第6話 五体の謎

 「あらあら…駄目じゃない、そんな、いけないこと言っちゃ」


 「え…あの…」


 「弁明させてください。現在のクサマキ様には責任能力がないのです。不可抗力的に望まぬ姿にされたうえ、記憶の混濁を訴えており明らかに心神耗弱の状態にあります。具体的には自分は100年前の人間であると……」


妙に凄むようなパンジーの口調に思わず二の足を踏んでいる俺を遮るようにフリダヤが言い放つ。仮想マニュピレーターが再び展開され、それは「ちょっと待って」と言わんばかりに掌をパンジーに向けている。


 「アハハ!冗談よ、冗談。こういうの言われたの久しぶりだったから」


一体二人は何を言い合っているんだ?訳がわからない。っていうかフリダヤ俺のことそんな風に思っていたのか……軽くショックだぞ。


そんなショックを受ける俺を尻目にフリダヤとパンジーのにらみ合いは続く。


 「なら、これならどう?おかまなんてくそくらえ!なんなら今の発言を公開していいわ」


今のパンジーの言葉を聞いて初めてフリダヤは仮想マニュピレーターを収納した。


 「一体どういうことなんだ?」


全く意図がつかめない。


 「クサマキ様の発言は性的少数派差別禁止法に抵触する可能性があります」


 「差別!?そんな!俺はただこの時代の、サイボーグことが知りたかったんだ。その……お金がかかるから気軽には出来ないのかとか、それなら俺をこの姿にした奴らは金かけてまで何でって、それだけで……差別なんてするつもりは……」


 「てっきり口から出まかせかと思ったけど、あなた本当に100年前から来たの?」


こいつ大丈夫か?みたいなこと聞かれる。大丈夫ではないです、見てのとおり。


 「差別という行為はそれが看過できない行為とされている一方、何が差別にあたるかには明確な定義がありません」


 「そう、それはさっき言った性的少数派差別禁止法も同じ。法で厳密に定義はされてはいない。だから、どんな行いでも差別になりうる。それこそちょっとデリカシーに欠ける発言をしただけでも」


ちょっぴり棘のある言い回しだ。

やっぱり、さっきの発言快く思われていないらしい。


 「う……それは失礼しました。その……性的少数派差別禁止法?って違反するとどうなるんです?」


 「差別主義者と認定されるわ」


 「それだけ?」


 「それだけよ。認定された人の情報は人権委員が運営するデータベースに実名で登録され誰でも閲覧可能になる」


てっきり懲役を食らったり罰金を払わなければならないと思った。それだけなら別に……


 「大した事ない?でも想像してみて明日から国中のみんなが貴方のことを差別主義者とみなすことを」


 「……たぶん人間扱いされないと思います」


俺の生まれた100年前でも社会に差別主義者の居場所はなかった。そうみなされたら最後、ありとあらゆる場所からバッシングやキャンセルを受けることになる。会社は首になり学校は退学になるだろう。家族は糾弾され友人や恋人は離れてゆき人生が破壊されてしまう。そう考えると、これはこの上なく強力な罰則だ。だが……。


 「でもコレなんでも差別になっちゃうんですよね?それに裁判とかは?」


 「無いわ、一応調査らしいことをするらしいけど、基本的には差別だと訴えられれば確実にデータベースに登録される」


 「そんな……」


そこまで聞いてさっきのパンジーとフリダヤのやり取りの意味を理解した。あれは謂わば相互確証破壊だったのだ。パンジーがあえて差別的な発言をすることで、お互いに相手の弱みを握った状態にし相互の安全を保証したのだ。何ともはや……。


 「ごめんなさい!なんだか辛気臭くなっちゃって。大丈夫よアタシは気にしてないから!忘れてちょうだい。あ、丁度ご飯ができたわよ」


パンジーがオムニプリンターから取り出した熱々のエビピラフとパックに入ったサイバネフードそしてスープ皿に入った水を持ってきた。食品を熱々の状態でプリントできるなんて未来のテクノロジーはとんでもないな。


 「いただきます」


俺はサイボーグ犬の前足を合わせていただきますしてから、スープ皿に口をつけて水をすする。その様子はまるで……パンジーに他意はないのはわかっている。この体ではコップからは飲めないからだ。だがしかし、これは何とも……屈辱的だ。


 「ところで、あなた達、いったい何があったの?どう見ても訳アリって感じだけど」


パンジーから当然の話が振られた、わかっていることは少ないが、助けてもらった手前可能な限り話そう。


 「さっきフリダヤが言っていましたが、俺は100年前の人間なんです。最後の記憶は2042年、それがどういうわけか2145年に目覚めて、そして誰かにこの姿にされてしまいました。フリダヤは俺をこの姿にした奴らが仕込んだランサムウェアで。彼女が言うには、体を取り戻すには身代金10000000トア払わなければならないんです。俺が知っているのはそれだけです」


