第18話 小さな反抗
「これって…人間の脳…?」
偶然開いてしまった機械の中に入ってものは、皺が寄っていてピンクとかベージュの色合いをした物体だった。むき出しで入っているわけでは無くガラスかプラスチックでできた透明な容器に包まれている。外気に晒してしまったわけでは無いが、開けてはいけないものを開けてしまった感覚になり、俺はそれを前足で閉じた。ガチッという音とともに箱の蓋は再び固く閉ざされた。
「な…なんだってこんなものが…」
人間の脳、いやそうと決まったわけでは無いが、そのようにしか見えないものがおいてあるなんてただ事じゃない。コレが本物だとしてそんなものがおいてあるここは一体何なんだ?とにかく自分ひとりでは何ともならない助けがいる。
「フリダヤ、フリダヤ!クソっ…!!」
呼べど叫べど、フリダヤは出てこない。
「ヒマワリも探さなきゃならないってのに…フリダヤ!フリダヤァアアッ!!」
「う…っく…」
大穴の壁面に飛び出した、壊れてどこにもつながっていない足場の上で私は呻き声を上げた。クサマキのお陰で落っこちて死んでしまうのは免れたけど、彼がぶつかった脇腹のあたりと、足場に乗っかる時にぶつけた右足が酷く痛む。
「お嬢ちゃん大丈夫?」
突如傍らからかけられた声に向かって弩を構える。ヤマブキがここまでやってきたのだ。ヤマブキは大きな体をかがめてこちらをのぞき込む。弩を向けた瞬間それが壊れていることに気が付いたが、構わずヤマブキに突きつけ続ける。気持ちで負けてしまったらおしまいだ。
「そんな怖い顔しないで。貴方は依頼の対象じゃないから、捕まえるつもりは無いわ。怪我をしているなら手当しようと思って。それに、あなた達二人とも傷つける気なんて無かったのよ」
ヤマブキはまるで興奮した人をなだめるような優しい口調で話しかけたが、私は彼女のその言葉にカチンときた。傷つける気はなかった!?私は死にかけたし、クサマキは…
「そんな言葉信じられるわけがないでしょう!!私は死にかけて、クサマキは…死んでしまったわ!!」
ヤマブキは激しく彼女を責め立てる私の剣幕に対してあくまでなだめるような態度で続ける。
「本当よ、二人とも空中に放り出されたところをキャッチするつもりだったの。あなたも見てたでしょ?この義体の性能。だけどクサマキくん?が、案外としぶとい上にあなたが予想外にガッツがあったもんだから…」
と、なおも言い訳を続けるヤマブキ。
「今更善人ぶったって…っく…」
立ち上がろうとするが右足が激しく傷み力が入らない。
「ああ…無理しないで、骨が折れてるかもしれない。それに、クサマキくんは生きてるわよ」
「何でそんなことがわかる!!」
「壁面のパイプに入っていくのを見たの。凄い勢いだったけど、地下のパイプ、地上に通じるものは万が一日光が入ってこないよう、無駄に蛇行したつくりになってるから出口につく頃には十分に勢いも弱まってるでしょ。それにクサマキくんも一緒に居たAIも中々骨があるようだし。しぶとく生きてると思うわよ」
彼女の言葉には一切の信憑性がなかったが、矛盾したことは言ってはいない。それに、私が怪我をしていて助けが必要なのも事実だ。生きているらしいクサマキの助けは期待できないだろう。ならばここは、彼女を信じたふりをするしかない。もしかしたら、こちらに有利な情報を聞き出せるかも。
「わかった…わ」
私が了承した様子を見てヤマブキはニコリとほほ笑んだ。人がよさそうな顔をしているが、気を許してはいけない。こいつはサイボーグ、全てが作りものだ。
「信じてくれてありがとう。じゃあ、とりあえず、こんな危ないところからはおさらばしましょうか?」
ヤマブキはそういうと突然私を抱え上げ、上へ向かって跳躍した。
「フリダヤ!!フリダヤ…」
何度も繰り返し呼びかけるが、フリダヤは答えなかった。ひょっとして名古屋城で捕まった時のようにトラブルが発生して出てこれなくなったのだろうか?ならば仕方ない、ここはあの時よりさらに劣悪な環境だが、また再起動を試みるほかないだろう。
「よし!まずはコントロールパネルを開いて…」
「何をなさろうとしているのです?」
傍らから何者かが話しかけてきた。
「え?フリダヤが出てこれなくなったから、前みたいに義体を再起動させる」
「そんな危険なことはやめてください」
「そんな弱気なこと言ってる場合じゃないだろ!早くヒマワリを探さないと…ってうおぉ!!」
誰だそんなことを言うやつは、と声の方を向くとそこにはいつものハート形が。
「フリダヤ、治ったのか?」
今になって出てきたということは発生していたトラブルを独力で解決したということだろうか?
