第19話 都からの使者

 「何かご入用ですかな?」


 「いえ、なんでもありません。え…っと、何でしたっけ、環境省の…」


 「ええ、環境省の長官補佐をしているアオキです」


環境省長官補佐を務めるアオキは名駅付近の個室のあるレストランにておかまのパンジーと女体の男ウルシノと会っていた。会ったといっても直接ではない。アオキの体は東京の霞が関にある。二人の前にいるのは顔面がモニターになった人型ロボット、アオキに操作され遠隔地の情報や感覚を伝えてくれるテレイグジスタンス・ロボだ。レストランの個室にはおかまと首から下が女性の男と顔面がモニターの細身のロボットがテーブルを囲んでおりそれは異様な光景だった。


事の発端は数日前に遡る。



 「アオキ補佐官。我々環境省は、この日本国が地球環境で持続可能でより良い未来を築いて行くうえで非常に重要な役割を担っているということをあなたも熟知していることと思います」


 「ハイ」


銀色の立方体が女性の声でがアオキに語り掛ける。彼の上司環境省長官だ。こんな外見をしているが人間で当然サイボーグだ。彼女は何時もの高圧的な口調ではなく妙に丁寧な語りだ。こういう時は良からぬことを考えている。


 「で、ありながら、デイ・プレイグ禍以降、我が省に割り当てられる予算は他の省に比べて増えていません。ほとんどが医療分野、すなわち厚労省に割り当てられているからです。」


 「ええ」


 「例のモノは我が省が厚生省との交渉を有利に進め、十分な予算を確保するのに必要です。そこであなたを名古屋に派遣します。ドローンを操作して間接的に目的を達成するのももう限界です。あなたが直接出向いて、アレを回収しなさい。あれは二つそろっていなければ意味がありません。いずれ二つとも手に入れる必要がありますが、一つでも手に入れれば敵の対応を遅らせられるでしょう。名古屋へ行き、動き回っているらしい頭を確保しなさい」


 「長官…あの…」


 「何ですか?」


長官は立方体の一面を持ち上げごとりと鳴らした、声に若干の苛立ちを感じる。


 「いえ、なんでもありません。今すぐ向かいます」


アオキは「一人ではないのですか?」という言葉を何とか飲み込んだ。



不承不承ながら私はすぐさま作業に取り掛かった。捜索対象が最後に目撃されたのが名古屋城での一件。それ以降のことはわからない。立地条件的におそらくは大須にある常闇街に入ったと思われるが、であるならば介入は困難だ。かの地は極めて複雑で混沌としており、町を牛耳る反社会的組織の勢力図は常に流動的に変化している。憶測で介入することは出来ない。


であるなら、彼が常闇街へ入ったことの確証を得るため名古屋城以前の動向を調査した。SNSなどの投稿では彼の地下街での最後の目撃情報は本陣周辺。ならば彼は壱番出口を出て名古屋城へ向かったと考えるのが妥当だ。周囲の商店を調査するとほぼ出口付近に「おかまバー・ソレイユ」という飲食店が存在した。ソレイユのSNS公式アカウントを確認するが、数日前からは更新が途絶えている、それにどうやら同時期から休業しているようだ。この不景気のなか商売をたたむことは珍しくないが、何の音沙汰も無いというのは奇妙だ。私は早速テレイグジスタンス・ロボを「おかまバー・ソレイユ」に放った。現地で調査してみると果たしてパンジーは不在のようである。店の休業期間からパンジーの移動範囲を特定、その範囲内にある宿泊施設から性的少数者に関するトラブルや苦情と思われるネットの反応を検索、候補地をいくつか絞り、そのすべてにテレイグジスタンス・ロボを放った。そして、そのうちの一つがパンジーと同行者のウルシノに接触することに成功したのである。



 「それで、えー…アオキさん、その環境省で要職に就かれているような方が何故アタシなんかに?」


パンジーはこちらを訝しむ様子だ、当然だろう。だが、パンジーは長官が探している片方の、おそらく最後の目撃者だ、何とかして話を聞き出さなければならない。


 「パンジーさん、あなたはこの人物に見覚えは?」


テレイグジスタンス・ロボを操作して空中にある画像を表示させた。そこには頭部が人間、体が機械犬の人物が写っている。ターゲットが中村区で環境省のドローンと接触した際に撮影されたものだ。環境省が彼の存在を察知したきっかけでもある。


パンジーは驚愕の表情を浮かべ、同行している女体の男は眉を顰めた。彼の異容に驚いたようにも見えるが、おそらくこの二人は彼のことを知っている。そのことを確認するためにまずはカマをかける。


 「ご存知のようですね?私は彼の行方を追っています。何か心当たりがあれば教えていただきたい」


突然のことで言葉を失ってる様子のパンジーに変わって女体の男のウルシノが口を開く。


 「政府のお偉いさんが何でこいつを探している?」


最もな質問だが、私はこの時点で確信した。この二人はクサマキを知ってる。もし知らなければ「知らない」と答えた筈。そして我々がクサマキを探していることを知らない、その理由も。


