第12話 二人の門出

 「昨日、大型ドローンの名古屋城襲撃という大変痛ましい事件が発生いたしました。名古屋城に居住する市民に多数の死傷者が出たと発表されています。え~問題となったドローンは環境省の管理するものでありますが、環境省からの事件に対する情報の開示を求めます」


若手議員からの追及を受け議長が環境省長官を呼んだ。環境省長官は言われるままにトコトコと“転がり”壇上に上がった。そして“底面”から足をのばし机越しにも自分の姿が見えるようにしする。壇上に上がった環境省長官は凡そ人とはかけ離れた姿だった。


それは一言で言えば銀色の箱だった。1メートル四方ほどの金属質の箱で各面には様々なセンサーや各種用途のハッチが埋め込まれており、それが立方体に不規則な文様を浮かび上がらせている。極めてメカメカしいこの銀色の箱はこれ一個で完結した装置なのだが、どこかより大きな機械に取り付けて使うパーツの様にも見えた。サイボーグは脳と生命維持装置さえ備えていれば人の形状にこだわる必要は無いとはいえ、彼女以上に人間離れした姿のものはいないだろう。とはいえ、こんな外見でも日本国籍を持ったれっきとした人間であり政府の要職につく身でもある。


 「事件に関しては目下調査中です。問題のドローンは名古屋城に不法に居住する住民たちに奪取されてしまったため現物を回収して調査という方法をとることができません。そのため調査が難航しております。現状中央サーバーとの通信ログを基に暴走の原因を調査しておりますが、いかんせん情報量が膨大になりますので解析に時間がかかっております。件の事件に関しましては私どもも大変心を痛めておりますので、はっきりとしたことがわかり次第発表させていただきたいと存じます」


銀色の箱の環境省長官は若い女の声ですらすらと答えた。声は若いが年齢通りではないだろう。省庁のトップに成り上がるためにはそれ相応の時間がかかる。結局彼女は議員の追及に対して目下調査中の一点張りで乗り切った。



 「何とかしのぎましたね」


国会答弁を終え自室に戻る環境省長官に対して補佐官が彼女の聴覚センサーに対して“耳打ち”した。

後退した頭髪と黒縁の眼鏡をかけたいかにも中年の中間管理職といった風貌の男が、スーツに皺が寄るのも気にせず腰をかがめて銀色の箱と内緒話をし、箱の方は外力が加えられているわけでも無いのにサイコロのように転がって進んでいく。それは何とも異様な光景だったが、当人たちを含め気に留めるものはいない。


 「あの若造、ヒバシリなんぞ助けたところで票にもならんくせによくやる…フン、そんなことより例のもの追跡どこまでいっていますか?」


 「申し訳ありませんが、名古屋城で見失って以降は行方知れずです」


その報告に長官はわざとらしく大きなため息をついた。呼吸器は人間のものではないのでこれは聞かせるためにやっている。


 「あんな重機何て使うから…ならもう片方の方は?」


箱はあからさまに不機嫌な声音で聞いた。顔もないのに感情表現豊かだ。


 「そちらに関しては何も…中村区で消息を絶って以来はっきりとしたことは…」


長官は底面から足を延ばし、執務室の机に乗った。椅子は用意されているが使っていない。


 「フン!使えないのね!まあ、いいわ…調査を続けなさい!」


 「ちょ、長官…他の業務が山積みですが…」


 「そんなもの二の次です!なんとしても厚労省の連中に感づかれる前にアレを抑えるのよ!!」


 「わ…わかりました」



一週間ほど前


 「これで最後!!」


最後の子機が破壊され、目を失った巨大ドローンはその場でぴたりと動きを止めた。


 「やったな!」


クサマキはともに大仕事を成し遂げたヒマワリに駆け寄り前足を上げた。チームで成果を上げた時はこうしてハイタッチで喜びを分かち合うと決まっているのだ。しかし、クサマキの上げた右前足はヒマワリの手のひらに触れる代わりにがっしりと強い力で捕まれ、ホールドされてしまう。


 「クサマキ、何で勝手に出て行ってるのよ!」


 「そ…それは…」


本当はフリダヤが治ったらこっそりと出て行くつもりだったのだが、あんなことが起こってしまった。しかし正直に話すわけにもいかず言い淀んでいると、ヒマワリはしびれを切らしたのか掴んだ手を引っ張ってクサマキを引きずっていく。


 「ああ…待って…話を聞いて!」


 「話はパインとしなさい!あんたの処遇は彼が決めるの!これから彼の所に連れて行く!」


クサマキを引きずったままヒマワリの足はパインがいるはずの名古屋城へ向かう。


 「それには及ばんよ」


その時傍らから若い男の声が聞こえた。二人は声の方を見ると、角の生えたガスマスクを付けた男が部下をともない現れた。二人がこれから会おうとしていた人物、ヒバシリの長、パインだ。


