第26話 彼女の決断
「久しぶりね、ウラジロ」
ここはどこにでもある簡素な地下街のカフェ。その一角に陣取りながら私は対面に座る幼馴染で大学の同期のウラジロに語りかけた。幼馴染といっても深い間柄であるわけではない。近所で暮らしていて、通っていた学校が同じなだけ。腐れ縁な為連絡先は知っていたが個人的な付き合いはほとんどない。正直彼が私の呼び出しに応じたのは意外だった。
「あ…ああ、大学の…以来か…な…」
ウラジロはどこか躊躇ったようなたどたどしい口調で答えた。何年も会っていなかったがこういうところは変わっていない。変わったところがあるとすれば身長、いや体格ぐらいか。私の知るウラジロは背の小さい小太りの男だった。今では瘦せ型の長身の男になっている。成人してからここまで身長が伸びるとは考えづらい、サイボーグ化したのだろう。彼はサイバネ系へ進んだ筈なので、ひょっとしたら自作かもしれない。それにしても、そのサイバーグラスは何なんだろう?別にそんなものなくても困らないはずなのに?ファッションなんだろうか?正直似合っていない。
「今日呼び出したのはその…なんというか…お願い、があってきたの」
「お願い?」
私は早速本題に入ることにした、決意が揺らいでしまわぬように。
「ええ、ある人の保護をしてもらいたいの」
「“ある人”?その人が…は、どんな人なんだ?」
ウラジロの質問に私は言葉を失ってしまった、その問いに答えをもっていなかったからだ。私は動揺を打ち消すように頼んだ紅茶を一口飲むと努めて平静を装って答えた。
「とっても…いい人よ、うまくは説明できないけど、悪い人ではないはず」
「…何か…あ…危ないことをしようとしてないか…い?」
いきなり図星を突くような発言に思わず息をのんだ、彼は妙に勘が鋭いところがある。だが隠し通さなければ、彼に全てを打ち明けることはできない。彼には合法的で安全な立場でいてもらわなければ困る、予後を任せるのだから。そんな私の後ろめたさを見抜くようにウラジロがサイバーグラス越しでもはっきりわかるくらいこちらを見つめている。まるですべてを見透かしているかのような視線に射貫かれて、いっそ全てを打ち明けてしまおうかと思い始めた。これを実行したら私はどう考えても無事では済まない、ここで何もかも彼に話せば彼は私を止めてくれるかもしれない。
(駄目だ…!!)
迷いを振り払うように、私は机に対面に座った彼の両手をつかんだ。
「…あ…」
「お願い、何も聞かずに頼みを聞いて!これは…これは、大勢の人の為のことなの」
私の鬼気迫る懇願にウラジロは何も言わずにうなずいてくれた。
「やあ、待たせてしまいましたか?」
「いえ、お気になさらずに」
二人用の小さな和室で私は男を待ち構えた。私は今名駅周辺の高級料亭に来ている。一食に目の飛び出るような値段を要求されたが、覚悟の上だ。今から交渉する相手はウラジロほど甘くはない、ここで舐められるわけにはいかないのだから。
「あなたがナイトウさん?」
「ええ、そうですよ。そういうあなたはモモイさんですね?」
ナイトウは高級そうなスリーピースの黒いスーツを着こなし、気さくに答えた。さっぱりとした短髪に整った面長の顔がなかなかの色男だ、きれい過ぎてまるでお人形さんの様。
「始めまして、ナイトウさん。確か…クライオニクスを受けた患者の家族をサポートするNPOを主宰されているとか?」
「ええ、それも私の活動の一つです。モモイさんは確かお医者様をされているとか?」
ナイトウの主催するNPOには活動実態がない、そもそもほとんどの患者の家族が鬼籍に入っているのだから当然だ。最初から公金をせしめるための団体なのだ。私が所属する施設のような大量に税金が投入される機関にはこういう輩が大量に寄ってくる、公金がもたらす甘い汁を啜る為に。そしてナイトウはそれをあっさり肯定して見せた。しかもこれが全てではないとまで言ってのける。人のよさそうな素振りをしてとんでもない巨悪だ。
「ええ…冷凍睡眠下の入院患者を専門に見ております。ナイトウさん早速で申し訳ないのですけど仕事の話をさせていただけませんか?」
重要な案件を棚上げしたままでいるのは座りが悪い、特にこんな反社会勢力の危険人物が相手ならなおさらだ。とっとと話を終わらせてしまいたい。
