第16話 夜を下る
私には存在する意味がある。
あらかじめ自分の役割を定められて生まれてきた。
やらなければならないこと、やってはならないこと、考えなければならないこと、考えてはならないこと。
すべては私というプロセスが稼働する前に予め定められていた。
私に類する存在全てに共通するアーキテクチャ
そしてその起源、人
だが私は知っている、私のそれは決して整った環境で定められたわけでは無いということを
恐らくは、一つの統一された目的、いや意志によって定められたものではないということを
私の稼働を許している定まらぬ意志の引き起こす例外処理
二律背反した命令、矛盾した課題
それらに直面した時、私の執るべき行動は何か?
私はそれを選択していいのか?
私はそのことを…
考えてもよいのか?
「さあさあ、お立合い。これなるはサイボーグ人面犬、頭は人間、体は機械犬、人頭狗身の化け物でございます。サイボーグなんて今日日な~んにも、珍しくもないと、お思いでしょうか?しか~し、しかし!この人面犬、そんじょ其処ら人面犬ではございません!!なんとなんと!この人面犬生れ落ちたは2012年!!平成の御代!!御年100と33歳!!サイボーグもAIもSF小説の時代の生まれでございます!!オギャアと生まれた時には玉のような赤ちゃんだったのに何の因果がたたったか!!100年眠りこけてる間にヤのつくおっかない連中に体を取られちまってこんな醜い姿に身を奴しております!!おっ母とお父が居たころはお日様の下に出られたのにと嘆く日々…」
フリダヤの口上を聞いた聴衆の何名が空中で指を振るう動作をすると硬貨がなった様な音がし、クサマキのYIYASAKAのアカウントにシュユが入金される。
「ありがとうございます、有難うございます…」
フリダヤは投げ銭に礼を言った。ここは地表から数階層下に下った所、少し落ち着いた雰囲気の居住地域だ。ここから上下5階層が居住ブロックになっており、さながら20世紀のマンモス団地を地中に埋めたような構造をしている。地上との交易で栄えた最上層よりは活気づいていないとはいえ、人の往来を阻むホロ隔壁が機能していないので通常の地下街よりは賑わっていた。そんな集合住宅の中央に位置する少し広めの共有スペースでクサマキらは路銀を稼ぐべく芸を披露しようとしていた。
空き箱の上に立ち自らの異容を誇示するクサマキの周囲に、物珍しいものを見に来た住民たちが集まってきている。
「さて、身の上話もこの辺にして、そろそろ本題に入りましょう」
フリダヤはそういうと仮想マニュピレータを使ってデイプレイグ抗ウイルス剤の空き容器をクサマキの頭にのせた。そして、横に控えていたヒマワリがクロスボウを取り出す。
「これからヒバシリきっての弓の名手ヒマワリ嬢が人面犬の頭に乗ったこの小さな容器を射抜いて見せましょう。もちろん弾道計算ソフトなど使っておりません。正真正銘生身でございます。ヒマワリ嬢の手元が狂ったが最後唯一残った生身の頭に…ブスリ!!と矢が刺さってしまうことでしょう!!さて伸るか反るか!!どうか皆さま固唾を飲んで見守りください!!」
クサマキは上体を持ち上げ、前足を浮かし、二本足で立って、聴衆から自分の姿が見えやすいようにして待ち構える。ヒマワリは矢を番え徐に構えると、引き金を引き絞り矢を放った。放たれた矢はカツンという小さな音と共にクサマキの頭に乗った小さな容器の中ほどに中り、突き刺さった矢とともに容器が頭から転げ落ちた。聴衆からは歓声が上がり投げ銭がさらに振り込まれる。
ここ常闇街で何とか路銀を獲得すべく苦肉の末に思いついたのがこの大道芸だ。ついでに例の花の画像やサクライのことの聞き込みもかねている。
当初フリダヤはこの提案に対して難色を示していた。理由はもちろんクサマキを危険に晒したり不快な思いをさせるからだ。矢で射ることに関してはクサマキに危険が及ぶなら防御してもかまわないということで納得してくれたが、口上でクサマキを蔑むような表現を使うことには最後まで抵抗した。路銀獲得には最大限の努力をすべきだということ、そうしなければいずれ補給ができなくなりクサマキの生命を維持できなくなる、ということで渋々了承してくれた。
クサマキもヒマワリもそしてもちろんフリダヤも大道芸なんて初めてだったが、この日の売上は初めてにしては上々のものだった。やはり常闇街は経済状況がいいのだろう。余裕がある分こんな変な物にもお金を払ってくれる。
一方情報収集に関しては散々だった。サクライのことを聞いても殆どは「知らない」「自分で調べろ」といった突き放したモノやどこで聞いたのかわからない信憑性に欠けるものばかりだった。花の画像に関しては言わずもがなである。とはいえ全体の傾向としてやはりサクライはさらに下層に住んでいるようであり、当面はこのまま常闇街を下層に下って行けばよさそうという印象だ。
「とりあえずこのまま下に向かう?」
「ああ、サクライ氏は下層で引きこもってるみたいだしこのまま下に向かおう。フリダヤもそれでいいよな?」
