第8話 ヒバシリの城

 「残念ですが…この病気には現在有効な治療法がありません」


若い医師が俺に告げた。驚きはしなかった。自分の体のことは自分がよくわかっている。俺には後がないってくらい。


 「そうですか…あの…延命治療は?」


俺はあきらめムードで尋ねた。


 「…あるには…あるのですが…非常に高額です…」


若い医師は言葉を詰まらせながら絞り出すように言った。可哀そうにこんな残酷なこと言うのに慣れていないのだろう。三十そこらの、自分と同い年ぐらいの人間に死の宣告なんてまともな人間の神経じゃ軽々にできねえよな。


 「そうですか…なら、ホスピスの方でお願いします」


身寄りのない俺には高額の医療費を払ってくれる親類はいない。もはやこうするしかないじゃないか。


 「何ともはや…」


俺は誰にともなくつぶやいた。どうやら俺はここで何もできずに終わるらしい。


 「で、ですがまだ新薬の治験を使うという手もあります!うまくいくかはわかりませんが、この病気にはレトロウィルスベクターを用いた遺伝子治療が有効である可能性があり、製薬会社も費用を負担すると…」


そうは言われたものの俺は若干迷っていた、そうまでして生きる価値があるのだろうか?


 「そ、それに…これは本当に、本当に希望された場合のみですが…クライオニクスを受けることも…検討に入れられてはどうでしょうか?現在実証試験中で被験者を募集しているところです。これも…先ほどの治験と同じでうまくいくかはわかりませんが…」


死にぞこないをいいことに実験動物になれってか?やれやれ、ごめん被ると潔く死を選ぶか?それとも最後まであがいてみるか?俺は…



俺は薄暗いところで目を覚ました。寝ている間、嫌な夢を見たような気がする。そのせいか調子が悪い。二日酔いにでもなったように頭が痛む。勘弁してくれ酒は飲めないはずなのに。


 「ようやくお目覚めか?」


男の声が近くから聞こえた。くぐもっていてはっきりはわからないが若い男のようだ。俺はとっさに身を起こそうとしたが出来なかった。体が重い。まるで鉛にでもなってしまったかのようだ。


 「無駄だよ、人工筋肉の高分子が破損している。スタンロッドの電流をまともに食らったからだろう。自己修復が完了するまで動くことはかなわんさ。最もそのおかげで生命維持装置に電流が流れずにすんだようだがな」


皮肉っぽく声をかけられた、俺は唯一動かせる首から上だけで声の方を見る。遮光カーテンで暗がりの部屋の奥に廃材で作られた簡素な玉座があり、そこに灰色のマントを羽織った男が腰かけていた。顔面には角のついたガスマスクが付けられており、それが頭部全体を覆っているので顔は一切わからない。


俺はそんな男の玉座の前に寝ころばされていた。遮光カーテンに覆われた窓は四方にあり、もとは展望台か何かだったように見える。つまりこの部屋は高所に在るのだろう。さしずめ、謁見の間か。


 「お前はヒバシリの王様か何かか?」


開口一番に棘のある言い方をしてしまったが、コレが事実ならこいつの手下に殺されかけたのだ。これぐらいは言いたくもなる。


 「いかにも、とでも言っておこうか」


ガスマスクの男は不機嫌そうに肯定すると、玉座を立ち上がり、床に横たわっている俺の元までズカズカと歩み寄った。そして俺の頭髪を鷲掴みにすると無理やり引っ張り上げる。


 「っく!」


頭髪が引っ張られ頭皮が引きちぎられるような痛みが俺の唯一残った肉体に走る。


 「そういうお前は何者だ?何故我々の狩の邪魔をした?」


 「あんた等の晩飯を逃がしちまったことは悪いと思うが、邪魔をしたつもりはない…あれは勘違いだった」


俺は苦痛に顔を歪めながら言った。


 「フン、あくまでしらを切るつもりか?」


そういうとガスマスクの男は俺の髪の毛を掴んでいた手を離した。首から上しか自由が利かない俺は身を庇うことができず、衝撃をまともに頭に受けた。キーンのいう耳鳴りがし、せっかく目覚めたのにまた気絶しそうになる。


 「ぐうぅぅ…」


ガスマスクの男は再び玉座に腰かけると詰問を続けた。


 「お前のそれがナイトウの手口だと知らないとでも?体を返す代わりに奴はお前に何かさせようとしている。大方そんなところだろう?ナイトウの目的は何だ?ここで何をしようとしている?」


ガスマスクの男が口走った言葉は起き抜けに衝撃を受けてぼんやりしていた俺の頭を一気に覚醒状態に導いた。


 「あんた、コレをやった奴のことを知ってるのか!?なら教えてくれ!俺は100年前の人間で気づいたらこんな姿になっていたんだ!!もとに戻る方法を探している!頼む!!何か知っていることがあったら教えてくれ!!」


予想外のアクシデントが思いがけない行幸に変わった。なんとしても情報を手に入れないと!


