第20話 前触れ
(クサマキちゃん、何でこんなことしてるの…!)
パンジーはクサマキの投稿を見て驚愕した。その投稿はとある花の画像に心当たりは無いか?というものだ。恐らく先ほど自分にDMで送られて来たものと同じだろう。何か知っている場合は自分に連絡してほしいとも書いてある。クサマキはヤクザや政府のような恐ろしい相手に狙われている。本来ならば極力目立たないように行動すべきだ。にもかかわらず自ら目立つような行動をしている。
(こんな投稿には反応なんてすぐには来ないと思うけど…)
とは言え環境省のアオキはクサマキを追ってパンジーらに接触してきた。何をどうやって調べたのかはわからないが、普通に考えてパンジーとクサマキは簡単にはつながらないはずだ。この画像がいったい何処で手に入れた何の画像なのかは解らないが、敵の調査能力が極めて高いことを鑑みるに、彼の居場所に通じる手がかりになってしまう可能性は否めない。
(何とか、見つかる前に消すよう言わないと…!!)
パンジーがクサマキにその旨をDMにて伝えようとしたその時。
「あぁ…!」
予想に反してすぐさま反応が来た。投稿に対するコメントには
「私はこの画像に心当たりがあるのですが。貴方はこの画像をどこで手に入れたのでしょうか?色々詳しい事話したいのでDMでやり取りしませんか?」
明らかにクサマキに接触しようとしている。これは絶対にまずい。
(まずい…これには反応しないように言わないと…!)
細かいことを説明している間は無い。パンジーはとにかく投降を削除して反応は無視するようにとだけクサマキにDMを送る。続いて理由に関した説明のDMを送ろうとしたところで。トイレの扉が勢いよく叩かれた。
「おい!しょんべんにどんだけかけてんだ!!クソでもしてんのか!?」
扉の向こうからウルシノの苛立つ声が聞こえてきた。もたもたしていたので痺れを切らして呼びに来たのだ。ここは性的少数者用のトイレだが、女体の男であるウルシノは問題なく入ってこれる。
「す…すぐに出るわ」
パンジーはそういって端末をコートに隠して水を流し扉を開ける。あまり時間をかけていると何か勘ぐられるかもしれない。結局クサマキには最低銀のことは指示できたが、重要なことは知らせられなかった。
(何とか、チャンスを見つけないと)
「え?」
「どうかしましたか?」
「いや、パンジーさんが例の画像の投稿を消せって」
出口に通じる管を探しているとYIYASAKAの通知を受け取った、パンジーさんからのDMだ。俺は背中に括りつけた“生きた脳の入った箱”の位置を身をゆすって治すと。YIYASAKAを操作しDMを開いた。そこには例の花の画像の投稿を削除することとそれに対する反応を無視するよう書かれていた。少しでも情報が得られればと投稿したのだが意外な反応だ。いったいどうしてこんなことを言うのだろうか?もし、理由があるとすれば…
「もしかしてナイトウの手下がパンジーさんに何かしたんじゃ!?」
「可能性はあります、敵は既に我々が常闇街へ来ていることは把握している様ですし」
大女のサイボーグ、ヤマブキが俺に差向けられたのがその証左だ。奴は依頼主のことを隠していたが、十中八九ナイトウ関連だろう。そうなるとパンジーさんの安否が気になる。俺はすぐさま音声通話やDMを送るが全く反応が無い。向こうの状態はわからないが、少なくとも返事ができるような状態では無い様だ。
「クソッ…!!あんないい人に迷惑がかかるなんて!!」
俺は悔しさをぶつけるように前足を地面へ叩きつけた。
「ここで立ち往生していても埒が開きません。例の投稿は指示通り削除して、今は脱出を急ぎましょう」
「…ああ、そうだな。ヒマワリと早く合流しないと」
俺は言われた通り投稿を消した。投稿に反応した者からDMも届いたがこれにも反応するわけにはいかない。
(無視だ、無視!)
