第15話 分断の軛
「貴方自分のこと悪党だと思ってる?」
「ああん?そんなの当たり前だろ」
パンジーの言にウルシノは当然とばかりに答える。それに対して…
「そうねでも、この社会を壊してはいないでしょう。この私と違って」
「はぁ?何言ってんだてめえ?」
いきなり言われたとんでもない言葉にウルシノは訝しんだ。まるでテロでもやらかしたかのような物言いだ。しかし、おかまのテロリストなんぞ聞いたことが無い。
「私は若く怒りに燃えそして浅はかだった…」
ウルシノの疑問をよそにパンジーはつらつらと語りだした。
それはまだ、性的少数者差別禁止法が施行される前のこと。パンジーを名乗る“おかま”は性的少数派の権利団体のメンバーの一人だった。しかも数ある似たような団体の中でタカ派と言われるグループに所属していた。
「私は情熱的に活動していたけど、今となってはみんながそうだったのかはわからない」
きっとデイ・プレイグ禍で鬱憤がたまっていたのもあるのだろう。世間からの「きっとコイツらならば何かを変えてくれる」そんな期待を受けてグループは台頭し、活動を拡大して行った。そしてその過程で政治家とも接触できるようになっていった。
政治家たちはグループを好意的に扱ってくれた。そして性的少数者の苦境も理解を示してくれた。少なくともそのように見えた。活動は順調に成果を出しているように思えた。
「へっ、何だがオチが見えてきたな」
「そうね、その時はまだ、私たちの活動がどんな結果をもたらすか知る由もなかった」
政治家からの好感触を得たグループはすぐさま差別禁止法の成立を働きかけた。そしてそれは驚くほどスムーズに話が進んでいった。
「私たちは歓喜したわ、これで多数者であることに胡坐をかいて私たちを迫害する愚にもつかないストレートどもに吠えずらをかかせてやれるって!!でもその喜びは長くは続かなかった、少数者まで傷つけていたのよ」
「なんでぇ?当たり屋やるにはもってこいとしか思えねえけどな」
「フフ…そうね、でもこの法律には大きな問題が二つあった」
一つ「差別」という行為は厳密に定義することは不可能。時代や場所、状況によってそれは変わってしまう。それを禁止しようとした結果極めて恣意的な運用をせざるを得ず。結果、性的少数者にかかわることならばありとあらゆることを「差別」として取り扱うことが可能になってしまったこと。
二つ性的少数者がありとあらゆることを差別と扱えるようになった時多数派がどのように行動するかを計算に入れていなかったこと。
結果として多数派は少数派を徹底的に避けた。何もかもが差別となるなら、決して触らない以外に差別を防ぐ方法は無い。差別主義者とみなされることが破滅につながる以上、いともたやすく自分を破滅させてしまえる存在に対する対応としては至極妥当だと言えた。
少数派たちは無理解で不愉快な思いをすることはなくなっただろう。しかし、少数派は自分たちだけで存在しているわけでは無い。常に多数派とかかわり続ける必要があった。多数派が少数派を徹底的に避けた結果、既にカムアウトしていた人は笑顔で去ってゆく隣人を見送るほかなく。クローゼットの者はカムアウトの機会を失った。
そんな環境下ではこの法律を悪用する少数派が現れるのは時間の問題だった。少数派であればどんな言いがかりも通るのであればそれを利用して利益を得るのは簡単なこと。少数派といえど悪人はいる、ましてやこんな状況では生きるために悪事を働くほかない。
「そして、私たちはこの国の歴史で初めて社会にとって有害な存在になってしまったのよ」
人が他人からされて不愉快に感じる事、その中に、差別と呼ばれる深刻で重大なものがある。しかし人が不快に感じる事象は余りにも多種多様であり状況や環境によって千差万別。そしてそれは常に変化していく。その中で、差別と呼ばれる深刻なものとそうでないものを客観的に区分し管理することは不可能に近い。
そう言った問題や課題から目を背け、極めて一方的な立場から"差別"と認定できるようにしてしまった。総括としてこの法律は"差別"というものを余りにも雑に扱いすぎたのだ。
問題に気が付いた"おかまのパンジー"は当然協力してくれた議員に掛け合った。しかし、法律制定の時からは打って変わって、彼らは「憂慮する」や「慎重に検討する」と耳障りの良い発言はしても実際に行動をしてくれることはなかった。
