第13話 常闇街
ブブブ…ブブブブ…
耳元を飛ぶハエの羽音に俺は顔をしかめた。何かが腐った匂いが鼻を突き、ガスマスクを外してしまったことを後悔した。
「蠅にたかられたくらいで大げさね」
「ここからだと匂いがすごいんだ。俺と君とじゃ頭の位置が違う」
俺は胴体をサイボーグ犬にされてしまったため、頭の位置が低くなってしまった。だから地面の匂いが直に伝わってくる。そんな俺の言葉を無視しヒマワリは先に進む。地下街に入れば無用と遮光マスクを外してしまった俺に大して彼女はマスクを付けたままだ。曰く気合が入るとのこと。
「おい!ちょっと待ってくれよ!」
俺は鼻先にある腐臭を放つ生ごみを千鳥足で避けながらヒマワリの後を追う。そして、腐臭漂う路地裏を抜けるとそこには大広間、いや大通りが広がっていた。俺が中村区で見た狭く圧迫感のあった地下街の様子とは一変して、広く開放的な空間が広がっていた。床や天井の切れ目に不揃いな継ぎ目があることからもともとは中村区と同じ構造だったものを床や壁、天井をぶち抜いて無理やり拡張しているようだ。そうやって作られた大空間の空中を橋渡しする通路をヒマワリは先行してゆく。
「何かキラキラね。地下ってどこもこんな感じなの?」
通路の中ほどで立ち止まりヒマワリは言った。
「いえ、ここは例外的な環境です。通常の地下街ではLi-Fiケーブルはここまで煩雑に張り巡らされていませんから。それにホログラムの乱用も規制されています」
キラキラの正体は辺り一面に張り巡らせた光るケーブルだ。中村区の天井にもあったものだが、あれとは違って白の単色ではなく色とりどりの光を放つものが壁と言わず天井と言わず縦横無尽に張り巡らせている。光を放つものはそれだけではない。空中には多種多様なホログラムが折り重なることを厭わず飛び交っておりその雰囲気はまるで20世紀のネオン街のようだった。中村区では剣呑な雰囲気を漂わせていたホロ隔壁にも大量の光るケーブルが突き刺さっており、まるで養分を吸われているみたいだ。
常闇街という名に反してこの地は煌々と光り輝いていた。
「もたもたしてないで、先に進むわよ!あんたの体、見つけなきゃならないんだから」
階下へ降りれる階段を見つけたヒマワリが勝手に降りて行ってしまう。
「ちょ…勝手に行くな!」
俺はヒマワリを追って階段を下る。
そしてこの町が他の地下街と決定的に異なっているのはその人通りだ。大通りを大量の人が行きかっている。とおりにいるのは行きかう人だけではない。オムニプリンターから出力した怪しげな食品を売る売店、謎のパーツを売るサイボーグの露店から、はては路地裏で人目もはばからず仕事を始める娼婦等カオスそのものだ。こんなところにヒマワリを連れてきてよかったんだろうか?
そんな混沌とした人込みの中をどんどん進んでいってしまうヒマワリを追いながら俺は彼女に聞いた。
「探すって何かあてはあるのか?」
「そんなの片っ端からナイトウについて聞いて回ればいいじゃない」
「な!いきなりその名を出すのはまずい!」
「法の執行機関が機能していない常闇街では彼の影響力も大きいかと」
そんな二人の抗議にヒマワリはこちらに向き直り腕を組みながら。
「そういうあんたたちは何かあてがあるの!?」
と逆に聞き返された。彼女の正論に俺とフリダヤは思わず顔を見合わせる。
「何これ?花…?」
俺たちは義体の内部ストレージに入っていた画像をヒマワリに見せていた。ナイトウの名意外だと手がかりになりそうなものはこれぐらいしかない。
「花弁の特徴から桃の花かと」
「何かこれについて知ってることはないか?」
「巨大ドローンが植えてったのを見る位よ」
「だよなー」
全く期待はしていなかったが、やはり進展がないのは残念だ。
「まあ、いいわとりあえずこいつについて聞いて回ろうじゃない」
ヒマワリがそういったところで「グゥ~」という音が彼女のお腹から聞こえてくる。
「でも、その前に先ず腹ごしらえよ」
「トアが使えない!?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「お宅ら常闇街は初めてか?ここじゃ政府のシステムは使えないよ。買い物したけりゃシュユを用意しな」
屋台を運営している男が言った、痩せぎすの中年男性だが、男の双眸は金属質のバイザーで覆われている。おそらくはサイボーグだ。常に空中の何かを見ていてこちらに注意を向けようとはしない、きっと何か作業をしているのだろう。
「そのシュユって奴はどうやって使えばいい?」
「ん?そんなの決まってるだろ、YIYASAKAから使うのさ。持ってないのか?ほれ、これだ」
男が空中の何かを指で操作すると俺の目の前にYIYASAKAの更新ファイル取得の表示がされる。更新しろということなのだろうが、こんな怪しいもの受け取っていいのだろうか?
