第3話 しるし無きたくらみ

 「義体のバッテリー残量が残りわずかです。また、生命維持装置の栄養タンクも底を着きそうです」


 「ちょ…あとどれくらい持つんだ!?」


 「残り三十分程度です」


 「バッテリーが切れるとどうなる!?」


 「生命維持装置が停止してしまうのでクサマキ様は死亡します」


嘘だろオイ!!そんな深刻なことをあっけらかんと答えないでくれ!っていうかさっきから立て続けにピンチ起きすぎだろ!何もかも分からない事だらけだってのにいきなりそんなこと言われても対処できないぞ!しかもここには人気が全くない。さっきのヘルパーさんも何処かへ行ってしまった。助けを求めることすらできない。100年前から来た人面犬には荷が勝ちすぎるぞ。


 「まだ目覚めてからそんなに経ってないぞ!」


目覚めてからほんの数時間しか経ってないってのにもうバッテリー切れ!?こんなに頻繁に補給が必要なのか?それなら今後がものすごくきつくなるぞ。っていうかここで何とかしないと今後なんてないぞ!?


 「もともと最大まで補給されていなかった上に、戦闘などで浪費しましたから」


 「ああ!わかったよ!そんなことより早く何とかして充電をしないと…さっきの鈴木さんの家に駆け込むか!?」


 「それには及びません、50m程先にコンビニエンス・ストアあります、そこで補給しましょう」


 「コンビニぃ?」


俺はフリダヤの緊張感のない提案に辟易した。こんな緊急時に頼るところがコンビニって…そもそもこんなところにコンビニなんて…



 「これが……コンビニ?」


鈴木さん宅からホロ隔壁を一つ越えた先に、人ひとりがやっと入れる位の大きさの円筒が設置されていた。それは全体が一体形成されたつるりとした黒い樹脂でできており隔壁と同じ材質のようだ。フリダヤはこれをコンビニといった。しかし商店どころか自動販売機にすら見えない。


 「円筒にもう少し接近してください」


フリダヤに促されるまま、俺はおずおずと円筒に接近した。すると円筒からホログラムが展開、「サン・シャイン24h」の屋号の看板と自動ドアが投影される。


 「自動ドアに手をかざしてください」


 「こうか?」


ホログラムの自動ドアが開き「いらっしゃいませー」の音声とともに大量の商品のホログラムが俺の周りを飛び交った。


 「これが、全部買えるってのか?」


改めて自分は未来にいるのだと思い知らされる。


 「充電とクサマキ様の摂取可能な食料を見繕いました。購入に手をかざしてください」


 「ああ」


唯々諾々と指示に従ってしまった俺だが、購入してしまったところで大変なことに気が付いた。


 「ちょっとまて!俺、金なんて持ってないぞ!」


しかし、決済が成立したことを示す硬貨が鳴った様な音がすると、表示されていた残金が99670トアに変わる。お金あるの?


その後、一体形成かと思えた円筒の割れ一部が展開しUSBケーブルの挿し口のようなものがせり出す。それと同時に円筒の内部で何かが高速で稼働する音がすると、円筒が観音開きに展開し、中からゼリー飲料のパックのようなものが出てきた。


 「この義体のデジタルウォレットには私が稼働を開始した時点で既に100000トア入金されていました」


 「何でそんなお金が?」


身代金を要求する相手に金を渡すなんて筋が合わないじゃないか。いやそれを言うなら、自分のように身寄りのない人間の体を奪って何の得があるのだ?金なんて持ってるわけがないぞ。


 「この資金の所在に関しては私にもわかりかねます」


 「そんな金使ってしまっていいのか?」


たぶんこれは出どころがやましい金だ、そんなの使ったら後が怖い。


 「現状電力と食料を入手する手段がほかにない以上、クサマキ様が生存するためにはこうする他ないかと」


フリダヤは俺の犬の義体からケーブルを伸ばしコンビニのUSBの差込口へ刺すと、ゼリーのパックを受け取り、義体の左側についている装置に吸い口をはめる。義体は充電中になり、ゼリーのパックは吸い取られて空になった。口から食べるんじゃ無いんだ……。


しかし、矛盾だらけのこの状況いったい誰がどんな目的でこんなことしたんだ?