俺のその必死な様子を知ってか知らずか、ガスマスクの男は玉座の上で暫く沈黙していると。


 「…この期に及んでそんな口から出まかせが出てくるとは驚きだ」


と心底あきれ返ったようにつぶやいた。


 「し、信じがたいことかもしれないが、本当なんだ!!目が覚めたらこうなっていた!その…これはナイトウって奴の仕業なのか?だったら…そのナイトウのことを教えてほしい」


 「フン…お前の言っていることが事実として、私がお前の要望に応えるメリットはあるのか?」


 「そ…それは…」


そんなものあるわけがない。義体が壊れてしまった今の俺は人面犬未満の存在でしかない。そんな俺にこんな王様みたいな奴に役に立つようなことができるだろうか?


 「まあいい…ナイトウの奴が何を考えているにせよ、お前を先にだって確保できたことは我々にとって有益だ。」


ガスマスクの男はそういうと分厚い手袋に包まれた手を、パンパンと二回叩いた。

すると俺の背後から「はい」という返事が聞こえた。十数歳くらいの女の子の声だった。


 「コイツを東南隅櫓の地下牢に閉じ込めておけ。暫くは生かしておく」


 「わかりました。コイツの荷物はどうしますか?」


 「食料とバッテリーはくれてやれ。それ以外は我々が役に立てる」


 「わかりました」


女の子はそういうと俺に灰色のシートを被せ抱え上げた。そのままどこかへ運び去ってゆく。全身の自由の効かない俺はなす術もない。


 「待ってくれ!クソ!放せ!フリダヤ!フリダヤ!」


唯一自由になる頭部で何とか抵抗を試みるが全く効果はない。そのうえフリダヤが呼んでも出てこない。壊れてしまったのだろうか?


女の子が被せたシートの中は真っ暗で、その種の布の中では異常な遮光性能だった。そのせいで、俺は地下牢に放り出されるまで何もわからなかった。


 「ぐわっ!!」


女の子は学校帰りの鞄を放るように乱暴に俺を地下牢に入れたので思わずうめき声が出てしまった。全くこちとら受け身すら出来ないってのに。


そして用を済ますと、そのまま背を向けてどこかへ行ってしまう。


 「待ってくれ!オイ!」


俺の制止する声もむなしく、無情にも地下牢の扉は閉じられ、女の子はどこかに立ち去って行った。鉄柵を組み合わせて作られた簡素な地下牢に残されたのは体の動かないサイボーグ人面犬だけだ。


 「はぁ…」


俺は無力感に襲われうなだれた。せっかく手がかりを掴めたのに、自分は今それどころじゃない窮地に立っている。助けになりそうなフリダヤは壊れてしまったのか出てこない。フリダヤの仮想マニュピレータがあればまだ何とかなったかもしれないのに…


 「今の俺は寝返りを打つことすらできないぜ」


立ち上がろうと前足を動かしてみるが多少動くだけで力が籠らない、これでは動き回ることなんて無理だ。首から上以外は完全に駄目になってしまった。これはもうダメだ、完全に詰んだ。…いや


 「動くようになってる…?」


ヒバシリの王様と話していた時は全く動かなかった体が少しづつだが動くようになってきている。そういえば王様は自己修復がどうとか言っていた。この時代のサイボーグにはみんな自己修復機能があるのかもしれない。だとすればこのまま待っていればまた元通り動けるようになるかも!


 「はぁ…だからどうしたっての…」


体が動くようになったからと言ってこの地下牢から出られなくては意味が無いじゃないか。


 (もうどうにでもなれ…)


やることも出来ることもないとなったらもう寝るだけだ。俺はそのまま目を閉じそして、意識は暗闇に溶けていった。


ポヒュ…


暫くふて寝を決め込んでいると、俺の耳に奇妙な電子音が入ってきた。


 (何だよ…せっかく寝れたってのに…)


渋々目を開けると目の前には金枠のポップアップウィンドウが表示されていた。


from:パンジー

件名:クサマキちゃん大丈夫?

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