつものように陰鬱な気持ちではなく酷く張り詰めた心地で。


 「今から患者の解凍プロセスを実行します。解凍直後は患者は仮死状態になっているので直後に蘇生プロセスが自動で行われます。通常はその後に起床措置が行われるのですが、今回は持ち出しが目的ですので、工程を途中で切り上げます」


私はそう説明すると“棺”を操作して解凍プロセスを実行する。長くここで務めているが初めての作業だ、今までにクライオニクス被験者が目覚めさせられた事例は一件もないのだから。ここでトラブルが起きたら元も子もない、うまくいくといいが。


しかし私の心配をよそにクサマキの解凍措置は滞りなく進んでいく。数十分ほどかけて解凍が終わると今度は蘇生措置に移る。蘇生措置もまた次々に工程を消化していく。不気味な位順調だ。クサマキが自発呼吸を開始した段階で、私は工程を中断させた。これで薬剤が抜けきるまでは彼は眠ったままだ、安全に運び出せる。


 「ふぅー…」


私は思わず息を吐いた。ひと段落ついたことで安堵の気持ちが生まれ、張りつめていた神経が弛緩していく感覚がした。その時端末が電話の着信を告げるアラームを鳴らす、相手はウラジロだ。彼はいつも“良い”タイミングで連絡をよこす。全く…何かあったのだろうか?私は一瞬応答しようかどうか逡巡した。その後のことを考えるとウラジロをナイトウらと関わらせるわけにはいかない、ここでの会話をナイトウらに聞かれるのは避けたい。しかし、何かトラブルがあったのなら出ないわけには…


 「…ちょっと失礼するわ」


私は意を決して冷安室を出た。幸い私が居なければ出来ない工程は終わっている。少しぐらい持ち場を離れてもいいはずだ。


 「何があったの?」


 「モモイ…や…やっぱり良くない、一人で行動しちゃいけ…駄目だ。今からそっちへ向かう」


 「なっ…!あなたは待機って約束よ!勝手なことを!!」


 「す…もう向かってる」


そう言い切るとウラジロは通話を切ってしまった。


 「ちょっ…ちょっと!」


ウラジロにはクサマキ回収のために車を手配するように言ってある。もちろんナイトウと直接関わらせないようこちらが連絡するまで待機するようにとも。ここでウラジロとナイトウが直接接触してしまったら計画が瓦解する。ウラジロにはクサマキの遺伝子から民生デイ・プレイグ抗ウイルス剤を製造してもらわなければならない。そしてそれは合法的に行われなければならない、でなければ法の穴をつく意味がないからだ。だがウラジロにはそのことを話していない、話してしまったら違法行為に加担したことになる。彼はあくまで私にだまされたことにしておかなければならないのだ。


 (くそっ…!どうすればいい!?)


 「何かお困りのようですね?」


 「!!?」


ふいに傍らからかけられた男の声に私はびくついてしまった。声の正体は信用できない協力者のナイトウだ。ここで彼に何か勘ぐられるのはヤバい。信用出来るはずの協力者がコントロールできないならなおさらだ。


 「いえ、お気になさらずに。大したことではないの」


努めて平静を装いながら答える。


 「そうですか…もし、お困りなのでしたら、後の作業は我々だけでもできますから、モモイさんはそちらのほうを優先していただいても大丈夫ですよ?」


今の私には願ってもない提案だ。しかし、信用できるのか?


 (彼らは非合法的な手段で生計を立てているかもしれないが、私に対しては常に誠実で紳士的だ)


裏社会の人間というのは案外信頼できる人たちなのかもしれない。自分のほうが力があるはずなのに私を脅すようなことはしなかったし。


 「それなら…お願いしようかしら…?」


 「ええ、任せてください」


ナイトウはその甘いマスクに笑みを浮かべながら言った。こういう時にはひどく魅力的に見える。


 「この場は任せました、すぐ戻ります!」


私はそういうと、ウラジロとの待ち合わせの場所、すなわちナイトウに運び出してもらったクサマキを回収してもらうポイントへ向かって駆け出した。


 「おい、どのくらいでできる?」


 「10分もあれば」



 「ウラジロッ…今ッ…ハア…待ち合わせ場所に…ッハア…向かってる!!」


 「えッ…!あぁ…うぅ…わかった、僕もそっちへ向かう」


私は駆けながら端末を操作しウラジロへ電話する。通勤には地下鉄を使っているので自転車も持ってきていない。待ち合わせにはクサマキとともにナイトウの車で来るつもりだったのだが、こうなっては走って行くしかない。学生時代以来の運動で胸と息が苦しく脇腹も痛む。だが私は走り続けるしかない、できるだけ早くウラジロを説得しナイトウのもとに戻らなければ。


待ち合わせの場所は中村区外れの地下通路だ。ここは無計画な地下通路建設計画により非常に入り組んだつくりになっており、変化の乏しい地下通路の風景も相まって迷路のようになっている。そのせいか人通りも極端に少なく、ホロ隔壁もほとんど設置されていない。良からぬことをするにはうってつけの場所だ。徒歩の私がつく頃にはウラジロはすでに待ち合わせ場所にいた。


 「ウラ…ジロ…」


 「モモ…」


 「どうして待ってられなかったの!!」


私は思わず声を張り上げてしまう。


 「うぅ…独りでは…きけ…んだ…よ…」


ウラジロは怯えたように答える。


 「だからって…」


私が次の言葉を発しようとしたとき、強力な光源が私たち二人を照らし出す。驚いて光の方を向くと、光源の正体は大きな黒い車のライトであった。確かこれはナイトウらの車だったはず。なぜもうここにいる?私を待ってくれるのではなかったのか?


 (いや、そんなことよりウラジロを見られてしまった!どうすれば!?)


そんな私の葛藤をよそにナイトウらはぞろぞろと車から降りる。そしてナイトウの部下の一人が両手に抱えた何かをどさりとコンクリート張りの地面へ置く。それは灰色の毛のない犬のようで、それでいて頭部は人間の男のような形で…男?誰だこれは?見たことがあるような…


 (まさか!?これは…!?)


ひょっとしてこの首はクサマキの…


 「どぉ~考えても怪しいよなぁ、臓器売買だぁ?この俺ですら開拓の難しルートを一介の女医が知っているだとぉ?」


今までの紳士的な態度とは打って変わって粗暴な声音でナイトウがいう。


 「どぉ~考えても裏があるよなぁ~?おい女医!人様をだまそうとした報いだ、残りもほしけりゃ、洗いざらい話せ」

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