 「彼は私のご先祖様です」


 「ハァ!」


 「ええ!?」


いい反応だ、やはりこの二人はクサマキのことは知っているがクサマキの価値を知らない。クサマキと接触し彼から情報を得ているかもしれないがその背景までは知らないようだ。ならばクサマキの知りえる情報は事実で彼の知りえない情報には虚偽を混ぜて信用させる。


 「彼の名はクサマキ・ケンジロウ。約100年前、彼は当時の医学では治療不可能な難病を患いました。そして未来に治療法が確立されることを願って、クライオニクス、つまり人体冷凍保存によって今日まで眠っていたのです。」


ここまでは事実、クサマキ自身も知っていて、この二人に話していてもおかしくないこと。ここからは虚偽を混ぜる。


 「私は彼の親戚筋の出自です。彼と姓が違うのはそのためです。先ほどお見せした画像は省が管理するドローンが偶然撮影したもの」


二人は聞き入っている、ここまでは怪しまれていない続きを話そう。


私は二人に今ここで考えた私の事情を話した。奇妙な画像だったため調査したところ自分の先祖であった事、冷凍保存されている先祖が居たことを初めて知った事、何らかのトラブルのせいで正常に蘇生させられなかった事、現在では彼の難病の治療法は確立されていること、二人の居場所を突き止めるのには省の力を使った事、そして自分は彼を助けたいという事。


 「職権乱用であることは重々承知です。しかし、100年の時の隔たりがあるとはいえ彼は家族です。どうか彼の調査にご協力願いたい」


そう言って私はテレイグジスタンス・ロボの頭を下げた。こういった無茶を信じさせるには情に訴えるのが一番だ。


私の説明にパンジーは考え込んだような顔をし、ウルシノは更に難しい顔をした。


 「…彼は私の店に訪れたことがあります。自分が100年前の人間であることもその時語っていました」


数秒の沈黙の後にパンジーが口を開いた。


 「彼は自分のおかれた現状に酷く混乱しているようでした。そして自分の失われた体を何とか取り戻そうとしていました」


 「それで…彼の行方は?」


 「私には東の方へ向かうとだけ。申し訳ありません、可能な限り援助をしたのですがアタシにも生活がありますので」


どうやらこれ以上の追及は難しい様だ。大した成果は出なかったがここはいったん退こう。ここで深追いをして怪しまれても困る。


 「わかりました…もし、よろしかったら連絡先を交換していただけないでしょうか?コレは私の私用の連絡先です。何かわかったら教えていただきたいですし、こちらでも良い知らせがあれば報告したい」


そう言って私は連絡先の書かれたメモを渡した。確実にターゲットと接触した情報源だここで失うのは惜しい。何とかコネクションを維持しなければ。


 「…わかりました。私からはこれを」


パンジーからはおかまバーソレイユのアドレスのメモが渡された。これはテキストメッセージや音声通話は可能だが人々が常用しているものと比して少々硬いもの。やはりプライベートは触れられたくないか。まあいい、いきなり全面的に信用しろというのも無理な話。特にウルシノは私をあからさまに警戒していた。長居しても得られるものはないだろう。私は二人に礼を言って名古屋を後にした。



 「オメエ何でアイツに嘘ついた?」


 「…ただの勘よ…官僚ってエリートしかなれないんでしょう?でもクサマキちゃんそんな垢抜けた感じじゃなかった。100年も経てば変わるかもだけど…だからあの人きっと嘘ついてた」


本当は横の男に詳しいことを教えたくなかったのだが、アオキが怪しかったのも事実。しかし、政府がかかわっているとなると警察に頼る訳にもいかなくなってしまった。もとより期待していなかったが、今回の件で確実になってしまった。


 「そんなことより、トイレ行ってもいい?さっき紅茶を飲み過ぎた見たい」


パンジーの訴えにウルシノは険しい表情をしたが、顎をしゃくって促した。許可が出たので、パンジーは早速性的少数者専用のトイレの個室へ入る。ここでならクサマキのDMを心置きなく見ることができる。彼は複数の危険な組織から追われていることがわかった、なるだけリスクは回避しなければ。


 「?」


YIYASAKAを開くとクサマキに関連する新着情報は2件あった。はて、画像が添付されたDMだけだったはず。


 「え…」


クサマキの新着情報の一つは画像ファイルが添付されたDMと…


「この画像知りませんか?」のタイトルで画像ファイルを投稿していた、こともあろうに全体公開で。


クサマキは自分がヤクザや政府に狙わているかもしれないというのに自ら目立つ行動をしている。


 (クサマキちゃん、何でこんなことしてるの…!)



狭い一室の中、一人の男が横たわっていた。男は横たわった姿勢のまま微動だにしないが、眠っているわけでも死んでいるわけでも無い。男は自分の義体の感覚拡張機能を使って仮想現実空間で作業をしているのだ。


今男の視覚にはネットの情報が表示された複数のウィンドウが目まぐるしく表示され、それを男の認知能力を補強するAIとともに高速で精査している。ウィンドウの開閉が激しく明滅する中、男はそのうちの一つを注視する。


それはピンク色の花弁の桃の花の画像であった。


 「…ついに、見つけたぞ…」

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