第9話 繁栄と首
from:パンジー
件名:クサマキちゃん大丈夫?
俺の目の前には、金枠に稲穂のマークの入ったポップアップウィンドウが表示されていた。パンジーからのメッセージが届いた旨が示されている。すっかり忘れていた、パンジーに連絡用としてYIYASAKAというアプリをもらったのだ。確かSNSみたいなものとか言っていたか。なるほどDMも送れるってわけだ。
(どうしてこれが?)
こういう義体のシステム関連は全部フリダヤに任せていた、いや、むしろフリダヤにしか操作ができなかったが正しいか。だから、フリダヤが壊れてしまった現状でコイツが機能しているのが意外だった。ひょっとして操作できたりするのか?
俺は恐る恐る前足の爪で目の前に表示されたポップアップウィンドウを触る。空中に投影された立体映像のそれは驚くことに触感があった。そして俺のタッチに反応してメッセージの本文が表示される。
本文には、もう大須にいるか?危なくなったらどこかの地下街に入れ、などのパンジーからの俺を案じる文章が可愛らしい絵文字や顔文字をふんだんに使って書かれていた。今の味方のいない状況において大変勇気づけられる内容だったが、俺の関心は目下別のことにあった。
(操作できる!)
フリダヤなしではお手上げだと思っていた、この義体のシステム関連の操作がある程度ではあるが自力でできる。義体の操作ができればもはやなす術がないと思っていたこの状況下で何かできることがあるかもしれない。そう思って俺はメッセージを表示しているウィンドウの左肩にあるYIYASAKAのロゴに触れてみた。するとYIYASAKAのメイン画面が表示される。いいぞ!読み通りだ。
メイン画面のフレンド欄には「パンジーちゃん@おかまバーソレイユ」があり、投稿一覧には化粧品、髭剃り、曇り取りなどが表示されていた。たぶんこれは唯一のフレンドであるパンジーの影響かな?画面の右肩には検索欄がありキーワードから投稿を検索できるようになっていた。なんだが難しいことを言っていたけど、ほとんど俺の知っているSNSと同じ感じだ。だとしたら…
(これを使えば“ナイトウ”のことがわかるんじゃないのか?)
「ナイトウ、内藤、内島…」と、とにかく引っ掛かりそうなワードを入力していく。すると「ナイトウ」という言葉に関連している投稿が大量に表示された。ほとんどは商店の屋号などの明らかに無関係なものだが、その中からなるだけ犯罪に関係がありそうなものを選び出して閲覧してみる。するとYIYASAKAのAI?が察してくれたのか俺の投稿一覧は瞬く間にナイトウと犯罪に関連したものに置き換わってゆく。そうして自分の関心がありそうな話題に最適化されてゆくYIYASAKAの画面から一つ気になるものを見つけた。それはツヤバキ会と呼ばれる暴力団とそこで行われている指ツメならぬ首ツメ、そして組長のナイトウのことが書かれていた。
(間違いない!こいつだ!この“ナイトウ”が俺をこんな風にした!)
どうやらこの「ナイトウ」散々好き放題やっているらしく、悪いうわさが大量に出てくる。俺の確信はさらに強まった。この情報を追って行けばヤツの尻尾をつかめるかもしれない!
「なにそれ?犬かきの練習?」
「うわぁぁ!?」
気が付いたら自分をここに連れてきたガスマスクの少女が牢の外にいた。俺はナイトウのことを調べるのに夢中になっていて牢屋に近づく少女に気づくことができなかった。俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。少女はそんな俺の様子に意を介さず、牢の鍵を開け入ってきた。
「びっくりした!なっ…何しに来た!?」
やましいことをしていた自覚があった俺はつい拒絶するようなことを言ってしまう。
「あんた飯がいらないの?あと電気も」
少女はそういうと手に持ったサイバネフードとバッテリーを差し出した。
「え、あ…くれるのか?」
俺の質問に少女は答えず、不機嫌そうに「フン」と鼻を鳴らすと俺の体を起こして左側の生命維持装置が上になる様にした。どうやら余計な私語はしない主義らしい。そして、
「どうすればいいの?」
と言ってサイバネフードのパックを見せてくる。やり方がわからないようだ。まあサイボーグ人面犬への給仕の経験なんてある方が稀だろうさ。
「この機械の真ん中あたりのふたを開けると注ぎ口があるから、そこにパックの口を差し込んでくれ」
フリダヤのやっていたのを見ていたのでやり方は大体わかる。
「こう?」
少女が供給口にパックを差し込むと、中身が吸われてゆきパックがしぼんでゆく。どうやら上手くいったようだ。
「ああ、うまくいったみたいだ。ありがとう」
俺はぶっきらぼうに仕事をこなす少女に対応しつつも、気が付いたことがあった。
(YIYASAKAが見えていない?)
どうやらこの時代のホログラムは特定の人物にしか見せないようにできるらしい。そういえばパンジーも何もない空間に対してジャスチャーをしている時があったが、パンジーにしか見えない画面があってそれを操作していたのかもしれない。
一時は肝を冷やしたが、俺がYIYASAKAを使って外部と通信していることはとりあえずはばれずに済んでいるようだ。とは言えあからさまに変な動きをしていると少女に勘ぐられてしまうだろう。少女が去るまでじっとしていよう。
自分をこんな風にした奴の見当が付いたことは良かったかもしれないが依然苦境に陥っていることは変わらない。ナイトウに関する調査はほどほどにしてフリダヤを治せる方法を探すことにしよう。フリダヤがいなければ仮想マニュピレーターも動かせない。そうなるといざって時に対処方法がなくなる。
(こんな時にナイトウに出くわしても何にも出来ないからな…)
名古屋地下街の中を一台の乗用車が進んでゆく。デイ・プレイグのパンデミック以降、人々の生活の場が地下にうつるようになると共に自動車の利用の場も地下に移行した。しかし、人々の生活の足は専ら既に存在している地下鉄が利用されており、巨費を投じて作られたにも関わらず地下自動車道が使用されるのは稀であった。
乗用車の片輪がコンクリートの欠片を踏み車体が大きく跳ねた。めったに使用されないのでろくに手入れされていない。
「ヤスお前さぁ、今の何で避けないの?」
後部座席に座った男が不機嫌そうに運転手に聞いた。
「へ…へい」
運転席の巨漢の男が消え入りそうな声で答えた。
「俺今ので舌噛みそうになったんだけどぉ?お前ほんとに運転大丈夫かぁ?」
「へ…へい」
後部座席の男の問いに運転席の男はまたも消え入りそうな声で答えた。運転席の男の風船のように膨らんだ腹がハンドルにつかえていて見るからに運転しづらそうである。
「…ったく、しょーがねえなぁ…次の信号で運転変われ…」
「へ…へい」
「やれやれ、これから上に出るんで少しは休みたかったってのに…どいつもこいつも…」
男はそういって悩ましそうに両手で頭を抱える動作をしたが、手は宙を切り“頭部がある筈の場所で”お祈りのように合わさられた。男には頭がなかったからだ。男の首は中ほどで断ち切られ、断面には肉や骨の代わりに金属質の部品が覗いている。明らかにサイボーグである。
「名城の奴は役所の連中と違って厄介なんだぜ…」
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