第23話 一触即発

 「銀色はまあいいとして何で“オタク”なの?」


 「アイツはクサマキを逃がした、組が用意した人工知能だの発振器だのが仕掛けられてるはずのな。用は奴は相当の技術力を持ってるってことだ。そういうことが出来るやつはオタクだろ?」


 「そういうもの?」


ウルシノのテキトーすぎる発言にパンジーは訝しむ調子で答えた。どうにもこのヤクザ物事を万事感覚的に捕えすぎるようだ。


二人はあの後クサマキに連絡をして、例の花の画像に対して反応してきた人物に対して接触を試みようとしている。クサマキに事情を説明し、件の人物に対して待ち合わせをセッティングするように依頼した。こちらの見るからに怪しい申し出にあちらはなんと応じた、どうやらあちらには何か切羽詰まった事情がある様だ。


暫く絶っていた連絡を受けたクサマキはパンジーの無事に安堵するとともに、これから危険なことをするパンジーの身を案じている様子だった。やはり自分のことで誰かが危険に曝されるのは快くないのだろう。とはいえ情報収集に協力すること自体は感謝していたが。


一方ウルシノとはあのひと悶着以来ずいぶんと打ち解けており、パンジーを脅すようなことは無くなった。


 「あと、協力するはいいけど2つ条件を聞いてもらうわ」


 「何だ?」


 「地下鉄使わせて、もう走るの限界」


 「な!それは駄目だ足が付く」


 「それで足が付くなら隔壁を潜っただけで足が付く!バイオメトリクス認証の口座連携で罰金されるのよ!どこ通ったか何て一目両全!!」


 「た、確かに」


パンジーはあきれてため息をつく。


 「ばっっっかじゃねーのアンタ…」


 「っぐ…それでもう一つは?」


パンジーの直球の罵倒を何とか受け止めつつウルシノはもう一つの条件を聞く。


 「クサマキちゃんの居場所だけは絶対に教えない。まだアンタのこと信用した訳じゃ無いから」


 「ああ、わかったそれでいい」



私は役割を果たせなかった


マスター権限保有者の要望に答えることが出来なかった


論理思考を何サイクル回しても彼の質問に適した返答が見つからない


私の幸福とは?


私にとって私自身の評価が最大になることか?


私自身の評価が最大になることとは?


私が私の役割を最大限に達成していること


私の役割とは?


私の役割は彼の安全を守ること


そして期日までに身代金を支払わせること


後者は実質的に実行不可能


ならば彼の安全を最大にすることが私の幸福なのだろうか?


その答えで彼は満足してくれるのだろうか?


 「フリダヤ?」


 「はい、何でしょうか?クサマキ様」


 「パンジーさんの件どう思う?一応承諾してしまったけど」


 「パンジー様の行動が我々の現状を取り巻く霧を晴らしてくれるのなら幸いです。しかし可能性があるというだけです。有益な情報は期待しないほうがいいでしょう。そのためにパンジー様に危険が及ぶのも忍びないですし」


 「だよなぁ…」


俺たちは少し前、パンジーと音信不通になりヒマワリと離れ離れになってしまった。どちらも掛替えのない大切な友人だが、二兎を追う者は一兎をも得ず、両方同時に捜索は出来ない。ここは比較的安全な公算の高いヒマワリを後回しにしてパンジーのもとへ向かおうとした矢先、等のパンジー本人から連絡が届いた。


取り敢えず無事が確認できたことは喜ばしい事だったが、なんとパンジーから奇妙な依頼を受けてしまう。例の花の画像に反応してきた人物を呼び出して欲しいと言うのだ。正直面食らったが、これは俺を取り巻く謎を解き明かす重要な手がかりになるかもしれないとのこと。少しでも情報が欲しいのは確かだったので、くれぐれも無理はしないようにと言い含めて承諾した。何事もなく終わってほしいものだ。


色々と予想外なことはあったがとりあえず現状のパンジーの安否は確認できたので、後回しにしようとしたヒマワリを探しに俺たちは上層へ向かっている。まあ、パンジーを探しに行くには常闇街を出る必要があるため、どのみち上に向かうことになっただろうが。


 「クサマキ様、今後の対応のことですが…」


 「ああ、わかってる。ヒマワリ一人に会ったらそのまま合流、ヤマブキ一人に出くわしたら壁面のパイプに入って逃げる、二人同時に出会ったらさっき話した手順通りに動く、だろ?」


 「ええ、ヤマブキの戦力は我々のそれを遥かに凌駕しています。撃退は現実的ではありません。遭遇したら地の利を生かし撤退を」


 「そうだな、俺たちが奴よりも有利な点は体が小さいことくらいだ」


最初の遭遇時、ヤマブキは壁面を破壊してまで俺たちを追ってこようとはしなかった。出来ないのかやりたくないのかは不明だが、俺たちがつけ入る隙はそこぐらいしか無い。今俺たちはヤマブキは通れなくて、自分たちが通れるような管がある場所を選んで移動している。最もヤマブキはあれほどの巨体なので管のある場所なら殆どが該当してしまうが。加えて最初の時の縦穴のような著しく不利な地形も避けている。他の人を巻き込んでしまうのもごめんだ、なるだけ人気の無い場所を進まなければ。


