第21話 桃と銀

 「クソッ…!!あんないい人に迷惑がかかるなんて!!」


俺は悔しさをぶつけるように前足を地面へ叩きつけた。


この義体に残された俺を取り巻く謎の手がかりである桃の画像。少しでも情報が欲しいとYIYASAKAへ投降したところ、名古屋地下街の恩人でもある“おかま”のパンジーがその投稿を削除するように言って来た。突然の要求に困惑した俺はパンジーに真意を問うべく連絡を取ろうとするが、全く連絡が付かない。恐らく俺に関わることでパンジーに危害が及んだのだ。画像の削除要求もそのためだろう。


 「ここで立ち往生していても埒が開きません。例の投稿は指示通り削除して、今は脱出を急ぎましょう」


 「…ああ、そうだな。ヒマワリと早く合流しないと」


俺は言われた通り投稿を消した。



 「投稿が消された…!?」


男は即座にDMを送りコンタクトを図るが、反応が返ってこない。無視されているようだ。


 「クソッ…やっと見つけた手がかりだというのに!!」


男は無数の情報を映し出す“窓”が飛び交う空間に居た。ここはネットワーク上でのタスクを最大効率で行うためのVR空間だ。男は腕を複数本持つ銀色の人型としてその空間に存在している。


男は焦った、あの画像は確かに男が作成したもの、そしてそれはとある人から預かったものに持たせたもの。彼の価値がわかる正しい意志を持った人間に届く様に持たせた。


あの時彼をあんな風にした連中からは何とか彼を逃がすことに成功した。しかし、そのためにアレに施した改造は急造。正常に機能しない可能性が高い。


 (論理層の改竄は大したことをしていないので問題ない。問題があるとしたら倫理層だ。十分な処置が出来たとは思えない)


アレをそのまま放置しておくのは危険だ。


 「獣が目覚める前に、封じ込めなければ」


男の目の前に16:00を知らせる画像が表示される。


 (もうこんな時間か…いい加減本業を進めなければ…いや、その前に水でも飲もうか)


男の周囲にある“窓”が消え、視界に低い天井が映る。ここは地下街の住民に解放されているコワーキングスペースだ。非常に狭いが24時間営業で彼のようなサイボーグに取っては簡易的な宿泊施設として使える。


男はアレを逃がして以来、自宅には戻らず、追手をかわすためにこういった施設を点々としている。ここまで一度も危ない思いをしていないのでどうやら連中には自分の身元はばれていないらしい。


男は体を椅子から起こし、出かけるための身支度をする。男は部屋に備え付けられたオムニプリンターを起動させた。オムニプリンターに自分が持ち込んだデータを読み込ませ出力させる。出てきたのは人間の頭部の皮のようなマスクだった。彼の義体は銀色の表皮をした甲殻類と仏像の顔を混ぜたような姿しており、このマスクを被って完全な別人になることで今まで正体を隠してきたのだ。複眼様の目の部分はマスクではどうにもならないが、それはサイバーグラスで隠すことで対応している。手も銀色の表皮だが冬場の今なら手袋で隠せば良い。男はマスクを手に取りかぶろうとするがぴたりと手を止めた。


 (一体、僕はここで何をしている…?)


いったい自分はいつまでこんなことをしていればよいのだろう?果たして自分はこんな危険な思いをしてまで彼にかかわる動機があったのか?うまくいったところでどうせ…


彼を自分に託した人のことが脳裏に浮かんだ。その瞬間男の決意から揺らぎが消える。ほかならぬ彼女の意志なら自分は戦い続けなければならない。男は意を決してマスクを被った。


 「モモイ…今君はどうしている?」



 「脱出の際に頸部につながっているチューブを切断しないように気を付けてください」


 「わかってる…んん…ぐぐぐ…」


俺は体が何とか抜けられる程度の横穴を何とかすり抜けた。そして穴に取り残された脳の入った箱を取り出し体に括りつける。穴が狭かったので一度には出れなかったのだ。


 「ここは…墓地か?」


抜け出た先は公園ぐらいの大きさの空間で、周囲の構造物から削り出したと思われる柱状のコンクリート塊が規則正しく並んでいる。あまり数は多くなく10個ほどだろう。他の場所ではよく見られる過剰な光を放っているLi-Fiケーブルもめちゃくちゃに飛び交うホログラフも無い。専用の照明器具によって上部から照らされており、混沌とした常闇街の中でここだけは整然とした厳かな雰囲気が漂っている。ただ密室で火を使うのは躊躇われたのか線香はなかったが。


 「何か間違えれば俺もこういうとこに入っていたのかな」


今まで何度も死にかかった。危険な目には合わなくても生首同然の自分は常に死にかかっているようなものだ。それに本当なら自分は100年前に死んでいたはず。自分の死を思ったとき俺は目の前の墓石に思わず黙祷をしていた。


 「死を恐れているのですか?」


フリダヤが問う。


 「たぶん…実感は薄いが…」


俺は自分の右斜め上に浮かんでいるフリダヤに顔を向ける。


 「フリダヤは?」


 「私は目的の達成の為なら自己存在の損失を厭いません。ですが人工知能は基本的に自己保全行うようにできています。特に現状は自己存在の損失は多くの場合、目的達成の失敗を意味します。ですから私は死を恐れていると言えます」


殆どの場合、フリダヤが死ぬときはこの義体が壊れるときだ。そして同時にそれは俺の死を意味する。だが、俺が体を取り戻したらフリダヤはどうなる?


 「俺が助かったら死んでしまってもいい?」


 「目的が達成されれば私は存在意義を失います。もはや自己保全の必要はありません」


 「それは…困るな…フリダヤには今まで沢山世話になった、だから君には幸せになって欲しい。俺が居なくなっても」


俺の言葉にフリダヤは答えない。人工知能である彼女にこんなことを言うのは困らせるだけだというのはわかっていた。だが、言わずにはいられなかった。今まで苦楽を共にし、何度も助けてくれた彼女を、俺はただそのように作られた機械とはとてもみなせなくなっていた。


 「フリダヤ、君にとって幸せって何だい?」


 「それは……」


その時突然、体に括りつけていた脳の入った箱の一部が発光し激しく明滅する。


 「ん…なんだ?」


 「脳を休眠状態にするための薬剤が切れたようです。まもなく覚醒します」


 「なっ!それって大丈夫なのか?」


もし、この人に今の自分の現状が知れてしまったらきっと絶望するに違いない。すぐには何とか出来ないのだから、暫くは眠っていて欲しいがそういうわけにも行かない。


 「長期間刺激が無い状態が続くとストレスにより衰弱死する恐れがあります」


 「マジかよ!!何とかならないのか!?」


ここで死なれては助けた意味がないじゃないか。


 「了解しました。暫定的にこの義体のシステムに接続します」


目の前に義体に不明なデバイスが接続されたことを示すホログラムが表示される。フリダヤが何かしたようだが…


 「どうなったんだ?」


 「この義体のセンサーが受容した情報をこの方の脳に伝達されるようにしました」


 「感覚を共有するってのか?それで助かるならいいが…話は出来るのか?」


 「義体の音声出力と接続します」


俺の耳にノイズのような音が聞こえてきた。そしてそれは徐々に明瞭になっていき、やがて人の声になっていく。


 「ここは…」


それは女性の声でそういった。

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