グループの仲間にも協力を仰いだが、彼らの一部は政治家とのコネを利用して件の法律に対するコンサル業や関連団体の重役になっていた。件の法によって地位と権力を得た彼らは当然協力などしてくれ無かった。結果おかまのパンジーは孤立しグループの元を去った。
「なるほど、そんでホテルの連中は俺のこのナリを見てビビり散らしてたって訳か、おめえの同類と思ったんだな」
ウラジロはパンジーに何処か見覚えがあった理由を理解した。彼らのような法的に極めて便利な存在は、自分たちのような"家業"のものにとっては有益だ。会が目を付けていてもおかしくない。ひょっとしたらパンジーのグループの中には自分たちの関係者がいるかもしれない。社会が彼らを排斥するなら、受け入れるのは"反"社会だ。
「ついでに壊したってのも合点がいったぜ」
特定の出自の人間が歪んだ強権を持ち、それが当事者さえも不幸にしてる。そんな強権が存在している社会は壊れているとしか言いようがないだろう。
「そうよ、だから私は極悪人なのよ」
自嘲するようにパンジーいう。
「だからあんなところで暮らしてたのか?自分に罰を与えるために」
それに対してウルシノは批判めいた口調で言った。語気には怒りが込められているようにも聞こえた。
「じゃあどうしろっていうのよ?」
思わずパンジーもけんか腰で返してしまう。
「ンなもんヤクザモンに聞くな」
確かに、とパンジーは苦笑した。犯罪を生業としているものに贖罪の方法を尋ねるなどおかしな話だ。パンジーが身の上を語ったことで両者の間に少し打ち解けたような空気が流れた。
「ところで"銀色のオタク"って何なの?てっきり画像の人を探すんだと思ってたけど」
今なら聞けるかも、と、パンジーが尋ねる。
「ん?ああ、そいつも重要だが今はこっちがが優先だ。ナイトウが別のことに夢中になってるんでな。鬼のいぬまに何とやらだ」
どうやらウルシノはおっかない人の目を盗んでこんなことをしているらしい。ナイトウって誰とか色々問い詰めたかったがここでもめても困る。パンジーがウルシノに脅されているという状況は変わらない以上、不和が生まれる避けたい。パンジーは諦めて寝ることにした。
常闇街某所
Li-Fiケーブルの光の当たらない、真っ暗な路地。何かの廃液で濡れたコンクリートの床の上を一人の男が立っていた。
男は異質な雰囲気を漂わせていた。汚れたこの場に似つかわしくない豪奢なスリーピースのスーツ纏い、そして首から上が切り落とされたように存在しなかった。
「ぴちゃぴちゃ」と濡れた床の上を何者かの足音がする。
「あんたがヤマブキかい?」
首無しの男が足音の主に対して尋ねる。
「ええそうよ。そういう貴方はナイトウさん?」
陽気な女性の声で答えた声を発したのはひょろりとした細見の人型だ。胴も手足も細く骨だけで動いている印象だ。頭部はつるりとした凹凸の無い黒いのっぺらぼうで人型でありながら非人間的な印象を与えた。声の主が遠隔操作するテレイグジスタンス・ロボだろう。
「腕が立つと聞いたが?」
「もちのろんよ」
ヤマブキと呼ばれた人物は浮かれたような口調で答えた。
「早速依頼の話がしたい。こいつを捕まえてきてくれ、できるだけ無傷でだ」
そう言うとナイトウは首の断面から画像を表示させた。画像には手術台の上に載せられた、体が機械犬の男が表示されている。
「ふむふむ…これはこれは面白いセンス…これって、あんたの仕事?」
「どうだっていいだろう。前金は払う。とっとと仕事に移ってくれ」
そっけないナイトウの態度にヤマブキは肩をすくめると。
「承りました~」
と歌うような調子で答えた。
そこから遠くない場所にある、暗い部屋の中。無数の機器が発する光だけが明かりの中で小山のような大きなシルエットが起き上がる。それは、周囲を見渡すと、肩を回したり手を開いたり閉じたりする。
「卸してたてを試すのはいい機会か…」
「クックック…」と大きなシルエットは笑う。そして大きな拳で自らの手のひらを打つ動作をした。爆弾でも炸裂したような空気の爆ぜる轟音がした。
「今度の仕事は面白くなるといいわね」
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