第22話 贖罪と願い

 「寝ている男…真っ暗…犬…怖い…助けなきゃ…助けて…怖い…サイボーグ…首が…悪いことを…」


 「なあ、コレ起こしちゃってよかったのかな?」


 「彼女を眠らせるための薬剤を補給できない以上、このようにするほかないかと」


 「まあ…そうだよな…」


例の箱に入った脳が目を覚まし、脳だけの状態では刺激を受けれないので俺の義体のセンサーの情報を共有した。目覚めた“彼女”から事情を聞こうと話せるようにもしたのだが、例のごとくうわ言を不定期につぶやくだけでとても会話ができるような状態ではない。


 「彼女が如何なる処置の結果この状態になったのかはわかりませんが、恐らく残留する薬剤が抜けきるまでは、この状態が続くのでしょう」


彼女は今、夢と現が混ざり合ったような状態にあり、これは後暫く続くようだ。


 「ところでクサマキ様」


 「ん?」


 「彼女を救助するのは良いのですが、救い出した彼女をどうするつもりだったのでしょうか?」


 「ああ、俺が体を取り戻した後はこの犬の体を譲るつもりだった。不便だけど脳みそだけよかましだろ?」


 「成程、そこはちゃんと考えをお持ちだったのですね」


何だか棘のある言い回しだ。


 「っぐ…良い考えだと思うけどなぁ…フリダヤのやることも作ってやれるし」


これならば彼女も活動できるようにしてやれるし、役目を終えたフリダヤに新しい役割を与えてやれる。すごく良いアイディアだと思ったんだが…それに対してフリダヤはやれやれといった風にハート形を揺らした。


 「現状我々が抱えているタスクは多すぎです。せめて優先順位を決めなければ。同時並行で進めるのは不可能です」


 「とは言えヒマワリもパンジーさんも心配だしなぁ」


どちらも100年後のこの世界で出会った大切な人達だ優先順位を決めるなんて出来ない。


 「希望的な観測になってしまいますが、ヒマワリ様は比較的安全かと思われます」


意外なことを言われる、死にかかってたと思うのだが。


 「何でだ?」


 「ヤマブキの目的は我々の回収。破壊や殺害は目的ではありません。むしろ我々に損傷を与えないように行動していたと推測されます。具体例として彼女は例の慣性制御装置を使った起動で我々の傍らに瞬間停止する行動を頻繁に行っていました。そのまま突進すれば確実に我々を無力化できたにもかかわらず」


 「確かに…そんな事言ってたし、蹴っ飛ばされたときも壊れたなら治すって言ってたな。案外良い奴かもってわけだけど、それは俺たちにだけって話だろ?」


俺の回収が目的だなら整合するがヒマワリはその限りではない。


 「彼女はヒマワリ様に直接危害を加えることはなく。ヒマワリ様が落下した際明らかに動揺の色が見えました、起きてはならぬことが起きてしまったかのように」


自分は無我夢中でわからなかったがフリダヤは流石にAIなだけあって冷静に状況を観察している。


 「それじゃあ、ヒマワリはヤマブキに悪いようにはされていないってことか?」


 「良くて援助を受けているか、悪くても危害は加えられていないでしょう」


 「なら心配なのはパンジーさんか…今頃どうしているんだろう」



 「ハア…ハア…いったい…どこまで行くつもりなの…?」


 「連中をマくまでだ」


 「マくって政府を…!?」


名古屋のはずれをパンジーとウルシノが走る。環境庁長官補佐のアオキが接触してきたことを受けて、政府から身を隠すために名古屋中心部から離れたところを移動している。走って移動しているのは公共交通機関は足がつくからとのこと。首から下がサイボーグであるウルシノは散々走り回っても涼しい顔をしていたが、生身のパンジーは息も絶え絶えだ。


 「もう…駄目…これ以上走れない…」


限界が来たのか、そういうとパンジーは道の真ん中で座り込んでしまった。


 「ったく…ん?」


時を同じくしてついさっきまでオレンジ色だったホロ隔壁が赤色に変わった。これ以降隔壁を通過すると罰金が発生する。


 「ちっ…」


道の両端を赤色ホロ隔壁で挟まれてしまい八方塞がりになってしまう。罰金を防ぐにはこのコンクリート張りの狭い路地で一晩明かすしかない。宿泊には余りにも心もとない所だが、幸い黒い円筒状のコンビニはあるので最低限の補給は可能だ。


ウルシノは義体のシステム画面を開くとバッテリー残量が少なくなっていることに気が付いた。


 「おい、今日はここで野宿するぞ」


 「ハア…ハア…本当に勝手…」


ウルシノはコンビニで自分の義体を高速充電すると「起こすなよ」と一言だけ言って黒い円筒のコンビニの傍らに寄りかかって寝てしまった。パンジーも荒い息を落ち着けるように大きなため息をつくとウルシノとは反対側にうずくまる。


