第17話 ヤマブキ襲来
「初めまして、私はヤマブキ。そこの人面犬君、悪いけど私の仕事のためにちょーっと付き合ってもわうわよ」
クサマキらの乗っていた足場を分断し、足場の残骸にしがみつかせた存在は朗らかな女性の声で語り始めた。それは単純に行ってしまえばものすごく大柄の女性だった。大相撲の力士、いやそれよりも大きい、身長は二メートルを優に超えているだろう。そのうえ手も足も胴も太く、胸部には育ちすぎたかぼちゃのような大きな房が備わっている。肘や肩にプロテクターのついたボディースーツのようなものを纏っておりそれはところどころ、赤色の怪しげな光を放っていた。そして満月の様に丸っとした頭からはオレンジ色のショートヘアーが生えており、頬を歪めて不敵な表情を作っている。非人間的な部分を持たないが間違いない、サイボーグだ。
「お…お前は何者だ!!」
クサマキはヤマブキと名乗った女性に対して叫ぶ。
「あら、聞いてなかったの?私はヤマブキ。ここ常闇街で技術屋兼なんでも屋をやってる。とある依頼を受けてあんたを捕まえに来たの」
「依頼?依頼って、だ…」
ヤマブキは「誰からの依頼だ」と言いかけたクサマキを遮り。
「あー…プロとしてそこは言えないのよ、守秘義務って奴ね。ま…これからいやでも会うことになるわよ。さて…挨拶も済んだことだし仕事に移らせてもらいます…か!」
ヤマブキその言葉とともに跳躍、そのまま一瞬でクサマキがしがみついている残骸の根本へ真直ぐ飛んできた。放物線すら描かない異常な軌道だ。
「な!?」
クサマキが捕まっている足場の残骸の根本へ降り立つと、丸太のような右腕でそれを掴み、力任せに引っ張った。太い鉄筋でてきた残骸はミシミシと音をたて歪んでゆく。残骸を千切り取ってそのままクサマキを回収する算段だろう。見た目通りのとてつもない力だ。
「クサマキ!!」
対岸の残骸につかまっていたヒマワリはクサマキの危機に加勢しようとクロスボウを取り出そうとするが、不安定な体制のためうまくいかない。動いた際に矢が数本矢筒から零れ落ちた。落とした矢はそのまま足元の暗闇に吸い込まれて行く。落下音は聞こえなかった。ヒマワリは脂汗で湿った手のひらで残骸を握り治した。
「無理はしないほうがいいわよ!お・嬢・ちゃ・ん!!」
ヤマブキそういうと一気に力を籠め残骸を千切り取る。
「うわぁ!!」
残骸が千切り取られた勢いでクサマキは宙へ跳ね飛ばされた。ヤマブキはそれを捕えようと手を伸ばす。万事休すかと思われたその瞬間、クサマキの体が跳ね飛び対岸へ吹っ飛び着地する。
「へえ…味な真似する!フォノンマニュピレータのファームウェアを改竄して武器にしてるのか…面白いわね」
クサマキの周囲にはアメーバ状に変化するマニュピレーターが展開されている。既に周囲の粉塵を集め、攻撃力の上がった“まだら”のそれだ。そしてクサマキは自分の体の自由が聞かないことに気が付いた。以前ドローンと戦った時のようにフリダヤが操作しているのだろう。完全に臨戦態勢が整っている。
そして、周囲に展開された仮想マニュピレーターが蠢くとそれは幾枝もの槍となりヤマブキを襲った。音波で作った槍が彼女を突いた。が、ヤマブキは微動だにしない。貫くどころか傷一つついていない。巨大ドローンの装甲さえも穿つはずの攻撃が彼女の肉厚の体を僅かに歪ませることしかできなかった。
「そんな!無傷だと!!」
巨大なドローンさえ倒して見せた攻撃がこの大女のサイボーグには通用しない。
「超硬炭素繊維を編み込んだ表皮の下にダイラタンシー流体を応用したリキッドアーマーを仕込んでんのよ!私に損傷を与えたければ対戦車砲でも持ってくることね!!」
楽し気にそういうとヤマブキは頬を歪めて不敵に笑った。
「次は私のターン!!」
ヤマブキはそう叫びながら縦穴の対岸にいるこちらに向かって跳躍、物理法則を無視したような直線的な動きで瞬時に間合いを詰める。
「うお!!」
ヤマブキの丸太の様に太い腕がクサマキを抱え込もうとする寸前でクサマキの義体は跳躍し直上の足場に飛び移る、同時に仮想マニュピレーターで一撃加えたようだがやはり何の損傷も与えられていない。
「すばしっこいわね…さすがに“傷一つ付けず”とはいかないか!」
まるで苦戦を楽しんでいるように陽気につぶやくと、真上に向かって跳躍。そしてなんと、空中で“く”の字を描くような鋭角的起動で垂直から水平方向へ動きを変え、クサマキのいる足場に突進した。そして彼女はクサマキから少し離れた場所に“着弾”する。足場が大きく揺れた。