重厚で高級そうな調度品の並ぶ応接間に複数人の男がいた。ほとんどは黒い革張りのソファーに腰かけているが、一名のみ床に跪いている。跪いている男はごつい体格をした坊主頭の男で、眉のない強面でいかにも傍若無人そうな雰囲気を漂わせていたが、この場では可哀そうな位萎縮していた。


男の前には黒い革張りのソファーに足を組んで腰かけた別の男がいた。坊主頭の男に比べて細身で、スリーピースの黒いスーツを着こなす姿は洗練されたビジネスマンのようだ。にもかかわらず、坊主頭の男はこの男に怯えきっている。


坊主頭の男だけではない、周りの男たちも負けず劣らずの強面だが、このビジネスマンのような男に畏怖の念を抱いており恐怖していた。


 「お前さぁ、出てく前なんつったけ?」


スーツの男は穏やかな声で言った。さわやかな青年が友人に語り掛けるように気軽に話しかける。

穏やかな口調にもかかわらず周囲には重苦しい空気が流れた。


 「……絶対に奴を見つけて見せます……だった気がします」


坊主頭の男が答えると、スーツの男は「ハア」とため息をつき


 「違う、“奴は必ず捕まえます”だ、“見つけて見せます”ってなんだよ、もう見逃した気になってんじゃねぇか」


そう訂正した。そしてスーツの男は肩をすくめ「そんなんだから、オメーらは……」と何か言いかけたが途中でやめ、


 「まあでも、仕方なかった面もあると思うよ、突然のことだったしな」


と、寛容な態度を見せる。自分は許されたと、認識した坊主頭の男は安堵の表情を浮かべた。


 「ほんとすいませんカシラ、今度はこんなヘマしませんから、ホントすいません」


坊主頭の男は頭を床に擦り付けダメ押しの謝罪をした、これで自分は許される筈。


 「でもなぁ」


坊主頭の男の予想も裏腹に、スーツの男はそう言って立ち上がると、坊主頭の男の胸倉をつかみ強引に立たせる。細身なのに物凄い力だ。


 「謝る時くらい目ぇ見て話せや!!」


さっきまでの穏やかな声とは打って変わってどすの効いた恐ろしい声で怒鳴る。周囲の空気が一気に冷めきり、同席していた風船のように肥満した男がびくっとした。


そしてその言葉を聞いた瞬間その場にいた皆が理解した。スーツの男は最初から許す気など無かったのだと。

何故なら、それが不可能な要求だったからだ。スーツの男には目がなかった。それどころか頭すらなかった。彼の首は切り落とされたように喉から上が無く、首の切断面には骨や肉の代わりに金属質のパーツが露出しており、断面のうなじ辺りについた緑色のランプがちかちかと点滅していた。明らかに通常の人間ではない、サイボーグである。


 「てめ、あれがどのくれぇのシノギになるかわかってんだろうなぁ?あぁ!?」


更に激高するスーツの男の感情に呼応するように首に付いたランプが激しく明滅した。


 「すいません!ほんとすいません!!許してください!もう二度としないんで、ケジメだけは勘弁してください」


 「駄目だ、“首”詰めろ」


スーツの男が残酷に告げると、周りの男たちが坊主頭の男を取り囲み連行する。坊主頭の男は悲鳴を上げ抵抗するがそれも叶わず連れ去られてしまう。


 「カシラ、体どうします?」


男の一人が聞く。


 「そうだな、この前仕入れた女の義体あったろ?おっぱいのデカい奴だ。」


 「わかりやした」


答えを聞くと男たちは応接間を出て行った。


 「ヤス!どこ行こうとしてる!オメェなんかが付いてってどうすんだよ!?ここに居ろ!」


ヤスと呼ばれた風船のように膨れた男は、一団についていこうとしたが、首の無い男にそうどやされるとおずおずとその場にとどまった。


 「ヘイ、ボス」


 「全くどいつもこいつも……」


そう言いながら、首のない男は部屋の脇に置いてある大きな箱型の装置に歩み寄ると、愛おし気にそれをなでる。


 「まあ、コイツを押さえている限り俺の負けはねぇがなぁ……」


機械に付いた小窓から首のない男の体が覗いていた。

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