ふと顎に手を触れると指先に無精ひげの感触、そして吹き出物。汗だくで化粧も取れてしまっている。きっと酷い顔をしているのだろう。また大きなため息をつく。


パンジーは傍らのコンビニを見た。せめてべとべとの汗を処理して化粧を直したい、それに喉も乾いた。パンジーはバイオメトリクス認証の口座連携で欲しい商品を購入し、コンビニ内部のオムニプリンターが機動を始める。


 (あ…今ならクサマキちゃんに連絡ができる)


自分を見張っていたウルシノは寝入っている。今なら気兼ねなくクサマキに連絡できるではないか。パンジーは早速端末を起動しYIYASAKAを立ち上げるとクサマキへ送るDMを作成する。以前のようにチャンスを逃さないよう予め考えていた文面を淀みなく入力し、送信ボタンを押そうとしたその瞬間。


 「商品が完成しました」


コンビニのオムニプリンターが商品を出力し終わったことを示す合成音声が流された。


 「おい…起こすなって言っただろうが…」


声に起こされたウルシノが立ち上がってパンジーの側にやってくる。パンジーは端末を操作しているところを見られてしまった。


 「てめ、何してやがる!!」


パンジーは邪魔をされる前に送信ボタンを押下したクサマキの元へDMが送られたことを確認する。その様子を見たウルシノは右腕のサーマルガンを開放し、怒りの形相でパンジーに掴みかかる。


 「何しやがった!!」


ウルシノの凄みに歯を食いしばって睨み返すだけでパンジーは何も言わない。


 「てめえ…!!」


ウルシノの右腕の内部でガチャリという音がした。恐らくサーマルガンに弾丸が装填された音だ、発砲体制に入ったと見て良いだろう。その文字通り火蓋が切って落とされた状態のサーマルガンの銃口を、パンジーの頬に食い込むほど押し付ける。


 「撃ちたきゃ撃ちやがれ!!」


突然のパンジーの叫びに思わずウルシノはたじろいだ。


 「どうせアタシは死んで当然の極悪人だ!!やらかした事考えりゃこんな薄汚ねえところでおっ死ぬのは当然の末路さ!!おかま一匹連れまわして何がやりたいのか知らないが、そんなに殺したいなら殺しちまいな!!」


 「どういうつもりだ…まさか、てめぇ、人面犬ヤローを…」


 「だったら何だってんだ!!」


そう叫びながらパンジーは大粒の涙を流していた。死に対する恐怖からではない。これまでの自分の甲斐の無い人生を悔いるように。その中でせめてもの善行として、あの真直ぐな青年を救いたいという願いがあふれ出していた。罪を償うように太陽の傍に移り住んだ。孤独と絶望の中、死を考えなかった日は無かった。その中で唯一見つけた生きる意義が、クサマキを救うことだった。その意義にすがる為なら自分の命など捨ててしまっても構わなかった。


パンジーの悲壮な覚悟を目の当たりにしたウルシノは掴みかかっていた手を放した。そしてその場から数歩後ずさりすると、おもむろに左手で右肩のあたりを触る。するとウルシノの右腕が内蔵されたサーマルガンごと二の腕の中ほどから切り離され、それをパンジーに向かって放った。


 「!?」


意図がつかめないパンジーをよそにウルシノはその場にひざまずくと、ゴツリと言う大きな音が響くほどの勢いでコンクリートがむき出しの床に頭を叩きつけて土下座した。


 「頼む!!俺に協力してくれ!!俺を銀色のオタクに合わせてくれ!!」


 「今更下手に出たところで…」


 「頼む!!」


啖呵を切ろうとしたパンジーを遮るようにウルシノが続ける。


 「無茶を言ってるのは重々承知だ!だがこれは俺の自由の為だ…俺を自由にできるのは銀色のオタクと、それに繋がってるかもしれねえアンタだけだ…」


コンクリート床に打ち付けられたままのウルシノの額からは血が滲みだし、床面にじわじわと滲みだした。五体がそろっていれば僅かな出血も首しかないウルシノにとっては大量出血だ。


 「これまでアンタにやってきたことは全部詫びる!!ことが終わったら俺にできることならなんでもやる!!だから頼む俺を自由にしてくれ」


ウルシノにいかなる事情があるのかはパンジーにはわからなかったが、彼には彼の切実さがある様だ。


その様子を見てパンジーはため息を一つつく。


 「どうせ、そいつもろくでもない奴だぞ…それでもいいのか?」

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