第14話 パンジーとウルシノ

 「オイ、おめぇちゃんと探してんだろうな?」


男が不躾に言った。男、といったが、その"男"の姿は100%が男というわけでは無かった。首から上は坊主頭の強面の男のものだが、首から下はセクシーな女性のものであった。男の部分は割合で言えば20%ほどだ。男の首と胴体は金属質の首輪のような装置で接合されている。明らかにサイボーグである。


 「わかってるわよ…“銀色のオタク”でしょ?」


女体の男の言葉に彼の同行者は不承不承に答える。彼の同行者は一見すると紫色のドレスの上からコートを着た女性のようだ。しかしよく見ると身長が女体の男より高く、骨格も逞しい。女装した男性、あるいはおかまのようだ。


 「舐めたマネしやがったらどうなるかわかってんだろうな?おかま…」


女体の男が手首を「おかま」のコート越しに押し当てる。すると手首の表皮が割れ中から筒状の装置が現れる。違法改造によって内蔵されたサーマルガンだ。威力は高くないが、至近距離で放てば人間を殺傷することはたやすい。


 「わかってるわよ。後私はパンジー。おかまじゃないわ、ヤクザ屋さん」


パンジーは少し皮肉っぽく答えた。



事の始まりは、パンジーがクサマキを送り出してから数日後、ヒマワリとクサマキらが常闇街へ旅立った時期から始まる。

パンジーがいつものように役所から供給されたパート、出版物に含まれる有害表現のチェックを行っていた時のことだ。この日もパンジーは大量にあるチェック項目のうち自分に割り当てられたものをこなしていた。


今日のチェック項目は「有害表現のチェック」だ。有害表現リストと一致するものが出版物の中に含まれていないかをひたすら検索するという作業をしていた。正直やっていると脳みそが溶けそうな感じのする作業だが店の儲けがない以上仕方が無い。仕事があるだけましだ、と我慢して作業していたところ店にめったに来ない客がやってきた。


 「おい、おかま。この店にはお前一人か?」


突然不躾なことを聞いてきた客は、首から上は男、首から下は女性という珍客だ。そしてパンジーはつい最近彼のような存在と知り合ったばかりだった。


 「え、ええ…そうだけど」


パンジーは勤めて平静を装いつつ、何とか答える。男の首と女の胴をつないでいる首輪のようなパーツはついこないだ知り合った、自称百年前から来たサイボーグ人面犬・クサマキの首にあったものと酷似している。こいつはクサマキをあの姿にした連中のかかわりが深いのかもしれない。だとするとかなりの危険人物だ。


 「フーン、なあ、お前さあ、この辺でこういう人面犬ヤローを見なかったか?」


そう言うと女体の男は手のひらからホログラムを表示させた。そこには手術台にのせられたクサマキの映像が映し出されていた。パンジーの疑念が確信に変わる。コイツは完全にヤバい!何とか言い逃れないと自分やクサマキの身に危険が及ぶ。


 「ごめんなさい…知らないわそんな人…」


動揺を押さえつつ何とか白を切ろうとするが、こんな土壇場の乗り切る老練さをパンジーは持ち合わせておらず…


 「おめぇホントは知ってんだろ?なんで隠した?…ってかお前どっかで…」


女体の男に見透かされてしまう。しかし、焦るパンジーをよそに女体の男はあっけらかんとした態度で


 「まあ、いいか。おめえ、ついてこい。そんで俺の探しもんを手伝え」


と、言い放ちパンジーの腕をつかみ強引に連れ出してしまう。


 「ちょっと!知らないって言ってるでしょ!」


 「つべこべいうな!」


女体の男は右腕を変形させ手首から筒のようなものを露出させる。おそらく銃口だ。逆らったらこれがものを言うのだろう。こうなっては従うしかない。


 「おめえは連れて行くと役に立ちそうだ、ただの勘だがな」


そう言うと女体の男は強面の顔を歪めて笑った。店を連れ出される直前、何とか端末とコートだけは持っていくことができた。



そして今に至るというわけである。クサマキ捜索を手伝わされるとなれば全力で抵抗する所存だったパンジーだが。命じられたのは「銀色のオタク」なる人物の捜索であった。全く意味がわからない。


そんなこんなで、彼らは「銀色のオタク」なる人物を見つけるべく比較的富裕層が往来する区画である名駅周辺にきているのである。駅の周囲に屹立しているビル群は、デイ・プレイグ禍の後では主にサイボーグ化された住民向けの施設として機能している。


「銀色のオタク」はサイボーグであるというのが女体の男の見立てだ。ゆえにサイボーグが往来するこの近辺にまで赴いたのだが、何の手がかりも得られないまま徒に時間だけが過ぎてゆく。


