第11話 名古屋城襲撃
「おはようございます、クサマキ様」
「フリダヤ!無事なんだな!?」
義体の再起動に成功した俺のそばにはあの何時ものハート型が現れた。
「義体のシステムに問題はありません。ここは…犬小屋でしょうか?」
「ちっがーう!!捕まったんだよ!出るのを手伝ってくれ」
「了解しました」
フリダヤはそういうと、マニュピレーターを展開し鉄材を組み合わせて作った簡素な牢を揺さぶるようにして破壊する。そして、俺たちは近くにあったヒバシリのガスマスクを拝借し日光の下へ出られるようにすると。急いで建物の外に出た。
「何だこれは?」
巨大な蟹か蜘蛛のような白い機械が名古屋城で暴れていた。その暴挙を止めるべく沢山のヒバシリが迎撃に集まるが、巨体故倒せずにいる。
「環境省の大型ドローンです、建造物を撤去し跡地に樹木を植える役割を担っています」
「そんなエコロジーなもんが何で!?」
私たちの住居を破壊するドローンに対して私達ヒバシリは必死に抵抗した。しかしヤツの装甲の前には私たちの攻撃は全く歯が立たない。軽量の飛行型ドローンを打ち落とすことが可能な発条と滑車を組み合わせて作ったクロスボウではヤツの装甲に傷をつけることはできても貫くことは出来なかった。
ヒバシリのうちの一人が撃ち込んだ矢が炸裂する。煙がモウモウと出て一瞬ドローンの動きが止まるがすぐに煙を払って動き出す。虎の子の炸裂矢ですら効果がないとは…!
苦戦する私たちを尻目にドローンは空を仰ぐような動作をした。すると背部の装甲が割れるように開き、中から無数の子機が放たれた。ドローンの子機は私たちの名古屋城全域へ蜘蛛の子を散らすように飛んでいく。
「何?」
確かアレは本体が建物を撤去した後に跡地に樹木の種を撒くための物のはず。こんなところでばらまいたって意味ないのに。やっぱり本格的にぶっ壊れているってこと?
そのドローンの奇行を好機と見たか、ヒバシリの男が一人スタンロッドをもって駆け出した。ロッドの中ほどに付いたレバーを引き内部のバッテリーセルをコッキングして送り出すと、一気に間合いを詰める。
「いけない!」
スタンロッドは炸裂するが、ドローンの巨体には焼け石に水だ。逆に巨大な鋏の一撃に殴り飛ばされてしまう。こともあろうにその一撃は彼のマスクを吹き飛ばしてしまった。日光の下にさらされた彼の皮膚に大量の発疹が現れる。デイ・プレイグの発作だ。彼は余りの痒みに皮膚を掻き毟りながら地面を転げ回る。
「クソッ!」
私は飛び出して彼を救い出し、すぐさま直射日光を避けられる日陰に連れて行く。しかし彼の容体は皮膚を掻き毟る動作から既に喉を抑える苦しそうな様子に変わっていた。病変が呼吸器にまで及び、気管支を膨張させ窒息させているのだ。こうなってしまったらもう…
そんな私たちの様子を見て脅威なしと判断したのか、ドローンは私たちを無視して再び西の方へ歩き出した。
「待て!」
そう叫んでも、ドローンは当然止まらない。このまま私たちは住処を失ってしまうの?そうあきらめかけた時。
「おおおおぉぉぉ…らぁぁ!!」
何かが叫び声を上げながら飛んできて、巨大な腕でドローンを殴りつけた。
それは皮をはがした野犬を灰色にしてガスマスクを被せたような姿で、体の右側から灰色の巨大な腕を生やし、傍らには宙に浮かぶハート形を携えている。こんな奇妙な姿をした奴、私は一人しか知らない。
「クサマキ!?…何でここに!?」
「そ…そんなことより!その人は大丈夫か!?」
「もうダメよ…ここには抗ウイルス剤なんてない」
「…そうか」
「お二人とも敵の様子が変わりました」
巨大ドローンは海老の頭の様に胴体から突き出したセンサーブロックをグググっとこちらに向ける。そして巨大な鋏を振り上げ俺たちに殴り掛かってきた。今までは人間のことは進路上にある障害物程度としか見ていないような動きだったが、今度は明確にこちらに敵意を向けている。
とはいえ目の前の巨大重機の攻撃はかわせないほどの速度と制度ではなく、俺もヒマワリも難なくそれをかわす。腕を振り切った隙に俺もヒマワリも各々武装で巨体に大して攻撃を加えた。が、しかしドローンの巨体と堅牢な装甲の前では焼け石に水だ、一切効果がない。
このままではじり貧、どうすればいい?っていうか前にもこんなことあったよな…
「フリダヤ、前みたいに何とか出来ないのか!?」
俺とフリダヤは目覚めた時にドローンに襲われたが敵の習性を利用して逃げおおせた。今回も敵の習性を利用して窮地を脱することはできるんじゃないのか?