「これで良し!」
ヤマブキはそういって作業を終えた。私の足には痛む個所を覆うように水色の物体がまとわりついている。ヤマブキが取り出した缶のようなものから吹きかけられた泡が固まったものだ。触れてみるとそれは驚くほど固い。少し前まではフワフワの泡だったのに。
「これは?」
「特殊な高分子を使ったギプスよ。人体に親和性の高い素材でできていて、分子自体が発生させる振動に骨の再建を助ける効果があるの」
私はギプスとやらを手のひらで触れてみた、ヤマブキが言ったようにそこからはゴロゴロという猫が喉を鳴らしたような振動が伝わってくる。
「…これはどうやって外すの?」
ギプスは非常に硬質で一部の隙もなく足にへばりついている。外すことも壊すことも難しそうだ。
「治療が終われば分子の結合が解かれるようになっているの。待っていれば自然に外れるわよ。大体一週間ってとこかしら?今でもしっかり固定されてるから無茶をしなければ生活に支障はないはずよ」
私はそういわれるとベッドから体を起こし立ち上がる。そしてよくわからない装置が整然と並べられた室内を少し歩いて見た。骨の芯の部分に弱い痛みは感じたが歩くことに支障は感じない。ついさっき骨を折ってしまったばかりなのに。
「どうも…ありがとう」
私の礼にヤマブキは微笑みで返した。
ここはヤマブキのセーフハウス。例の縦穴での戦闘のあった場所から数階層上った所にある。大きなコンクリート塊をくりぬいて作られた彼女の隠れ家だ。私はあの後ヤマブキに抱えられてここに連れてこられた。そして部屋の中央におかれた大きなベッドに横たえられ治療を受けていた。ベッドは柔らかかったが、ところどころにプラグか何かを差し込むような穴やよくわからないセンサーのようなものが飛び出していて恐らく私のような生身の人間が使うためのものではないのだろう。
ここで暮らしているのか?とヤマブキに尋ねて見たがはぐらかすような答えが帰ってきた。たぶん本当の家は別にあるのだろう。ここは彼女が使うにはあまりにも小さく質素だ。やはり、大して情報はくれないか。
「ところで、そのマスク外さないの?ここは日光が当たってるわけでは無いからデイ・プレイグは発症しないわよ」
私はヤマブキのその質問に思わずうろたえてしまった。自分の中にはっきりとした理由がなかったからだ。地下ではデイ・プレイグは発症しないとわかっていても何となくの忌避感で外せなかった。
「外してはいけないと…いう事になっているから…」
私は苦し紛れにそう答えた。そんな私にヤマブキは優しく微笑む。
「…そう。どうしても嫌なら無理にとは言わないけど、私は外してほしいな。マスクの下で怪我をしているかもしれないし、貴方の顔も見てみたい」
そんな風に言われると断ることが出来ない。私はおずおずと、地下に入ってからも一度も外すことのなかったマスクを取り外す。中に収まっていた髪がはだけ、肩にかかった。
「ふむふむ…かすり傷はあるけど、酷い怪我はしていないみたいね…」
ヤマブキは私の顔をじっくりと眺めながら言う。こんな風に顔をまじまじと見られるのは初めてかもしれない。
「お顔を見せてくれてありがとう。思った通り、貴方結構可愛いわね。肌もきれいだし、栗色の髪もとってもきれい」
「なっ…!!」
意外極まることを言われた。マスクで隠れるから化粧なんてしてないし、髪だってぼさぼさのはずだ、なのに可愛いなんて…
「…もういいでしょ、マスクをつけるわ…どうも落ち着かない」
外す時とは打って変わって私はそそくさとマスクを被る。頭全体が遮光素材に覆われると不思議と安堵感が生まれた。
「あら残念」
ヤマブキはそう呟くと、その巨体をむくりと立ち上がられた。
「そんじゃま、治療も済んだことですし、ボツボツ仕事に戻るとしますか」
「クサマキを探しに行くの!?」
「ええ、もちろん。仕事ですもの。貴方はもう好きにしていいわよ」
ヤマブキは突き放すように言い放った。ここでこの女を見逃すわけにはいかない!何とかして食いつかないと。
「なら…一緒についていって…いい?」
私のわがままにヤマブキは少し困ったように黙ると。
「ええ、いいわよ」
と微笑みながら答えた。
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