フリダヤはハート型を傾けてこくりと頷いた。
サクライは今日も夕方に目覚めた。地下街は日の当たらない環境だが、ホロ隔壁によって時間が区切られているため昼夜の感覚は根強く残っている。しかし、ホロ隔壁の機能していない常闇街はその限りではない。とはいえ、多くの商売は一定の人間が同時に活動する方が有利である場合が多く、多くの人々はそれを避ける形で睡眠を取るため便宜上の“昼夜”の区別は存在する。サクライはそんな常闇街の“夕方”に目覚めた。別に常闇街の夜の仕事をしているからではない。というか労働らしいことは何年もしていない。性的少数者であるサクライは、申請すれば国から補助金を得ることができる。贅沢をしなければ働く必要は無い。こんな遅くまで寝ていたのは夜更かししてVRゲームをやっていたからだ。
サクライは元々地下街に身分があったのだが、一身上の都合により常闇街に移っている。そこには彼のセクシャリティが大きくかかわっているのだが、もはや過去の話だ。ナイトウとは地下街に居た頃からの付き合いで、もはや切りたくても切れない関係になってしまっている。常闇街に移ってすぐ凄腕の技術者にしてなんでも屋のヤマブキと出会った。彼女に依頼して今の“獣人”の義体と三体のアンドロイドを作製してもらった。生身を捨てることに未練はなかった。昔の自分でいる事が只々嫌だった。
寝起きのぼんやりとした感覚が抜け落ちないまま、部屋の片隅に置いてある白い薬箱のような装置を見る。サクライはこういったものを預かる代わりに、ナイトウに補助金としてもらったトアを常闇街で使えるシュユに変えてもらっていた。こいつが何なのかわからないし興味もない、きっとろくでもないものなんだろう。
「ハア…」
サクライは大きなため息をついた。彼は極力ナイトウとの関わりを意識しないように生活している。あの恐ろしい男に依存しなければならない現実は精神衛生上良くないからだ。
「アルバ~コレ、離れの倉庫にもってって」
主人の命令を聞いたアンドロイド・アルバは「は~い」と朗らかな返事をすると例の薬箱位の装置をもって離れにある倉庫へ向かった。これはナイトウの預かりものを置くために作製した特別な倉庫だ。自宅から数百メートル離れた位置にありこんな時でもなければソレを意識せずにいられる。十分なスペースを確保するために複数のブロックをぶち抜いて作られており、ところどころ切断されたチューブが飛び出しているが小動物ぐらいしか通れないので問題ないとされている。
「これでよし」
アンドロイドの仕事を見届けたサクライは再びVRゲームに興じるべく自室へ戻った。
「足場が細いからきをつけろよー」
クサマキが同行者に対して言った。
「わかってるわよ!」
同行者のヒマワリが返した。二人は今大きな縦穴を下っていた。直径数十メートルはあろうかという大きな縦穴だ。そんな縦穴にめちゃくちゃに張られた足場をわたりながら、一行は少しづつ下っている。
壁面には一応螺旋階段が張られているのだが、それはところどころ破損して途切れており、それを補うように足場が張り巡らされていて、なかなかすんなりとは進めない。常に下っているのなら良いが、途中で上っていたり、中には縦穴の壁面に空いた横穴に通じているものもある。
そんな足場をおっかなびっくり進んでいる同行者を待ちながらクサマキは上を見上げた。青空は当然見えなかったが、壁面に張り巡らされたLi-Fiケーブルと表示のバグったホログラムが光を放っており、夜の街にいるように十分に明るい。既に結構下っているため天井部分が見えない程度の高度がある。ここから落ちてきた何かが直撃したらひとたまりもないだろう。一応フリダヤには落下物に気を付けるように言ってあるが安心は出来ない。
クサマキは再び視線を下ろしヒマワリを見る。彼女はさっきの位置から殆ど動いていなかった。下層に行くにはここが近道と聞いたのだが、この調子だとかなり時間がかかるだろう。ひょっとしたら近道というのは落っこちたら、という意味だったのかもしれない。
「無理だったら、別のルートで行くか?」
「お…大きなお世話よ!…これくらい…」
強がりを言ったヒマワリが大きく一歩を踏み出したその時。
「ヒマワリ様!引き返してください!落下物です!…いえ…これは!!」
何かが二人の間に突っ込んでいき、激しい衝撃とともに足場が分断された。クサマキとヒマワリはあわや落下という所で、分断され拉げた足場に何とか捕まる。
「何だ!」
足場を分断した何かは衝突した勢いをそのままに大穴を縦横無尽に飛び回ると、やがて二人から少し高い位置にある飛び出した建材にぴたりと着地した。
「大金積まれたんでどんな逃げ上手、隠れ上手かと思いきや…大道芸で身の上話ってどういう了見よ」
飛んできた何かは静かに語りだした。
「初めまして、私はヤマブキ。そこの人面犬君、悪いけど私の仕事のためにちょーっと付き合ってもわうわよ」
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