「私は壊れてなどいません」
「えぇ…じゃあ、どうして呼びかけても出てこなかったんだ?」
壊れていなかったなら、どうして出てきてくれなかったんだろうか?それにフリダヤは心なしか塩対応のような…
「何故あんな危険なことをしたのですか?」
「え?」
フリダヤはこちらの質問には答えず、逆に質問してきた。俺は“危険”が何を意味しているのか一瞬わからなかったが、おそらくヒマワリを助けるために飛び出したことを言ってるのだろう。
「それは…ヒマワリを助けるためだよ。何もしなければ彼女はあそこから落っこちて死んでしまっただろう」
何でそんなことを聞くのかはわからないが聞かれた以上は正直に答えるしかない。
「あなたは…何故自分の身を顧みることが無いのです?名古屋城での戦闘の時もそうです、あの時はわざわざリスクを犯して戦う必要はなかった」
「それは…良い事だからとしか…フリダヤも手伝ってくれたし…てっきり賛成してくれていると…」
もしかして、フリダヤ本当は嫌だったの?それなら言ってほしかったのに…ていうか何だか俺叱られているみたいなんだが。
フリダヤの方は俺の返答に対してハート型を左右に振った。それは「駄目だこいつは」と首を振る動作に似ていた。
「あなたは、首から下の胴体を奪われ、違法改造で作製された義体の不安定なシステムとその義体に無理やり外付けされたむき出しの生命維持装置によって辛うじて生きながらえているということは十分に説明したと思います」
「う…うん」
やっぱり俺叱られてる。これ完全に説教だ。
「ご自身が既にして危機的状況に陥っているという認識をお持ちであるにもかかわらず、他者を救うため自ら窮地に飛び込もうとする。ご自身の現状を打開するためにリスクを取ることは理解できますが、これは合理的とは言えません」
「いや…でも…今までこれで巧く行ってるし…」
「それは結果論にすぎません。何故もっと自分自身を大切にしないのですか?私は、あなたの身を守り要望に応えるよう命令されています。しかし、自らを危険に晒すような人間を説得できるような性能は私の論理思考能力と自然言語処理能力には与えられていません。そのため、自らその考えに至っていただくしかないと結論しあなたとの会話を拒絶していました」
何だか難しい言葉を並べているが、要するに「どうせ私の話なんか聞いてくれないんでしょ」と拗ねていたって事だろうか?ずいぶんの人間臭いことをするな…とはいえ俺に落ち度があったのも事実か。
「ごめんフリダヤ、そんなに心配してくれたのに…俺余りにも無鉄砲だったよ。お前の気持ちなんて全然考えてなかった。それに、お前はこの義体にインストールされてるんだものな、お前も危険に晒してるってこと考えてなかった。本当に申し訳ない、この通りだ」
俺はそういってフリダヤに頭を下げた。
「!…私に対して謝罪する必要はありません…私は貴方に従うよう命令されているのですから…私の方こそ合理性に欠く言動をしてしまいました。申し訳ありません」
フリダヤもまた俺に対してハート形を傾けた。どうやら仲直りできたみたいだ。
「これからはお互い気を付けような、俺ももっと慎重になるからさ。っと、そんなことよりここ何処だと思う?それにさっき人間の脳みたいなもの見つけてしまったんだが…」
「ここは、おそらくどこかから収集された違法な物品を保管するための施設のようです。先ほど発見した人の脳以外には、同様の生きた人体のパーツ、出自不明の金塊、成分不明の薬品、そして何らかのデータを保存した大容量のデータストレージ等、おそらくこれら全てが違法に製造されたものと思われます」
ヤバいところに来てしまったようだ。いやさっき聞き捨てならないことを言ったぞ。
「ちょっと待て!これ生きてるのか!?」
「はい、容器に備え付けられた生命維持装置は正常稼働していますし脳波も計測されています。意識は、どうやら薬剤で眠らされているようです」
なんてことだ、自分より酷い境遇の人が居たとは。それにここがヤバいとこということは、この人はいずれ…
「なあ…ついさっきあんなこと言ったばかりで言いづらいんだが…」
「この方を助けたいのですね?」
「ああ…駄目だろうか?」
フリダヤ諦めたようにハート形を左右に振る。
「いえ、それがあなたなのですね。わかりました、協力しましょう」
「ありがとう。そうと決まれば先ずはこんなおっかないところから脱出しないとな。全く色々なことが起こりすぎだぜ、例の花の画像やサクライのこともあるってのに…何ともはや」
「花の画像の件ですが、今まであった中で一人だけ画像を見せていない人物がいます。パンジー様には見せていません」
「ああ!そういえば!!早速送ってみる」
パンジーは端末の通知からYIYASAKAのDMを受け取ったことを知る。
From:クサマキ、Title:見てもらいたいものがあります
「何かご入用ですかな?」
「いえ、なんでもありません。え…っと、何でしたっけ、環境省の…」
「ええ、環境省の長官補佐をしているアオキです」
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