「心配すんな論理層をちょっと書き換えるだけだ、R倫理はいじらねーよ」
男の言っていることがわからず俺はフリダヤを見る。フリダヤは頷くようにハート型を傾けた。どうやら問題ないらしい。促されるまま俺はYIYASAKAの更新を行った。一瞬で更新が完了すると何時ものYIYASAKAの画面に「0:SY」の文字が現れる。どうやら無一文のようだ。
「シュユはどうやって手に入れればいい?」
男はバイザーで覆われた目でもはっきりわかるようにこちらを向き直ると少し語気を強め言った。
「お宅ら図々しいな、もの売るか働くしかないだろ?」
正論だ、何も言い返せない。
「まあ、サクライって男がトアを使えるシステムを持ってるって噂だが詳しいことは知らん。」
男はそういうと再び空中の何かに目を向けまた作業に戻った。
「用が無いならどっかに行ってくれんか?商売の邪魔だ」
シッシと虫でも追い払うような動作で追い払われる。男の言う通りここに居ても仕方がない。大人しく従おう。
「まいったな…金が無いんじゃどうにもならんぞ」
自分やヒマワリには食料が必要だ、蓄えもあるが限りがある。
「どうする?そのサクライって人探す?」
マスクの隙間から持ってきた干し肉をかじりながらヒマワリが聞いた。そのサクライという人、どういう人物かはわからないが…
「とりあえず探してみるか、道すがら何か妙案が浮かぶかもしれないし」
「幸い食料の備蓄は十分あります。それにここでの電力使用料は格安です。現状を乗り切れば電力枯渇がネックになることはないかと」
パインが持たせてくれた物資のお陰ですぐに駄目になってしまうことはないだろう。それを聞くとヒマワリは口の中の干し肉を飲み込むと。
「なら決まりね、早速聞き込みしましょ」
そういって先行してしまう。
「全く…追跡者の建前はどこ行ったんだよ…」
暗い部屋の中、3人の男たちが居た。彼らが腰かける4人掛けのテーブルのおかれたリビングルームは、明かりがともされておらず真っ暗だ。にもかかわらず3人の男たちはテーブルに腰かけ、会話することも微動だにすることさえなくただ一点を見つめている。
突如、3人のうち青い髪をした男が立ちあがり静寂が打ち破られた、彼は迷いなくリビングルームを出て玄関に向かう。緑の髪をした太った男は冷蔵庫を開け飲み物の準備を始めた。最後に赤い髪をした髭面の男は寝室へ行き彼らの“主人”を起こしに行く。部屋の明かりは独りでに灯されていた。
3人の男たちは皆体格がよく、格闘技でもやっているかのような厚みのある体系だが、目鼻立ちが丸っこい童顔の為恐ろしい印象は少ない。
「ねえ、起きてよ?お客さんが来たよ」
主人を起こそうとする赤髪の男の尻を布団の中から伸びてきた毛むくじゃらな腕がまさぐる。
「ん~~…あと五分持たせて…」
「ナイトウさんだよ?」
ベッドの中の彼の主人がそれを聞くや否や起き上がり布団から飛び出した。
「ウソ!いきなりぃ!今どうなってる!?」
「アルバとカニナが対応してる」
「うわぁ!!すぐ用意するからガリカ服とってきて!」
布団から出てきた男の姿は人ではなかった、全身が灰色の体毛で覆われた熊とも犬ともつかぬ生物の頭部を持った人型である。一言で言うなら獣人だ。現実にこんな生き物はいない、当然サイボーグだ。
獣人はTシャツとズボンだけひっかけて取り繕うと急いでリビングへ向かった。リビングでは既に客、首無しのサイボーグナイトウと彼の舎弟ヤスがテーブルに腰かけていた。他の3人の男たちは立っている。
「よう、サクライ久しいな」
「事前に連絡をもらえれば準備もしたのに…」
「急ぎの用事でな、預かってもらいたいものがある、こいつの電源を絶やさないように保管してくれ。」
そういうと20センチ四方程度の大きさの四角い機械を机の上に置いた。装置の外装は白く、壁面には何かを表す数値を表示しているモニターがあった。白い外見からサクライは何らかの医療器具のような印象を受けた。中央付近には装置を上下に分断する継ぎ目がありここから開きそうである。
「またなのか…今度は一体何なんだい?」
「何だっていいだろ?報酬はちゃんと出す。それとも俺が信用できないか?」
「いや…そういうわけでは無いが…」
「なら、決まりだ。あともう一つ、こいつがここ常闇街にいるらしいんで探してほしい」
獣人サクライの義体にナイトウから画像ファイルが送られてきた。それは人の頭をつけられたロボット犬のものだ。
「いや…こういう仕事はちょっと…もっと適任を紹介するよ」
「ほぉ、腕は確かなのか?」
「ああ、この体とこの子たちを作った人だ」
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