第24話 繁栄の介入

 (今よ!!)


パンジーが気を引いた隙にウルシノがウラジロに向かって飛び出した。


そしてそのままウルシノはパンジーに気を取られて無防備な背中に組み付く。二人はもつれ合って倒れ込み、ウルシノがウラジロに馬乗りになり、拘束する。


 「うわっ!!なっ…何だ、お前!!、おん…いやっ、ええ…!?」


 「神妙にしやがれ!!」


ウルシノが馬乗りになりながら言った。少し離れた所にいたパンジーは二人に駆け寄り、ウラジロに問う。


 「どうしてクサマキちゃんを狙ったの!!目的は何だ!?」



 「クサマキ様ここは事前に話した手筈通りに!」


 「ああ、わかった!!」


クサマキがそういうと仮想マニュピレーターが周囲に飛散し、瓦礫を集め、身にまとう。脳の入った箱も巻き込んで以前名古屋城で巨大ドローンを倒した時のように鎧を作る。


 「フーン…守りを固めてどうするのかしら?」


 (やっぱり邪魔しないか)


フリダヤの分析ではヤマブキはこちらのパワーアップを見逃すだろうとの予想だ。ヤマブキは戦闘を楽しんでいる様子だった、ならば歯ごたえのある相手を望むだろうと。


鎧を作り終えると同時にクサマキはヒマワリの元へ駆け寄る。人工筋肉のリミッターは既に解除されており、仮想マニュピレーターも周囲の粉塵を巻き込んで威力が増加されている。


 「乗れ!!」


クサマキがヒマワリに駆け寄るとそう叫んだ。言われるままにヒマワリはクサマキにまたがる。瓦礫を集めたのは守りを固めるためではない。名古屋城での戦闘のようにヒマワリが騎乗するための鞍として使うためだ。


 「逃げるぞ!!」


クサマキがそう叫び、一同が通れそうな管へ向かう。自分たちの能力ではヤマブキを倒すことは不可能だ。ならばヒマワリを伴って逃げるしかない。


 「そうは問屋が卸さないってね!!」


当然それを許すヤマブキではない。逃がすまいとクサマキらに躍りかかろうとする。


その瞬間、幾重にも枝分かれした仮想マニュピレーターがヤマブキを穿った。


 「そんなも…っぐ」


以前の様に仮想マニュピレーターの攻撃を余裕をもって受け止めようとしたヤマブキだったが今回は様子が違った。油の切れたブリキの人形のようにガクガクとしたたどたどしい動作になり、動きを止めてしまう。


 「何ぃ!?」


フリダヤの仮想マニュピレーターの槍は全てヤマブキの関節部を狙うように突き立てられていた。しかも継続的に衝撃が与えられるよう常に力を加え続けている。


リキッドアーマーの特徴は普段は柔らかいが、衝撃を受けた時だけ硬化するという事。つまり通常の装甲では動作を妨げてしまうため守ることの出来ない関節部も防御することが出来ると言うことだ。したがって、関節部を攻撃すれば関節を固めて動かないようにしてしまえる。通常は利点となる筈の特性が、今は自身を拘束する欠点になってしまっているのだ。内蔵火器を持たないヤマブキにとって四肢が拘束されるということは全ての行動を封じられたに等しい。


 「今です!!」


ヤマブキが行動不能になっている隙にクサマキは壁面に向かって駆ける。そして自分たちは通れるがヤマブキは追ってこられないような管を潜って逃走しようとする。しかし…


 「舐められた…ものね!!」


その言葉とともにヤマブキの体の筋肉が数倍に膨れ上がると「バキュ」っという独特の音とともに硬化したリキッドアーマーがその膂力によって無理やり砕かれた。ヤマブキは驚くべきことに、対戦車砲でなければ損傷を与えられないらしいその戒めをその恐るべき力をもって力ずくで解くと、近くにあった大きな瓦礫をクサマキの進路に向かって蹴とばし管の入口を塞いでしまった。


 「クソっ!」


クサマキは慌てて周囲を見渡すが全員が潜れそうな管は近くには無い。


 「私は大丈夫だからあなた達だけでも逃げて!!」


自分は置いてゆけと言うヒマワリ。確かにクサマキだけなら通れそうな管は近くに幾つかあるが…


 「そんなの駄目だ!置いてはいけない!!」


クサマキがヒマワリの訴えをを断った時。


 「よそ見してていいのかしらっ!!」


ヤマブキの僅かに怒気をはらんだ声とともに、蹴り飛ばされた小型の瓦礫がクサマキの後ろ足に直撃する。


 「ぐわっ!!」


直撃した瓦礫はクサマキの右の後ろ足をへし折り破壊してしまった。


 「しまった!!」



 「どうしてクサマキちゃんを狙ったの!!目的は何だ!?」


パンジーがウラジロに問う。


 「大人しく答えた方がいいぜ」


ウルシノは右腕を変形させ仕込まれたサーマルガンの銃口を露出させる。そのウラジロを更に追い詰めんと行った行動があだとなった。片腕を変形させた為、必然的にウラジロを抑える手は片腕になる。そうして拘束の力が弱まった瞬間、僅かに自由になったウラジロは義体の掌から機械の端子のようなものを出すとそれをウルシノ義体に押し当てた。