「敵は明らかに通常の思考ルーチンから逸脱した行動をしています。以前のように行動様式を利用した逃亡は不可能かと」
「逃げるなんて駄目よ!ここは私たちの家なのよ!!倒さないと!!」
ヒマワリの言うことももっともだ。しかし、俺のマニュピレーターや彼女の矢ではかすり傷程度の損傷しか与えることは出来ない。こんな調子じゃ倒すのに100年くらいかかってしまう。
「倒すにしたって火力が足りねえ」
敵に打撃を与えられないんじゃ矢尽き刀折れ、万策尽きて万事休すじゃないか…何ともはや…
「了解しました。当機の火力拡充のためマニュピレーターの制御プログラムを改竄します。しばしお待ちを……」
そういうと、フリダヤはマニュピレーターを一時収納した。え、何とかなるの?
「完了しました」
数秒後に言い放たれた宣言とともに、フリダヤは再びマニュピレーターを展開する。しかし、体の右側の発振器から放たれたそれは以前のように透けた灰色の腕ではなかった。定まった形しか取らなかったそれは不定形に自在に動き回る。まるで灰色のアメーバだ。そのアメーバは弾けるように四散すると、巨大ドローンが壊した瓦礫の中からバッテリーやコードを引っ張り出し俺の体に鎧のようにまとわりつかせた。
「何だぁ!?」
「エネルギーストレージの拡充を完了、人工筋肉のリミッターを解除」
フリダヤがそう宣言すると灰色のアメーバは俺の周囲をつむじ風の様に渦巻き、周囲の金属片や砂利などをはらみながらまだら色に変化してゆく。
「迎撃に入ります」
そういうや否やまだらのアメーバは槍の様な形に素早く変形すると目にも留まらぬ速さで巨大ドローンの頭を抉った。重くて硬質な粒子をはらんだそれは比較的脆弱なセンサーブロックの装甲を削り取り内部をむき出しにする。
「効いてる!なら!!」
ヒマワリは先ほどまでよりも鏃の大きい矢を番えドローンの頭部へ向け放つ。矢は見事装甲の抉れた箇所に的中。鏃に火薬でも仕込まれていたのか、それは轟音を立て炸裂し、ドローンの傷口をさらに大きく抉った。損傷を負ったドローンの巨体がぐらりと揺れた。
「敵は暴走状態ですが、センサーからの情報を基に行動しています。センサーモジュールを破壊すれば停止するはずです」
「よし!じゃあその調子でどんどん殻をはがして!私がそこに炸裂矢を叩き込む!!」
敵意むき出しでふるってくる巨大な鋏の殴打をかわしながら、まだらのアメーバが鞭のようにドローンの頭部を打ち据えると、火花が散り殻が脱落する。そういった攻防を何度か繰り返した後に首の根本付近の傷口に炸裂矢が撃ち込まれる。矢はひときは大きな音を立て炸裂。ドローンが動きを止める。矢が起こした爆発の黒煙が晴れると同時にドローンの頭部がゴトーンと大きな音を立てて脱落した。そして首を失ったドローンは振り回していた鋏や脚をぴたりと止める。
「やったか!?」
しかし数秒後、再び息を吹き返したように動き出し、怒ったように両の鋏を振り上げる。
「バカな!!センサーは完全に破壊したはずだ!!」
「見て!アレ!」
俺は攻撃をかわしながら、ヒマワリが指さす方を見ると、先ほど周囲に放った子機が親機である巨大ドローンのもとへ集まってきていた。加勢するつもりか?