 「パイン、降りていたんですか?」


驚いたヒマワリはクサマキの前足を離してしまう。それを見逃さなかったクサマキはすかさずヒマワリから間合いをとった。また捕まったら敵わない。


 「ああ住民の避難の為、城の外に出ていた。で、クサマキといったか、お前の処遇だが…」


パインはもったいぶったように言い淀む。


 「我々はお前を逃がすわけにはいかない。何せお前を探している者がいるのでな」


 「!…それはナイトウのことか!?」


クサマキの質問にパインは意味深な含み笑いで答えた。


 「フフ…さてな…仮にそうだとして私がそれを言えると思うか?話がそれたが、我々はお前を逃がすわけにはいかない、いかないが…」


パインはそう言いながら停止した巨大ドローンに目をやる。


 「お前はこれを倒した。我々には対処できなかった脅威をだ。そんなお前が全力で逃亡したら我々はそれを止められないのでは無いかな?」


 「俺を見逃すと?」


 「いいや、見逃さないとも。ヒマワリ」


 「ハイ」


二人の話をおとなしく聞いていたヒマワリが返事をする。


 「お前にクサマキの追跡任務を言い渡す。奴の逃亡先に潜伏し足取りをたどりなさい。この任はクサマキ捕獲が完了するまで無期限に継続される」


 「えッ…」


困惑するヒマワリにパインは近づきそっと耳打ちをした。


 「奴のこのまま抱え込んでおくのはリスクだ。さりとて好きにさせておくのもまたリスク。我々は奴の正体を見極める必要がある。それをお前に任せたい」


 「何故私が?」


 「お前と奴は相性がいい様だ」


 「どこが…!」


抗議しようとするヒマワリに割り込んでパインはつづける。


 「それにいい機会だ地下を見てきなさい。以前から関心が合っただろう?」


釈然としない様子だったヒマワリだが、「地下を見てきなさい」の一言と準備一式の詰まった雑嚢を渡されると渋々了解した。

そして彼女は二人の会話をおとなしく聞いていたクサマキにズケズケと歩み寄った。


 「え、あの…これはどういう…こと?」


この期に及んで察しの悪いクサマキに対してヒマワリは辟易した様子でため息をつく。


 「あんたは、あんたの行きたいとこ行けばいいの!私はそれについてくってこと」


 「ええっと…これから俺たちは…相棒的な…ものに?」


その発言にヒマワリは不機嫌さを隠そうとせず嫌な顔をし


 「追跡者よ!良くて同伴者!」


と訂正した。


 「あとコレ」


そして雑嚢から何かを取り出すとそれをクサマキに投げて寄越した。フリダヤが仮想マニュピレーターでそれをキャッチする。


 「これは…」


それは大須に向かうクサマキにパンジーが持たせてくれた女もののバッグだった。中身のバッテリーは無くなっているが食料は残っている。


 「さっさと行くわよ!大須だったわよね?」


ヒマワリはそういうとクサマキを置いて一人で出発してしまった。これでは追跡者の前提があべこべだ。


 「ああ!待ってくれ!」


クサマキは返してもらったバッグを体に巻き付けるとヒマワリの後を追い名古屋城を後にした。



同時刻、おかまバーソレイユにて


その日パンジーはいつものように役所からもらった事務作業のパートを行っていた。おかまバーソレイユは立地条件が最悪なのと酒税の増税により酒類が提供できないため客が来ること自体が稀である。そのため専らの収入はこのパートによってまかなわれていた。


 「クサマキちゃん今頃大須で元気にやってるかしら?」


パンジーは何のためにあるかもわからない変な資料を仕分けつつ仕事とは関係のないことをつらつらと思い浮かべる。いけないけいない、集中しなければ。この後さらに面倒くさい抗ウィルス剤の申請作業もある。出入り口に近いこの立地条件では薬の確保は死活問題だ。


そんな時めったに開かれることのないバーの扉が開かれた。珍しいことに来客だ。


 「あら、いらっしゃ…」


パンジーは入ってきた客の姿を見て言葉を詰まらせた。入ってきた客が異様な姿をしていたからだ。客は首から上はいかつい顔をした坊主頭の男なのに、首から下はセクシーな女性のものをしている。しかしその異容以上にパンジーを驚かせたのは男の首と女の体を接合している首輪のような部品だ、それにパンジーは見覚えがあった。


 (クサマキちゃんと同じ…!!)


もしこれがクサマキのものと同じならば、この女体の男はクサマキをあの姿にした奴らの関係者ということになる。


 「おい、おかま。この店にはお前一人か?」


女体の男が不躾にパンジーに尋ねた。


 「え、ええ…そうだけど」


パンジーは勤めて平静を装いつつ、何とか答える。そして…


 「フーン、なあ、お前さあ、この辺でこういう人面犬ヤローを見なかったか?」


そう言うと女体の男は手のひらからあるホログラムを表示させた。そこには手術台にのせられたクサマキの映像が映し出されていた。

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