 「あがっ!」


押し当てられた端子から流し込まれた電流によってウルシノの拘束は更に弱まる。電気的な防御がなされていたのか、触れ合っている筈のウラジロは何のダメージも受けていない。そしてその隙にウラジロは激しく抵抗し、ウルシノを振り払った。その勢いでウルシノの五体はコンクリートの壁に叩きつけられる。壁面に叩きつけられたウルシノの右腕は衝撃で外れ、床に投げ出された。無理やり施した改造が祟ってアタッチメントが弱くなっていたのだ。元がセクサノイドであるウルシノの体は非力かつ軽量、ウラジロの義体の力には対抗できなかった。


 「邪魔を…しないでくれ…」


ウラジロ起き上がる、もみ合った際にマスクがはがれて内側の表皮が露出していた。それは人間の皮膚の色ではなくシルバーのスプレーでもかけたような銀色だった。


 「銀色…!!」


驚愕するパンジーをよそに、ウラジロは顔面を覆うマスクを忌々し気に脱ぎ捨てると、徐にウルシノの外れた右腕を拾い上げる。次の瞬間ウラジロの袖口から何本かのケーブルが触手のように伸びると右腕の断面にある端子に先端が差し込まれた。サーマルガンの内部でガチャリと音がなる。ウラジロの操作によって弾丸が装填されたのだ。サーマルガンは発射体制に移った。


 「僕には、どうしてもやらなくてはならないことがあるんだ…!あの画像をどこで手に入れたか言え!さもなくば…」


ウラジロはサーマルガンの銃口をウルシノへ向けた。



 「さあ、観念なさい」


ヤマブキがクサマキに迫る。片後ろ足を失ったショックで呆然としているクサマキは抵抗することが出来ない。もはやこれまでとあきらめかけたその時、仮想マニュピレーターが起動しヤマブキを穿つ。当然何の損傷も与えられないが、一瞬の隙は作ることができた。


 「最後まであきらめないでください!」


 「畜生…!」


クサマキは傍らのヒマワリに支えられながら残った三本足で立ち上がり歩み始める。しかし無情にもヤマブキに放たれた追撃の瓦礫片によって左前足も破壊されてしまう。瓦礫で作った装甲が剥がされ、脳の入った箱も転がり落ちる。こうなっては立ち上がることも出来ない。


 「お願い…やめて…」


クサマキとヤマブキの間にヒマワリが割って入り、震えた声で懇願する。


ヤマブキはそんなヒマワリの安心させるように一瞬微笑むと、頭上に優しくに手を置いた。ヒマワリは一瞬安堵の表情を浮かべるが次の瞬間、ヒマワリの体が真横にスライドするようにすごいスピードで十数メートル程吹き飛ばされた。


 「ヒマワリ!!」


 「大丈夫です、彼女に怪我はありません。慣性制御装置を使って移動させただけの様です」


 「情けをかけるのがこれで最後よ」


ヤマブキは今までとは打って変わって冷たい声でそう告げた。


フリダヤの言葉通りヒマワリは無事のようだが、自分の身に起きた出来事とヤマブキの迫力に呆然とし力なく座り込んでしまう。


 「今度こそ仕事を片付けさせてもらう」


ヤマブキは今度こそクサマキを捕えんと手を伸ばす。今まさにその大きな手がクサマキに触れんとしたその時。


 「…ん?YIYASAKAに通知が…送り主は…クサマキ?…これも作戦のうち?何か送ってきたみたいだけど」


ヤマブキは手を止め何やらぶつぶつとつぶやき始めた。


 「画像ファイルが何だってのよ…サイズがやけに大きい…ただの画像ファイルではない…フッター部の後にドキュメントファイルが結合されている…内容は……やだ、なにこれ…!?」


何か様子がおかしい。圧倒的な優位に立っていた筈のヤマブキがその手を止め、なにやら狼狽の様子を見せている。


 (どうしちまったんだ、アイツ?何もしてこないぞ。何かYIYASAKAがどうとか言っていたけど)


そんな疑問がクサマキの脳裏に過った時、クサマキのYIYASAKAにも誰かからの通知が届く、メッセージの送り主は「shin zen beauty」。全く知らないがクサマキはメッセージを開いた。すると…


 「やっと、介入する口実が出来た」


老人の声とともに空中に3つの大きな影が投影される。



 「何だ!何をした!」


パンジーの端末か突如投影された3つの影にウラジロが何事かと動揺する。クサマキ経由で送られてきた「shin zen beauty」という人物からのメッセージ。「助かりたければ、すぐ開け」との事でパンジーは思わず開いてしまったが何が起こったのか全くわからない。当のパンジーも銃を向けられたウルシノも何が起こったのかわからず唖然としている。


 「この国の統治システムに一矢報いるチャンス、ついに巡ってきた」


映し出された影の一つが少年の声で言った。



 「クサマキ・ケンジロウが追われていた理由、それは彼が統治機構の支配力を減退させる存在だから」


影の一つが若い女性の声で言う。すると…


 「クサマキ・ケンジロウ…そうだ思い出した…」


今まで混乱状態であった箱の中の脳が初めて明瞭な発言をした。クサマキの義体とのリンクで一部始終を見ていたらしい。一度に沢山のことが起こりすぎて混乱する一同をよそに彼女は続ける。


 「…彼を目覚めさせたのは私…なぜなら」


 「え?」


 「クサマキ・ケンジロウが体を取り戻すとき、人々がこの息苦しい世界から解放される」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る