第4話 逢魔が時

 「おーっと失礼!」

 

同僚の一人がわざとらしく言った。


 「いやわざとじゃないぜ!そんなデカいもんぶら下げてるからよ。当たっちまったんだ。よけようとしたんだぜ?ホントだ」


嘘を付け。すれ違いざまにワザと腕を“胸”にぶつけたくせに。ここはそんな狭い廊下じゃねえ。俺は明らかに舐めた態度のこいつに対して普段通りに睨めつけてやったが。


 「おいおい!怒るなよ謝ってるだろ!しかたないって、俺もお前もまだ慣れてないんだからさ、“そう”なっちまってから」


全く効果がないのか、こいつは舐めた態度を変えなかった。


 「チッ」


悔しいが仕方がない、こいつが舐めた態度を取るのには理由があった。それは俺の見た目のせいだ。俺の首から上はこれまでの俺、坊主頭の厳つい顔をした男のものだが、首から下は胸の大きい女のものになっている。こんなおかしな見てくれじゃあ凄みが効かねえのも当然だ。昨日デカいヤマでヘマしちまって、そのケジメでこうなっちまった。


そうこうしていると、組員の挨拶の声が聞こえていた。どうやらおいでなすったようだ。

玄関からスーツを着た首の無い男が入ってきた、脇にデブのヤスも伴っている。ナイトウ、数年前か名古屋の裏社会に台頭してきた正体不明のサイボーグ、俺の所属するツヤバキ会の頭。脱法オムニプリンターの密売やデイ・プレイグ抗ウイルス剤の横流しなどで荒稼ぎしている、組の稼ぎ頭。テクノロジー分野に明るく自作の首無し義体をトレードマークに暗躍する、裏社会のホープ。ケジメとして指ならぬ首を詰めさせる、首詰め組長。そして、俺をこんな体にした張本人。


組員は事務所に入っていくナイトウに順に挨拶をしていき、俺もそれに倣った。


 「ウルシノ、あれから調子はどうだ」


挨拶をした俺の前に立ち止まりナイトウが聞いてきた。


 「おかげさまで……」


 「ところでその服はどうかと思うぞ?胸元を見せすぎだ」


 「そうですかね?」


 「ちょっと考えた方がいいなぁ、そんなんじゃ間違いを起こす奴もいそうだ。お前もそう思うだろヤス」


話題を振られたヤスは「へ……ヘイ」と戸惑い気味に答えた。その様子を見ていた組員から俺を馬鹿にする笑いが聞こえた。


好きでこんな格好をしているわけじゃない!太い男の首と細い女の首を接合している首輪みてーなパーツが無駄にぶっといせいで首の広い服しか切れないだけだ!


 (誰のせいでこんな体になったと思ってる!!)


あの人面犬ヤローを見逃して以来俺の人生は最悪だ!


 (絶対にこのままでは済まさん!!)



俺は自分の当面の仕事として例の人面犬ヤローの捜索を続けていた。奴を逃がしちまったことに対する責任があるからな。だが調査は難航していた、色々聞き回って見たが俺の姿を見るとあからさまによそよそしい態度になってろくに話も出来ねー。なんか勘違いされてるよな?


それでも何とか手がかりを掴もうと地下街を歩き回っていたら、自分の体が無意識にケツをふるエロい歩き方をしていることに気が付く。


 「チっ……」


俺は意識的に普通の歩き方をした。どうにも運動なんたらの専門AIがどうとかでこの義体はこういう動きを勝手にする様になっているらしい。そういやこいつはアダルト系の出どころだっけか……。全くとっとと元の体に戻りたいもんだ。


俺は名駅周辺の義体関連の店舗が並ぶ生体電子機器街を歩いていた。都会の地下街な分俺の住んでいるところよりだいぶきれいなところだ、床もタイル張りだし。まあ例のホロ隔壁が空気ぶち壊してるンでハイソな感じはしねーがな。


奴がマシな体になろうとした場合ここに来ているはずだが、人面犬は見かけなかった。SNSの噂でも一切出てこねーことを考えるとマジで来てないんだろう。見つかるのを警戒してるのか、それとも単に、ここまで来れていないのか?


店頭に並ぶ男の義体を見ると、ある考えが頭をよぎった。


 (俺がここでマシな体になるっていうのもありなんじゃないか?)


いや、駄目だ。そんな安いもんでもないしナイトウが何も仕込んでいないわけがない。自分で勝手に体を変えたら後でどうなるか。きっと俺がどこで何をしているかも分かっているんだろう。


 (じゃあどうして、人面犬ヤローは逃げれたんだ?)