 「外出可能時間、残り2時間。時間外に隔壁を通過すると罰金が発生します」


地下街のどこにでもあるホロ隔壁が外出可能時間の終わりを告げる。


 「っと…もうこんな時間か。今日はこの辺にしてそこいらで一泊するぞ」


女体の男はそういうとパンジーの了解を得ないまま、ホテル街の方に向かって歩みだしてしまう。


 「全く…勝手なやつ」


思わずパンジーは毒づくが、現状では従うほかない。パンジーは不承不承ながら女体の男の後を負った。



パンジーと女体の男はホテルの受付の前にいた。受付には顔面の部分がモニターになっている人型ロボットが立っており、モニターには若い女性の顔が映っていた。リモート業務用のテレイグジスタンス・ロボである。デイ・プレイグ対策の為、通勤が規制されておりこのような形での業務になっている。


 「ねえ、あそこのコンビニで買いたいものがあるんだけど」


パンジーがロビーに備え付けられている黒い円筒状のコンビニを指さしていう。


 「駄目だ。そんなこと言って逃げ出す気だろ?」


女体の男がパンジーの腰の辺りに手首を押し当てながら、声を潜めていった。


それに対し、パンジーは「ふう」と一つため息をつくと。


 「着の身着のまま連れてこられたのよ?宿泊に必要なものなんて何も持ってないの。逃げたりしないわ」


 「支払いはどうする気だ?」


 「バイオメトリクス認証の口座引き落としで買うわ」


それで納得したのか、女体の男は手首を下ろすと、顎をしゃくって買いにいくよう促す。どうやら端末を持っていることはばれていないらしい。何とか隠し通して隙を見て助けを呼ばなければ。


 「俺は先に受付を済ませておく」


そう言って、女体の男は一人受付に向かった。


 「二部屋用意してくれ、一泊でいい」


女体の男は受付のテレイグジスタンス・ロボに対して言った。それに対してロボの顔面モニターにうつっている女性は酷く怯えた表情を浮かべ。


 「え?あ…本日はどのような御用件で?」


と素っ頓狂なことを聞いた。


 「あ?泊りに来たって言っただろうが!」


それを馬鹿にされたと解釈したのか女体の男は苛立ちを露に凄む。


 「大変申し訳ありません!!今話の分かるものを呼んでまいります!!」


画面の女性が悲鳴のようにそう言い放つと、テレイグジスタンス・ロボの顔面のモニターが中年の男の物に変わる。画面の男性は表情こそ笑顔を作っているが、表情筋で無理やり作ったような張り付いた笑顔をしていた。明らかに警戒の色が見て取れる。


 「部下が大変失礼しました…それで本日ここに来られたご用件は何でしょうか?」


どうやら男は先ほどの女性の上司のようだ、しかし上の人間が出てきたところで要領を得ないことは変わらない。これは女体の男を更に苛立たせた。


 「だから泊りに来たって言ってるだろうが!!」


殆ど怒鳴りつけるように女体の男が言う。画面越しの相手に掴みかかるのではないかと思えるほどの物凄い剣幕だ。


そしてその様子は買い物を終え受付に戻ってきたパンジーの目にも留まった。


 「どうしたの?…ああ…」


パンジーはその様子を一目見ただけで何かを察したようだ。


 「大丈夫、あなた達の対応に差別的なことがあったわけじゃないの。今日は本当に泊りに来ただけ。二人とも男性扱いでいいわ」


なにやら訳知りのパンジーが上役にそういうと。


 「作用でございますか、でしたら2部屋一泊で…」


 「待て」


上役が言いかけたところで女体の男が遮る


 「二人用を1部屋だ」


 「かしこまりました」


上役は張り付いた笑顔を浮かべながらそう答えた。



パンジーと女体の男は用意された"部屋"の前に来ていた。部屋といってもそれは人ひとり横になれるくらいのカプセルだ。人々が地下に移り住むようになってから、スペースとコストの観点から宿泊施設はこの形態になる様規制されている。二人が今回利用するのは所謂カップル用だ、なんでも環境負荷の観点からこの方が良いとか。


 「寝込みを見計らって逃げようなんて考えるなよ?俺が眠っている間にもこいつに入ってるAIがお前を見つけて俺を起こすようにしてある。すぐに追っかけて捕まえるからな」


女体の男が自分の義体を指さしながら言う。パンジーは女体の男の自分勝手な様に辟易しつつも


 「どーも」


とだけ答えた。



カプセルに入り横になった瞬間パンジーの五体にどっと疲労感が満ちてきた。今日はハードな一日だった。寝るには早いが、日課のスキンケアだけやって寝てしまおう。これは明日も続くのだから。と入眠の準備を始めた時。


 「おい、まだ寝るな話がある」


パンジーが眠気眼をこすりながら振り向くと、真横で寝ている女体の男は怪訝な表情をしてパンジーを見ていた。


 「さっきのは何だ?差別がどうとかって。お前なんか知ってんのか?」


女体の男の質問にパンジーはあきれ返った様なため息をしたが、やがて奇妙な質問が帰ってきた。


 「貴方自分のこと悪党だと思ってる?」


 「ああん?そんなの当たり前だろ」


パンジーの言に女体の男は当然とばかりに答える。それに対して…


 「そうねでも、この社会を壊してはいないでしょう。この私と違って」

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