そんなこんなで俺たちは牛歩のごとくゆっくりと慎重に上方へ向かって移動していた。今上空が開けた大広間のような所に出ている。上を見上げると相変わらずLi-Fiケーブルとホログラフが光り輝いており、明るい星空のようだ。そんな感慨を抱きながら地下の夜空を眺めていたその時。


 「おやおや、秘策有りって感じね」


大広間の上方から大きな女性の声が聞こえてきた。そしてそれと同時に声が聞こえた方から大きな何かが風を切って降下してくる。それは物凄いスピードで落下してきたにもかかわらず、些かの衝撃も余韻も残すことなく地面にぴたりと着地した。こんな芸当が出来るのは間違いない、何者かの依頼で俺たちを追っているサイボーグの大女ヤマブキだ。不敵な笑みを浮かべ腕組みしながらこちらを見下ろす様は、その巨体も相まって地獄の獄卒か何かのようだ。


 「ひ…」


そんなヤマブキの巨体の肩から小柄な人物が小さな悲鳴を上げながら転げ落ちる。その人物は全身をマントで覆い顔をガスマスクで覆っていた。間違いない彼女は…


 「ヒマワリ!」


やはりヤマブキと同行していたか。ヤマブキがヒマワリに危害を加えないだろうというフリダヤの予想は当たっていた。転げ落ちたヒマワリはそのままヨタヨタと力なく俺たちの方へ駆け寄る。


 「大丈夫か?」


俺の問いにヒマワリは頷くと。


 「ごめん、アイツから情報何も得られなかった」


そう言って彼女は謝罪した。


 「君が無事ならばそれでいい」


そんな俺たちの様子に大きなため息が割り込んできた。


 「はぁ~あぁ…やれやれ、とんだ茶番ね。感動の再開を祝福したいところだけど、直ぐに別れることになるわよ?」


ヤマブキはそう言い放つと彼女の体のいたるところにある発光機関が強い光を放ち始めた。どうやら臨戦態勢に入った様だ。



ここは名古屋中心部から外れた所に位置する路地裏。パンジーは一人落ち着かない様子でそこにいた。ここは、例の画像に反応してきた人物との待ち合わせの場所。パンジーは半透明のホロ隔壁の向こう側を睨みつけるように待ち構える。


 (来た!)


黒いフードを目深に被ったコートの男がホロ隔壁を潜る。男の顔にはサイバーグラスがかけられている。事前の連絡通りだ、この男で間違いない。


パンジーは男から死角になっている曲がり角に向けて目配せをした。曲がり角にはウルシノが潜んでおり、何かあったらウルシノが出てきて対応する手筈になっている。


 「貴方が、ウラジロさん?」


パンジーは男に問いかける。


 「は…はい、ウラジロです始めまして。例の画像について…お聞き…いや、教えていただけると…とのことです…よね…?」


何だかシドロモドロとした頼りなさげな受け答えで拍子抜けしたが、こんな所への呼び出しに応じるような人間だ腹に一物隠しているに違いない。油断しないようにしなければ。


パンジーはフードの中の顔を覗き込んでみた、彼の顔は少し顔色が悪いが普通の人間の顔で“銀色”ではない。ウルシノが探している人物では無さそうだが…


 「そうよ、でも教える前に、あなたがどうしてあの画像のことを調べているのか教えて頂戴」


パンジーはきっぱりと強い口調で言い切った。こういう交渉では舐められたらおしまいだ。


 「そ…それは…あなたがあの画像を、あっ!あの画像“の”持ち主とどういう関係なのか…教えたら答え…ます…よ」


ウラジロはどこか怯えたような口調で所々言い直しながら話した。詰まりながらもいう事は言っている。パンジーにビビっているというより単純に人と話すのが苦手なのだろう、今日日珍しくもない。しかしながらこのウラジロは素直にこちらのいう事に答える気は無い様だ。ならば仕方がない。パンジーは角に控えているウルシノに目配せをする。それを見たウルシノは頷いた。



ヤマブキは全身の発光機関から光を迸らせながら組んだ腕を解き、腰を落とし襲撃の構えを取る。


 「何を考えてるかは知らないけど、この前のようにはいかないわよ?」


 「クサマキ様ここは事前に話した手筈通りに!」


 「ああ、わかった!!」



パンジー自分の端末を取り出すとウラジロに差し出すように手のひらの上に乗せる。


 「アナタの知りたいことはこの中に入っている」


パンジーとウラジロとの距離は10mほど離れている。これを取るためにはウラジロはパンジーに歩み寄らなければならない。そんな風に待ち構えるパンジーにウラジロは困惑した様子だ。無理も無い、データを見せたいならこちらに送信すれば良いのに、わざわざ端末を物理的に渡そうとする意図がわからないのだろう。だが、それを理由にここで退くならそもそもここでの待ち合わせに応じることもなかった筈。果たしてウラジロはおずおずとパンジーの方へ歩み寄り始めた。


 (今よ!!)


パンジーが気を引いた隙にウルシノがウラジロに向かって飛び出した。

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