奴だって同じはずだ。ナイトウがあの犬の義体に何も仕込んでないわけがない。


 (そういえば人面犬ヤローと一緒に変な義体のオタクヤローがいたな)


奴が人面犬ヤローに何かしたってことか?ナイトウはオタクヤローは二の次でいいと言ったがヤツの技術はナイトウより上ってことか?それなら、奴に会えば俺のこの状況を何とかすることができるんじゃねーのか?なら、まずはあのオタクヤローを探すか。オタクヤローだって重要な関係者だ、それならナイトウにも言い訳ができる。


俺の決意に水を差すように地下街に感染拡大防止条例のアナウンスが鳴った。通路の青のホロ隔壁が緑に変わる。まずい、もうこんな時間か。色が赤になる前に帰らねーと、通過するたびに罰金を払う羽目になる。しょうがねー今日はこのぐらいにして帰るか。


 「外出可能時間、残り2時間。時間外に隔壁を通過すると罰金が発生します」


 「解ってるよ!くそったれ!」



俺たちは安全に夜を明かせるところを探して地下街を彷徨っていた。しかし住所不定無職のサイバー人面犬が、安全に利用できるような寝床は中々なく、そうこうしているうちに外出可能時間は終わりを迎えようとしていた。


オレンジ色だったホロ隔壁が赤に変わり始めた。隔壁は俺たちを外に追いやるように内から外に向かって次々と赤色に変わってゆく。


 「ヤバい……」


俺たちは否応なしに地下街の入口へ追い立てられる。


 「いけません、クサマキ様!まだ西日が沈み切っていません!」


フリダヤの警告を聞き引き返そうとした俺だが、一瞬前に通過した隔壁は既に赤に変わっており引き返すのを躊躇した、それが行けなかった。即座身身を引いたが、沈み傾いてゆく夕日を一瞬まともに浴びてしまった。


直射日光を浴びるや否や、俺の生身の残っている顔面の皮膚から大量の水疱が現れる。腫れぼったい感覚に最初は違和感を感じるだけだったが、すぐに違和感は猛烈な痒みに変わった。


 「ぐわッ……!ああっ……!」


生まれてこのかた感じたこともないような凄まじい痒みに、俺は思わずうめき声を上げてしまう。たまらず前足の爪で顔面をかきむしろうとしたがフリダヤの仮想マニュピレーターがそれを止めた。


 「いけません!水泡を破ってしまったら雑菌が入ります!今の貴方の体ではそれだけで死に至る可能性があるのです!!」


 「ああっ……!ぐああっ……!」


 「どこかで緩和剤を入手します。それまでは耐えてください」


フリダヤはそういったものの、そんなどこにあるかもわからない薬を探していたら隔壁をいくつも通過することになる。そんなことをしていたら、限りある資金を浪費するしまう。資金が尽きてしまったら生存に必要な食料や電力の確保さえできなくなってしまうだろう。


そんな葛藤をしながら痒みに耐えていると、傾いてゆく夕日が徐々に迫ってきた。いかん、このままではさらに光を浴びてしまう!!


 「誰かいるの……?」


突然どこかから声がかけられた。水泡だらけで重くなった瞼を無理やり開くと、地下街の入口付近の扉が開き中の人物がこちらの様子をうかがっていた。扉の向こうの人物は直射日光を避けるためか、白いシーツをかぶっており姿はよくわからない。


 「ねえ!貴方!こっちまで来れる!?」


シーツを着た人物は俺のおかれた状況を察したのか扉の中へ招き入れようとする。一瞬、信用してよいものかという考えが過ったが、そんなことを気にしている状況ではなかった。俺は気力を振り絞って体を起こすと、数メートル先の扉に向かって歩き出した。

そしてあわや光を浴びるかという所で、間一髪、シーツの人物は手を伸ばし俺を引き入れた。


引き入れられた扉の向こうは、バーカウンターと複数人掛けのテーブルがあり、間接照明で物憂げに照らされていた。どうやらここはダイニングバーのようだ。


 「待ってて、今薬を持ってくるわ」


助けてくれた人はそう言ってシーツを脱ぐと救急箱から万年筆くらいの大きさの白い筒を取り出した。そしてそいつを自分の腕に押し付ける。同じく救急箱から取り出したチューブに入った軟膏を取り出すと、水泡のできた自分の手の甲に塗った。

俺を助けるときに光を浴びてしまったのか……。


そしてそのまま俺に歩み寄り、例の白い筒と軟膏を差し出す。


 「クサマキ様は肺組織がございませんので抗ウイルス剤は不要です、発作で死に至ることはありません」


 「そう」


俺を助けた人は、そういわれると白い筒をひっこめた。そして自分に対してそうしたようにチューブから軟膏を取り出すと、水泡だらけの俺の顔に塗ってくれた。するとすぐに俺の顔から痒みが退き、水泡が小さくなってゆく。とんでもない効能だ、流石未来技術。


 「助かりました、有難うございます」


俺は助けてもらったお礼を言うと、水泡が収まりよく開くようになった目で自分を助けてくれた人物を見る。その人の髪は肩に届くほど長く明るい色で染められよく手入れがされており、肩のでた紫色のドレスを着て化粧もしていた。しかし、一方で身長が高くがっしりとした骨格としっかりとした頬骨や顎のラインが特徴的な顔をしている。どうやら女装した男性のようだ。所謂おかまちゃんか?


 「どういたしまして、でもお礼はけっこうよ」


しかし、俺を助けたおかまちゃん自嘲的に笑いそういった。そして


 「だってあたし、極悪人よ?」

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