自分で言っていてなんだが余りにもカオスな状況だ。


 「フリダヤちゃんは誰に言われてこんなことしているの?」


 「申し訳ありませんが、わかりません。記憶領域にプリセットされた情報には該当するものはありませんでした」


 「貴方のマスター権限を持っているのは誰?」


 「クサマキ様です」


え、俺なの?てっきりフリダヤは悪の大ボス的なやつの手下だと思ってた。


 「変ねぇ……」


パンジーは訝しんだ様子だ。ここまでくるといくら世情に疎い俺でも話がおかしいことはわかる。


 「ところでその身代金いつまでに払えばいいの?」


肝心なことをすっかり忘れていた!期限によってはもう手遅れかもしれないぞ!


 「支払いの期日は292277026596年12月4日15時30分7秒です」


何か聞いたことのないほどの大きな数字が出てきたぞ。


 「あの……フリダヤちゃん、本当にそんな遥か未来の日時が指定されているの?」


こんな重要な話をしているときに冗談は勘弁してほしいぞ。


 「間違いありません、私の論理領域に確かに記録されています」


フリダヤはあくまで例の超デカい数字が支払い期限だと言い張る。


 「え、えーっと、それじゃあ誰に身代金を払えばいいの?」


 「それも不明です」


 「身代金の振込先は?」


 「支払先のアカウントにはデフォルト値が設定されています。他の質問に関しても同様です。」


無効な支払先が設定されているってことか?それじゃあ一番肝心なことは?


 「じゃあ、俺の体は何処にあるんだ?誰から取り返したらいい?」


この調子じゃ、仮に金が用意できたとしても体を取り返すことなんで出来ないじゃないか!


 「申し訳ありませんがわかりません。しかし現状彼らに接触するのは推奨できません。情報が不足している状態で徒に彼らに接触するのは危険かと」


フリダヤを作った奴は金が欲しいんじゃ無いのか?フリダヤを作った奴は何を考えている?


 「さっきから言ってることが矛盾しているぞ!!金を払えと言ったり、身体を取り戻すなと言ったり!じゃあ、お前は何のために作られた?何故ここで俺と一緒に行動している?」


煮え切らないフリダヤの態度に俺はつい声を荒げてしまった。


 「私の倫理領域に記載された命令は2つ、一つ期日までに身代金支払わせること。二つマスターとこの義体の安全を守ること。クサマキ様の身の安全を守るため、期日まで支払いを遅延するのは二つの命令に違反しません」


誰が何のためにこんなことをしたのかは不明だが一応辻褄はあっている。バグみたいな辻褄の合わせ方だが。


 「私はクサマキ様がご自身の体を取り戻すことには反対しません。この義体では長期的にクサマキ様の生命を守ることはできませんから。私はクサマキ様が元のお姿に戻られることを援助するつもりでいます」


今まで必要なことか聞かれたことだけ話していたフリダヤが聞かれてもいないことを話始めた。そして……


 「信じていただけないかもしれませんが」


と付け加えた。ひょっとしたら今の状況はフリダヤとしても心苦しい状態なのかもしれない。


 「わかったよ……しかし、謎は深まるばかりだ。どこかで情報を集めないと」


結局、わけわからないということが分かっただけなんだよな。


 「アタシが知っていることは少ないけど……」


暫く聞きに徹していたパンジーが話に入ってきた。どうやら心当たりがある様だ。


 「そういう裏社会の情報が集まる場所が一つある。それは大須の地下にある常闇街」


 「常闇街?」


いかにもきな臭い名前の場所だ


 「そ、常闇街。そこは地下街の統治機構が機能していない無法地帯。税金を払えなくなった人や違法な手段で金儲けをする連中がたむろするスラム街よ。そこならクサマキちゃんをそんな風にした連中の情報が手に入るかもしれない、だって貴方がされたことはどう考えても違法な連中の仕業だから」


そこに行けばこの無茶苦茶な状態にも説明が付くかもしれない。そうすれば俺の身体だって取り戻せるかも。


 「そのような危険地帯に赴くことは推奨できません!それに大須地下街へ通じる地下通路は全て封鎖されているはずです!」


 「だったら、夜のうちに地上を通って行けばいいだろう?」


この地下街は地上への出入り口は封鎖されていない。大須までなら一夜あれば十分だ。


 「それは……」


 「フリダヤ、心配してくれてありがとう。でもこのまま何もせずにいたら、きっとずっと訳の分からないまま状況に流されて行くだけだと思う。そんなの死んでいるのとおんなじだよ」


 「わかりました、そうまでおっしゃられるなら私は止めません」


フリダヤは、承諾してくれた。

人面犬のままお座りして死を待つなんてまっぴらごめんだ。

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