「子機とのリンクによって損傷したセンサーを補っているようです…いえ、それだけではないようです」
空中に控えていた子機の一部が集団で俺たちに突撃をしてきた。
「クッ…!」
俺は何とか避けたが、ヒマワリはマントの一部が子機のローターに触れ切り裂かれた。高速回転する4つのローターは刃物のような鋭さで人間の衣服ぐらいなら切り裂いてしまう。そしてそれを日光の下でやられるというのはデイ・プレイグ感染者に取っては死を意味する。
ヒマワリが子機の攻撃を避けるために大きく跳躍したところに親機の巨大な鋏が迫る。避けることができなかったヒマワリは吹き飛ばされてしまう。
「ヒマワリ!!」
一撃を受け横転するヒマワリだったが何とか立ち上がった。俺は子機の攻撃を回避しながら衝撃で少しよろめいているヒマワリのもとへ駆け寄る。
「乗れ!!」
俺がそういうとヒマワリは俺にまたがる。柴犬程度の大きさの俺は騎乗するには心もとないが、先ほど取り付けられたバッテリー群で嵩増しされていて、跨るにはちょうどいい大きさになっている。
「大丈夫か!?」
「大丈夫、マントが少し破けただけ。光には当たってないし、骨も折れてない。そんなことより、どうするのアレ」
ヒマワリが弓をしまい、代わりにスタンロッドを構えながら聞く。幸い鋭気はまだ鈍っていないようだ。
「そんなの、全部倒すしかないだろ!」
「幸い敵の連携は洗練されているとは言えません。また、子機は親機に比べ遥かに脆弱です。お二人の協力があれば攻撃を回避しつつ目標20機を殲滅することは十分に可能です」
「「わかった!!」」
フリダヤはマニュピレーターを剣のように横なぎに振るい接近してきた子機を叩き落す。俺に騎馬のように跨ったヒマワリもスタンロッドを騎士の戦槍のように振り回しながら、一つまた一つと子機の数を減らしていく。電撃を加えるたびスタンロッドから“薬莢”のようなものを排出するさまは近接戦をしているのにも関わらず、凄腕のスナイパーのようだった。
俺たちの連携で一つまた一つと子機の数は減っていった。そして子機を失うたびに親機の動作も緩慢で大雑把なものに変わっていく。明らかに効いている!
親機が狙いの定まっていない隙だらけの一撃を俺はかわし、その腕に飛び乗ると、そのまま腕を足場にヤツの親機の体を駆け上がった。そしてヤツの肩付近に控えていた最後の子機に向かって跳躍する。
「これで最後!!」
その掛け声とともに、ヒマワリのスタンロッドの電撃が子機を襲い、最後の子機は煙をあげて墜落した。それと同時に親機である巨大ドローンも目を失い今度こそ停止する。
名古屋城から遠く離れた幹線道路の中央で一台の黒い車が止まっていた。車の上には一人の男が立っており車体を物見台の様に使って名古屋城の様子を観察しているようだ。
「やっぱり知ってたんじゃねぇか…パイン」
男はクサマキらとドローンの戦闘をここから見ているようだった。常人には視認することが到底不可能な距離だが男には見えているようだ。男には首がなかった、明らかにサイボーグである。
「しかし、あんなものが関わってくるとは…いったいどういうブツなんだ?ヤバいのは大好物だが、ヤバすぎるのは勘弁だぞ…」
男はそういいながら、首の上の中空を触るような動作をする。首があったら顎に手をあて考え事をしているような動作だ。
「ここはいったん調査を優先するか。逃げられるのは癪だが、どうせ行くのは常闇街だろ。体を押さえてる以上、まだまだこちらの有利…それに」
男はそういうと車から飛び降りドアを開ける。
「あそこには伝手がある」
そう言うと車に乗り込み走り出した。
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