「っく…何だあの動き!?」
「この義体には戦闘機用の慣性制御装置を小型化して組み込んでんのよ!!この程度の起動なんてこたーねぇのよ!!」
ヤマブキは「ここに入っているのだ」とでも言いたげに樽を飲んだように膨らんだ腹に手をあて言った。そして再び跳躍、一瞬にして間合いを詰めるとクサマキを捕えようと手を伸ばす。フリダヤは先ほどしたように仮想マニュピレーターで反撃しつつ跳躍、少し離れた位置にある足場に飛び移る。
「そのせいで義体は大型化したし、ペイロードも削られて武装は詰めなかったけど!超硬素材のフレームと高出力人工筋肉のパワーは十分に兵器たりえる!!」
ヤマブキはそう叫びながらクサマキのいる足場にその拳を叩きつけた。彼女が現れた時のように轟音とともに足場は分断され、衝撃で大きく撓んだ足場からクサマキは投げ出された。
「うわぁぁ…」
ヤマブキは空中のクサマキを追うように跳躍、あわや衝突という所でぴたりと制止すると、クサマキを壁面に向かって蹴り飛ばした。ヤマブキの様に空中で動きを制御する術を持たないクサマキは、そのまま壁面に叩きつけられ近くの足場に落下する。衝突の寸前仮想マニュピレーターで防御したようだが、防ぎきることができなかったようで、全身の至る所の人工筋肉が痛々しいどす黒い色に変色していた。
「あらら…壊したか。ま、あの程度なら治せばいいか」
ヤマブキはそう呟くとクサマキの近くに飛び移った。そして徐にクサマキのもとに迫る。
「申し訳ありませんクサマキ様、当機の性能ではこれ以上彼女の攻撃をかわすことは不可能です」
フリダヤがそういうと、クサマキに義体の感覚が戻ってきた。色の変色した箇所は動きが鈍く、もうヤマブキの攻撃をかわすことが出来ないことを示していた。どうやらもう、ここまでのようだ。
「さ…観念なさい!!」
ヤマブキがクサマキを捕えんとしたその瞬間
「クサマキー!!」
突如叫ばれたヒマワリの声に一同彼女の方に目をやると、なんと彼女は足場の残骸に左手でぶら下がったまま、右手でクロスボウを構えヤマブキを狙っていた。そしてそんな不安定な状態も構わず、引き金を引き絞り矢を放つ。放たれた矢は見事ヤマブキに命中するが、当然ダメージを与えることはできない。逆に反動で体制を崩して足場から手を放してしまい、そのまま落下してしまう。
「え…」
唖然とするヤマブキの脇を何かがものすごい速度で飛んで行った。飛んで行ったそれは落下するヒマワリに空中で衝突、彼女を跳ね飛ばし足場にのせると、自分はビリヤードの玉のように別方向へ跳ね飛び下方の壁面の何処かへ消えて行った。
「やばッ!!」
冷静さを取り戻したヤマブキはそれが最後の力を振り絞ってヒマワリを救おうとしたクサマキだと気が付くと、即座にクサマキが消えたあたりの壁面に飛びよる。そこには細い管が口を開いており、クサマキの姿は見えない。どうやらここに入って行ったらしい。その管は狭く、柴犬くらいのクサマキならまだしも、子供が通れるかも微妙な大きさで当然ヤマブキは通ることは出来ない。
「壁面を破壊して無理やり通ったら都市のインフラに著しい損傷を与えてしまうか…さすがにそんな外道にはなれないわね」
「うわぁあああああああ・・・・・」
クサマキは絶叫を上げながら飛び込んだ管の中を滑走してゆく。いったいどういう用途で作られたのか不明だが管はめちゃくちゃに蛇行しておりクサマキは目を回した。長い長い、滑り台を滑り続けているとどこかの壁面に空いている出口からクサマキは勢いよく放り出された。
「ぐあえっ…っく…いててて…」
放り出された先の何かにぶつかったようで、全身が痛い。いや、これは戦闘で損傷した痛みかもしれない。
「何だ…ここは?」
飛び出した先には夜の夜景の様にあたりを煌々と照らしていたLi-Fiケーブルの明かりは無く、ほぼ真っ暗闇だ。外部から差し込む光も無いのでおそらくは大きな部屋のようなところに出てきたのだろう。辺りには何かが雑多に散らばっておりその中には光を放つものもある。クサマキは光を放つものの中で最も手直にあったものに前足で触れてみた。確かこの辺のものにぶつかったはず。
「ん?」
それは薬箱くらいの大きさのもので、開閉スイッチを押してしまったのか、クサマキが衝突した際に壊れてしまったのかゆっくりと開き始めた。そしてその中に入って居たものは…
「これって…人間の脳…?」
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