第7話 夜の帳の中で
ガラガラガラという轟音が夜空に響いた。
「!」
俺は驚いて周囲を見渡す。首に備え付けられたライトで照らしても音源らしいものは見当たらなかった。体は機械犬になっているが首から上は人間なので聴力は人並みだ。どこから聞こえた何の音なのかは正確にはわからない。何かが崩れた音のようだったが。俺は音の正体を知ることは諦めて先に進むことにした。俺のサイボーグ犬の足が、アスファルトの隙間から生い茂った雑草を踏みしめる。
真っ暗な夜中でもここが野生の王国だということがよく分かった。もう30年も人が地上に出ていないのだ、当然だろう。俺はそんな荒れ果ててしまった中村区を東へ向かって進んだ。幸い道が消滅してしまうほどはさびれていないようだ。
周囲から野犬のものと思われる獣の声が聞こえてくる。夜中なので音がよく響いて聞こえた。いや、この人ひとりいない都市では昼間でも変わらないかも。
「音の発生源を分析したところ、半径500m圏内に複数体の野犬がいます」
「マジか!連中に俺たちは勝てそうか?」
「当機の運動能力は彼らを凌駕していますが、複数体で襲い掛かられたら危険です。逃走を推奨します」
宙に浮かぶハート形のフリダヤが答える。彼女は俺の義体にインストールされた汎用型人工知能だ。
「う……わかった見つからないように慎重に行こう」
身体に結び付けた女もののバッグがずれかかったので、俺は体をゆすってそれを治した。この中にはバッテリーとサイバネフードが入っている。地下街で出会った親切な“おかま”のパンジーからもらったものだ。パンジーには本当に世話になった。
地上を通って常闇街へ行くことを決めた次の日の夜、出発の直前にパンジーが言った。
「地上を行くならヒバシリに気を付けて」
「ヒバシリ?」
「地下街の行政に逆らい、地上で暮らしている人々の総称です」
俺の疑問にフリダヤが答えた。
「そう、彼らは危険よ。外の世界で生活するために地下へ物資を運ぶためのドローンや自動運転車両を襲って生活しているの。きっとあなたも狩の対象になる。野犬や倒壊した建物も危険だけど彼らが一番危ないと思う」
「地上のどのあたりにいるんですか?」
「詳しいことはわからない。ただ、ニュースでは名古屋城周辺を根城にしてると言ってる」
「これから向かう方か……わかりました。気を付けます」
どうやら楽な旅にはならなそうだ。なら手に入れたいものがある。
「不躾で申し訳ありませんが、デイ・プレイグの薬をいくらか譲っていただけないでしょうか?もちろんただでとは言いません、お金なら払います」
「…ごめんなさい、あれはとっても貴重なの。あれ以上はあげられないわ」
「とっても高い薬なんですか?」
「無料で入手可能です。ただ、特定遺伝子製剤製造規制法により民間での販売が禁止されているのです。薬局で購入することはできません。各自治体から世帯ごとに配給される形になります」
「そうなのか…その特定遺伝子製剤製造規制法ってのは?」
「特定の生物及びウイルス類の遺伝情報の悪用を防ぐ目的で制定された法律です。遺伝情報を利用する必要が生じた場合、政府の認定を受けた公的機関にのみ使用が許可されます。特定の生物及びウイルス類には主にデイ・プレイグ・ウイルスなどの危険なウイルスが該当し、デイ・プレイグ抗ウイルス剤、及び専用軟膏の原料となったレトロウイルスもこれに該当します」
「政府の作った薬しか売っちゃダメってことか」
「そういうことなの。代わりといったなんだけど、これ餞別よ。中にはあなたに必要なものが入ってる」
そう言ってパンジーが俺に女もののバッグをくれた。中には俺が今必要としているものが入っていた。
「……どうして、こんなに良くしてくれるんですか?」
俺の質問にパンジーは答えに詰まったように沈黙し、やがて
「……困った時はお互い様でしょ?」
とはぐらかすように答えた。
「何から何まで、本当にありがとうございます。このご恩は忘れません」
俺はそういって扉から出ようとしたとき。
「ああ、そうだ!最後にこれを」
パンジーはそういうと、口紅くらいの筒状の機械を取り出し、空中でジャスチャーをしてそれを操作する。俺に向かって何かを指ではじくような動作をすると。目の前に四角いアイコンのようなホログラムが現れた。それには金の地に稲穂が白い線で書かれておりその上から墨で書かれたような字体で「YIYASAKA」と書かれている。そして新しいアプリをインストールするかの確認のポップアップが表示された。こいつをインストールしろってことだろうか?