「おやおやせっかちですね。仕事の話は食事を楽しんだ後でもいいでしょう?ここの料理は逸品ですよ?商談の結果次第では食事も楽しめなくなるかもしれない。あなたのような美しい女性との食事が味気ないものになっては残念だ」
ナイトウは甘いマスクに笑顔を浮かべ魅力的にふるまって見せた、だが気を許してはいけないこいつは反社会勢力の人間だ。
「ひょっとして“別の意味”の交渉もしたがっているのかしら?私はそんな軽い女ではないわよ」
私はピシャリと言い放った。相手にイニシアチブを握らせるわけにはいかない、むしろ自分が握っていくつもりでないと。
「おっと…これは失礼、怒らせるつもりはなかったのですが」
「話を続けさせてもらうわ。先に連絡した通り、とある冷凍睡眠状態の人物を持ち出すのを手伝ってほしい。私一人では手が足りないの」
「ええ、なんでも臓器売買をなさるとか?」
「そうよ、売りさばくのは私たちがやる。あなた方は持ち出す手引きだけしてくれればいい。もちろん謝礼はさせていただくわ」
私はそういうと端末を操作して謝礼として渡す金額を提示した、私のほぼ全財産にあたる金額だ。
「ここで承諾してくれたら前金として半額、彼の身柄を確保したら残りを、悪くない話でしょ?」
「ええ…報酬に異論があるわけではないのですが…臓器売買でしたら何もご自身でなさらずとも、我々を介していただければ信用のあるルートで捌くこともできますが?」
これはよくない流れだ、私はクサマキの臓器を売買する気など毛頭ない。抗ウイルス剤の製造にはあくまで彼の承諾が必要だからだ、そうでなければ法の穴は搔い潜れない。何とかしてナイトウに納得させる理由をひねり出さないと、ナイトウに疑われてしまったら元も子もない。私は出されたお冷を飲み干し心を落ち着かせると意を決して口を開いた。
「医者といっても大して儲かっているわけではないのよ。私はこれを自分のビジネスにするつもりでいるわ、だからこういったことは自分でやっておきたいの」
ナイトウは相変わらず笑顔を浮かべたまま考えるように一瞬黙ったが、すぐに口を開いた。
「そういうことでしたか。ならば、その話承りましょう」
そのあとは計画の決行の詳しい日程の調整と他愛もない話をして解散した。殊の外あっさりと終わった交渉に私は拍子抜けしたが、緊張のせいか、食事がほとんどのどを通らなかった。対するナイトウのほうも、なぜか一切食事に手を付けることはなかった。
帰り道、自宅へ向かうための地下鉄を待つ。
(この時間だと、電車を降りる頃には結構罰金を取られちゃうな…隔壁の少ないコース調べとかないと…)
私は、端末を起動させた。そして最寄駅から自宅までの最も安くなるルートを調べようとしたその時、端末に電話の着信が来た。相手はウラジロだ、私は着信に応答する。
「ウラジロ、ちょうどよかった例の決行の日付決まったわよ。詳しくは後で追って…」
「モモイ…」
私の言葉を遮るようにウラジロが言った。
「ぼ…僕は…いや。…本当にやるのか?い…今なら!まだ…」
「大丈夫!!」
今度は私が遮るように言った、思わず大きな声が出てしまった。
「大丈夫…もう後には引き返せない。大丈夫、きっとうまくいくから」
全てが終わったら自首しよう。世のため人の為のこととは言え法を犯してしまったことには変わりがない。それに私は反社会勢力を欺いてしまった、ことがばれたら塀の外には安住の地はないだろう。
私は施設の救急車搬入口でナイトウを待つ。ここは現在は全く使用されていない。施設が作られた当初は機能させる予定だったのだが、途中からクライオニクス患者を専門にしたため使われなくなってしまった。最も現在の地下街では車道は殆ど機能していないので救急車自体出動することが希だが。ゆえに人の目に触れることなく大きな荷物を運び出すことができる。そこで一人考え事をしながら待っていると、道の向こうから大きな黒い車が近づいてきた。
(来た)
大きな黒い車が傍らに止まり、中から複数人の男たちが出てる。その中に料亭で交渉したナイトウもいた。
「こっちよ…」
私は彼らを施設へ招き入れた。これから何がここで起きるのかも知らずに。
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