「これは?」
「えーっと、確か謳い文句はブルー・オーガニゼーション運営を目的とした分散型自立組織支援ツールだったかしら?」
「??」
「えーと…情報収集にも使えるし単純に連絡手段としても使えるアプリなんだけど…」
「うーん、つまり超賢いSNSみたいなもんか?」
「おおむねその理解でよろしいかと」
「そうそう。困ったことがあったらこれで連絡して。アタシから送ったからアタシのノードはもう登録されてるわ。」
そのやり取りの後俺たちはパンジーと別れた。
(元の体に戻ったら、何か恩返ししなきゃな)
そんなことを考えながら夜のゴーストタウンを進んでいると、かなり近くから獣の気配がした。先ほどまでの遠吠えだけでなく息遣いや爪がアスファルトを引っかく音まで聞こえてくる。
(近くに野犬の群れがいる!)
俺はたまらずライトを消し、物陰に隠れた。フリダヤもハート型のホログラムを消して見つからないようにしている。
幸い、野犬の群れは俺を見つけてはいないようだ。どこか別の目標を目指して進んでいるように見える。助かった。このまま何とかやり過ごしたい。
(こいつらどこに向かっているんだ?)
そう思って群れが目指す方を見ると、マントを羽織った人物が野犬に追われていた。
(人が襲われている!!)
俺は思わず飛び出して助けに向かう。
「クサマキ様危険です!あなたが標的にされます!」
フリダヤはそういって制止したが俺は構わず走った。
「だからってほってはおけないだろ!!」
俺は彼らに追いつくと野犬とマントの人物の間に飛び込み割り入った。そして……
「オラァ!!見たか犬っころども!!人面犬だぞ!!妖怪だぞ!!ビビッたらどっかに失せろぉ!!」
と、精いっぱいの化け物ムーブで野犬の群れに威嚇した。フリダヤも義体の右側から仮想マニュピレーターを展開し威嚇に協力してくれる。自分でやってて悲しくなってくるが、野犬の群れは俺の異容に恐れをなし、一目散に逃げ出した。
「ふう、危ないところだったな!あんた怪我はないか?」
そう言ってマントの人物に向き直る。近くで見るとずいぶんと小柄で、少年か少女のようだ。顔面にはガスマスクのようなものを付けていて、顔は判別できない。何者だろうか?
そんな疑問が心に浮かんだ瞬間、足元から網が飛び上がり、俺は勢いよく上に向かって引っ張られ、折れ曲がった街灯に宙づりにされる。
「何だ!」
何とか脱出しようともがくが網は頑丈で脱出することが出来ない。なぜこんな罠が?
そうこうしていると周囲の物陰から、マントの人物と似たような恰好をした人たちがぞろぞろと出てくる。
(この網は野犬を捕まえるための罠だったのか……!)
マントの人物は追われていたのではない、野犬をここにおびき寄せるための囮だったのだ。そして地上でこんな生活をしているということは。
(こいつらがパンジーが言っていたヒバシリ!!)
「どうするこれ?」
ヒバシリの一人がリーダー各と思われるものに尋ねた。
「とりあえず城にもっていこう。パインならいい利用法を知ってるかもしれない」
リーダーと思しき一人はそう言うと、死角から何かが俺の体に押し付けられた。強い衝撃が体に走り、俺の意識はそこで途切れた。
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